倶楽部メモ(575)
平成22年 1月22日〜 1月29日



投稿者 ED76109
投稿日 2010年 1月22日(金)20時46分15秒
タイトル 厳冬の北の大地
 失礼致します。「ED76109」であります。

 今週に入りまして、ようやく冬本番となりました。
「先週のドカ雪」は当地では「83p」の積雪となり、ほぼ平年並みの「雪景色」となっています。
寒いなぁ〜といった感でございます。
 さて、冬は冬で魅力的な北の大地。いつものように「戯言」させていただきます。

 1 「流氷」が今年もやってきております。
  「オホーツク海沿岸」の「紋別・網走」は、今週「流氷初日(陸地から肉眼で確認できる状況)」を迎えました。
  この期間に「札幌・網走」を結ぶのは、「183系オホーツク」に加えて
  「流氷特急オホーツクの風」が2階建ての「レインボーEXP」で運転されます。
  「5両編成のリゾート特急(改造183系」)」は室内に「TV」も設置された優れ物。
  ハイデッカーの威力を十二分に発揮して、雪の原野の景色を堪能できます。
  そして「網走」で待ち受けるは「ノロッコ流氷号」。
  「DE10」に牽引されて「寒風荒ぶレッドトレイン(塗色はグリーンですが・・・)」で体感する
  「氷点下5℃の釧網本線」は・・・、一言「痛い(!)」です。

 2 丹頂鶴の飛来する「釧路湿原」。
  釧路・十勝の太平洋側は、この時期「氷点下10℃の青空」が広がる「大地」です。
  厳冬の大地を颯爽と走るは、「283系」の「スーパーおおぞら・スーパーとかち」。
  粉雪を巻き上げて「130q」で「石勝線」を快走する姿は、迫力満点であります。
  特に「北海道の屋根」である「日高山脈」を縦断する「新夕張・新得」は、
  雪山の山並みを眺めながらの「冬旅」であり、「狩勝峠」からの「日高山脈」と「雪原の十勝平野」の眺めは天下一品。
  そして、「釧路」からは「SL冬の湿原号」が「C11」牽引の「14系改造車」で運転されており、
  「塘路」では「丹頂鶴」とのご対面も期待できます。

 3 暖冬の影響なのか、最近では積雪量も年を追うごとに減少傾向。
  しかし、毎年「旭アサ」所属の「ローターリー」が今年も運転を開始しました。
  過去の「キマロキ」ほどの迫力はさすがに感じられませんが、
  「音威子府」や「上川」辺りを雪煙を上げて走る姿は魅力的であります。
  今年も初運転の日には、「氷点下4℃」の「塩狩峠」に多くの先達の皆様方が訪問されたようでありました。
  3月下旬まで運転を予定しております。1や2の帰路や往路で撮影されては如何でありましょうか。

 「ニセコ」や「まりも」が「鬼籍入り」して久しいですが、まだまだ「北の大地」は「鉄」の魅力に溢れております。
2月の「札幌雪祭り」の頃は「トワイライトEXP」も毎日運転。
「上りのBコンパート」であれば「連休中」でも「当日売りで乗車可能」です(例年通りであればですが・・・)。
「上り北斗星」も、連休以外は「当日売りで乗車可能」であります。
往路「航空機」・帰路「ブルトレ」での「雪大陸」への旅はいかかでしょうか。

 長々と失礼致しました。以上、北海道「鉄」観光局長(自称)である「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 雑魚
投稿日 2010年 1月23日(土)10時04分53秒
タイトル 「北斗星」 接続
▼ED75 106様:
> 5両編成のリゾート特急(改造 183系)は室内に「TV」も設置された優れ物。

かれこれ 20年前、石勝線で利用した「トマムサホロ Exp.」は、各座席に設置された
小型液晶画面で前面展望が中継され、実際の車窓風景そっちのけで、そちらばかりを
観ていた記憶があります。

すっかり退潮して久しい「リゾート開発」の語が持て囃され、拓銀も元気だった時代、
道内では「アルファ・コンチネンタル Exp.」「フラノ Exp.」が、その斬新な風貌で
人気を博しましたね。特に 前者は「アルカディア」「ゆぅトピア」「Kenji」などの
後進にも用いられた鋭角的な形状に「金ピカ塗装」が印象的で、私も「おおぞら」の
臨時便で利用しましたが、急行型改造車という事で、走りは、推して知るべしでした。

冬の北海道といえば、やはり札幌の雪祭りを連想します。やはり20年ほど前、観光に
赴いたは良いけれど、小樽や岩見沢を含め、とにかく宿が取れず、結局東室蘭に投宿、
客レから置換された宗谷線急行用の気動車の間合運用による急行「ちとせ」で往復と、
かなり大掛かりな事になってしまいました。気がつけば、自衛隊の関与も無くなって、
かなり様変わりした様子ですが、今でも祭り期間中の宿の確保は困難なのでしょうか。

かかる事情から、期間中は急行「はまなす」の需要も、かなり高まると拝察しますが、
RF誌 最新号特集「絶滅危惧車特集 2010」では、新幹線が道内入りする2015年まで
現行の14系運用を維持できるか否かを巡り、先行きを案じる観測が成されていまして、
そうなると、新青森における新幹線接続体制の如何では、今年師走の改正は、やはり
要注目と踏むべきでしょうか………

> 往路「航空機」帰路「ブルトレ」での「雪大陸」への旅はいかかでしょうか。

以前、当掲示板で、ブルトレ常磐線経由復活案が取り沙汰された際、水戸勢としては
仙台で「スーパーひたち」との接続を考慮して貰えば十分と述べた記憶がありますが、
その後「北斗星」が、2・3号相当筋のみに減便された為、そうも言えなくなりました。
それならせめて、P&R体制が充実している那須塩原に停車して貰えば「北斗星」で
道内旅行という動機も生まれるのですけどね。

その様に考えると、水戸線や両毛線との接続を調整して、小山に停車すれば、多少の
需要掘り起こしがあるかも知れません。なお、宇都宮〜水戸で一日六往復設定される
高速バスは、生憎「北斗星」との接続性は宜しくありません。来年の北関東道全通を
前倒しする形で、来月から高崎・前橋〜宇都宮でも高速バスが設定されるそうですが、
こちらは、どうなりますやら。

2014年に全通予定の常磐道を巡り、仙台発着「スーパーひたち」の機能が、ある程度
新設の高速バスに移行すれば、むしろ「北斗星」接続面で融通が効く様に感じますが、
その頃には、江差線の処遇次第で「北斗星」の存廃が、取り沙汰されるのでしょうね。



投稿者 ED76109
投稿日 2010年 1月24日(日)17時01分42秒
タイトル どうぞ!雪祭りへ!!
  悪夢のような「大雪」から一週間経過しました。「ED76109」であります。

 雑魚様
 >「アルファ・コンチネンタル Exp.」(中略)、急行型改造車という事で、走りは、推して知るべしでした。

  小生も平成2年の冬、東京から「新得」への帰省の折に利用しましたが、
先頭車は小生一家以外は乗車しておらず、車内は「閑古鳥」。
現在、大学生の「愚娘」が当時「1歳2ヶ月」でしたが、ヨチヨチ歩きで車内を闊歩(!)しておりました。
追い打ちは「占冠」で「おおぞら」待避で運転停車。
「愚妻」は「同じ料金なのに、なんで抜かれるの?」と「北斗星」の疲れもあっておかんむりでありました。

 >気がつけば、自衛隊の関与も無くなって

 正確には参加の規模縮小であり、制作する雪像の数が削減されております。
「雪祭り」は「開幕直前に雪像を見物して開会式を堪能後、釧路湿原等の観光地見物」するパターンか、
「各観光地散策後、終盤の雪祭りと閉会式に参加して、翌日雪像解体を見学」するパターンか、
どちらかが「冬の北海道」を満喫できると、小生は独断で考えています。
「東京」の友人たちには、「後者のパターン」を勧めております
(往路「女満別空港」若しくは「釧路空港」着、復路「北斗星」利用)。

 >新青森における新幹線接続体制の如何では、今年師走の改正はやはり要注目と踏むべきでしょうか

 難しいところでありますが、「多客期」以外は「はまなす」は・・・といった感じでありましょう
(特に「上り」はその感を強く感じます)。車両自体も正直老朽化が目立ちます。
ただ「能登」や「北陸」の廃止の話を伺いますと、「夜行列車」の退潮につながることはどうしても避けたいですし・・・。
小生は「希望的観測」を含めて、現体制継続と見ます。「勝負時」は「北海道新幹線新函館延伸時」ではないでしょうか。

 長々と失礼致しました。以上、「冬旅」に久しく縁のない「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 雑魚
投稿日 2010年 1月25日(月)10時32分48秒
タイトル 緩急待避
▼ED76 109様:
>「同じ料金なのに、なんで抜かれるの?」

それを言い出したら、新幹線は収拾が着きませんからねぇ(^^)以前言及しましたが、
単線主体で線路容量上の制約が多い山陰線では、臨時の夜行急行が、確か松江近郊で
普通列車を待避するという、主客転倒もありました。また東北線では、気動車急行が
電車急行を待避する事例が有名でしたね。なお、現行の下り「北斗星」は「スーパー
北斗」を落部で待避するとか。

> 小生は「希望的観測」を含めて、現体制継続と見ます。

14系としては最後の定期列車ですから、たとえ不定期に格下げされてでも、少しでも
永らえて欲しいですねぇ。

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昨日、久々に「魚を咥えた野良猫を裸足で追い駆ける海洋一家の奥さん」のアニメを
観ましたら、何と、国鉄色キハと共に、我が地元の「秘境駅」がOPに登場しており、
居合わせた我が子が「あー、父ちゃんが、いつも写真を撮ってっとこだっぺ」昨秋の
奥久慈地方編に続く地元バージョンに、拍手喝采です。ちなみに、上記「奥さん」の
子供役の声優さん(難読姓)は、我が御袋と同世代なんですよねぇ………

以上「今日も能天気」な雑魚でした。♪ルールルルルッルー(^^)




投稿者 マロネロ38
投稿日 2010年 1月25日(月)10時59分17秒
タイトル 特急が特急を抜く
そう言えば社内旅行で青函トンネル開通直後に「日本海1号」に乗ったら、「雷鳥」に
抜かれました。富山まで逃げ切れなかったのですが、今「日本海」も一本になって
しまったので、又「函館行」の復活をして欲しいですね。それにナハフ20や21にあった
見たいな「売店付車両」を連結して----JRも動力費が一番安い「電気機関車牽引客車列車」
の復権を考えて欲しいものです。台車,台枠流用でも良いから車体新造の寝台車や
食堂車、売店室付車両、リクライニングの座席車等々を。



投稿者 雑魚
投稿日 2010年 1月26日(火)11時32分43秒
タイトル 「日本海」 の函館直通
改めて調べると、一部「日本海」の函館直通は、海峡線が開通した1988年から、この
掲示板でもかなり話題になった「出雲」が廃止された2006年までですね。海峡線では
弟分となる客レ快速「海峡」が電車特急に置換されたのが、新幹線の八戸延伸に伴う
2002年末で、確か、その後の事と記憶しますが「日本海」も江差線内で、電車特急を
待避していましたっけ。

この「日本海」の函館直通が、畿内〜函館(以遠)の広域需要に対応した結果なのか、
または、分割民営化直後という時期柄、単に「国鉄式発想」で青函連絡船代替需要を
集約しただけの事なのか、気になります。青森→函館の移動で「日本海」の混雑から、
これを見送り、後続の14系「海峡」に変更した時の経験から、後者かと拝察しますが、
2002年末「海峡」が発展解消した段階で、先行きが見えたとの印象を受けたものです。

鉄道優位の時代は、北海道の玄関口として君臨し、現在に至るまで道内第三位の人口
規模を誇る函館市ですが、90年代後半には、人口集積において対岸の青森市がこれを
上回っており、函館への到達性向上に大きく資した青函隧道ですが、一方、連絡船を
廃止せしめた事で、地場産業である造船業に某か影響を与えた可能性もありそうです。

函館には、道内の秀才が集まる有名進学校があり(ミッション系なので 当然ですが)
札幌所在ではない点に、往時の玄関口たる矜持を感じます。医歯系の進学例も多いと
聞きますが、例えば栃木の自治医科大に進学すると、就職すべき地域が、出身高校の
所在地と指定される為、同じ道内でも出身地から離れた地域で医療に従事すると云う
ジレンマが生じる、という話を、同大学に進学した友人と、キャンパス脇の東北線で、
新幹線の高架橋を煩わしく感じつつも「エルム」や「あいづ」を撮りながら、聞いた
事があります。この大学、小山車セも辛うじて徒歩圏で、先日言及した、福島県立の
医大と共に「鉄な医師」の養成機関たる側面もあるのでしょうか(^^)






投稿者 ED76109
投稿日 2010年 1月26日(火)21時45分0秒
タイトル 「約三十の嘘」という映画、ご存じですか?
  おばんでごさいます。「ED76109」でございます。

 「雑魚」様のお写真や「マロネロ38」様の「日本海」に係る想ひ出話を伺っている内に、
その話題に似つかわしい「映画」に接しましたので、「戯言」させていただきます。

 とある日の「大阪駅構内」。行き交う人の流れの中で詐欺師たちが姿を現わした・・・。
「札幌行のトワイライトEXP」が「大阪駅のホーム」から動き出し、
「スーパー・スイート・ホーム901号室(架空の部屋です)」で仕事の打ち合わせが始まる・・・。
そして、北海道での「大仕事」を成功させて、「トワイライトEXP」で一路「大阪」へ凱旋する詐欺師たちと札束の山。
そして、様々な想いが交錯する車内。しかし、一夜明けて事件が起きた。
彼らの稼いだ大金の詰まったスーツケースが消えてしまった・・・。

 これは、25日の「BS2衛星映画劇場」で放送された「約三十の嘘(平成16年度作品)」という映画であります。
「JR西日本」の協力の下に、ほとんどが実際に運転されている「トワイライトEXP」の車内ロケを中心に
ストーリーが展開していくという代物です。
画面は、「椎名桔平」さん・「中谷美紀」さんらが演じる詐欺師たちの人間模様が描かれ、
「トワイライトEXP」の迫力ある空中撮影や走行シーン、そして「北陸本線」や「湖西線」の車窓風景が
ふんだんに描かれており、久々に「トワイライトEXP」の旅を堪能することができました。
 また、ストーリーも「推理ドラマ」よりも「人間ドラマ」の内容で、こちらも充分に満足でき、
やはり「BSの鉄物」は軽視できないことを再認識いたしました。

 長々と失礼致しました。以上、「中谷美紀」さんとの淡い「汽車旅」に浸った「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 雑魚
投稿日 2010年 1月28日(木)09時22分12秒
タイトル 車止め
▼ED76 109様:

御指摘の映画は、場面柄、西村京太郎風「スリル&サスペンス」の印象を受けますが、
公式頁によると、純然たる人間ドラマが謳い文句なのですね。このタイトルで画像を
検索すると、原作舞台劇の案内用ポスターと思しき「貨物線の風景」をヒットします。
小樽の様でもあり、北九州の様でもあるこの風景、撮影場所が気になりますね。

寝台特急の個室といえば、男性がA個室に立ち入り、驚いた個室内の女性を、無骨に、
しかし熱く抱擁するサスペンスと思しきTVドラマを、かなり以前に観た印象が強く
残っています(^^)新婚時代の九州旅行の際、女房と一人用の個室を連ねた事があり、
件のドラマの再現を画策するも、速攻で就寝されてしまいました(^^)

映画と云えば、未だハリウッド系に傾倒しがちな手前、かかる豪華列車を舞台とした
作品として先ず連想するのが、1976年公開「大陸横断超特急」ですね。原題になった
ロス発シカゴ行という設定の特急「シルバー・ストリーク」は、実際はカナディアン・
パシフィック鉄道で撮影が行われたとの事。

最大の見所である、シカゴの駅で列車が車止めを突き破る場面は、飛行機の格納庫に
巨費を投じ再現したセットで撮影したとの事。この状況を日本で演出すると、上野駅
地平ホームで「カシオペア」「北斗星」が、という事になりそうですが、関東鉄道の
取手駅(1992年)福島交通の福島駅(2001年)名古屋鉄道の新羽島駅(2002年)及び
新岐阜駅(2003年)土佐くろしお鉄道の宿毛駅(2005年)等々、車止めの逸走事故は、
現実に多発しているのですね。

こうした事情から、主要駅では油圧式の緩衝装置が標準装備となった感がありますが、
一方、バラストを盛った「第一種」や、線路終端部を逆U字に曲げた「第三種」など
昔ながらの仕様を見ると、妙に情緒を覚える昨今です。

掲出画像は、最も身近な終着駅である、ひたちなか海浜鉄道の阿字ヶ浦駅の様子ですが、
右側の側線(現在は不使用)のそれは、第何種に分類されるのでしょうね(^^)




投稿者 マロネロ38
投稿日 2010年 1月28日(木)10時59分27秒
タイトル 車止め突破
雑魚様
昭和23-4年頃でしたが、阪急今津線の600型が阪神国道停留所(当時は軌道法)から暴走
して、今津終点の車止めを突破して戦時中造った連絡線を抜けて阪神本線に飛び込み、
久寿川停留所で(阪急600の方が当時幅が広かった)ホームにめり込んでやっと停車。
コレは有名な事故で「阪急の甲子園行き」だの「殴りこみ」だのと新聞に書かれました。
戦時中の山陽電鉄10号車の西代から兵庫駅までの暴走(郵便局の車と併用軌道で衝突して
運転台を破壊されて暴走)兵庫ホーム衝突とか、阪急では梅田、塚口、夙川での乗り上げ
が何度もありました。
ひたちなか海浜は吉田社長さんに尋ねたら教えて呉れるでしょう。有名な鉄道ファン社長
ですから。



投稿者 雑魚
投稿日 2010年 1月28日(木)13時31分57秒
タイトル スイッチ ・バック駅
▼マロネロ38様:
> 有名な事故で「阪急の甲子園行き」だの「殴りこみ」だのと新聞に書かれました。

阪急甲陽線の敷設動機において、阪神電鉄によるトロリーバス計画への対抗策という
側面が介在した事を考えれば、阪神間の都市間輸送を巡る、両者の当時の競合振りは
推して知るべしですね。

投資家グループ介入を契機とした事情があるにせよ、持株会社による2006年の両者の
経営統合は、往時の事情を知る方々にとっては、隔世の観も著しかった事でしょうね。
もっとも、1968年から、両者が神戸高速鉄道への直通体制和を共有した事を考えると、
山の手地区を行く阪急、臨海工業地帯を行く阪神では「棲み分け」が明瞭だったかも
知れず、その意味で経営統合の萌芽が僅かながらあったのではないか、とも思えます。

ちなみに阪神電鉄では、上記投資家グループへの対抗策として、京阪電鉄と経営統合
交渉を行いましたが、なんば線を介して近鉄と阪神の線路が繋がった現在、皮肉にも、
国際標準軌による畿内大手私鉄では「線路繋がり」で京阪のみ取り残された訳ですね。

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この久寿川駅の事故は、1949年発生とありますが、この年代まで遡ると、1945年には
当時、スイッチ・バック仕様だった中央線笹子駅でも、同様の事故が発生しています。
玉音放送から僅か三週間後の事で、当時の鉄道輸送は、大混乱の極みにあったものと
推察されますが、原因は乗務員の居眠りだったとか。

笹子のスイッチ・バック施設は、1966年に解消されましたが、当時の構内を活かして、
現在は訓練用の側線らしきが設置されている様ですね。しかし何と言っても、往時の
名残りを求めるなら、隣の初狩駅でしょうね。同駅の旧構内が、貨物駅として現在も
細々とながら存続しているのは、採石工場(線路バラスト用?)の専用線が接続して
いる為らしく、化学工場への専用線を擁する信越線の二本木駅との共通点を感じます。

その他、中央線の旧スイッチ・バック駅跡といえば、木製の架線柱込みで残っている
長坂が良い味を出しており、塩崎駅前の「ハエタタキ」二本ともども、現存の有無が
気になりますね。一昨年秋に「あずさ」を利用する機会があり、その気になれば視認
出来た筈ですが、信濃大町駅で購入した地酒があまりに旨く、あっさり一瓶空けた為、
上諏訪〜甲府は夢見心地でした。痛恨………



投稿者 マロネロ38
投稿日 2010年 1月28日(木)20時56分26秒
タイトル 北海道は広い/阪急暴走
ED76109先生:
昭和54年4月号の時刻表が出てきまして-----広尾線最終831D:帯広20.47→広尾22.43
ご令室が最終列車に乗る為に駅までマラソンされたのはこの列車ですか?それ以前は
833Dで------
私が昭和27年8月に下り「まりも」車窓から、帯広発車後広尾線の9600牽引の貨物が
根室本線に長い事併行してついて来たのを記憶しています。すぐに右にカーブするかと
想っていたので「北海道は広い」と---旧信越本線の小諸の手前で小海線が併行してくる
のより長かったみたいな気がしました。

雑魚様:
阪急の甲子園行きは昭和24年でしたか‐‐‐実は中学の同級生が乗っていて「生きた心地が
しなかつた」と聞きました。

それから「安全側線乗り上げ」は奥羽本線の有名なK機関士事故、北陸本線の新保駅事故
などいずれも「飲酒運転」が原因。奥羽本線のは新聞に「酔いどれ機関士クビ」と出ていて
懲戒免職だった見たいでした。後年西明石のホームに「富士」のナハネフが乗り上げた
事故も、工事のため「下り本線を逆行通過」で注意信号が出ていたのに、機関士が
飲酒運転速度超過で渡り線を通過して起こした事故です。

当時の乗務規則が問題になり、「酩酊して乗務は禁止」とあるが「酒気帯び乗務」には
規定が無いと国労がゴネたとか----私は昭和16年9月16日の「網干駅追突」の事故現場
を復旧直後に通過しているだけに、「富士」の事故で網干を思い出した程でした。



投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2010年 1月29日(金)02時03分10秒
タイトル ユーラシアの暴走
 こんばんは。
 列車の暴走の話題に、ユーラシア大陸よりお邪魔させて頂きます。

 小生のエストニアの友人よりの「鉄」写真です。

 エストニア共和国は、バルト3国のなかで一番北に位置し、対岸に
フィンランドおよびスウエーデンに対峙しており、ハンザ同盟都市の
面影を色濃く残しておる街で、アンデルセン童話の世界そのものです。

 1990年夏・クリミア休暇中のゴルバチョフ軟禁クーデター事件
の直後のソ連からのさよなら組で、1993年まではルーブル紙幣を
使う実質上のソ連であるも1994年よりクローナ通貨、そして今後
ユーロへ変遷している国です。

写真は、今となっては国際列車になるラトビア共和国からの夏季臨客
牽引のTEP70型(ロシア。コロムナ内燃機関製造工廠・製)の、
電気式ディーゼル機が、行き止まりホームを蹴飛ばしてコンコースに
飛び込んだ写真です。

 上野駅・天王寺駅方式のヨーロッパの「停車場」は、機関車の暴走
には為すすべがなさそうです。




投稿者 雑魚
投稿日 2010年 1月29日(金)12時56分2秒
タイトル 並行区間
▼マロネロ38様:
> 帯広発車後、広尾線の9600牽引の貨物が根室本線に長い事、併行してついて来た

似た様な場面を、最晩年の下り「あさかぜ」の運転室展望DVDで観た事があります。
大竹を通過後、広島・山口県境の小瀬川橋梁の先まで、貨物線が密着並行する区間で、
三井化学の工場に向かう貨物列車が並走する、という内容です。山口県本位で見ると、
上記貨物線が「飛び地状態」にある事、工場が所在する和木町域には、一昨年前まで
旅客駅が存在しなかった事など、珍しい地勢が窺えます。

この和木町、半世紀前には岩国市との合併を、県より勧告されていますが、事業所の
税収ゆえに、財政は潤沢らしく、現在も小面積ながら「独立状態」を維持しています。
同様の地勢としては、山陰線の伯耆大山から分岐する貨物線が通じている王子製紙の
事業所敷地の大半を擁する鳥取県日吉津(ひえづ)村が挙げられますね。

> 小諸の手前で小海線が併行してくるのより長かったみたいな気がしました。

並行区間に、東小諸・乙女の二駅を擁するだけあって、帯広のそれと比べて倍以上の
距離を擁している様です。旧信越線の側に駅が無いのは、開業時の設立区分の違いと
思われますが、東小諸駅の設置は、小海線が国鉄化されて久しい、1952年の事でした。

鉄道体系上は、小諸で支線に乗り換えた先にある街、との印象が強かった佐久ですが、
地裁・地検・税務署を擁するなど、古くより拠点性が高く、高校の分布も、また然り。
その意味で、軽井沢から佐久を志向する通学需要の為に、北山形や越前花堂よろしく、
並行区間の旧信越線上に、駅設置を求める向きがあっても良さそうですね。

ちなみに、かかる並行区間で乗換可能駅の設置が求められる最も切実な事例としては、
千歳線の平和や仙石線の松島海岸が挙げられるのではないかと、個人的には感じます。

信越線といえば、豊野での飯山線の分岐も、かなり「勿体振った」内容ですね。一方、
分岐後の並行区間で、一方の線区のみに駅がある例としては、他に、由利高原鉄道の
薬師堂や、陸羽東線の南新庄が挙げられるでしょう。並行区間からは僅かに外れるも、
幹線との共用駅として集約した方が良さそうに思える例としては、八高線の北藤岡や
東海道線(美濃赤坂支線)の荒尾を挙げて置きませう。



投稿者 雑魚
投稿日 2010年 1月29日(金)13時38分25秒
タイトル ロンドンの車止め
▼ユーラシア鉄道様:
> ヨーロッパの「停車場」は、機関車の暴走には為すすべがなさそうです。

これは、衝撃的な画像ですね。御参考までに「鉄道発祥の地」英国の例を紹介します。
何れも、ロンドン市内で、上段がパディントン駅、中段がウォータールー駅、下段が
ロンドン・ブリッジ駅です。それぞれ、油圧式車止めが設置されているのが判ります。

空路、ヒースロー入りして、空港特急で最初に着くのが、ハイド・パーク北側にある
パディントン駅で、初めて この駅に降りた時は、久しく忘れていた「オノボリさん」
感覚を満喫しました(^^)半流線型の列車が、その空港特急で、どうやら、機関車が
プッシュ・プルで対応する「客レ」の様です。

中段のウォータールー駅は、近郊路線や地下鉄も接続する、広大な複合駅で、以前は
先頃の寒波の際、英仏海峡隧道内で長時間、立往生した大陸直通「ユーロスター」も、
以前はここが発着駅でしたが、2007年のバイパス路線完成で、セント・パククラス駅
発着に変更されています。ちなみに、駅から徒歩数分のテムズ河畔には、大観覧車が
ありますが、ここからですと「鉄撮り」もバッチリですぞ(^^)

下段のロンドン・ブリッジ駅は、かの「タワー・ブリッジ」の最寄駅です。中心部の
繁華街からは、少し離れた印象ですが、ここも近郊路線数系統のターミナル駅でした。

以上、主要駅を含め、公衆便所が異様に少ないロンドン事情に、度々、脂汗を流した
雑魚でした(^^)








               
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