倶楽部メモ(261)
平成17年 1月19日〜 1月31日

投稿者 青列車
投稿日 1月19日(水)20時01分11秒
タイトル 【ドア】トラストトレインは要員配置
お邪魔します。
旧型客車(非自動ドア車)ですが、大井川鉄道で運転されるトラストトレインでは、
必ずドアに保安要員(ボランティアスタッフの主任務)が配置されます。上下各々述べ3名が各車のドア脇に立ち、
走行中ドアが不用意に開いてしまったり、開いたドアから乗客が転落したりしないよう対応しています。

確かに、涼風の恋しい季節、デッキのドアを開け全身に風を浴びる爽快感は何ものにも代えがたいのですが…
「汽車のどあはそういうもの」であることを知らない人が大多数になってしまったいかとなっては
「禁断の味」なのでしょうね…
(ボランティアに参加し、夏場にその「ドアボーイ」を担当した時など切に感じました(^^);
目の前のドアを開けて、涼風を浴びたい誘惑に何度駆られた事か…
しかし、そんな行為がいつどこで誰のカメラに撮られないとも限りませんし、
その映像がメディアに出ない保証はありません。
そうなった時、誰に迷惑がかかるのか?
下手すると「お上のお叱り」で運転そのものが不可能になる危険性も皆無ではないだけに…自戒自粛!)



投稿者 浪速の某
投稿日 1月19日(水)21時55分31秒
タイトル 津軽鉄道ですか。
旅行等で近くは通りながら、いまだ乗車は果たせていないです。
普通列車として毎日走っているそうですし、目当ての旅行客との乗り合わせを差し引いても、
現在現役で稼動している旧客列車のなかでは、車内等、最も現役時代の雰囲気を味わえそうですね。
しかし以前から思っていたことですが、モケットが国鉄標準の青無地から、
JRの近年の更新車のような、ピンク地で網目柄のモケットに更新されています。
唯一そして最大の残念です。モケットの色柄ひとつでまったく雰囲気が変わってしまうものですねぇ・・



投稿者 客車
投稿日 1月19日(水)23時34分11秒
タイトル モケット色柄
「ハ」のモケットの色は一二三等制の時は濃緑無地で、一二等制の時は青無地だったはず。
やはり三等車(ハ,赤切符)には濃緑無地がふさわしい。


投稿者 103列車機関士
投稿日 1月23日(日)18時14分0秒
タイトル ただ涙するのみ
みなさまお疲れ様です。
私、歌川様の訃報、恥ずかしながら今月のRMMで知りました。
私が最後に店を訪れた直後の事だったのでいまだに信じられません。
なんか店に行ったらあのカウンター(?)に座っていて「ああ!あの記事はね、
うそなんだよ!」って言ってくれそうに気がしてしまいます。
現在、歌川さんのオハ35、オハフ33、スハフ42、木造電車
を製作しており、どうか完成を見ていただきたかったのですが
とても残念です。ご冥福をお祈りします。

悲しみのやりどころが無くこの場をお借りしてしまいました
申し訳ありませんでした。


投稿者 まうんてん
投稿日 1月24日(月)17時08分38秒
タイトル すいません
いろいろと教えていただきありがとうございました。
90年の和田岬線が最後とは。。。大阪に住んでいて近くだったんですけど。。。
小学生の頃、まろねふさん同様ずっとデッキに立っていました。
津軽に行く用事をつくります。みなさん親切にしていただきこの場ではありますが御礼を申し上げます。
ありがとうございました!



投稿者 青列車
投稿日 1月24日(月)23時25分23秒
タイトル 【歌川模型】以前NHKTVで
103列車機関士さま
早速私もRMM立ち読み(ゴメン!>ネコ・パブリッシング社さん。
でもRM今月号と、「消えた轍1」はちゃんと本屋さんで買いましたゾ)しました。
歌川模型さんのご高名はかねてより聞き及んでおりまして、一度は訪問したいと思っていたのですが…

そういえば、あれはいつ頃だったか?少なくとも半年は経っていない最近のことでしたが、
NHKテレビで毎週日曜朝放送されている番組(首都圏ローカル?)で、吉祥寺が舞台になったことがあり、
「ハモニカ横丁」が紹介されていて、そこに歌川模型の「おやじさん」が登場されていました。
お店の中の「いかにも!」な品揃え。
堅気の衆はいざ知らず、「鉄」ものなら思わず身を乗り出して画面を見つめてしまいそうな光景に
しばらくテレビに釘付けモード(^^);

テレビで紹介されていた、地元商店街の皆様方、これがまた皆さん実にいい方ばかり。
その中でも「歌川のおやじさん」は、確か最高齢とかで、信望の厚い長老格といった感じでした。

良き時代の風情を今に伝える(かつて街の商店街にはあのような「おやじさん」や「おかみさん」達が大勢いて、
街の活気を底辺から盛り上げていた様に思います)恩人がまた一人、鬼籍に入られてしまったのですね。

ここに慎んで哀悼の意を表します。



投稿者 EF5841
投稿日 1月25日(火)10時17分51秒
タイトル 歌川模型に捧ぐ!!
歌川の親爺さんの訃報、先月はじめに承知しておりました。
改めて、合掌!!
奥様が細々と引き継いでおられるのですが、また、古きよき時代の模型屋が消失したのかと思い残念です。
昔の面影を残す模型屋は、本当に少なくなりましたね。
陳列棚の埃を払いのけると意外なものが飛び出してくる。そのわくわくする感が好きです。
池袋の「L」、横浜の「K」や「T」、世田谷の「H」、練馬の「I」等、本当に10指であまるようになりましたね。

歌川の親爺さんを失い一番がっかりしたのは、戦後の鉄道模型の語り部がいなくなったことです。
9月末に「カツミ初代ED16」をレストアしており、出来うる限り当時の部品で再生することを約束し、
ある程度形になったらご批判いただきたい旨を語って別れたのが最後となりました。

親爺さんと言えば、ハーモニカの名手でしたね。
ペンダントよろしくミニサイズのハーモニカを首から垂らしておられました。
9月末の折もハーモニカの演奏を披露してもらいました。

鉄道模型、昨今はスーパーディテール物が大流行。
しかし、歌川の製品を見るにつけ、ほのぼのとした手の温もりがあります。
鉄道模型は走って何ぼ、でなければならない原点があるように思います。
銀座やキムチにはない愛着と言うものが沸きます。

UトラックやトロッコUちゃんなんて、はたまたUレース、みな親爺さんの手作りが感じられる製品です。
また、ワム50000、オーバースケールですがしみじみとした味わいです。
いずれも、模型つくりの原点を地でいっています。
本当に鉄道模型が好きな方の手元で末永く愛されることを祈念しております。


投稿者 103列車機関士
投稿日 1月29日(土)22時49分46秒
タイトル 初代あさかぜ
みなさまお疲れ様です!
私、初代のあさかぜ編成について興味を持ってます。
ピカピカのナハネ10に二重屋根のマロネとスハニ32となかなか
楽しそうです。
色々編成例を各サイトで見つけましたが、あさかぜ用に改造された
と言うマニ32 91〜93の繋がった編成例を見つけられません
これは登場時に使用された物なのでしょうか?
ぜひ編成に入れてみたいのでご教授お願い致します。

こちらの乗客でNの工作している皆様、最近、旧客も編成ものの製品が
出るようになってまいりました、なんとか被らないように違う編成に
なるようにと考えたりしませんか?


投稿者 クモイ103
投稿日 1月30日(日)00時05分1秒
タイトル Re:初代あさかぜ
 初代「あさかぜ」の荷物車といえば、鋼体化客車オハニ36がまず思い浮かびます。
但し、オハニ63からオハニ36への台車変更が間に合わず、当初の約1ヶ月間はスハニ32が使用されてひんしゅくを買った…
というのも、わりと有名な話ですね。
初代「あさかぜ」には全室荷物車は使用されなかったのではないでしょうか。
 それに対して、「あさかぜ」の翌年に登場した「さちかぜ」は、東京−博多間で全室荷物車を連結していました。
鉄道ピクトリアル第283号(1973-9)に寺本光照氏が執筆されている「国鉄急行列車・愛称変遷史」では、
しっかり型式番号「32」が記されており、これがマニ32 91〜93だったのではないかと思います。

 なお、初代「あさかぜ」の2等寝台車はマロネ40(A・Bロネ)とマロネフ29(Cロネ)で、
マロネフ29は丸屋根の100番台車が主体ですが、2両しか存在しないため、
予備車として二重屋根の10番台車が用いられたようです。


投稿者 103列車機関士
投稿日 1月30日(日)09時43分24秒
タイトル 有難う御座います。
クモイ103殿!
ご無沙汰しております。
スハニ32はホントに短期間でしたのですね、
マロネではなくマロネフでしたね失礼しました!ただいま
マロネフ29 11を製作中です。ナハネ10とのギャップを
うまく表現したいと思ってます。
なるほど、ロングラン用のマニ32 91〜93はさちかぜ、はやともなんかも
考えられますね、有難う御座いました
このさい、この頃の特別急行や急行、皆そろえてしまおうかな?今度オイM1811も
発売されるようなので・・・・


投稿者 ミキスト
投稿日 1月30日(日)10時15分43秒
タイトル Re:初代あさかぜ
固定編成以前の長距離特急にはハニがよく使われてますが,
当時の10系ハザより明らかに劣る設備のハニに固執する理由があったのでしょうか.
全室ニでも良いと思うのでしょうか.
もし牽引の負荷等が理由なのであれば需要からして10系のハニが新製されてもよかったと思うのですが.


投稿者 EF5841
投稿日 1月30日(日)15時04分6秒
タイトル ハ二
特急の「ハ二」、つばめ、はと、かもめの場合、一般の荷物やチッキ扱いのために連結されたのではありません。
「つばめ」なりの乗客の手荷物専用の扱いでした。
そのことから推測するとあさかぜも同様の理由ではなかろうかと思います。


投稿者 クモイ103
投稿日 1月31日(月)00時04分33秒
タイトル ただ者ではないオハニ36
>ミキスト様
 「当時の10系ハザより明らかに劣る設備」とおっしゃるのは、客室設備のグレードという意味でしょうか?
それなら、オハニ36の客室は決して「明らかに劣る」と言う程のものではありませんよ。

 オハニ36(当初オハニ63)は、鋼体化客車ながら、当初から優等列車への使用を前提に、
当時最新のいわゆるスハ43系に準じた客室設備でした。
一方、いわゆる10系ハザも、基本的な思想はあくまでスハ43系の次世代の同格の車両という位置づけで、
例えばボックス座席の間隔もスハ43・オハニ36が1470mm、ナハ10が1480mmと大差ありません。
もちろん、10系が一番新しいわけですから、その分各所に改良点があるに決まっていますが、
当時の感覚ではしょせん特急用のスハ44からは1ランク落ちる一般用車両であり、
その意味ではオハニ36とも「同じ穴のむじな」だったと考えられます。

 そういえば、「かもめ」のハザが昭和32年6月にスハ44系からナハ11系にグレードダウンした際も、
荷物車はオハニ36が使用されました。
以前ここでオハニ36の話題が出たとき、「スハ43系番外編」だと書きましたが、
台車は43系どころか10系並みの新型であり、運用面の実績も考えれば「10系ハニ」の性格すら持っていた、
ただ者ではない形式だったわけですね。

# Nゲージで完成品が出るけれど、買い溜めたT店とY店のキットが…(T_T)


投稿者 ミキスト
投稿日 1月31日(月)12時37分25秒
タイトル Reただ者ではないオハニ36
仰る通りですね.
オハニ36の使われ方をみると,ハザ→ハネ→ロザ→シ→ロネなど,
優等車の順番の一番最後にロネ→ハニのパターンが少なからずあるので,
半室ハザの車内や乗客の雰囲気に興味があります.
食堂車にいくにも優等車を通過していくわけですよね.
ところで当時の長距離列車のなかで,ハニのように貴重であった3等座席は
自由席だったのか,指定席だったのか,どうなのでしょうか.



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