倶楽部メモ(627)
平成22年10月13日〜10月18日

タイの列車:車窓:SL ・ 「中央線201系」が引退


投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2010年10月13日(水)02時00分19秒
タイトル 途中の駅
 駅名をメモしなかったんですけど、この地方にしてはやや大きめの駅を2つほど。

 こうして有刺鉄線などが写らない方向で撮影すると、全く普通、のんびりした光景に見えます。
これはこれで、1つの側面であります。

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雑魚さま

 実際には複数の要素が絡み合っているようですが、タイの首都圏のデモと、
首都を遠く離れた深南部の問題は、一応は別もんと位置付けられると思います。
 前者は無血クーデターで追われたタクシン元首相のシンパか否かという問題。ここ数年のことです。
 後者は、宗教的、歴史的な背景があり、大元はかなり古くから。

 タイの場合厄介なのは、大金持ちが僅かな日当を支払うとすると、
どどっと(失礼ながら)低所得層から人が集まってしまうこと。
首都圏のデモにはそんな側面もありました。


 この深南部の鉄道ですが、たんにのんびりしっているだけなのか、一般旅客は普通の雰囲気でした。




投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2010年10月14日(木)01時37分39秒
タイトル 田舎の風景
 中小の街や駅を外れると、ほとんどこんな田舎の風景です。似たような風景が延々と続くんです。
ここから見てはるか北、首都のバンコク近くもそうですけど。





投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2010年10月15日(金)01時32分55秒
タイトル 無事スンガイコロク着
 ひたすら同じ光景を見つつ、ぼおおおーーーーっとしていると、無事に終点のスンガイコロクに着きました。
20分弱の遅れだったと思いますが、正確な時刻をメモしませんでした。

 到着後、直ぐに機関車が外されました。

 この頃から晴れてきて、暑いのなんの。

 乗ったのは RAPID でしたが、ほとんどの駅に停まったように思います。停車せずに通過したのはごく僅かでした。




投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2010年10月16日(土)00時54分27秒
タイトル 駅前風景
1枚目。駅を出て入口を振り返った光景です。駅入り口テント下に銃を持った兵士が居り、警戒しています。
自分の場合、荷物が少なかったのも一因でしょうが、特に呼び止められたり、荷物を開けさせられることもありませんでした。
 警戒は確かにありますが、特に通行に支障はありません。
取材許可を得たわけでもないので、軍や警察がこれ以上はっきり写っている写真は、自粛します。

2枚目。1枚目の一部拡大です。
タイ語、マレー語併記の看板だと思うのですが、STATIONをマレー語にすると、STESEN となるそうです。
画像中の STATIAN の意味が不明。STATION のつもりでミススペル?
 KERETA API は TRAIN の意味となるそうで、マレー語として正しいようです。
(翻訳サイト http://translate.google.com/ を参照しました)

3枚目。駅前の歩道橋から街を。左側が公園と駅で、蒸気機関車も置いてあります。
この道を前に進むと、マレーシアとの国境です。
その時の雰囲気は、一般市民には特に異変は無く、むしろ平穏な街の雰囲気でした。
トハイウモノノ、この界隈で殺傷沙汰はしばしば起こっています。




投稿者 ED76109
投稿日 2010年10月16日(土)07時40分38秒
タイトル 個性的な寝台特急たち「関西・九州ブルトレ」
 先達の皆様方、おはようございます。「ED76109」であります。

 小生が引率の一員である「修学旅行」もあと丁度3週間後に出発となり、
生徒たちの「自主研修プラン」も出そろったようであります。
しかし、関西圏は「道頓堀・アメリカ村」と「USJ」。
首都圏は「渋谷・原宿」と「秋葉原」と判で押したようなプランばかり・・・。
しかし、少数ではあっても「神戸・明石」方面や「みなとみらい・ベイサイド」方面などの「指導した(自主研修なのに・・・)」
生徒のプランもあり、雑務が多くとも、旅が楽しみとなってまいりました。
さて、今回は「はやぶさ」、「富士」などの影に隠れていた(失礼な物言いで申し訳ありません)
「関西・九州夜行寝台」について「戯言」させていただきます・・・。

 1 小生が初めて利用したのは、「EC583系きりしま」。
昭和46年の盛夏の、件の「出水」の伯母宅からの帰路でありました。
当初は「PC桜島のハザ」で東京までと考えていたのですが、急遽伯母が当時名古屋に在していた従兄宅まで同行することが決まり、
「出水」の助役であった伯父が苦心して調達し、乗車と相成った次第。
当時の「ECきりしま」は、上下ともに「京都始発」で「小倉」や「博多」を無視したダイヤ(早朝や深夜通過)であり、
正しく「関西圏と南九州」をダイレクトで結んでおりました。
小学生だった小生は、贅沢にも「下段」で一夜を明かしましたが、幅1mはあろうかというベットに感動するとともに、
翌朝「朝焼けのセノハチの眺め」は記憶に残るところ。
しかし、現在「583系」は「きたぐに」で運用されている程度であり、行く末も如何でありましょう。
もう一度「583系」の寝台で旅したいものであります。

 2  昭和53年の盛夏、「はやぶさ」「みずほ」等の「ネ」が一切取れず、
最後の切り札として乗車できたのは「ゴハチ牽引の24系25形の明星」。
「明星」は古くは「トカホセの名門夜行レ」であり、復活当初「EC」であったことや
「筑豊本線経由の熊本便」の存在は、先達の皆様には「釈迦に説法」でありましょう。
小生が利用したのは「日豊本線経由の西鹿児島・門司港の直通旧客鈍行レ」制覇の後、「門司」から「大阪」まででありました。
しかし、小生が高校生と知ってか、同室のコンパートの「大阪のおばちゃん」は色々と気を遣ってくださり、愉しい旅となりました。
しかし「トワイライトEXP」も同様ですが、「北斗星」や往年の「はやぶさ」「さくら」等と違って
「関西始終発のブルトレ」は、微妙に「車内の雰囲気」が「アットホーム」と感じるところでありますが、
先達の皆様方は如何お考えでしょうか。

 3 平成8年の盛夏、「富士」制覇で利用したのは「閑古鳥の鳴くPCあかつき」でありました。
「EC白鳥」から当初「ML九州」に乗り継ぐ予定だったのですが、「大阪のみどりの窓口」で「今日は満席。
『あかつきのハネ』なら仰山おまっせ。」と言われてしまい、仕方なく「ハネ」に乗ることに・・・。
晩年の「関西ブルトレ」の大半がそうであったように、冷房の効きすぎる車内は、小生と幼児を連れた家族連れが2組のみ。
「富士」や「エルム」で経験した「1人貸し切り」状態ではなかったですが、
静まりかえった車内から眺めた「舞子や須磨の灯り」がなぜか切なくて、小生の印象に強く残る旅でありました。
しかし小生が心残りであるのは、「レガートシート」に乗れなかったこと。
「なは」のそれには乗車したのですが、件の「有珠山噴火」騒動のあおりで断念した結果、とうとう乗れず終いでありました。

 長々と失礼致しました。以上、「個性溢れる大阪車掌区のカレチ」氏の大ファンである「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2010年10月16日(土)11時08分29秒
タイトル 呑気ですね!/修学旅行
タイは昭和57年に出張で行きましたが、ホテルの近くに東部、南部行きの線路があっ
て、複線と想ったのが実は単線2方向でした。 早朝にパヤタイ路と線路の交差点で撮影
出来ましたが、簡単な停留所が北側の線路にあって、明らかに東急製のステンレスDCが
来たり、雑多な編成の南部方面行きPCが来たりでした。街中でものんびりした風景で
,駅舎がある駅は割に立派な本屋が建っていますね。
帰途夜中から大雨で空港への途中チェンマイ方面からの寝台列車が立ち往生しているの
も見ました。タクシー運転手に尋ねたら「何時もですよ」との事。何とかTGの
A300に収まつてやれやれ。
ED76109先生:
修学旅行「北斗星」でなくて残念ですね。「神戸。明石」の希望があるのですか--三ノ宮
の「花時計前](本当はあの場所「滝道」ですが)からリニアの海岸線地下鉄でベイ
サイドまで行かれると良いです。
北野町の異人館街へは高いけれど木のシートのシテイループバスに乗って行けます。
JR神戸駅へも来ています。
舞子駅から岩屋行き連絡バスで明石大橋で岩屋へ行かれ、ジェノバライン高速船で明石
へ戻り、明石公園やスル関使用なら運賃高いが山陽電鉄で人丸神社−東経135度子午線天
文台−人丸前-三宮−阪神か阪急で梅田とか。尤もこんなの先生には釈迦に説法でしょう
けれど。
(明石−三宮はJRの方が200円も安いけれど)



投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2010年10月17日(日)08時08分11秒
タイトル 蒸気機関車
 先日の3枚目の画像の左側の公園、蒸気機関車の展示があります。
残念ながら、かなり傷みが目立ちました。石碑もほとんど読めません。

Preserved / Extant Steam Locos and Steam Cranes in Thailand
http://www.internationalsteam.co.uk/trains/thaipreserved.htm

のサイトによると、

Sungai Kolok   175   Ten Wheeler   4-6-0   1919
North British, Hyde Park (UK)   21758

とのことで、英国製らしいです。さらに検索すると、

North British Locomotive Company

という会社があったようですが、自分、この辺については詳しくないので、、、

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 タイでは今、雨季の終盤で豪雨が続いています。毎年のことですが、洪水などのニュースも。
関連して、こんなニュースも入ってきました。ざんねんながらこれも何時ものことであります。要注意であります。

http://www.newsclip.be/news/20101013_028799.html
倒木に衝突・脱線、乗客がけが タイ国鉄東北線 2010/10/13





投稿者 ED76109
投稿日 2010年10月17日(日)23時33分7秒
タイトル オレンジ色との惜別
 おばんでございます。「ED76109」でございます。

 マロネロ38様
 >三ノ宮の「花時計前](中略)木のシートのシテイループバスに乗って行けます。JR神戸駅へも来ています。

 色々とご教示ありがとうございます。
日頃「生徒指導室」に遊びに来る常連生徒(10人ぐらいのグループですが)が、興味を持ってくれたようです。
具体的なコースとして、明日彼らに話したいと思います。


 さて、本日「NHK」で「中央線」で全面オレンジ一色の「201系」が引退することとなり、
「豊田・松本」を臨時列車として最後の花道を飾ったニュースが報道されました。
何でも、抽選で選ばれた400人の先達の皆様方が最後の乗り心地を楽しまれたとのこと。
確か、昭和54年に「101系」や「103系」の後継として、
「サイリスタチョッパ制御」による「電力回生ブレーキ」を装備した「省エネ電車」として登場したはずであります。
小生にしてみれば、「中央線の快速」は「オレンジ色」が至極当然であり、一抹の淋しさは拭いきれないところ。
「北の大地」に渡って26年目となってしまい、「故郷」は遠くなっていくばかりであります。
この日、ラストランをした車両は、「長マト」で廃車になるとのことであり、
残る「201系」は「京葉線」や「大阪環状線」などで見られるのでありましょうか・・・。

 長々と失礼致しました。
以上、「修学旅行」で「201系」との再会に感涙を抑えられないであろう「中年客車鉄ちゃん」でありました
(またしても「EC」の話であり、失礼致しました)。



投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2010年10月18日(月)01時06分13秒
タイトル 国境に架かる鉄橋
 汽車はスンガイコロク駅に西方面から入ったのですが、駅前の道を東に歩いて行くとマレーシアとの国境です。
ここを徒歩で通過。

 イミグレ、パスポート・コントロールがあるのですが、直ぐに出国のスタンプが入ります。
イミグレお役人がいる場所での写真撮影は、一応は禁止されているようです。


1枚目。タイ側を出て、マレーシア側に入る手前、川が国境になっています。
歩行者、自動車用の橋と並行して、鉄道の橋もあります。
かなり立派で、線路の状況からして使えるようも見えるのですが、国際列車は運行されていないようです。
ここはマレー半島東側で、半島西側のパタンブザールでは国際列車が運航されています。

2枚目、3枚目。一応の参考までに鉄道とは反対方向を。時々、渡し船が川を渡っています。
地元に人については、パスポート・コントロールもややいい加減なのかも。




投稿者 マロネロ38
投稿日 2010年10月18日(月)11時02分19秒
タイトル 201系
ED76109先生:
201は大阪環状線にまだ居ますので上手く当たれば乗車可能です。環状線には型式は忘れ
ましたが、ラッピングが走っているのでオレンジ車体台無しです。桜島線(ゆめ咲き)
なんて馬鹿な通称をつけていますが-に入っています

神戸の南京町で昼食なら余り空いている店は駄目です。行列で待つぐらいの店は当たり外
れありません。少し高くても張り込んだ方が美味い中華が食べられます。念のため。

管理人様:
親父がボンベイ駐在員だった大正時代に,現地で買ったインドの写真ブックにダージリ
ンの軽便鉄道や物凄い勾配のスイッチバックがありますが,重くて大きい本なのでコピ
ーもやり難い始末です。何とかお目に掛ける方法は無いかと思っています。



投稿者 雑魚
投稿日 2010年10月18日(月)17時16分6秒
タイトル 「日本海」 レポート
出張による久々の入洛の序でに、上淀川橋梁にて上り「日本海」を撮って参りました。
私が旅情を覚えて止まない「ローピン」色では無かったのが、ちと残念。

被写体の通過後、直ちに、中津駅から御堂筋線で新大阪(宮原)に移動。留置側線が
非電化の為、DE10牽引で塚本側から回送された編成が留置線に収まるまでの様子を
見物しましたが、相変わらず客車留置線は閑散としていますね。12系と「サロンカー
なにわ」に挟まれたオヤ31形の次位に連結されたハイデッカー車両は「あすか」用の
オロ14と見受けますが、という事は、先週末に山口線で運転された蒸機牽引列車には、
組み込まれなかったのですかねぇ?





投稿者 雑魚
投稿日 2010年10月18日(月)17時34分16秒
タイトル 「なにわ」 レポート
宮原で見掛けた「サロンカーなにわ」は先週末、大阪から梅小路の短絡線を経由して
山陰線に直通する運用に供されました。沿線のロケハン事情に疎かったので、かなり
大雑把な感覚で、京都タワー展望室から短絡線通過時を狙いましたが(中段画像参照)
20分に及ぶ梅小路貨物駅での停車シーンは(上段画像参照)我が 300mmを駆使しても
流石に遠過ぎまして、無料望遠鏡を上手く連携・駆使できないものかと、傍目に少し
恥ずかしくも往生際の悪さを露呈した雑魚でありました。

下段画像は事後、復路の新幹線までの空き時間に立ち寄った梅小路蒸機館の様子です。




投稿者 高速貨A
投稿日 2010年10月18日(月)21時52分30秒
タイトル 「秋の南富良野ノロッコ号」
10月17日〜18日 旭川〜富良野〜新得に臨時列車「秋の南富良野ノロッコ号」が運行されました。
10月18日に一日散歩きっぷを使用して、札幌から普通列車を乗り継ぎ、富良野から新得まで当列車に乗車しました。
途中の金山〜東鹿越の、かなやま湖(ダム湖)付近で徐行運転を行い、周辺の紅葉などの風景を楽しめました。
(不具合による徐行運転ではなく、宗谷本線 抜海〜南稚内 利尻島を望める区間で、たまに徐行運転するのと同様のものです)
 残念ながら落合〜新得の新狩勝トンネル通過後の箇所(北海道らしい雄大な風景を望める)での徐行運転はありませんでしたが、
それでも展望抜群の車輌ですから、雄大な風景を楽しめました。
 なお、現在では昼行客車列車は観光用臨時列車のみで、殆どが全指定席なのに対して「ノロッコ号」は普通列車扱いなので
特急料金などの追加料金が不要、しかも自由席があるので気軽に乗車出来る列車です。
 画像を添付します。ノロッコ号車内、かなやま湖付近の風景、新狩勝トンネル通過後の風景です。




投稿者 ED76109
投稿日 2010年10月18日(月)23時07分57秒
タイトル 「公私混同」への戒め?!
 またまた失礼致しております。「ED76109」でございます。

 マロネロ38様
 >201は大阪環状線にまだ居ますので上手く当たれば乗車可能です。桜島線(中略)に入っています

    「アメリカ村」と双璧の人気のある自主研修場所が「USJ」と「道頓堀」。
本日、引率団会議の席上、学年主任と教頭から「生徒指導部長は、午前中が 「USJ」。
午後は「道頓堀近辺」に待機して下さい。」との一言(えー、絶句・・・)。
まあ、仕事ですからねぇ。でも、これで「マンボ」探訪も・・・(滂沱)。
ここは開き直って、大阪環状線の「201系」に乗って「内回りの大阪・天王寺」を1日中「半周」していますかねぇ。
しかし、未だに生徒は「先生、『大阪駅』と『梅田駅』って何処がちがうの?」であるとか、
「『内回り』と『外回り』の違いって何なんですか?」と真面目な顔をして質問してくる始末。
小生、本腰入れないと、近畿圏の自主研修日は、一日中「大阪環状線」と「大阪市営地下鉄」に乗る羽目になりそうであります。
(実は、関西は「十三のホテル」に2泊する予定であります)

 雑魚様
 >旅情を覚えて止まない「ローピン」色では無かった

  小生、「日本海縦貫」の長距離PCは、「雑魚様」とは真逆ですが
「トワイライトEXP色のハチイチ」の贔屓でありますので、
「淀川」を渡る「日本海」のショットには強い憧憬を感じます。
小生、修学旅行の引率で「公私混同」は諦めたほうが良いと、本日「決意」しましたが、
我が母校が「高校野球秋季都大会」を勝ち進んでいるとの話を「悪友」から聞きました。
こうなりゃ、来春の「センバツ」出場(26年振り)に期待して、「トワイライトEXP」で堂々と「マンボ見学」に参ります。

 高速貨A様
 >ノロッコ号車内、かなやま湖付近の風景、新狩勝トンネル通過後の風景です

  つい前月まで、「721系」や「731系」の冷房にほっとしておりましたら、
昨日、「桑園」からの帰路の「いしかりライナー」に暖房が利いていてほっとしてしまいました。
「かなやま湖」も「狩勝峠」も、もう初冬の装いが感じられます。
小生の在する近所の「鉄道林」もすっかり「冬賄い」といったところ。
そういえば、「旭川駅」の高架化が話題となっておりましたが、
当地の「函館線の高架工事」もコンクリートの高架橋が次第に見え始めております。

 先達の皆様方のグッドショットに係り、心からお礼申し上げます。
以上、修学旅行の楽しみは、「鉄道博物館」のみとなってしまった「中年客車鉄ちゃん」でございました。



 
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