倶楽部メモ(87)
平成13年 5月30日〜 6月 7日

投稿者 キサハ34
投稿日 5月30日(水)20時10分29秒
タイトル Re:川口の20系ほか
本文

▼やまだ様

地元の方の貴重な意見ありがとうございます!

>私は浦和ですので、地元の友人と良くこちらへ飲みに来ています。

なんと、うらやましい!私の地元ではそんなお店ないですから!
(模型が走っているお店なら喫茶店とスパゲティ屋さんがありますが)

>ただ、お店の人は見透視が悪くてお客様へのサ−ビスが行き届きずらいとの理由・・・

ってことは車内は比較的座り易い訳ですね!?
是非近いうちに行こうと思います。

▼さくら号様

>20系寝台特急でマヤ20のことを思い出しました。
>新型の20系に旧型のマヤ20が妙にミスマッチ

マヤ20、なかなか魅力的ですよね!
現在のマヤ24 500やカヤ27ってなんか、復活マヤ20って気がしません?
編成美もいいですが、結構変な奴も私は好きです。


投稿者 8927
投稿日 6月 1日(金)17時12分26秒
タイトル 9241列車
本文 過去ログ 倶楽部メモ(28)(29)に載っている 9241レ ってどんな列車ですか?
ムーンライト系? ご存知の方 教えて下さい。


投稿者 EF6113
投稿日 6月 1日(金)23時02分07秒
タイトル 客車の青色化について
本文 基本的な質問で申しわけありません。
客車の青色化はいつどこからはじまったのでしょうか。おそらく昭和40年代前半だと思いますが。
東海道本線最後の普通客車列車143列車(ヨンサントウで消滅)にはスハ43が使われていた
ようですが、消滅時には青色のスハやスハフが使用されたのでしょうか。
推測でも良いですのでどなたかご教授よろしくお願いします。


投稿者 キサハ34
投稿日 6月 1日(金)23時23分36秒
タイトル 青15号
本文

▼EF6113様

青色の客車は基本的に1964年(昭和39)からです。
対象は半鋼製客車については近代化改造車から、あわせて軽量客車も変更されています。

この内容については過去にも何度か討論されているようですので、参考にしてみてください。

ちなみに「基本的に」と言うのは昭和33年から特急「はつかり」に青色が存在するためです。

なお、東海道の件ですが、スハ43系は多くが近代化されましたので使用該当車に
近代化改造車がある可能性は十分にあると思います。


投稿者 やまだ
投稿日 6月 2日(土)03時43分40秒
タイトル 20系の思い出・・・
本文

皆様こんばんは。

20系客車良いですよね?(自分は鄙びた感じの10系の方がもっと好きですが・・・)
私は20系に乗車したことはないのですが、幼い頃に南浦和を通過する「あけぼの」、「新星」「天の川」、「おが」、「津軽」を思い出します。
 特に「あけぼの」のカニ22(パンタ無し)や、ナハネフ23の貫通扉の周りがクリ−ム色のヤツが印象深く残っています・・・

東大宮操にも20系がたくさん居て(時代を考えると廃車の疎開留置だと思うのですが・・・)
時既に東海道では25系時代を迎えていた事を考えると、「やはり陸奥、虐げられているなあ」と感じてしまうものです。


投稿者 さくら号
投稿日 6月 2日(土)18時04分43秒
タイトル ナハフ10
本文 またまた思い出ですが,急行雲仙・西海号で上京したときに(私が小学校入学前)列車は満席でした。
その時車掌さんが叔母と私を「こちらへ」といって席が見つかるまでナハフ10の車掌室に座らせてもらいました。
私が小学校行く前の昭和37年頃で当時は上京といえば急行「雲仙・西海」でした。
オシ17で食事をしたこともあります。たまにナハネ10?の2等親台車に乗りました。
寝台灯のランプも蛍光灯でなく白熱灯で夜行の雰囲気でてました。
一夜あけると東海道線上のどこか覚えていませんが151系「特急こだま」がかっこよく走り抜けて行ったのも思い出されます。
20系はその時も憧れでした。


投稿者 EF6113
投稿日 6月 3日(日)13時39分43秒
タイトル 青15号&米原ー田村間
本文

キサハ34さん、ご教授ありがとうございます。倶楽部メモ見てみました。
青色化については以前にも度々議論されていたようですね。
昭和40年代の客車列車の再現にはどうしても青色化のことを考慮しなくてはならないのですが、
どの程度の割合で青色客車が混じっていたかなどの具体的な記録はなかなかないようですね。
ただし、年代によってどの程度青色客車を混じっていたかあれこれ推測するのも楽しいとおもいます。

ところで以前、米原ー田村間の暖房をどうしていたかという話題があったとおもいますが、
山海堂からでている「車掌裏手帳」という本にこの件について具体的記述がありました。
著者は坂本衛さんという国鉄OBの方です。客車時代の「きたぐに」は米原でEF58を切り離してから
田村でEF70をつけるまでの30分間12系以外の客車は全く暖房されてなかったとのこと。
その為、車内が非常に寒くなり苦情が殺到したと書いてありました(216−219ページ)。
発行が最近であるため、大きな本屋なら今でも店内に置いてあると思います。宜しければご一読を。


投稿者 EF5829
投稿日 6月 6日(水)09時29分57秒
タイトル ちょっとレス
本文

 >米原ー田村間の暖房
  坂本さんというと「とれいん」誌でも「乗務中異状あり」の連載もされてましたし、
 現在某模型サークルでも活躍されている方ですね。早速当該著作探してみます。
  寝台車は毛布被って我慢できたとしてもG車が大変か。
 だから早期にG車連結やめたのかなー...いろいろ思惑は尽きません。

  20系懐かしいですね。
 当スレッドのアンケートでも人気が高いのにあまり20系の話題出ないのはどうしてかなー。
 他スレッドにあるから皆様気兼ねしているんですかね。

  東海道143レ
  確かジャーナル社が過去に増刊列車追跡シリーズ1を出しており、その中に追跡記事があったはずです。
 今手元にないので戻り次第調べてみます。スロ51が一等で入っていた記憶がありますが。


投稿者 キサハ34
投稿日 6月 6日(水)19時54分29秒
タイトル 米原−田村と言うと・・・&20系
本文

▼EF5829様、EF6113様

停車中に暖房が効かないなんて、通勤電車のバカ停みたいですね!
(以前、可部線に乗った時、105系が12月に扉全開で10分停まられた時は乗務員室に怒鳴りに行きたい気分でした!)
なかなか興味深いお話ですね。
本については地元に鉄道図書コーナーがあるお店があるので週末にでも行ってみようと思います。

ところで、ED70がマヌ34を介して客車を牽引する写真を見たことがあるのですが
素性はどうなんでしょうか?ご存知の方、ご教示願います!

20系客車は本当に思い出すと話題がつきません!今後も盛り上がりましょう!
ちなみに私が最後に乗ったのは95年8月15日の「桜島」で西鹿児島→新大阪でした。
参考までに当時の編成を記しておきます。
ED76 72+ナハネフ22 26+ナハネ20 360+ナハネ20 302+ナハネ20 239+ナハネ20 238+ナハネ20 361+カヤ2115
(関門間のカマは不明、下関からはEF65 1136)
以上の通りで、私はナハネの361でした。


投稿者 EF6113
投稿日 6月 6日(水)23時25分10秒
タイトル 米原ー田村、20系、143レ
本文

▼EF5829様、キサハ34様
コメントありがとうございます。最近「客車沼」に少しずつ深くはまりつつある今日この頃です。

ED70は登場時、電暖供給構造を持たなかった為、マヌ34を繋げていたようです。
その当時は、米原ー田村間はE10が担当してたとのこと。
マヌが米原からつながっていたのか、田村からなのかは不明ですが、
メンテンス、設備の関係からおそらく前者であったと思います。
マヌの暖房の効き具合についての記述したものは見つかりません。
昭和30年代、敦賀のD51を求めての撮影記を雑誌などで目にしますが、
何分撮影が目的なので春夏に訪れたものがほとんどで(雪が深く冬の撮影は不可能)
北陸線乗車についての記述には暖房車のことが登場したもは目にしたことはありません。
それにしてもこの2両のカップリングは非常に魅力的ですね。

20系、私も大好きです。しかし、乗ったことはありません。
小中学校時代、早起きして豊橋ー二川間に見物にいったものです。
今でも、ささやかですが良き思い出です。
それにしてもKATOからカニ22が発売されたときにはびっくりしました。

EF5829さんが客車編成の記録を取り出したのは東海道の客車急行の晩年だとおもいますが、
その当時は荷物車を除いてオール青色だったのでしょうか。


投稿者 EF5829
投稿日 6月 7日(木)08時59分32秒
タイトル Re:143レ
本文

>東海道143レ
  ジャーナル増刊を調べてみました。
  当時の追跡記事は車番の記録がなく、詳細は不明ですが、編成はおおむね次のとおりです。
  大阪方←
   EF58+オユ10+マニ+オハフ+スロ(51)+スハ×8×スハフ
  取材日には先頭にマユかスユの増結があったようです。
  マニ次位のオハフは33。スロは所定。スハ中にはスハ33も存在し、東海道本線筋の列車と
 ては結構ホネがありそうな編成といえます。
  カラー写真もなく、車号も読み取れないため、受持区も不明ですが32、35、43系(43は
 極わずか)主体の編成と考えられ、スハ33が組み入れられていることから、青、ぶどう混合
 色編成ということだけは確信できます。
  さて、お気づきのとおりこの列車は大垣夜行の前身ですね。東京発23:30で大阪着は10時
 過ぎというダイヤ。乗り遅れても朝一ひかりでは大阪に早く着くというダイヤです。
  
  私の編成記録は1977年から1979年までの間です。東海道の客車急行といっても20系銀河で
 旧客急行は東海道・山陽線系では消滅していました。
  東北線系では臨急客にたまにぶどう色の車両が入ることがありました。(特に秋田受持ち
 の列車)77年というと荷物車も世代交代の波が押し寄せ、マニ50が落成したのもこの年です。

  20系で私が乗車したのは「銀河」「新星」だけです。(笑)
  当時はお金もありませんでしたので駅マルヨか座席急行のキックターンばかりでした。
  寝台車というとものすごく贅沢に感じられたのです。
  なお、20系は狭くて古いけれども、14系や24系よりも乗り心地は数段上でした。
  ところで20系、ドアあけるときは手動でしたけど、発車するときはどうしていたんでしょうね。
  1 駅員が閉めた
  2 車掌が閉めて回った
  3 閉まるときだけば自動
  4 乗客に閉めてもらうよう頼んだ(うそつけ)
 さあ、どれでしょう?


投稿者 キサハ34
投稿日 6月 7日(木)20時41分44秒
タイトル 「手で開けてください」
本文

▼EF5829様

>1 駅員が閉めた  
>2 車掌が閉めて回った  
>3 閉まるときだけば自動
>4 乗客に閉めてもらうよう頼んだ

正解は2ですね。(1000・2000番台を除く)

以前に「あおもり」に乗ったときですが、
車掌が2人常務で、一人がホームにいるうちに列車は動き出しました。
私はそれを知らずに良かれと思ってドアを閉めるとものすごい剣幕でその車掌が飛び乗ってきて
「失礼!」と言われたのを覚えています。

20系は基本は手動開閉で、車掌スイッチにより鎖錠する構造になっています。
ドアの上部に三角形の突起があり、停車時に上がり、走行中は降りているのです。
ただ、これは走行中に開いているドアを閉めれるようにバネで作用しています。
すなわち内開きの20系の折り戸は、外側に垂直面内側に斜辺ガ向くように突起が下がっています。

例えば、深夜の駅では予め乗降が無いと分かっている場合、この錠を外さないこともしばしばでした。
よって、関門間のカマを見に行けないことがしばしばありました。

そして、私がこの錠の外し方を知ったのは最終乗車時でした。
車掌に教わったのですが、この三角形の突起を押し上げながらドアの取っ手を引くと
走行中でも開けることができるのです!
私はこうして、山陽本線のインカーブで走行中の列車の写真を撮ったものです。

以上、思い出の断片です。長々と失礼しました。

さて、以下の暗号(?)が20系車内のある部分に書いてあるのですが何だか分かりますか?

(ナハネフ22 25車内にて)

← あさ さ はや み ふ はく あか す に あけ →


投稿者 EF6113
投稿日 6月 7日(木)22時10分29秒
タイトル 20系の扉
本文

この件についても前回ご紹介した「車掌裏手帳」に出ています。(220-224ページ)
20系登場時は各車輌ごとに列車ボーイが配置されていて、扉の開け閉めはボーイの役目であり、
さほど大変な作業ではなかったようですが、合理化で列車ボーイの配置が廃止されると車掌の役目で、
晩年の「だいせん」では車掌が2人しかおらず、それはそれは大変だったということです。

それにしても、各車輌に列車ボーイがいたなんて!
コスト、コストと追いまくられる今の日本社会では考えられないことですね。
客車に関心が強くなったきっかけは、内田百間(←門の中の『日』は正確には『月』ですが)の
「阿房列車」を読んだことですが、ゆったりと経過する時間の中で食堂車やマロネ40のコンパートで
列車ボーイに何かと世話をしてもらいつつ、晩酌をする様は、非常に素敵だと思った次第です。
しかし、今後の日本ではまずありえない光景でしょう。

EF5829さんいろいろ調べていただきありがとうございます。
8月にKATOのスハ43系が再生産なので購入します。モデモの単品のスハも買い足します。
アリイのEF61は品薄があるかもしれないというウワサあり。
(あくまでウワサですが)購入は早くしたほうがよさそうです。


投稿者 EF6113
投稿日 6月 7日(木)22時15分33秒
タイトル ナハネフ22 25車内にて
本文

▼キサハ34様

>← あさ さ はや み ふ はく あか す に あけ →

テールマークに関係したものでしょうか?


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