倶楽部メモ(7)
平成10年12月12日〜11年 1月 7日

投稿者 九州総局(旧門鉄)
投稿日 12月12日(土)22時16分51秒
タイトル '99春ダイヤ改正
JRKでは来年3月13日にダイヤ改正を予定しております。
改正のメインは土曜日を休日ダイヤで運行するのと大村線に特急 (名前はシーボルトになるらしい)を走らせること、特急の増発などです。
ちなみに客車列車についてですが、朝方の筑豊本線から鹿児島本線にくる1本とその帰りの50系レッドトレインは残ります。
また、久大本線に残る客車列車はほとんどそのままのようです。
寝台列車については特に変動がないようです。
まだ、暫定案のようですが、判明した分についてお知らせしました。
それでは、またなにかわかりましたら。


投稿者 仙コリ
投稿日 12月22日(火)02時21分20秒
タイトル オハフ61無残
書き込むのは久しぶりの、仙コリです。
12/21の23:30〜50にフジテレビで放映された「さよなら20世紀」という番組で、屋根が落ちるほど朽ち果てたオハフ61が爆破されていました。
番組によれば、現役時代は五能線を走っていて昭和58年廃車、個人に売却。
科学博の際にレストラン等に使う予定だったが中止となり、他の個人に売却された後、放置されていたそうです。
「科学博」ということなので場所は、つくば市かその近辺と思われます。
番号は電暖付きなので2000番台なのは確実ですが、画面からは確認できませんでした。
これだけの情報で番号は特定できるでしょうか?
とにかくショッキングな映像でした。



投稿者 車掌
投稿日 12月22日(火)12時48分09秒
タイトル RE:オハフ61無残
仙コリさん、こん**は。
先日のテレビ番組、私も見ました。
通常この番組を必ず見ていたわけではないので、たまたま見たのですが確かにショッキングな映像でしたね。
さて問題のオハフ61ですが、画面では番号は確認できませんでしたが、
車両の状態から、間違いなく常磐自動車道矢田部インター付近に放置されていたオハフ61 2751であると思われます。
状態的には文字通り放置されていたという状況で、画面からもわかった通り、かなりひどい状況で、修復の見込みはなかったと思われるので、
このまま朽ち果てていくよりは解体したほうがよいのでは?とは思っていたのですが、爆破というのはちょっと...
この番組の趣旨というものが、理解に苦しむものもあるのですが、同じような運命をたどる保存客車が出ないことを祈るのみです。


投稿者 我妻 靖
投稿日 12月23日(水)02時33分38秒
タイトル Re:オハフ61無残
我妻@山形です。

私も問題の番組 見てしまいました。
爆破という最後もショッキングですが、屋根や床が落ち、椅子も無くなったり
壊れたりといったように、ふちはてた姿を見るのも痛ましく思いました。

爆破の様子ですが、屋根が吹き飛び、車両下部から火が飛び、車内に点火され、車両全体が火に包まれ・・・といった感じでした。
(書かなかったほうがよかったかな?)

ただ、さすがに鉄骨部分はあれだけの火薬(ガソリン?)ではビクともしなかったようです。
ただ、残った鉄骨の残骸は、結局重機のお世話になったんでしょうね。

どんな車両でも、いずれ「最後」の時期が来るのでしょうけど、それをわかっていても、やはり寂しいですね。
投稿者のホームページ


投稿者 MOON PEACH
投稿日 01月02日(土)01時14分31秒
タイトル 謹賀新年
あけましておめでとうございます。
昨年はお世話になりました。
今年もよろしくお願いします。

昨年大井川鉄道に行ったことで、SLや旧客の魅力に気付いてしまいました。
客車列車はほとんど乗った記憶がなく、20年以上前母方の故郷新潟は白新線で、
走行中ドアを開けて外の稲穂だらけの景色を見ていた…記憶が、かすかに残っている程度です。
JR等のSL客車列車もいいですが、手入れがよすぎて乗っても雰囲気が今一ではないでしょうか(乗ったことないんですが…)。
大井川の旧客の乗ると、昔にタイムトリップしたかのようです。

でも、現在の列車で乗ってみたいもは、客車寝台列車ですね。
寝台列車自体も9月にサンライズ出雲に乗ったのがはじめてなくらいですが、こんどは客車寝台で味のある?旅を味わってみたいです。

 あれ、もう2日になっちゃった…。        ''*:☆ MOON PEACH
投稿者のホームページ


投稿者 たかちゃん
投稿日 01月02日(土)22時53分54秒
タイトル はじめまして、、
ボードには、初めて書かせてもらいます。たかちゃん、と申します。

昔は客車列車しか、乗らないというコンセプトで、乗り鉄し始めて、もう20年近くになります。
すんでいる四国には、もう定期列車では客車は走っていませんし、風の噂ですが、アイランドExpはその去就について、ささやかれていると聞きます。
必然的に、客車を追いかけ四国外に出ていっているわけですが、
サンライズの登場以降、寝台客車列車もこの先どうなるのか、厳しいものがあるように思います。
寝台特急客車は、かなり乗車していますが、昔の汽車旅の雰囲気が好きで、それを味わうことのできる数少ないものでもあります。
会社人ですので、厳しいですが、できる限り時間を作って乗っていきたいと思います。

また、いろいろとご教示していただくとありがたいです。車掌様、よろしく、です。


投稿者 オハフ
投稿日 01月04日(月)00時25分08秒
タイトル 懐かしいです・・・
はじめまして。H/P始めて見させていただきました。
何か急に20年以上前に記憶が遡っていくようでした。私も旧型客車というやつが大好きです。
私の家の近くを走っていた中央線の42*列車、東北地方の背板モケットなしの61系、北海道の小窓2重ガラスの32系・・・思い出が尽きません。
自動ブレーキのグワォーという音で停車し、シーンとなった室内が懐かしいです。
時々寄らせていただきます。頑張ってください。
PS:私も変なH/Pが一応有ります。よろしかったら見てください。(あまりにもつまらないので怒らないように注意してください。)
投稿者のホームページ


投稿者 ぺっく@ステーション
投稿日 01月05日(火)23時36分13秒
タイトル こういう客車あります?
どもお,日頃の相互乗り入れ(リンク)ありがとうございます.
そして,今年もよろしくお願いします.

頂いたメールであった話で,奥羽本線で昔走っていた,ドアが手動で内開きの紺色の車輛って,どんな車輛だか見当つきます?.
私は旧客には疎いもんですからもうさっぱり….
別にドンな客車?と質問されているわけではないのですが,もしそういう写真でもあれば,ああ,なるほどこういう車輛だったのかと,
頂いたメールのイメージもより沸くかなと.もし見当付くようでしたら.

さて,当方は年末に「日本海」のA個室に乗ってきました.
その旅行記をアップしていますので,見に来て下さいね.ではまた.
投稿者のホームページ


投稿者 車掌
投稿日 01月07日(木)09時49分44秒
タイトル RE:こういう客車あります?
ぺっく@ステーションさん、こん**は。

>奥羽本線で昔走っていた,ドアが手動で内開きの紺色の車輛って,どんな車輛だか見当つきます?.
との事ですが、ドアが手動で内開きの紺色の車輛という事は、基本的には旧型客車で近代化(体質改善工事)済の車輛です。
(厳密には20系客車まで含まれますが)
奥羽本線で走っていた車輛との事で、年代と場所で多少違いがあるとは思いますが、
参考までに昭和58年当時に走っていた主な車輛をあげてみます。

福島側(福島〜秋田・東能代間) 
 福島客貨車区〔仙フク〕 オハ35・オハフ33・オハ47(大半が茶色・一部青色もあり)
                スハ43・スハフ42(大半が青色)             
                オハフ46(少数派ながら全車が青色)
 山形客貨車区〔秋カタ〕 オハフ33・オハ47(大半が青色・一部茶色もあり)             
                オハフ45(少数派ながら全車が青色)

青森側(青森〜院内間)
 秋田運転区〔秋アキ〕  スハ43・オハ46・スハフ42(ほぼ全車が青色)

といった車輛が走っていました。
また、旧型客車について詳しくは、当ホームページの客車資料館を参考にしてください。
少数ながら写真もあり、ご希望?の紺色(青15号)の旧型客車の写真もあります。

また、最近発行された書籍では、昨年10月?に発売された鉄道ジャーナル別冊〔懐かしの国鉄列車PARTU〕の中に
「東北各線旧型客車のりまくり」という記事があり、奥羽本線の旧型客車列車の記事も載っています。
残念ながら写真はモノクロですが、同誌の1ページ目に奥羽本線峠駅に停車中の旧型客車の写真がカラーで掲載されています。


投稿者 我妻 靖
投稿日 01月08日(金)02時27分20秒
タイトル RE:こういう客車あります?
我妻@山形です。

高校の頃、奥羽本線糠ノ目(現在の高畠)から米沢まで列車通してました。
丁度旧客から50系への変わり目の時期でしたね。(年代バレバレですが。)

紺色で思い出したのですが、こんな車両が混じっていたんですよ。

ナハ11−2026 (実は山形からの帰りに走行音を録音したのが残っています。旧客の写真はほとんど無いのですが・・・)

この車両、外観が違うので、すぐ目につくんです。好んで乗りました。
でも、オハフ61は避けていたなぁ・・・(今思えば、なんと勿体無い事を)
投稿者のホームページ


投稿者 たいち
投稿日 01月06日(水)17時43分13秒
タイトル Re:オハフ61無残
はじめまして。
オハフ61 2751の最後について、初めて知りました。
以前から、放置されてるということは雑誌などで聞いていたのですが、爆破されていたのですね。
この車輌は、私が初めて旧型客車というものに意識して乗った車輌だっただけに、少し、辛いものがあります。
番組では五能線で活躍していたと報道されたということですが、私が乗ったのは磐越西線でした。
また、P誌によれば、廃車は昭和59.11.20.ということです。
日の暮れた会津若松駅で出会ったのですが、ホームに立ち上る蒸気がなかなか印象的で、
また、他にだれひとりいない車内で過ごした中山宿のスイッチバックの情景もよく憶えています。
そのときの列車編成は、つぎのとおりでした。
参考までに、御紹介します。

昭和58(1983).3.31.
会津若松→郡山 2246列車
ED77 5 福
マニ50  2137 北スミ
スユニ50 2036 仙コリ
マニ36  2032 仙コリ
オハフ61 2619 仙ワカ
オハ35  2507 仙ワカ
オハ35  2905 仙ワカ
オハフ61 2751 仙ワカ


投稿者 車掌
投稿日 01月07日(木)11時26分04秒
タイトル Re2:オハフ61無残
たいちさん、はじめまして。
話題のオハフ61 2751に乗車したことがあるとの事で、懐かしい話ありがとうございます。
この車輛は、確かに晩年は磐越西線で走っていたようで、わたしも地元なので乗車経験があるとは思うのですが、
当時は旧型客車はあたりまえで、記録が・・・。
このオハフ61をはじめ、最近解体される保存旧型客車が増えているようで残念です。
今後もたいちさんの客車列車の思い出等をお聞かせ願えると幸いです。
それではこれからもよろしくお願いします。


投稿者 水ミト
投稿日 01月06日(水)22時19分58秒
タイトル 郡山工場のオハフ613055について
車掌様
あけましておめでとうございます。今年もちょくちょく寄らせていただきます。

さて、保存客車写真館に掲載されているオハフ613055ですが、郡山で解体されたとばっかり思っていましたが、
どっこい、生き残っていたのですね。
塗装は新しくやったようですが、雨樋はそのままですね。
保存するなら、綺麗にして大切にしてもらいたい車両です。
ところで留置当時、福島にオハフ613055の他にはスハ432487がいたのですが、こちらは解体されたのかな? 
あのスハ43はJRでは最後の1両だったんですよね・・・
それでは!
投稿者のホームページ


投稿者 車掌
投稿日 01月07日(木)11時52分36秒
タイトル RE:郡山工場のオハフ613055について
水ミトさん、こん**は。
郡山工場のオハフ613055ですが、写真館では保存状態は比較的良好と書いたのですが、本当はちょっとくたびれているなという状況です。
車内の状態は本当に良好なのですが、雨樋及び窓枠はかなり腐食が進んでいる状態です。
また、塗装もちょっと変な色?で厚化粧といった感じです。
長らく福島駅構内に留置されていたようなので仕方がないかもしれませんが、きれいに復元して保存されればいいなと思っています。
願わくば、本線復帰して今年から走り始める磐越西線のSL列車に連結されると最高なのですが。




  「客車列車の旅」へ 「客車倶楽部」へ  
夜行列車や旧型客車列車の音や資料を掲載
客車専門サイト「客車列車の旅」はこちらから
掲示板「客車倶楽部」本体へはこちらから
過去ログ「倶楽部メモ」もこちらから