倶楽部メモ(262)
平成17年 1月31日〜 2月16日

投稿者 今泉
投稿日 1月31日(月)21時48分3秒
タイトル Reただ者ではないオハニ36
こんばんは、ご無沙汰しております。
私もオハニ36のコンバージョンキットを温めていたのですが、
ここへきて急遽オハニ63として組んでしまいました(^^;)。
(市販品も予約しました。)
これまで初代「あさかぜ」のN編成化は特に意識していなくて、
マロネ40やマロネフ29(100番台)はコンバージョンを組みましたが、淡緑帯にしてしまっていたり... 
まぁ、いざとなったら青帯に貼り替えれば良いのですが(おっと)。



投稿者 EF5841
投稿日 2月 1日(火)09時56分11秒
タイトル ハザの座席指定
スハ44系に置き換え前、スハ43系の「さくら」に乗車しましたが、ボックスシートでも座席指定でした。




投稿者 クモイ103
投稿日 2月 1日(火)21時43分39秒
タイトル Re:ハザの座席指定
 昭和40年ごろまでは、ハザの座席指定はもっぱら特急列車が中心で、急行列車ではごく少数派でした。
 指定席が普及しはじめるのは、「マルス」が本格稼働するヨンサントオ改正からだったと思います。
 なお、行楽地行きの準急列車では、それ以前に全車指定席のものが多数運転されていたようです。

 EF5841様は、スハ43系の「さくら」にご乗車になったのですか!
 そのような当時を知る方の前で気が引けますが、昭和30年代の状況を、私なりに手元の資料で若干ひもといてみます。
 鉄道公報第1882号(昭和30年12月13日)通報によると、
 同月21日から1〜4列車「つばめ」「はと」の3等車が座席指定制となる旨が記されています。
 それ以前は座席定員制だったようです。おそらくこれが、ハザで初めての座席指定だったのではないでしょうか。
 急行列車においては、昭和32年10月1日改正で登場した元祖「寝台列車」である「彗星」で、
 編成中唯一の座席車スハフ42が座席指定制をとったのが始まりです。
 これは、当時「ハネフ」という車種が存在しなかったため、
 編成末端の緩急車としてやむを得ず連結されたものと思われます。
 その後も、「彗星」と同様に「寝台列車」に若干両の指定ハザが連結されましたが、
 大部分の急行列車のハザは自由席ばかりでした。
 急行のハニで指定席となった例としては、昭和39年10月1日改正時の寝台列車「安芸」の増1号車オハニ36がありますが、
 多くのハニは自由席だったと思われます。

 コンピューターのない時代、指定席は、全国の駅と指定席センター(名称は違うと思いますがそういう部署)
 の何千人という係員が、手作業と電話連絡だけで管理・発売していました。
 今から見れば気の遠くなるような、しかし見事な連係プレーですね。


投稿者 EF5841
投稿日 2月 2日(水)16時32分22秒
タイトル 指定席発券
マルス登場前は、東京、名古屋、大阪に発券センターがあり、個々の駅は鉄道電話を通じて電話をかけ、
予約状況を聞き取り発券していました。
また、東京、上野、横浜、名古屋、京都、大阪等の駅ではいちいちセンターに電話照会せず発券できました。
それらの駅では、直径5m以上ある円卓の上に国鉄全線の指定席のある列車の冊子が
1列車ごとに差し込んだターンテーブルがゆっくり回転していました。
発券希望列車を紙に書いて伝えるとその他ーテーブル上の冊子を抜き取り発見状況を確認し、発見していました。
確か、1回転30秒くらいかと思いますが、1回転のうちに余席確認、発券、余席残量整理をしていました。
正に神業です。
列車発車後は、センターを通じ、当該列車のカレチに余席を通知しておりました。


投稿者 EF5841
投稿日 2月 2日(水)16時51分51秒
タイトル 笑い話
既出、「さくら」に乗車した時、今ではまったくのお笑いですが、
流石、特急、良質の石炭を使っているから殆ど煙が出ない・・・・。
それもそのはず、東海道本線全線電化されたからです。
子供にとって、全線電化、ピンときませんから・・・。
「さくら」乗車の折、ボックスシートなるが故、がっかりしました。
特急の座席といえば、一方向座席だとてっきり思っていましたから・・・。
無理して手に入れた特急券、どら息子からは、特急ではないとぐれられる。
そんなこともあり、親爺が「つばめ」に乗せてくれたのは、その後のことで、
前出の発券風景、名古屋駅でまじまじと見て記憶しております。
特ロは、無理にしても、話題となった「ハニ」の座席に腰掛けられた時は、
今流の比較をするならば、国際線のファーストクラスの乗客になった気分でした。
ただ、その後、「こだま」の登場により、子供の間では、「つばめ」は一格下の扱いでした。
当時、「こだま」は2・3等、「つばめ」は1・2・3等、 
1等車のない特急なんてといって負け惜しみをいっておりました。
ただ、その「こだま」は、乗らずしまい。
やっと「こだま」に乗ったのは、昭和50年代半ば以降であり、各駅停車「こだま」でした。
その意味で、真の特急は、「つばめ」乗車以降一度も乗らずしまいです。



投稿者 テンィ
投稿日 2月 8日(火)14時35分23秒
タイトル 旅路とわくわくだんらん
かつてJR西日本・広島の「旅路」と金沢の「わくわくだんらん」が改造前、
12系のオリジナルのかたちだったころ、併結運転がおこなわれたようなのですが、
ご存知のかた、おられますでしょうか?



投稿者 103列車機関士
投稿日 2月13日(日)16時55分22秒
タイトル D52のお連れ・・
みなさま今日は!
D52のキットを手に入れましたので、御殿場線の70号機にしようと
思います。こんど山北駅に調査に以降と思います。調べて解ったのですが
これはさよなら運転のカマだったのですね、この編成をご存知の方
いらっしゃいますでしょうか?
以前御殿場線の客レについて書き込みがありましたが、
39年度、43年度の静ヌマの配置表をみてスハニ31をいれて適当につなげるのも
よいものかといろいろ考えております。


投稿者 イケトラ
投稿日 2月14日(月)19時16分16秒
タイトル 南紀2号2分割の謎
かなり久しぶりに投稿します。

前の話題で、天王寺行き南紀2号が阪和線内を2分割で走ったというのがありましたが、
鉄道ファン94年12月号の記事によると、「準急くまの」で似たような事例があったようです。
↓そのまま抜粋
 準急“くまの”は通常白浜口回転車(スロハ32形など)を編成の最前部に増結していたが、
単線の紀勢本線では線路容量が一杯になり、増結の余地が多くなって、
多客期には白浜口回転車を天王寺方に5両増結した“くまの”・“しらはま”が運転された。
阪和線内は客車10両、紀勢本線内は和歌山市からの客車を加え、12両となることもあった。
この編成に対し、阪和線内はEF52形重連(後にED60も加わった)が冬季は暖房車を従え、
また、紀勢本線内はC57形またはC58形が重連でけん引にあたった。
このうち、上り“くまの”は本務機を紀伊田辺で交換し、
後部天王寺方の増結車を白浜口で切り離す関係から、後部補機で運転された。
また、下り天王寺行きは、白浜口で増結編成を持ったC57形またはC58形重連が新宮からのC58と交換し、
阪和線内は増結編成と基本編成を分割し、増結編成は定刻のスジで、
基本編成は5〜10分遅れの続行列車で運転されたのである。
これは基本編成の前について増結編成との間に挟まれた和歌山市までの2両の開放と、
天王寺駅1〜2番ホームに到着した際、EF52形重連+暖房車が行止りホームを占拠し、
後部客車がホームからはみ出してしまうことに対処した処置だったようだ。


投稿者 EF5841
投稿日 2月14日(月)22時10分54秒
タイトル >御殿場腺
103列車機関士 様

御殿場腺といとスハ32が良く似合いますね。
編成のうちに1両くらいWルーフを挟み込むのもおつなものですよ!!


投稿者 103列車機関士
投稿日 2月15日(火)21時18分4秒
タイトル 有難う御座います。
EF5841殿、いつもお世話になってます。
今、昭和43年4月1日現在の静ヌマの客車配置表を見ています。
末期の編成も良いかと思いまして・・・
このメンツの中でキラリ光っているのがスハニ312ではないでしょうか?
やはりスハ32がたくさんいますね、スハ33も入れたいですね、
配置表を見た感じ結構長い編成だったんだろうなあと、言う印象を
感じました、


投稿者 紀州
投稿日 2月15日(火)22時42分24秒
タイトル よくわかりました!
イケトラ様はじめまして。
以前この掲示板で「南紀2号の謎」について質問をしました紀州でございます。
下り天王寺行き「南紀2号」の東和歌山から天王寺までの区間を2分割運転する理由と
牽引機の交換の様子がとてもよくわかりました。
長年の疑問がようやく解決しました。
1等車はスロハ32でしたか?スロハ32は昭和42年頃まで普通列車の運用に就いて
おりまして見た記憶はあります。
優等列車は全室ロ(形式不明)車だと思っていました。
ところで「くまの・しらはま」の併結は初耳です。昭和何年のダイヤかお教えいただけたら幸いでございます。


投稿者 EF5841
投稿日 2月16日(水)18時37分6秒
タイトル スハ33
スハ33には、初代と2代目の2種類があることに留意が必要です。
初代は戦前の特急「櫻」用のスハ33900(初代)の熟れの果てです。 
2代目はスハ32の台車をTR47に振り替えたものです。


投稿者 103列車機関士
投稿日 2月16日(水)19時44分9秒
タイトル Re.スハ33
EF5841殿
有難う御座います。
当時の(昭和43年)静ヌマの配置によりますと
スハ33は408.679.1194.1317.1390.1430
なので2代目ですよね、だいたい何両編成くらいでしたか?
当時の様子を少しお話しいただけますか?


投稿者 イケトラ
投稿日 2月16日(水)22時19分42秒
タイトル (無題)
紀州様はじめまして

“くまの”と“しらはま”は併結ではないみたいです。
鉄道ファンにはそれ以外の情報がなかったので、詳しくは分かりませんでしたが・・・



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