倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅

倶楽部メモSP
常磐線の普通客車列車


倶楽部メモ(473) 平成20年11月24日〜11月27日


投稿者

ホエ7030

投稿日

2008年11月24日(月)14時27分43秒

タイトル

常磐線の普通客車列車(1)

 我が常磐線の普通客車列車の姿、何点かご紹介したいと思います。

 今は無き日立電鉄の鮎川駅付近を行く11両編成の列車です。
午後の傾きかけた太陽の光を受けて、金色に輝きながら去って行く姿です。
電化工事前で架線柱が無く、線路脇の草もきれいに刈られていて、
とてもすっきりした風景です。

ED76109 様

 こちらこそはじめまして。いつも記事を拝読させていただいております。
様々な思い出話など、楽しみにしておりますので
今後ともよろしくお願いいたします。

 画像は、228レ 仙台→上野 オハフ61他
  S35.12.3 日立〜常陸多賀


投稿者

雑魚

投稿日

2008年11月25日(火)17時00分49秒

タイトル

機回し

▼ホエ7030様:
> 線路脇の草もきれいに刈られていて、とてもすっきりした風景です。

ここは日立電鉄の廃止直前、何度か訪れた御約束の「足場」ですが、現在の市街化が
嘘の様に、すっきりした風景ですね。その一方、当時の日立駅前における、専用線の
錯綜振りたるや、正に「トワイライト・ゾ〜ン」の聖地であったかと存じます。

国鉄・JRの電化が進捗した結果、並行私鉄のみ電化という構図も珍しくなりました。
今や八高線(高麗川以北)関西線(伊賀上野)紀勢線(三重県内)参宮線くらいでは
ないでしょうか。いや待て、小海線の小諸〜乙女も 一応、該当例と言えるかな(^^)

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画像は、週末の東京駅の様子です。10時台は正にブルトレの天下で「控えおろう」と
言わんばかりに、カメラの放列を縫って、機回しが行われています。三月の改正日が
14日とすると、この光景が見られるのも、残り、百数回という事になるのでしょうか。


投稿者

ホエ7030

投稿日

2008年11月26日(水)14時06分27秒

タイトル

常磐線の普通客車列車(2)

 電化工事が始まり、未完成の架線の下を行く列車です。
尾久のスハ32系主体の編成で、Wルーフが4両も入っていますが、
前から6両目はオハ27、8両目はスロハ31です。
 場所は、現在、国道6号から常磐道・日立北ICへの進入道が
オーバークロスしているあたりです。

225レ 上野→仙台 C609(仙) S37.3.27 小木津〜川尻


投稿者

ホエ7030

投稿日

2008年11月27日(木)16時38分27秒

タイトル

常磐線の普通客車列車(3)

 初冬の穏やかな陽の光を受けながら、現在、私がウォーキング・コース
にしている小石川橋梁付近の築堤を行く列車です。
お昼ごろに通るこの列車のスジは、昭和50年代の後半に入るまで
230レ〜424レ(平で列車番号が変わる)として残っていました。
 近年は、手前の「わらぼっち」が滅多に見られなくなってしまいましたが、
このあたりの風景は現在も殆ど変わっていません。
基本編成は東オク持ちで、この日のスロハは32形が入っていました。
年末近くのせいか、通常よりも荷物車が多く連結されていました。

 224レ 仙台→上野 機C60(仙) S37.12.10 高萩〜川尻



倶楽部メモ(474) 平成20年11月27日〜11月30日


投稿者

雑魚

投稿日

2008年11月28日(金)16時50分12秒

タイトル

常磐線沿線の思い出

常磐道が高萩以北に達する以前は、国道六号線がいわき方面に向う定番道路でしたが、
鵜ノ岬入口を過ぎて間も無く前方に平坦地が開けると、ホエ7030様の画像にある様に、
丘の陰から現れた常磐線が次第に近づき、常磐線の遥か後方に林立する、旧KDDの
巨大パラボラ・アンテナ群と相まって、独特の雰囲気がありました。

この辺りの風景で、比較的大きな変化といえば、国道 461号線が、渋滞の名所だった
常磐線踏切を数年前に解消し、大きく迂回する陸橋(いぶき橋)に移行した事ですね。
その先、高萩市街に入ると、かつては側線に貨車が多数屯した製紙工場の異臭振りが、
ある意味で風物でしたが、その工場も既に消滅。

製紙工場の側線から更に枝分かれする形で分岐していた炭鉱線については、辛うじて
現役時代の様子を記憶していますが、当時は、高萩〜平の各駅から炭鉱線が分岐して
いた様に思います。高萩にしても確か、手綱地区に延びる専用線が、別途ありました。
現況は存じませんが、磯原から分岐していた重内炭鉱線の終端部ヤードには、永らく
線路が残っていましたっけ。また、勿来駅の北側で、何かの専用線が海岸方向に分岐、
国道六号線と平面交差していた記憶もあるのですが、詳細は一切不明です。

画像は昨年、常磐道いわき中央I.C.付近で見た好間炭鉱(内郷分岐)専用線の跡です。
かくも明瞭に線路が残っている例は、珍しいと言えるでしょう。


投稿者

クモイ103

投稿日

2008年11月29日(土)21時10分29秒

タイトル

Re: 常磐線の普通客車列車

ホエ7030様

遅れ馳せながら、蒸機時代の常磐線普通客車列車の画像、興味深く拝見しました。
当時の常磐線は、多くのハドソン機が活躍していたのですね。
中でも小石川橋梁付近の築堤でのお写真は、
長閑な風景の中を駆け抜けていく列車の足音が聞こえるようです。
客車はマニ×3+スユニ+スロハ32+オハ35+…でしょうか。

貴重な画像のご提供、ありがとうございました。


投稿者

マロネロ38

投稿日

2008年11月29日(土)21時27分56秒

タイトル

C615(平)

私が始めて「常磐線」を通過したのは昭和27年7月でした。急行「みちのく」でカマ
がC615‐平区(写している--上野の高架線ホーム)。
土浦までノンストップ60分だった思い出があります。あまり特徴が無い機関車でした
がC61は好きな機関車の一つです。


倶楽部メモ(476) 平成20年12月 3日〜12月 5日


投稿者

ホエ7030

投稿日

2008年12月 4日(木)14時30分7秒

タイトル

常磐線の普通客車列車(4)

 C57が牽引する列車の発車シーンです。
この年の10月1日には、既に高萩までの電化が完成し、
EF80も続々と完成して運用に就いていましたが、
水戸以北の客車列車は蒸機が牽引していました。
 この写真を撮ったころから、尾久から大量のC62が水戸に異動し、
C57を見る機会が減りはじめました。
 駅には一般的な跨線橋が見えますが、その後この駅は比較的早く橋上駅化され、
機関車の右側の背景は現在住宅地になっています。

230レ 原ノ町→水戸 C5754(平) S37.11.20 小木津


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