倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅

倶楽部メモSP
「さくら」特殊編成
(昭和36年末の事故の影響による20系・10系混結編成)の車体色について


倶楽部メモ(578) 平成22年 2月 9日〜 2月11日



投稿者

すいせい

投稿日

2010年 2月10日(水)00時04分28秒

タイトル

さくら 特殊編成

みなさん、ご無沙汰しております。
貴掲示板を見て気になっている記事がありましたので、質問したく
投稿させていただきました。
以下の記事はペーストしたものです。

「倶楽部メモ(298) 平成17年11月15日〜11月16日のうち
 投稿者   KC
 投稿日 11月15日(火)11時20分7秒
 タイトル さくら 特殊編成
 さくらに関する編成で特殊なものがありましたのでご紹介します。
 昭和37年1月7日さくら編成
 EF5892+ナハネ1066+ナハネ1094+ナハネ1098+オハネ1713
 +オハネ1719+スハネ3063+ナハフ204+ナハ201+ナハネ2053
 +ナハネ2064+ナシ2053+ナロ2054+ナロネ222+カニ222
 山陽線宇部駅での事故の影響で発生した、10系客車と20系客車の混結編成です。」

という内容ですが、10系客車のボディ色は全車両とも青だったのでしょうか?
いろいろと探してみましたが、見つかりませんでしたので、ご教示ねがいます。
よろしくおねがいします。




投稿者

仙コリ(管理人)

投稿日

2010年 2月10日(水)21時11分49秒

タイトル

Re:さくら 特殊編成

すいせい様

この事故による10系客車と20系客車の混結編成についてですが、
私も写真等を見たことが無いのであくまでも原則的なお話になってしまいますが、
客車の車体色として青色(青15号)が登場したのは昭和33年ですが、
しばらくは20系客車と特急「はつかり」用の専用色であり、一般の客車が青15号化
され始めたのは昭和39年10月からとなっています。(団体専用等の一部車両を除く)
よって該当する列車の運転日は、それ以前の昭和37年の事ですので、
10系客車の色はぶどう色2号であったと考えるのが妥当であると考えます。
あくまでも原則論ですので、詳しい方がいらっしゃいましたら
フォローお願いいたします。




投稿者

クモイ103

投稿日

2010年 2月10日(水)23時30分25秒

タイトル

Re2:さくら 特殊編成

 特急用および観光団体専用列車用は除き、
一般客車の一部に青15号の塗色が規定されたのは、
昭和39年9月26日に「車両塗色及び標記方式規程」が改定されたことによります。
 では実車はどうだったのかと言いますと、
鉄道ピクトリアル第167号(1965(S.40)年2月号)「関東だより」に
下記の記述があります。

> 国鉄客車に早くも新塗装車 長年のぶどう色からブルー色に塗り替えられる
軽量車のトップを切ってオハネ17がブルーに衣替えして上野駅で展示された

 番号は不明ですがTR-23を履いたオハネ17の写真が添えられ、
日付が「39-12-3」となっていますので、
実際の塗色変更は規程の改訂後に始まった様ですね。
 従って、くだんの「さくら」に使用された一般客車は、
全てぶどう色だったと思われます。

 なお余談ですが、個人的伝聞によると、まだ一般客車の青色化が始まる前、
大船工場から出場してきたマロネ41 20番台車が青色になっているのを
大船駅で見た、という目撃情報があります。
 マロネ41 20番台車は、0番台車からの近代化改造で
昭和38〜39年に6両が誕生していますが、
そのうち大船工場改造のものは25・26が該当します。
改造された時期は昭和39年5月と塗色規程の改定よりも前ですから、
この2両が規程の改定を待たずフライングして青色になっていた可能性が濃厚です。
 ただそれにしても「さくら」の特殊編成の時期よりは後ですから、
本題とは関係ありませんね。




投稿者

竹中@ノーブルジョーカー

投稿日

2010年 2月11日(木)00時06分22秒

タイトル

Re3:さくら 特殊編成

20系と10系の混結編成の写真は書籍で何度か目にした記憶はあるのですが、
探すと見つからないものですね。
とりあえず1枚見つけましたので報告まで。
鉄道ファン165号(1975-1)の22ページに浜名湖を渡る鉄橋上の写真があります。
白黒写真なので判然としないのですが、
特急色のEF58と次のナハネ10とは違う色のように見えます。

投稿者のホームページ




投稿者

ED76109

投稿日

2010年 2月11日(木)00時11分2秒

タイトル

「うばざくら」のことですね

 いつもお邪魔しております。「ED76109」であります。

 小生、古い写真で「混結編成」を見たことはありますが、
「モノクロ」でしたので・・・。
しかし、国鉄が「年末年始の帰省輸送」を
一手に引き受けていた時代の話でありますので、
手持ち資料等を確認・精査させていただいたことを述べさせていただきます。

 昭和36年12月29日、
山陽本線「西宇部(宇部)・小野田」を運転中の「下りさくら」に、
大雪の停電のために3時間遅れで運転中の「DC準急あきよし」が追突しました
(重軽傷者約50名)。
ところが、「さくら」用20系客車の「14両編成中の12両」が破損。
基本編成である8両は、予備車が確保できたものの、「
付属編成8両」が不足する事態となりました。
 当時の「20系客車」は、他のブルートレインの運用等も含め、
フル稼働している状況であり、年末年始の多客期であったことから、
予備車までもが「臨時レ」で活用されておりました。
そのため、代替車の捻出が不可能であったことから、
事故車の復旧が完了するまでの暫定的な対応処置として、
「10系ハネ」や「旧客(スハネ30)」で編成した付属編成を
代替として「さくら」に併結したのでありました。
この際、「旧客」を用いたことから、マスコミは、この混結編成を
「うばざくら」と揶揄したのであります。
 当時の「2等寝台(現B寝台)」の基本設備の比較において、
「10系ハネ」の設備は「20系客車」に大きな差はありませんでしたが、
次のような点で異なっておりました。

 1 「貫通幌」が異なっており、互換性が無かった
  (なお、貫通幌自体は14系・24系では、
  「旧客」と同様の幌に変更されている)。

 2 「集中電源方式」による電気暖房の20系に対して、
  「旧客」の暖房は「暖房用蒸気」を蒸気管によって
  機関車から供給する構造になっていた。
  そのため、「旧客」を機関車側に連結する必要があったことから、
  下りでは「カニ」の前位、つまり長崎側に連結せざるをえず、
  上下とも基本編成と付属編成との間の相互通行が不可能となり、
  付属編成の乗客が「ナシ」を利用できない等の問題が発生した。
  このため国鉄では、「旧客」の乗客の特急料金を
  「100円」払い戻す措置を行った。

 資料 「RJ6月号別冊 列車追跡リバイバル ブルートレイン」
                         (平成10年6月)等

 現在では、単純に「ウヤ」で終わらせてしまうところでありましょう。
ある種、「ブルトレ黄金時代」のお話でありました。
以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。



倶楽部メモ(579) 平成22年 2月11日〜 2月14日



投稿者

すいせい

投稿日

2010年 2月14日(日)22時00分33秒

タイトル

さくら 特殊編成

仙コリ(管理人)様 クモイ103様 竹中@ノーブルジョーカー様 ED76109様

いろいろな情報をありがとうございました。
結局茶色だったんですね。
それから「旧客」の暖房は「暖房用蒸気」を
蒸気管によって機関車から供給する構造のため
上りと下りの編成が入れ替わるという面白い編成でしたので、
模型でそろえてみようと思います。
ありがとうございました。



倶楽部メモ(583) 平成22年 2月23日〜 2月28日



投稿者

Yokoyama

投稿日

2010年 2月26日(金)01時03分52秒

タイトル

混結「さくら号」の編成写真

皆さま、お久しぶりです。

ずいぶんとカメレスになってしまいましたが、2月10日にすいせい様の書き込みで
10系と20系客車による「さくら号」の混結編成の話題が出ていましたが、
モノクロながらその時の画像を見つけましたのでご紹介させていただきます。

以前と同様に残念ながら私が撮影したものではありませんので、
こちらに掲載することが出来ません。
ご興味のある方は弊ブログにアップしましたので下記リンクからご覧下さい。

投稿者のホームページ



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