倶楽部メモ(698)
平成24年 3月 1日〜 3月 5日


投稿者 急行越前
投稿日 2012年 3月 1日(木)22時46分15秒
タイトル 可搬式尾灯
大変ご無沙汰しております。皆様方の客車に対する愛情あふれるやり取りをいつも楽しく拝見しておりました。

さて、最近話題になっている、可搬式尾灯の写真があったのでお出しします。

妻面下部の拡大写真も載せておきます。コードがつながっているのがわかりますね。

オハ61 2581(仙ワカ)1981年8月29日 喜多方

投稿者のホームページ



投稿者 仙コリ(管理人)
投稿日 2012年 3月 2日(金)07時08分52秒
タイトル Re:可搬式尾灯
急行越前様

可搬式尾灯そのものずばりで、しかもわかりやすい角度の写真ありがとうございます。
しかも、先日クモイ103様が書き込まれていた日中線のオハフ61+オハ61の写真ですよね。
後ろのオハフ61の車掌室側がオハ61との連結面側であることも確認でき、本当に今回の話題に
ぴったりの写真を提供していただき、ありがとうございました。



投稿者 クモイ103
投稿日 2012年 3月 2日(金)17時30分42秒
タイトル 日中線のオハフの向き
急行越前様

日中線用客車の鮮明な写真、私からも御礼申し上げます。
喜多方駅2番線(磐越西線下り本線)ですから、朝の会津若松から直通の621レでしょうか。
私はSL末期とDL時代に1回ずつ日中線を訪れていますが、当時客車には関心が無くまともに撮っていませんので、
ご提供の画像を見て思い出が蘇るようです。

さて、仙コリ様のコメント:

> 後ろのオハフ61の車掌室側がオハ61との連結面側であることも確認でき

…を読んで、もしや?と思い、辛うじて客車が写っている拙作を引っ張り出してみました。

【写真上】
昭和53(1978)年12月19日、喜多方駅の日中線専用ホーム4番線で“昼寝”中の
オハ61 2926(手前) + オハフ61 3035(奥)、共に〔仙ワカ〕です。
不鮮明な写真で判りづらいですが、オハフの車掌室は向こう(編成の外側)を向いており、
急行越前様ご提供の写真とは逆向きになっています。
(このオハフはオハから改造のグループなので車掌室はデッキ内方にあります。
一番手前の客窓が狭く洗面所と思われること、奥側の屋根上に手すりが見えることから、奥側が車掌室と判断できます。)

わずか2両の編成ですから緩急車が片方だけでも支障は無いにしても、車掌室は編成の中央部に置いていたのではないか?
と思ったのですが、見事に裏切られました(笑)。
車掌室の向きはやはり一定していなかった様ですね。

【写真下】
皆様のご参考までに、喜多方駅4番線の位置がわかる写真を添えます。
4番線と向かい合う画面左側の線路は1番線(磐越西線上り本線)で、
その左側に2番線、3番線、さらに貨物側線が見えています。
右側の4番線の線路は後方で車止めで終わっており、その先は駅本屋です。
つまり順当に附番すれば「0番線」となるような位置に、4番線はあったのでした。




投稿者 急行越前
投稿日 2012年 3月 3日(土)18時58分49秒
タイトル Re:日中線
仙コリ(管理人)さま、クモイ103さま

過分なお礼の言葉をいただき恐縮です。お役に立てたようで幸いです。

当時のメモを見ますと、クモイ103さまご指摘のとおり、会津若松5:17発の熱塩行に乗車したようです。
このときはすでにかなり少なくなっていたオハ61だけをかなり一生懸命撮ったようで、
機関車やオハフ61(2706番)が写ったカットがありません...
投稿者のホームページ



投稿者 仙コリ(管理人)
投稿日 2012年 3月 3日(土)23時33分51秒
タイトル Re:日中線のオハフの向き
クモイ103様

新たな資料画像の提供ありがとうございます。
急行越前様提供の画像を拝見して日中線の2両編成の場合は車掌室は編成の中央部に置いていた
と思ってしまったのですが、決まってはいなかったようですね。
もしくは年代によって決まっていたのか?
編成のなぞは本当に難しいですね。

先日お知らせした編成の基本についてのページを作成しているのですが、次々と例外規定?
がわかって難儀しています。

とりあえず思いついたかぎりで作成してみましたので、まだ未完成ですが皆様に見ていただき
そこは間違っている・説明が足りないなどのご意見をいただければ助かります。
ある程度皆様に納得いただける形になりましたら(ならない可能性もありますが…)正式公開
させていただこうと考えていますので、ご協力よろしくお願いいたします。

(管理人) 注
仮公開ページには誤りが多数ありましたので公開を中止させていただきました。



投稿者 クモイ103
投稿日 2012年 3月 4日(日)09時35分38秒
タイトル 「客車編成の基本」ページについて
「客車編成の基本」のページ、拝見しました。
失礼ながら正直「う〜む、どこから突っ込んで良いやら手に余る…」というのが第一印象です。
その最大の理由は、前にも書きました通り実際の編成は融通無碍に構成されていて単純化できないところを、
単純に断定されているためです。

【車種の順序について】

> 客車列車の編成は、基本的に西側(東海道本線では大阪側:東北本線などでは上野側)から
荷物車・寝台車・2等車(グリーン車)・食堂車・3等車(普通車)の順番に連結されていました。

…これなど、そう単純に言い切ってしまっては誤解を招く恐れの高い代表格ですね。

昭和30年代前半の東京−九州間急行はあらゆる車種が連結されたフルセット編成で知られますが、
その多くが下り方からユまたはニ・ロネ・ロ・ハネ・シ・ハという順序であり、
寝台車と座席車の区別よりも等級の区別の方が上位概念だったと思われます。

ただ、途中回転車のある場合など列車固有の事情で例外もあり、
ロネとハネ各1両を博多で回転していた昭和35年頃の「霧島」では
ニ・ロネ(博多)・ハネ(博多)・ハネ・ロ・シ・ハ
と入れ換え作業を考慮した編成でしたし、
また大分でハネ1両とシを回転していた「高千穂」ではハネ車2両でシを挟む編成も見られました。

時代が下って昭和30年代も後半になると、食堂車の連結位置を編成の中ほどに置く措置が見られるようになります。
昭和37年10月改正で“寝台列車”化された急行「安芸」は当初
マニ32+オロネ10+スロ53+マシ38+ナハネ10+…(全15連)
で食堂車が下り方に偏っていましたが、翌年2月に編成替えがありマシが5号車に移されました
(それでもまだ少し偏っていますが…)。

少し遅れて20系ブルトレでも、昭和40年10改正から食堂車の位置が変更されます。
いわゆる「殿様あさかぜ」以外のブルトレではロネ・ロが各1両のため食堂車がやはり3号車
(「はくつる」はロが無いので2号車)と偏っていましたが、
この改正で軒並み6号車(「はくつる」は5号車)に移動したようです。
またヨンサントオ改正時の昼行急行「十和田1−1号」(改正前の「みちのく」)では、
1両だけのロをシとともに編成中央部に置くという、後の東北電車特急のような合理的な編成を組んでいました
(ARC資料館の情報より)。

【緩急車について】

> 列車の最後尾には緩急車を連結しなければならない事になっています。

…「しなければならない事になって」いるという国鉄内規をご存知なのでしょうか?
なお典型的な“例外”と思いますが、「夢空間」の緩急車は端から2両目でしたね。

【換算両数について】

国鉄内規「車両換算法」(名称は変遷あり?)で積車と空車に分けて細かく規定されており、
また同じ重量記号の中でも形式を特定して換算両数の異なるものが多数存在しました。
例えば同じ重量記号“カ”でもカニ21とカニ22では換算が異なります。
残念ながらその元文献は整理が悪いためすぐ出てこないので、申し訳ありませんが
「異なるものがあった」というご紹介に留めさせていただきます。
詳しい方がおられましたらフォローをお願いしますm(_ _)m。



投稿者 仙コリ(管理人)
投稿日 2012年 3月 4日(日)09時57分42秒
タイトル Re:「客車編成の基本」ページについて
クモイ103様

的確なコメントありがとうございます。
自分でもかなりむちゃな書き方だとはわかっていながら、皆さんにつっこんでもらいながら
直していこうと考えていたのですが、むちゃが過ぎたようですね。
あくまでも基本的なこととして書いたつもりでしたが、異なっている場合があまりにも多く
そのような状態では基本も何もありませんよね。
無謀であったことを反省し、仮ページは削除させていただきました。
もっと勉強して何とかカタチになれば良いのですが、正直難しいかなと感じています。
画像等を提供いただいた方には本当に申し訳ありませんでした。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2012年 3月 4日(日)10時45分35秒
タイトル PCの編成
基本的な事は管理人様とクモイ103様のお説の通りですが、途中解結の編成になると
線区の事情に合わせて相当なヴァリエイションがありました。
面白かったのは臨時の急行や準急でしたが、ユとニが殆ど連結されていなくて途中
併解結が多くて客車展覧会状況でした。
ある夏川桁から臨時準急「ばんだい」のオロ40で郡山到着後後から入構してきた臨時「まつしま」
がオロ35の近代化改造だったので、急いで乗り換えたりしました。(郡山併結で上野まで)

列車名を忘れましたが一度三ノ宮で下り九州方面行急行に、ニ+ニ(ユニ?)+スロハフ30(w)
+マロネ37(29)?を見た事がありました。
スロハフ30は圧倒的に北海道の普通列車用でしたので、本州では珍しいなと見ていました。

兎に角客車の機動性を生かした臨機応変の編成があったのも事実ですから、PC研究の奥が
深いのが事実です。



投稿者 クモイ103
投稿日 2012年 3月 4日(日)21時31分3秒
タイトル Re2:「客車編成の基本」ページについて
仙コリ(管理人)様

本気でやれば相当複雑な解説になるだろうと思いましたが、削除は残念です。
偉そうなことを言っている私自身、客車編成の基本法則を理解しているとは言えない状況ですので、
仙コリ様お得意の解説ページに密かに期待していましたが、
その仙コリ様をもってしてもやはり一筋縄ではいかないテーマなんですね。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2012年 3月 5日(月)09時29分49秒
タイトル PCの編成参考に
皆様方には釈迦に説法でしょうが、「鉄道友の会」の会報にCGでは知られた
外山文比古氏が優等列車の編成を連載して居られます。最近ですと下記ですが、
以前戦前の「富士」もありました。

NO.705が「八甲田」、No.708「越路」、No.709「さぬき」等々--会員の皆さんには
お馴染みでしょうが、PCファンには大変楽しみです。ご参考までに申し上げておきます。


 
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