倶楽部メモ(3)

平成10年 7月11日〜 8月19日


投稿者 Suka
投稿日 07月11日(土)00時43分51秒
タイトル Re:保存車両!?
はじめまして、我妻さん。
??ep?? ??hoo?ですね?(オイ) 

それらしい保存車両といえば、津軽鉄道の元オハ31あたりでしょうか。
ほかには、北海道の廃線跡に結構保存車両がありますが。 
オハ31の場合、窓配置があきらかにオハフ61と違いますし、車体も17mしかないので見間違えるはずはなさそうですが・・・。
あとは夕張鉄道の客車くらいかなー。 

今度、鉄道ピクトリアルの92年頃の旧客特集のバックナンバーを見ておきます。(今見たけど出てこないし(T_T))

話変わって私の地元の旧客保存車両ですが、兵庫県の加古川市にスロ61が寿司屋として、サシ581とともにがんばっております。
ここは保存車両利用店舗にありがちな、閉店などの惨禍は受けておらず、いまだ健在です。
強いて言うなら塗装色が現役時代とまるで違いますが。


投稿者 OOO系のぞみ
投稿日 07月11日(土)23時32分21秒
タイトル 「なは」のレガートと、「あかつき」のレガート、みなさんは、どちらが好みですか・・?
みなさん、こん**は。
サンライズが、ついに、デビューしましたねっ!
そのうち、東京行きにでも乗りましょう。

さて、題名の件です。
私は、九州の小倉に帰省するときに、たま〜に、レガートを使います。 (やはり、客車は、良い!!)
九州入りする際は、停車駅の都合から「あかつき」を、戻ってくる時は、同じような観点から「なは」をよく用います。

気のせいか、どうか、わからないのですが、「なは」の方は、イスが合わないみたいなのと、照明が減灯されるのみで寝心地は、今ひとつです。
「あかつき」の方では、深夜帯に、完全減灯されるのと、いすが体によく合うので、よく寝れます。
(下り列車だと、EF65PFのサウンドつきの「おまけ」も会って・・・)

これをお読みのみなさんで、両者の乗車経験がある方は、ぜひ、お答えいただけないでしょうか・・・・。お願いします。

今週の月曜日の夜〜火曜日に「なは」に乗ったとき、レガートのフリースペースの自動「お茶」機が自販機になってました。
1個あたり、150円でした。

それでは・・・。


投稿者 たけし
投稿日 07月15日(水)17時52分48秒
タイトル はじめまして
はじめまして。客車のページですねぇ。いや、素晴らしいです。
現代となっては、もう電車、気動車の全盛時代となり、客車を見ることもあまりなくなってきました。
現に、私が住んでいるあたりでも、数年前までは50系客車などが活躍していましたが
今となっては、すべて701系に置き換えられ、ちょっと残念・・・。

さて、ここからは宣伝になりますが、私も鉄道のページを開いております。
まだまだ未熟ではありますが、皆様お暇があればお越しください。
お待ちしております。
ではまた。
投稿者のホームページ


投稿者 Suka
投稿日 07月16日(木)22時25分52秒
タイトル Re:保存車両
こんにちは、Sukaです。

>保存車両かどうかわからないのですが、とあるH本(コンビニ等で売られているやつで、
>英知出版のBe??in Sc??lの’97年11月号)の中に、外装がボロボロになったオハフ61らしき客車
>(車体色が茶,座席はシートがビニールの青、背板が木製,照明がグローブっぽい)の中に
>生まれたままの姿の女の子が立っている というのを見かけました。

やっと鉄道ピクトリアルが出てきました。(鉄道ピクトリアル 93年9月号 特集 旧型客車の今)
鉄道ピクトリアル独特の濃い内容で、旧型客車ファンには堪えられない本でしょうな。
実は近所の古本屋で見つけました。1冊100円!!

このなかで廃車体保存一覧表があります。
そこから見てみますと、オハフ61の保存例は少ないようで、6両しかないみたいです。
最低3両ということから、オハ61なんかもあるのでは・・・と思います。
上記6台のうち、1台は東北本線の船岡駅近くの公園、1台は高崎運転所、1台は高崎駅近くの喫茶店、
1台は茨城県の常磐道谷田部インター近く、1台は旧日中線熱塩駅(廃線)、もう1台はすでに現存しないようです。

背すりが木製ということで、こうなるとオハ61かオハ31、(スハ32もそうか?)などしかないですね。
オハ61,62の保存例も少なく(大半が道内)、こうなってくるといまいち決め手がないですねえ。
またオハフ62(ってあるはずだけどないかも)の保存例もないみたいですし。

オハフ61という判断はおそらく、

 ・車掌室が出入台より外側にある。
 ・車内背すりが木製。

というところではないでしょうか。
あとオハ61の特徴は、台枠が車体より下に出ている位でしょうね。
台車の種類がわかればさらに・・・。

あとは同時に現存しているラッセル車などから推測するしかなさそうです。
ちょっと調べてみたいと思います。

P.S 3つ下の書き込みの訂正です。
     >話変わって私の地元の旧客保存車両ですが、兵庫県の加古川市にスロ61が寿司屋
       のスロ61はスロ81でした。者号も判明しましてスロ81 2122です。


投稿者 門ヒカラ
投稿日 07月18日(土)10時19分05秒
タイトル 旧筑肥線の客車列車
今から25年程前の昭和50年代、新幹線博多まで開業した頃の話です。

電化される前の筑肥線は、少しばかりの郵便や荷物を積んだキハユニ26、千葉気動車区などから流れてきたキハ35、
旧キロ改造のロングシート車キハ26(600)をはじめ雑多なディーゼルカーの天下でしたが、
DE10牽引の客車列車が朝の上りと夕方の下りに博多=(旧)東唐津間を走っていました。

編成はオハニ61やオハ47などで、旧型客車とは言えないまでもなかなか味のある列車でした。
やはり手動ドアのため保安上の問題も多く、夏は通学生たちがデッキ付近にたむろしており、
福岡市内の室見川にかかる鉄橋で女子高生が川に転落したことがありました。
幸い命に別状はなかったのですが、その後はデッキ近くの座席がロングシート化されました。

しかし、客車列車の存続にとって決定的だったのは、筑前簑島から博多駅構内へ入ったところで
最後部のデッキに立っていた男子高校生が転落(ポイント通過時の振動のためか?)し、
その直後に竹下から博多へ回送中の特急「おおよど」が通過して轢死という、いたましい事故でした。
それを契機に、この客車列車もディーゼル化されてしまいました。

さて、その10年余り後に福岡市営地下鉄の開通に伴い筑肥線の博多=姪浜間は廃止されてしまいました。
しばらく経つと線路跡は道路になって「筑肥新道」という名がつけられました。
筑前簑島=筑前高宮間の、那珂川にかかる旧筑肥線の鉄橋は、長らくそのまま放置されていましたが、数年前、道路橋に架け替えられました。
この橋の欄干を良く見ると、SLの動輪があしらわれています。
また、両岸の擬宝珠はSLを象っています。

もっとも、筑肥線を走るSLは廃線になるずっと昔に姿を消してしまっていたのですが・・・。

※件の客車列車は門ヒカラでなく門タケです、念のため。
  ロコは「香」だったと思います。


投稿者 車掌
投稿日 07月26日(日)18時22分09秒
タイトル RE:保存車両!?
先日話題に上がった
>外装がボロボロになったオハフ61らしき客車の中に
>***の女の子が立っている というのを見かけました。
という、なぞの客車について、いろいろと調べてみました。

これらの客車は、北海道夕張市の三菱大夕張鉄道・南大夕張駅跡に保存(放置?)されている客車ではないかと思われます。

南大夕張駅跡には、除雪車(キ1)客車3両(スハニ6・オハ1・ナハフ1)や貨車(セキ1・セキ2)・モーターカーなどが保存されています。

これらの車両の特徴をあげてみます。

まず外観は、ホームに除雪車・客車などが上記の順に横付けされています。
客車は、かなり腐食が進んでおり窓ガラスが割れていたりします。
ちなみに見た目は スハニ6→オハフ61風 ・ オハ1 →オハ60風 ・ ナハフ1→スハ32風 に見えなくもない茶色の客車です。

内装は外装に比べると保存状態はよく、座席→シート(座面)は青色のレザーorビニール張り・背面は木製
ところどころにダルマストーブが設置といった事があげられます。

以上のような点から、例の客車の特徴と一致している様であり、また、
>三菱のロゴと「?キ1」と書かれた貨車が写っているのですが・・・
といった点も、この鉄道が三菱の所有であり、上記の「セキ1」と合致する物と思われます。

これらの車両は、廃線跡の書籍やテレビ番組等で紹介されています。
また、これらの車両を紹介しているホームページを発見しましたので確認してみてください。
ホームページ


投稿者 我妻 靖
投稿日 08月01日(土)22時10分34秒
タイトル Re:保存車両
我妻@山形です。

Sukaさん、車掌さん、情報ありがとう。

車掌さんの言われる「北海道夕張市」の線が非常に濃いですね。某誌の写真にもガラスが割れている様子が写っていました。

皆さん、変な?書き込みにお付き合いありがとうございました。

ps1.客車ではありませんけど、今日家族で福島県の田子倉ダムに行った際、只見線只見駅近くの公民館前(確か?)に
    SLが保存されているのを見つけました。確かC58だったと思います。
    一応屋根はかけてありましたが、外装は塗装がハゲてきていたようでした。
   (たまたまコンビニに寄って、Uターンする都合でコンビニから裏手のほうに入ったら見つけてしまったという状態です。
    何の因果なのか?)
    写真撮りましたので、いずれページのほうで紹介したいと思います。

ps2.九州からの出張帰り、「あさかぜ」に乗らずに「サンライズ」に乗車してしまった私は、裏切り物でしょうか?
投稿者のホームページ


投稿者 000系のぞみ
投稿日 08月03日(月)07時01分59秒
タイトル 京都総合運転所の24系25型の銀帯が・・。
今朝、岡山駅で列車を待ってる間に、上りの「彗星」を見ました。
帯は銀色だけど、リベットが帯の部分に見えないのでおかしいなぁ?と近寄って見ると、
オハ24−700等でおなじみの「銀色テープ」に貼りかえられていました。
触ってみたところの感触からすると、ステンレス帯を剥がして、青20号を塗装した後に、テープを貼ったと思われます。
ちなみに、オハネフ25−20が、そのようになっていました。(本日、朝に新大阪到着の「彗星」の1号車)
それでは・・・。


投稿者 車掌
投稿日 08月04日(火)13時50分29秒
タイトル 「出雲」「瀬戸」の車両
ホームページの客車&夜行列車ニュースにも書き込んだのですが、
こちらの掲示板でも、たびたび話題に上がっていた旧「出雲」「瀬戸」に連結されていた個室寝台車の一部についてのニュースが入りました。

10月3日に行なわれるダイヤ改正の内容がJR西日本から発表されたのですが、そのなかに、「あかつき」に個室寝台車を連結するとあり、
京都−長崎間の編成に「シングルデラックス」・「ツイン」・「シングルツイン」を連結し、京都−佐世保間の編成に「ソロ」を連結するとの内容でした。

実際にどの車両が連結されるとはありませんでしたが、従来の「あかつき」は、長崎編成にのみ「ソロ」を連結していたので、
その「ソロ」(オハネ15 350番台)を佐世保編成に移動し、旧「出雲3・2号」に使用されていた「シングルデラックス」(オロネ14 300番台)
「ツイン」「シングルツイン」(オハネ14 300番台)を長崎編成に投入することになると思われます。

残るは「瀬戸」に使われていた「シングルデラックス」(オロネ25 300番台)ですが、こちらは「日本海」に投入との情報があったのですが、
今回の発表には含まれなかったので今後の去就が気になるところです。


投稿者 車掌
投稿日 08月11日(火)11時05分36秒
タイトル 大井川鉄道に行ってきました
皆様、いつもお世話になっております。

最近仕事が忙しくページの更新がままならず、いつもご覧頂いている皆様には期待はずれ?となってしまい申し訳ありません。
仕事が一段落つき、また、資料の追加購入も致しましたので、徐々にページの更新を進めて行きたいと思っています。

さて、表題の通り、さる8月9日に大井川鉄道を訪問してきました。
大井川鉄道在籍のほとんどの旧型客車を撮影し、またSL列車にも乗車してきました。
今まで、写真がまったくない不思議なページ?でしたが、今後は客車の写真なども掲載していきたいと思っています。

また、そのときの訪問記などもアップする予定です。
かなりどたばたした旅行だったので、読んで笑っていただけると幸いです。
今週中には掲載予定ですので、そのときはよろしくお願いします。


投稿者 Suka
投稿日 08月15日(土)00時05分24秒
タイトル 大井川鉄道?いいですね。
車掌さん、いつも拝見させていただいております。なかなかお忙しいようですね。
さて私も大井川鉄道には1年ほど前に行って来て乗車したのですが、旧客はどうでしたでしょうか?
私の当時の記憶では、客車が国鉄時代よりくたびれている印象を受けました。
まあ、あれだけの旧客を維持するだけでも大変な話でしょうね。
また、客車そのものの寿命も気になりますね。
いくら旧客が頑丈とはいえ、大井川の初期の車両だと入線してから20年ほども経過していますし、だいぶ苦しいと思います。
私個人としては一日でも長く活躍して欲しいのですが・・・。
93年9月の鉄道ピクトリアル記事中でも、旧客もそろそろ廃車などといいながら、いまだそのままなので安心していますが・・・。
大井川鉄道の旧客が廃車されたら、あとは何になるのかなあ・・・。
12系?50系?ムードが出ないような(笑)。
床下でエンジンが廻っているような客車なんていうのは大井川には似合いそうにもないような気がします。
なにはともあれ、車掌さんの訪問記など、期待しております。

客車の機械式オルゴールがいまでも欲しい、Sukaでした。


投稿者 かめ
投稿日 08月17日(月)09時07分36秒
タイトル はじめまして
こんにちは。かめです。
杉岡さんの談話室にてこちらのページを知り、アクセスさせていただきました。よろしくおねがいいたします。
学生時代に旧客に乗って旅した思い出が忘れがたく、ついつい毎月のように大鉄を訪ねてしまいます。
大鉄の客車に乗っていても、ふと目を閉じると昔の記憶がよみがえります。
学生時代はほとんど海外で過ごしたのですが、夏・冬の長期休みに帰国し、(1983〜1984頃)
大阪の親類宅に泊めてもらいながら福知山・山陰線を一人で、または”好きだったひと”とひたすら乗り歩いておりました。
59−2改正直前の冬は寒かったですねぇ。
京都・篠山・福知山・浜坂、いつも雪の中、SGの湯気がゆらゆらと・・・
そうそう、真ん中辺にいつも「ナハ」君がついていましたっけ。
ごめんなさい!ついひたってしまいました。
さて、昨16日に元山陰組のオハ47(ほんとは46)に乗車しましたが、洗面所の消火器に注目。”米 客 ”と書いてあります。
窓框の落書きには ”江津XX”とか”鳥取OO”など「あのころ」の記憶を呼び覚ますアクセサリーがちりばめられています。
これらの客車が清算事業団より買い取られて間もないころ、トイレ脇の札差に消毒票の紙がささったままで、
”福知山61−7−9”などの文字を見た覚えがあります。
今でも定期列車として旧客に乗れる大鉄。
いつまでも頑張って欲しいと願うばかりです。駄文で失礼いたしました。


投稿者 柚子七味
投稿日 08月18日(火)23時47分07秒
タイトル 初めまして。
リンクをたどりながら来ました。
個人のページなのに、夜行列車の紹介とかしっかりのっていて感心しました。
質問なのですが、もうすぐ旅行を考えていまして、大阪から東京へ夜行で帰ろうと思っています。
なるべく安くすませたいので、寝台列車や新幹線は使わずに帰りたいのですが、おすすめの夜行特急などありますでしょうか?
教えて頂ければ幸いです。


投稿者 Suka
投稿日 08月19日(水)23時43分15秒
タイトル 山陰本線客レの思い出(再)
こんばんは、Sukaです。
かめさんの書き込みを見て旧客ファンになるきっかけとなった山陰本線旧客を思い出してしまいました。
うちの父の実家が鳥取でして、私が小学生のころ(昭和50年台)は、帰省兼海水浴ということで、
播但線経由山陰本線経由で帰省していました。(のちの60年台には、帰省しなくなってしまいました)
当然ながら当時の山陰本線は旧客の宝庫。
子供心ながら、未更新のオハフ33の古風で重厚な内装にシビれました。
これがもとで今に至っているわけです。
播但線の50系が導入されたあたり(1度は乗りました。自動ドアに驚きました、当時は。)で帰省しなくなりました。
それからは客レに乗ることすらありませんでした。
去年に山陰本線の鈍行客車列車がいよいよなくなるということで、521レに乗車してきました。
12系で旧客の面影はないですが、現役鈍行客車列車に乗車した満足感はありました。
DD51の汽笛がよかったです・・・。
この時MDで添乗音を録音してきましたが、慣れないせいで風切り音が入って失敗に終わりました。
後に、同人CDで521レの添乗音のCDが発売されていることを知り、私はためらいなく購入しました。
BENKIレーベルの「山陰本線521レ」というCDで、非常によいです。
暇なときはこのCDを再生して、雰囲気を楽しんでいます。
(ほかにはテラダプロジェクトの「旧型客車ONDIGITAL」などというCDもあります。これも山陰ローカルがメイン。
 こっちはなんといっても旧客より録音しておりあの重厚な旧客の雰囲気、車内放送、 オルゴールなどが非常によいです。)

しかし、JR西日本はなんで旧客イベントしないんだろ。
旧客自体は大ミハにあるんだから・・・。
「DD51でいく旧型客車鈍行の旅 姫路−鳥取(播但線もしくは福知山線(あ、JR宝塚線ですか今は)、山陰本線経由)」
なんてイベントしてくれないかしら。
山陰ローカルですから、マイテ49はつないじゃダメです。
それから旧客のパチモノ12系ではダメです。エンジンがついた客車なんて。

大井川のオハ47(46)ですか・・・いいですねえ。
私が乗った時も車内は国鉄らしさを色濃く残していました。
車内消毒済記録が車内にあり、「秋田南」などと書いてあった記憶が・・・。
また乗りにいきたいです。
(9月くらいに九大本線に乗りにいこうと考えているのですが・・・)

今年中には鳥取でキハ58の添乗音を録音したい、Sukaでした。



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