倶楽部メモ(706)
平成24年 6月10日〜 7月 1日



投稿者 雪だるま
投稿日 2012年 6月10日(日)00時47分51秒
タイトル 電化開業後の苗穂運転所
札沼線電化開業で余剰になったキハ141などは扇形庫前に二列に14両くらい留置されてます。
二列のため列車内から向こう側の数がはっきりしません。工場内にも4両とキハ481両が留置されてます。
工場内には711系が運用をはずれて1編成、前照灯をはずされたDD 51原色と更新車が奥に留置されており多彩です。
なお、残された気動車はクーラー付が残されているようです。客車の話でなくすいません。



投稿者 H.Kawaguchi
投稿日 2012年 6月10日(日)17時32分9秒
タイトル 20系の使用電圧について
 こん**は、初めまして。H.Kawaguchiと申します。
表題の事について皆様にお伺いしたいことがありまして、投稿させて頂きました。
 20系で使用している電圧は600Vなのですが、なぜ20系だけ600Vを採用したのかご存知の方はおられませんでしょうか?
 子供の頃から20系が好きなので多少の資料は持っているので調べてみたのですが、
同時期の151系も440Vを採用しているのに20系だけが(噂ではお召列車も440Vとか)
600Vを採用した理由がどこにも記載されておらず、途方にくれております。
 御存知の方の御教授を頂ければ幸いに思います。



投稿者 赤まんと
投稿日 2012年 6月12日(火)09時47分25秒
タイトル JR九州の14系
オハネ25からの追加改造車、オハネ15 1112、1185、1122について完全に見落としていました。
天津甘栗さまの投稿で思い出しました。
これら3両はオハネ25時代に洗面台リニューアルを済ませていたため、銀帯でありながら洗面所窓が埋められています。
オハネ15 1112と1185が2002年に廃車されていると天津甘栗さまが触れていますが、
これは同年3月のダイヤ改正で編成が短くなり、余剰となったためです。
オハネ15 1112が2000年9月、1185が2000年10月最終全検で、2002年秋が検査切れのタイミングに当たっており、
そこで廃車決済が下りたものと思われます。

九州のリニューアル車と、オハネ25からの追加改造車オハネ15 1112、1185は当初、九州オリジナルの車番表記でしたが、
改造後初めての全検を迎える1999年から順次、国鉄書体に変えられていきました。
形式と番号の間にハイフンを入れるのが特徴でしたが、スハネフ151、スハネフ143など、
ハイフンも余白も省略した書式が次の全検まで一部車両に見られました。

幌枠の青塗装も見落とされがちな九州の特徴ですね。

さて、今年3月で定期「日本海」が運転を終え、青森配置の57両の24系にかなりの余剰が出ました。
「鉄道ファン」7月号によれば、2012年度首で保留扱いになった車両は10両程度です
が、6月現在、保留扱いでありながら「あけぼの」運用に就いている車両が数両存在します。
共通運用を受け持った最後の区所が青森です。
したがって、列車定期運転廃止後の運用移り変わりを追いかける、
国鉄時代からの客車研究の醍醐味を味わうまさに最後のチャンスが、今といえます。
皆が尾久や青森に出かけて実態を調査できるわけではありませんが、
「客車列車消滅へのカウントダウン」などと書きたてる前に、
いま一度どこか、残された客車の現状について詳しく特集を組まないだろうかと思います。

数年後、「青森の24系のバリエーションがよくわからず、困っています」という悩みが少しでも減るように。

九州の14系リニューアルがつい最近のことのように感じる、おじさん編成記録マニアの切なる願いです。



投稿者 赤まんと
投稿日 2012年 6月23日(土)09時27分43秒
タイトル 東北新幹線開業30周年
新幹線開業や延伸の陰で、消えていく運命にある夜行列車ですが、昨夜興味深い企画がありました。

Lot No.5190 9111レ急行「平泉いわて物語号」(大宮〜盛岡 運行)

オハネフ24 23(22-1秋田総合車セ)
オハネ24 7(24-5秋田総合車セ)
オハネ24 19(21-7秋田総合車セ)
オハネ24 51(22-6秋田総合車セ)
オハネフ24 19(22-8秋田総合車セ)
カニ24 23(22-10秋田総合車セ・機関更新)
 EF65 1105(22-2秋田総合車セ)

尾久から大宮に回送されて22:11入線/22:25発。盛岡に9:27着というダイヤです。
白帯で統一された編成美に、EF65の組み合わせ。
全車ゴロンとシートで寝台料金不要、急行列車という、粋な計らいです。
ヘッドマークや専用のテールマークは無く、「急行」表示でした。
サボは列車名と行先のほか、東北本線経由と、ゴロンとシートの表記が新鮮でした。
車体にゴロンとシートのステッカーは一切貼られず、サボの表記で済ませていました。
たかだか6両の臨時列車を企画、運行させるにも様々な調整のための苦労があるはずで、
ファンや地域振興のことを考えたJR東日本の懐の深さが嬉しいです。



投稿者 ED76109
投稿日 2012年 6月24日(日)00時12分40秒
タイトル 上野口からPC鈍行が消えて30年です
 おばんでございます。「ED76109」でございます。


 「赤まんと」様の後追いのようでありますが、「東北新幹線大宮開業」から30周年ということで、
当地の道新には「東北新幹線30周年記念号」の写真が掲載されておりました。
ということは、一方では「上野口」から「PC鈍行レ」が消えて30年目ということでもあるわけであります。
厳密に申せば、昭和57年11月の「上越新幹線大宮開業」に伴い、
最後まで残っていた「常磐線」及び「高崎線」のPC鈍行レが、「上野」から撤退したのでありました。
本当に繰り事のようですが、中高校生ころ「20番線フォーム」から発車していた「朝一番の仙台行」で一路常磐路を下り、
「平」から「上野行」に化けるPC鈍行で「日立木」辺りから折り返した「旅」が懐かしい・・・。

 長々と失礼致しました。
以上、そんな思いで、「北海道新幹線、平成27年度函館延伸」の見出しに嘆息してしまった
「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 クモイ103
投稿日 2012年 6月24日(日)07時29分1秒
タイトル 昭和57年6月23日
一日遅れてしまいましたが、話題に乗らせていただきます。

30年前の昭和57(1982)年6月23日は水曜日で、私は通学の途上日暮里駅で一旦下車、
常磐線ホームに陣取り、「新幹線リレー1号」が通過するのを撮影しました。
私を含めた若干名がカメラを構えています。

新前橋電車区に半年くらい前から投入され、165系と共に中距離急行の運用に就いていた185系200番代が、
初めて本来の用途で走ってきます。
すると、関係ない筈の常磐線ホームで
「ただいま駅の中ほどを通過している列車が、東北新幹線の1番列車に接続します」とアナウンス。
あの頃はまだ、新幹線の新規開業を今よりも純粋に祝う空気があったような気がします。

当時の写真を見返すと、かつて同駅に存在した東北列車線のホームは既に跡形もなく、
4本の線路はすでに常磐線寄りに移設が済んで、103系が走る京浜東北線との間に捻出された土地では、
新幹線の地下に潜る部分の工事がたけなわのようです。

30年前の思い出話でした。



投稿者 クモイ103
投稿日 2012年 6月25日(月)23時12分5秒
タイトル Re: 20系の使用電圧について
H.Kawaguchi 様

はじめまして、クモイ103と申します。
遅レスで申し訳ありませんが、ご質問の件について客車気動車研究会の例会で岡田誠一氏に尋ねたところ、
長編成の一端から給電するため反対側に達するまでの電圧降下を考慮した可能性もあるが、
いずれにせよきちんとした理由がある筈なので調べておくとの言質を頂きました。

また藤田吾郎氏によれば、交流で600Vというのは何か法規上の扱いが変わる境目であるとのことで、
それも絡んでいるかもしれません。
ちなみに直流ではその境目は750Vになるそうで、路面電車の走行電圧が750Vなのはその為だそうです。

なお、151系が440Vを採用している点ですが、当時は客車と電車の設計陣は全く別で、関連性は無いとのことです。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2012年 6月26日(火)10時25分43秒
タイトル AC600V
電気屋さんから聞いた話しですが、AC600V以上は「強電」区分になるそうです。
DCについては存じませんが、電気専門ではないので或いは記憶が間違って居るかも
知れません。



投稿者 客車
投稿日 2012年 6月26日(火)18時15分21秒
タイトル Re:AC600V
電気の高圧と低圧の区分点のはずです。
特別高圧>交流10000ボルト>高圧>交流600ボルト>低圧



投稿者 北ヤマ
投稿日 2012年 6月26日(火)19時33分2秒
タイトル 電圧階級について
↑の補足です。

直流と,交流で違いがあります。

AC(交流)は,電圧600V以下が低圧・600Vを超え7000V以下が高圧
・7000Vを超える電圧が特別高圧となります。

DC(直流)は,電圧750V以下が低圧・750Vを超える電圧が高圧となります。



投稿者 客車
投稿日 2012年 6月27日(水)23時15分50秒
タイトル Re:AC600V
北ヤマ様。フォロー有り難うございます。



投稿者 ED76109
投稿日 2012年 7月 1日(日)21時34分57秒
タイトル 北海道新幹線札幌延伸認可
 おばんでございます。「ED76109」でございます。


 昨日、当地の道新に「北海道新幹線35(平成47)年度札幌開業」の記事が掲載され、
ついに札幌への新幹線到達が現実味を帯びてまいりました。
しかし既報しておりますが、次のような問題も現実味を帯びているわけであり、様々な余波が大きくなってきております。


 1 「JR北海道」は、「新幹線札幌延伸」と同時に「並行在来線」は「第3セクター化」される予定であります。
しかし、すでに「第3セクター化」される「木古内・五稜郭」を参考にすれば、毎年度発生する赤字額は「七億二千万円」。
すでに「新幹線停車予定駅」の「倶知安町」では、「バス転換やむなし」との話がございますが、
「余市町」では「一日当たり千人の乗降客が算定される鉄路は存続たるべし」と声高に強調しております。
「函館・長万部」は物流の動脈として、「JR貨物」から線路使用料が見込めるのですが、「長万部・小樽」は・・・。
関係者は早くも、「山線はパス化が必至」との結論を出しているようであります。


 2 「北海道新幹線」は、「東京・札幌」を最速「4時間43分」で結び、
「北関東」以北であれば、航空機よりも早着が想定されており、期待感が膨らんでおります。
しかし、最大のネックとなっているのは、「青函隧道」の減速回避策。
現状では、「トレイン・オン・トレイン」の奇策まで飛び出しておりますが、決定的なベストプランはまだ確定しておりません。
このプランに加え、「すれ違い時に減速する列車制御システム」「上下線間に隔壁の設置」、
さらには「室蘭・青森を結ぶ「貨物連絡船航路」の開設」まで挙がっております。


 3 今回の「新幹線延伸」に係る「道費負担額」は、工期24年程度とすると「約2400億円」という膨大な額に及び、
果たして借款を含めて調達できるのか否かというレベルの話となっております。
正直なところ、今年1月に発生しました「石勝線」及び「室蘭本線」での「DC特急隧道落石事故」の原因が、
依然として不明のまま。
そのため、「スーパーおおぞら」「スーパー北斗」の「減速遅延」が恒常的となっており、利用客は微減の一途であります。
道民の一人としては「一千億円でよいから、在来線の高速化に使えれば」と考えます。
将来の北海道の「鉄」はどうなることやら・・・。


 長々と失礼致しました。以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。



               
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