倶楽部メモ(374)
平成19年 8月 7日〜 8月13日


投稿者 ガンバレール
投稿日 2007年 8月 7日(火)08時53分20秒
タイトル ブルートレイン富士はやぶさよ永遠なれ
久しぶりの投稿となります。ゆうづる14号時代改めガンバレールです。
先日、栄光の2レ富士はやぶさ号に乗車しました。
深夜は驚くほどの高速で走り、今なお14系ブルトレの健脚ぶりに脱帽です。
詳しくは私のブログにアクセスください。

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投稿者 雑魚
投稿日 2007年 8月 7日(火)12時56分30秒
タイトル 「カシオペア」 機の 「北斗星」
▼赤まんと様
> 運がよければ、カシオペア機が先頭の「北斗星」を撮ることもできます。

時々東北線で見かけますが、個人的にはやはり赤い電機でないと「天○ラーメン」で
こってり系を食べないに等しい物足りなさを感じるのでした(^^)画像は、宝積寺〜
氏家の広域農道の陸橋から。水戸から最も手軽に「北斗星」が撮れる地点です。




投稿者 赤まんと
投稿日 2007年 8月 8日(水)21時37分16秒
タイトル 客車のアシが遅いなんて言わせない...?
みなさまこんにちは。
本日は立秋、とはいえしばらくは暑さが続く様子。
夏の夜をひた走る夜行列車...ロマンがあっていいものです。これで実際に乗れればいうことなしですが...。
ガンバレール様は「富士/はやぶさ」に乗られたとのことで、うらやましいです。
夜中はちょうど線路状態のよい区間ですから、制限いっぱいの110キロ運転でしょう。
私は6月に稲沢の友人を訪ねた折、清洲付近で下り列車を見ましたが、313系や211系5000番台などのダイヤの間に
暗闇をおそらく100キロは出ていたであろう速度で通過するさまは、改めて夜行列車好きでよかったなあと感じるものでした。
床下に動力をもたないため独特の軽やかな、でも決して軽々しく安っぽくはない適度な重量感も感じさせるジョイント音と、
最後にかすかに残るエンジン音。
夕方、たまに大森駅で下り列車を眺めることがあります。
品川を過ぎ、いよいよ速度が乗ってきて、90〜100キロくらいでしょうか、なかなか迫力ある通過シーンです。
運が悪いと京浜東北にカブられてしまいますが...。
通常期は電源車入れても7両と短く、朝早く、夜は遅い。
なにより急行だからブルートレインのくくりには入れられないという方もおられるかとおもいますが、
「銀河」もこの区間をかなりのスピードで駆け抜けていきます。
夜勤がきっちり定時で終わった日などは、わざわざ逆方向に大森まで出向き、上り「銀河」通過を見て車番をその場で暗記し、
上野で途中下車。「あけぼの」編成記録をおさえて帰宅するのが、私の楽しみのひとつです。
ちなみに「あけぼの」が電源車こみ13両フル編成で走る機会は年に数回程度です。
おととしあたりまではそれでも毎週末、金、土上野着、発列車は2両増結を行いましたが、
昨年あたりからは増結しない週末がずいぶん増え、今年はさらに増結の機会が減りました。
上りは企画切符があるようで、ゴロンとシートからはかなりまとまったお客が降りてきます。
鶯谷で並んだりすると、通路は下車客でいっぱい。手にたくさん土産や荷物をもっています。
下り列車は上野〜大宮を23分で走りきり、尾久〜大宮の区間平均速度はなんと82.5キロにも達するため、
尾久の通過シーンもよいものです。
通過まえにホイッスルを鳴らしてくれるのもポイントが高いです。
尾久通過はだいたい21時50分か51分あたりです。遠方から見にこられる方には中途半端な時間かもしれませんね。
14、24系混結や、金、白帯混成、私は慣れました。
むしろ、レンタルレイアウトへ模型を走らせに行く際は、「日本海」を白、金混成にして一人悦に入っています。
「北斗星」東日本編成も敢えて0、100番台を混ぜたりして...。
「銀河」は「あさかぜ」「瀬戸」お下がりの100番台が主体の編成ですが、0番台が混じることも多く、
模型でも再現して楽しんでいる次第です。
尾久に寝ている24系は「北斗星」予備車ですが、機会が減ったとはいえ依然、波動輸送需要は残されており、
そのための配置でもあります。
「夢空間」のほか修学旅行臨、天理臨需要が挙げられ、甲子園輸送の際は青森車と混成されたりもします。
白帯車や、かつて東京口で「出雲」、博多「あさかぜ」に使われ、後年「はくつる」に。
そしていま「あけぼの」「日本海」に使われる車両と手を組むわけで、
車番マニア、編成マニア、模型ファンにはなかなか面白い編成に化けるのです。
依然も書き込みをし、雑誌でも取り上げられましたが、青森の24系は形態差があって私には興味深く映ります。
最初見たときには何事かと思いましたが...。
国鉄時代からのファンの方には噴飯モノの外観かもわかりませんが、24系なんてみんなおんなじじゃないか、ツマラナイ、
と考えるのはチト早計なのです。



投稿者 雑魚
投稿日 2007年 8月 9日(木)16時58分30秒
タイトル 「エルム」 の季節
▼赤まんと様:
> 尾久に寝ている24系は「北斗星」予備車ですが、機会が減ったとはいえ依然、
> 波動輸送需要は残されており、そのための配置でもあります。

「エルム」にも使われたモノクラス編成の事でしょうか。あのスジ、一昨日掲示した
画像の撮影場所における上り便の通過が昼の11時頃なので、深酒した翌日でも撮りに
行ける「ぐうたら仕様」が魅力でした(^^)

もちろん、事情が許せば早起きして「北斗星」2・4号、時として「カシオペア」更に
国鉄色485系による「フェアーウェイ」も絡めて、4号通過後の空き時間は、頂上まで
車で所要十数分の羽黒山(旧上河内町域)に登り、新幹線や日光連山を撮影するなど、
なかなか充実しています。更に「エルム」通過後、速やかに移動すれば、茂木町域で
SL「もおか 1号」にも間に合いますし、時期によっては、日光線内で 183系による
修学旅行集約臨も狙えます(東北線蒲須坂駅〜日光線下野大沢駅は、車で凡そ 40分)

今夏「エルム」のスジには「フル装備」の臨時「北斗星」が充てられ、食堂車込みの
あの抑揚ある編成が昼頃に見られるのは有難いですね(^^)

納涼よろしく、上記の羽黒山から眺めた、今年正月頃の日光連山の様子を紹介します。
なかなか涼しい光景ですが(^^)この数年来「定点観測」を通じ、男体山や女峰山の
冠雪状況から、地球温暖化傾向を実感しています。動力車両を一点に集約した客レは、
考えて見ると「地球に優しい」仕様かも知れませんね。この日光連山、東北線撮影で
効果的に扱えないかと、あれこれ模索中ですが、意外と上手く行きません。




投稿者 赤まんと
投稿日 2007年 8月10日(金)10時02分31秒
タイトル 涼しげな名称、マークなのに残念
雑魚様こんにちは。
今年ゴールデンウイークの設定は案の定なく、盆には2日くらいでもいいから...
と期待していた「エルム」...設定ナシでしたね。
私はモノクラス編成が残念ですが、あの涼しげなマーク、ニレの木からのネーミングが好きなだけに、
年々設定日数が減り、ついには盆、暮れでさえ設定がなくなってしまうことが残念です。
知名度の低さ、北海道行くならやはり「北斗星」という心理がはたらくこと。
なにより認めたくない厳しい現実...「北斗星」でさえも乗車率は下がり続け、
もはやB寝台のみの輸送力編成に頼らずとも、多客期にまかなえてしまう程度の需要になってしまった、
のが大きいでしょう。
事実上野へ見に行くと、空席がけっこう見受けられます。
途中駅からの乗車もあるのでしょうが、3,4号の減車期間が近年6月まで延びたこと、
81,82号の設定日数も減っていることから、お客が減っていることが容易に知れます。
「エルム」好きです。模型でも当然買い求め、0、100番台混成させ楽しんでいます。
「エルム」のスジを使った集約臨も設定減りました。寂しいです。
今年は91、92号としてこのスジが使われますが、13日は日勤、14日は休みなので、
夕食を遅めにして、回送線踏切まで推進回送中に編成記録を押さえる予定です。
まあ、間違いなく81、82号の編成そのままですから、昨日、おととい押さえた記録と全く同じ、
それどころか牽引機まで同じ、という結果もじゅうぶんありえます。
東日本はこの81、82号を運転するにあたり、設定開始当日に上ってきた4号の編成から3,4号車を抜いたうえ、
交番検査時期にあたっていた車両を差し替え、81号として送り出し、
予て組成し待機させていた編成を3号として出すという、興味深い運用を組みます。
北海道は需要ギリギリの両数しか持っていないため、電車のように半ば固定した編成にしてしまっています。
番号はいつ見てもほぼ一緒。
東日本は予備車たくさんですから、定期的に差し替えを行い、手入れのよさも手伝って比較的キレイです。
北海道車は砂塵にまみれいつも汚いのが残念です。傷みもめだちます。
2004年に予定されていたリフレッシュ工事は計画自体中止されたようですが、
まだ運転させる以上、はやめに手当てをしてやってほしいものです。
日光連山の写真、見事ですね。
今の時期はスモッグで無理なのですが、私の職場は羽田のちかくで、
建物高さは7階ながら物流センターなので15階相当の高さがあり、
冬場は富士山がくっきり見え、夜勤明け、日勤出社直後の楽しみになっています。
まあ、でも都内からはなかなか山を見る機会はありません...。また良い写真撮れましたら紹介お願いします。



投稿者 雑魚
投稿日 2007年 8月10日(金)14時58分7秒
タイトル 「北斗星」 汝もか〜
▼赤まんと様
>「北斗星」でさえも乗車率は下がり続け、

定期枠で二往復運転されている事から、需要はそこそこ堅調かと思っていたのですが、
こうなると、一往復を不定期枠に移行する(あるいは「カシオペア」編成を増備して、
そのスジに充当する)措置もあり得るでしょうか。その場合、朝が苦手な私としては
上りは 4号相当スジを定期で残して頂きたいのですけどね(^^)

> 冬場は富士山がくっきり見え、夜勤明け、日勤出社直後の楽しみになっています。

おお、それは羨ましいですね。茨城ですと、丹沢山地に隠れないすっきりした山容が
見えますが(本年5月19日付「茨城のアレ」で掲出した霞ヶ浦湖畔も隠れた名所です)
首都圏を挟んだ位置関係となる為、厳寒期でも、視認できるのは数える程ですよ。

> 都内からはなかなか山を見る機会はありません...。

基本的に「高い所が好きな何とやらのオノボリさん」である私は、冬前後の晴天日に
上京すると、暇があれば 高層ビル展望室に寄り道します。最も好感する「ヒルズ族」
頭上52階の場合(^^)富士山は素より、東京湾を挟んだ房総丘陵や筑波山・秩父連山・
赤城山・日光男体山が見えます。気象条件次第で、浅間山・谷川連峰・那須連山まで
見えるかも知れませんね(この辺り「悠々人の日本写真紀行」という画像掲示板にて、
本年三月中旬頃にネタ振りしていますので、宜しければ御笑覧下さい)

> また良い写真撮れましたら紹介お願いします。

前出の羽黒山から、日光連山とは逆方向を俯瞰した様子を紹介します。これは今年の
GW頃で「タッキー&つばさ」……もとい「やまびこ&つばさ」らしき編成の通過が
見て取れます。残念ながら客レは来ませんが(当り前ですね)近頃の、新幹線車両の
バリエーションたるや、ある意味で在来線を上回る観もありますね。

この辺りは新幹線と在来線が離れているので「北斗星」も、さくら市界隈での撮影に
特化しがちです。やはり、新幹線高架橋の並行区間では、絵になり難いですからねぇ。




投稿者 下総守こみやさん(^^)
投稿日 2007年 8月10日(金)23時41分45秒
タイトル やっぱり大井川鉄道
フジテレビ系はだしのゲン見ました。
お兄さんの出征シーンはやっぱり。オハ35を使って見送りと車内の撮影はよかったのですが。
ケチを付ければバックにブルーのオハフ42、柱に取り付けられた駅名は角ゴシックで<ひろしま>。
ホーローのは供出で無いにしても楷書体では?広島駅舎は門司港駅じゃないかな(^^;
話がどこへ飛んだのかと錯覚しました。
ドラマでたびたび使われるならテレビ局映画会社が共同出資して旧型客車を新造しJRが管理すれば良いと思うのですが。
SL引っ張り出してきて運転すればうずまさより儲かるんじゃないかな。
駅も映画のセットみたいなのができると観光の目玉に。



投稿者 雑魚
投稿日 2007年 8月11日(土)16時34分18秒
タイトル オハ 35
▼下総守こみやさん:
> オハ35を使って見送りと車内の撮影はよかったのですが。

オハ35ですか。通学で何度となく利用した形式ですが、当時は、デッキ寄りの壁面に
東日本全域の国鉄の路線地図や「チャレンジ 20000km」のキャンペーン・ポスターが
掲出されていましたね。まさか、作中ではそうしたものは映っていないでしょうけど。

出征というと、幾人もの友人・知人を最寄駅にて見送り、自身も応召で旧満州に渡り、
八路軍との交戦に従軍しつつ、幸いにも、スムーズに復員できた祖父を思い出します。
祖父にとって、内心、辛い別れとなる壮行会で聴く蒸機の汽笛は、哀愁などではなく、
辛く悲しい時代の象徴だった様で、私と同様に「鉄」である親父と、科学博などでの
蒸機運転の話題に興じている傍らで、静かに話を聞くだけだった様子が印象的でした。

そういえば、原爆投下後の広島の街が再現されたのは茨城県内のセットだそうですね



投稿者 赤まんと
投稿日 2007年 8月11日(土)20時09分42秒
タイトル 遅延のため編成記録ならず
都内は昨日今日と猛暑日でした。
昨日は夜勤入りまでフルに遊んでいたため、36度の暑さをしっかり体感しました。
そんな中、「北斗星82号」を押さえようと待っていても一向に来ず。
遅れかとあきらめ、サイクリングに精を出し、戻ってきたところへ回送線の踏み切りにつかまりました。
あがってきたのはなんと2号で、本来10時02分に尾久に戻るダイヤですから、1時間遅れた計算です。
ああ、82号も4号も今日はダメだと、完全にあきらめ、炎天下ひたすらサイクリングして汗を流したのでした...。
21日からは1週間夏休みが取れ、大阪の友人、親戚を訪ねたあと、後半は香川の田舎に帰省する計画をたてました。
行きかえりの寝台も全く問題なくあっさり確保。
とにかく客車寝台に乗りたいタチなので、高松から「サンライズ」で帰るような利口な手段はとらず、
わざわざ大阪に入り、行きかえりともに「銀河」という奇特な旅です。
20日東京発、25日大阪発いずれも3号車にあたり、今のまま車両差し替えがないと、
当日はオハネ15の引き通し改造車オハネ25 252に乗車となりそうです。
最初切符出してもらったところ2号車上段が出てきて、下段にかえてもらったところ、3号車になったということは、
まあ2〜3割程度の埋まりなのでしょう。
昨年同時期に乗った際は下り56.3パーセント、上り38パーセントの乗車率でした。
6両に減車しての編成で、です。100人乗っていないわけで、やはり夜行へ思いをはせるなら、
なんとか乗る機会を作って実際に乗ること、これに尽きると実感させられます。
「北斗星」もまた乗りたいもので、機会をうかがっています。



投稿者 青列車
投稿日 2007年 8月12日(日)01時56分34秒
タイトル 【寝台特急】1レ近影その1
ご無沙汰しております。m(_ _)m
ガンバレール様より話題の出ていた現在最後の東京〜九州間寝台特急の近影を紹介します。
尚現住所からだと1レは夏場なら撮影できますが2レは通年撮影不可です(駅停車中を除く)。
これは6月12日に撮影しました。牽引機はEF6650号機です。

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投稿者 青列車
投稿日 2007年 8月12日(日)01時59分26秒
タイトル 【寝台特急】1レ近影その2
これは7月12日の撮影です。
自宅を朝4時半に出発しましたが…生憎朝靄がかかってしまいあまり明るくなりませんでした。
流石にこの位置からだとカマのナンバーは読めませんでした…

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投稿者 青列車
投稿日 2007年 8月12日(日)02時04分31秒
タイトル 【寝台特急】1レ近影その3
そしてこれは7月26日に撮影したものです。この日のカマは43号機でした。

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投稿者 雑魚
投稿日 2007年 8月13日(月)13時35分53秒
タイトル 大島大橋
▼青列車様:
関東地方唯一の「交流王国」にあって「客レ=赤い機関車+青い客車」という観念が
非常に強い立場としては、EF66の牽引便も、改めて見ると新鮮な印象を受けますね。

その1は、戸田〜富海でしょうか。地図を見る限り、車で当該区間の海岸に出られる
経路は限られている様で、函館線の旧張碓前後や、肥薩おれんじ鉄道の上田浦前後を
想起させる様ですね。なお、後者では国鉄時代に「はやぶさ」を撮った事があります。

その2は御馴染み、大島大橋ですね。この橋、足場自体は歩道帯で確保できるとして、
車はどこに置くのでしょうか。事の次第では、駐車場からかなりの徒歩を要する様に
思われますけどね。御自宅の出発が四時半というと、新山口付近と思しき、その3を
勘案するに、青列車さんは、防府・山口界隈の御住まいでしょうか。

この橋の開通は1976年。山陽線の大畠駅に接続した国鉄連絡船の廃止と引換えでした。
この連絡船が国鉄所管となったのは、大島に何か特別な拠点性があったか、あるいは
たまたま大畠駅が海陸接続に好都合だった為か、色々と考えてしまいますが、元々は、
無料運営が困難となった山口県営航路を国鉄が引き継いだ経緯があるそうです。



投稿者 青列車
投稿日 2007年 8月13日(月)23時51分24秒
タイトル 【撮影場所】タネ明かし
>>雑魚様
レス有難う御座います。
撮影場所未記入で失礼致しました。
その1…は御推察どおり戸田〜富海間です。
ここは鉄道アクセスが不便な場所で、道路アクセスも地元住民でもない限りまず判り辛い場所です。
かつて大型蒸機が活躍していた頃の諸先輩方は一体どうやってアクセスしていたのか?と長年疑問だったのですが、
どうやら戸田駅から線路沿いの道を歩き、最後は鉄道トンネルを抜けて行ったものと推測されます。
(当時は地元民も、近道として鉄道トンネルをくぐることは珍しくない事でした)

その2…も御推察どおり大島大橋です。数多の名作・佳作が発表された場所です。
大畠駅から徒歩でアクセスする事は不可能ではありません(しかし結構歩きますので大変かと…)が、
1レの通過時刻が早朝(6時20分前後)で、しかも下り1番列車の前とあっては、鉄道アクセスは非現実的です。
因みに橋の手前に店舗がありそこに駐車場も併設されています。
早朝はまだ営業していませんがトイレや自販機が利用できるので、
此処にクルマを停めてそれらを利用する人の姿も見られます。

その3…は福川〜戸田間、実質的に戸田駅手前です。此処は駅から徒歩5〜10分程度の場所です。
1レの直前を先行する新山口行525Mはしかし、戸田駅発6時54分なのでこれだとこの場所には厳しいかも知れません
(1レの通過時刻は概ね7時03分頃。尚525Mは2両編成でトイレなしです)。
因みに525Mは新山口まで1レに先行します
(もっとも、徳山を出ると新南陽〜四辻間には通過待避できる駅がありませんが…)。

>>青列車**は、防府・山口界隈の御住まいでしょうか。

本年5月迄は千葉県在住でしたが、現在は周南市(旧徳山市)在住です。
元はこの地で生まれ育ったのですが、進学・就職・転職・転勤で長く地元を離れて暮らしていました。
20年ぶりに戻った父祖の地は…過日の面影は無く「今浦島」モード。
内装や塗装こそ変わったものの、高校時代・大学時代に世話になった115系、
それも当時実際に乗った車番のクルマに出会うと懐かしさを感じる今日この頃です。

添付画像はもう四半世紀ぐらい前に撮影した九州のお座敷車です。
生憎海編成か山編成か?迄は判らず恐縮至極です。
コレも撮影場所は戸田〜富海間、といっても富海駅手前の場所で、生家から徒歩10分弱です。

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