倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集

倶楽部メモ(879)

令和7年6月19日〜6月24日

音戸のマロネ41からオロネ10への置き換えについて



投 稿 者  ナロ2051

投 稿 日  2025/6/19 19:09

タイトル 音戸のマロネ41からオロネ10への置き換えについて

 

表題の件、45年10月改正でマロネ41からオロネ10に置き換えられましたが、
オロネ10は度の様に捻出したのでしょうか?
45年10月改正で急行安芸が下関あさかぜに格上げされ、
捻出されたオロネ10は銀河のマロネ40.41の置き換えに転用されました。
広島配置のオロネ10 6両(予備車も含めて多分)のうち4両を宮原に転属させ、
残った2両を下関に転属させたのでしょうか?
(宮原は複数の列車を受け持っており予備車の共用は可能と思われる)
また下関配置のマロネ41は2両で検査時は竹下、広島などの近隣?の区から借用していたのでしょうか




投 稿 者  クモイ103

投 稿 日  2025/6/20 20:07

タイトル Re: 音戸のマロネ41からオロネ10への置き換えについて

 

ナロ2051 様

その辺りの経緯について、マロネ41の歴史という切り口から追ったことがあります。

45-10改正の前、301/302[音戸1-2号]に使用される中セキのマロネ41は4と5の2両のみでしたが、
他に1両だけオロネ10 41が配置され、これが予備車と考えられます。
また、[安芸]に使用される中ヒロのオロネ10は2両×3組+予備1両の合計7両
(4、5、6、24、25、26、31)でした。

45-10改正でのこれらオロネ10の動きは次の通りです。
 ・オロネ10 4、5、6 中ヒロ→大ムコ
 ・オロネ10 24、25、26 中ヒロ→中セキ
 ・オロネ10 31 中ヒロ→大ミハ
 ・オロネ10 41 中セキ→大ミハ

大ムコでは3両を迎え、205/206[日南1-3号]の大分回転編成に入っていたマロネ41を置き換えました。
中セキではやはり3両を迎え、301/302[音戸1-2号]のマロネ41を置き換えました。
大ミハでは2両を迎え、101/102[銀河1-1号]で最後の活躍をしていたマロネ40を置き換えました。

マロネ41の運用はこの改正で大きく減少し廃車も発生、
そして新幹線岡山開業の47-3改正でついに引退することとなります。




投 稿 者  クモイ103

投 稿 日  2025/6/22 21:36

タイトル Re2: 【訂正】音戸のマロネ41からオロネ10への置き換えについて

 

訂正の自己レスです。
「中セキ」「中ヒロ」と書きましたが、それぞれ「広セキ」「広ヒロ」の誤りでした。
昭和45年8月20日の工達第3号で塗色基準規程が改正され、
中国支社の「中」が広島鉄道管理局の「広」に変更されています。
申し訳ありませんでした。
変に略号で書かず普通に駅名で書けば良かったですね…




投 稿 者  ナロ2051

投 稿 日  2025/6/23 21:31

タイトル クモイ103様

 

 車番入りの丁寧なご返答ありがとうございました。
 そもそも急行安芸は3編成での運用だったのですね。広島での折り返し時間2時間しか無く、
阿蘇/天草はやぶさ/あかつきの様に共通運用を組む列車も無く、やむを得ないでしょうか。
 45年10月改正でマロネ41の使用列車は209/210レ日南3.1号(大分?)216/215レつくし3号(竹下)の
2列車で47年3月改正で運用を終了したという認識で宜しいでしょうか
 もう1つ些細な疑問ですが、銀河のマロネ40マロネ41の置き換えですが
宮原に転属したオロネ10は2両です。
もう2両はどの様に捻出したのでしょうか?
 増結 音戸のロネ、オロネ10にあたったらラッキーですかね。
男女別の広い洗面所と休憩室にこだわる人以外。




投 稿 者  クモイ103

投 稿 日  2025/6/24 7:21

タイトル Re4: 音戸のマロネ41からオロネ10への置き換えについて

 

ナロ2051 様

[銀河1-1号]のマロネ41は、47-3改正前まで存続しましたよ。
45-10改正前はマロネ40+マロネ41、改正後はオロネ10+マロネ41の編成でした。
なお、ここのマロネ41は23と24の2両のみでした。
オロネ10が検査予備だったと考えられます。




投 稿 者  クモイ103

投 稿 日  2025/6/24 7:33

タイトル Re5: 音戸のマロネ41からオロネ10への置き換えについて

 

補足の余談です。
[安芸]は下り広島着と上り広島発の時刻が近接していて当日折返しができず、
3組運用を余儀なくされていましたが、そんな中でも、
各時代の状況に応じて、できる範囲の工夫はおこなわれていました。
最末期の43-10改正時の場合、編成中の上り方3両を付属編成扱いとし、
[音戸1-2号]の広島回転車と共通運用して、2往復を4組で回していました。




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