倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅
倶楽部メモSP
常磐線普通列車のスハニ35


倶楽部メモ(204) 平成15年 7月 8日〜 7月14日

投稿者 ホエ7030
投稿日 7月 8日(火)18時35分15秒
タイトル 素晴らしかった軍用復旧三等車
皆さん、こん○○ワ。S30年代前半の常磐線客車の思い出ですが、水戸あたりを通る普通列車のうち、
東オク(ヲク)受持ちの編成の中に、時々他区の客車が入って来ました。
冬場には、よく北海道からオハ62やオハフ60などがアルバイトに来ていましたので、
見つけると乗ったものですが、車内が素晴らしかったのは、
S30年代に入ってから軍用車から復旧した三等車です。
 その中でも印象に残っているのは、マハ2970(東シナ・マハネ291を改造)と
スハ3313(東シナ・スヘ3112を改造)です。
車体はWルーフでおよそ30年を経過しているわけですが、車内は全くの新製車で、
ニス塗りの真新しい木部、スハ33は鮮やかな緑色のモケット張りで、何とも清々しい雰囲気でした。
 その他、高ミヤのスハネ改造オハ34や盛アホのオハ31などが入って来たり、
上野方のスハニにスハニ35が入ったこともあり、客車ファンにとっては夢のような日常でした。

投稿者 クモイ103
投稿日 7月 8日(火)22時58分12秒
タイトル Re:素晴らしかった軍用復旧
ホエ7030様>
 昭和30年代前半の貴重なお話し、興味津々です。
マハ29に関しては、3軸ボギーの乗り心地が良かったという話を読んだことがありますが、
内装でも意外な長所(?)があったのですね。
窓と座席の配置が合っていないので嫌う人もいるようですが、
そういうお話を伺うと、私も乗ってみたかったと思います。
 ところで、上野方に連結されたというスハニ35ですが、尾久の「はつかり」用でしょうか?
それとも仙台のぶどう色の車でしょうか?

投稿者 EF5841
投稿日 7月 9日(水)09時36分00秒
タイトル スハニ35
はつかりは、ご案内のように33年秋ですから、それ以前であるならば、
青葉用のスハニ35の間合い使用かと思われます。
東ヲクという標記であるならば、青葉用かと思われます。

投稿者 ホエ7030
投稿日 7月 9日(水)18時47分44秒
タイトル スハニ35の件
クモイ103様>
 私が常磐線各停で見た(そして乗った)スハニ35はブドー色でしたが、所属の標記は未確認でした。
通常組み込まれているスハニ31や32のピンチヒッターとして一時的に運用されていたものと思います。
 はつかりがDC化された後には、スハニ359(東オク)が、はつかり用塗装のまま水郡線の基本編成に
入ったことがあり、私は、S36.8.12.に水戸で撮っております。
この基本編成は、木造のナハユニ廃車の後オハユニ61となり、その後オハユニ63、
更にオハユニ71となっていたものですが、このオハユニ71が多分全検で入場したための
代替だったのだと思います。
 まるで「四等車」のようなオハユニ71の代わりのスハニ35ですから、
通勤・通学者にとっては素晴らしいプレゼントですよね。

投稿者 クモイ103
投稿日 7月 9日(水)20時21分05秒
タイトル Re:スハニ35の件

ホエ7030様>
 早速のご教示ありがとうございます。ブドー色なら、スハニ35 10〜12のどれかですね。
 「はつかり」のスハニが水郡線、それもオハユニ71の代走とは・・・ただあんぐりです。
やはり一般用には使いにくい車両だけに、予備の予備といった扱いを受けていたのでしょうか。
今まで誰にも顧みられず、ごく断片の情報しかなかった、「はつかり」DC化直後の客車の様子について、
とても貴重な証言、感謝に堪えません。

 ちなみに、スハニ35 10〜12が用いられた「青葉」の受け持ちは仙センでした。
なお、RP誌43系特集(2)の記述によれば、のちにこれらのスハニ35は準急109-110列車に転用された
との事です。
しかし、昭和35年2月20日の電気暖房使用開始に伴い、電暖化の対象とならなかったスハニ35は、
本線優等列車の運用を降りたものと思われます。
昭和37年10月1日の配置は、10が仙ワカ、11・12が仙フクで、ローカル用となっていたようです。
 スハニ35が電暖化されなかったのは、ひょっとして「マハニ」になってしまうからかな?


投稿者 103列車機関士
投稿日 7月 9日(水)20時22分05秒
タイトル 当時の水郡線
ホエ7030様、はじめまして、
はつかり用のスハニ35が入っていた普通列車、オハユニ71の話、
たいへん興味があります。私も当時の普通列車に乗ってみたかったです。
もう少し色々お話し聞かせていただけますか?

投稿者 EF5841
投稿日 7月10日(木)12時21分35秒
タイトル >>>スハニ35
クモイ教授 有難うございます。
日中線の運用についてたのは、仙ワカの10でしたか。

投稿者 ホエ7030
投稿日 7月10日(木)20時11分06秒
タイトル はつかりスハ44・水郡線など
クモイ103様・103列車機関士様> 私の拙い書込みに興味を持っていただき、
客車ファンとしてとても嬉しく思います。今後ともよろしくお願いいたします。
 はつかりDC化後のスハ44系について、詳しいことは分かりませんが、PCはつかり晩年には、
つばめ・はとの151系化で余剰となった淡緑色のスハ44が1〜2両組み込まれていたことや、
キハ81系の初期トラブルで、PCはつかりが復活したこと等はご承知の通りです。
私は、授業中の教室の窓から水戸駅の構内を眺めていて、DCではなくスハ44系の復活はつかりが
進入して来たのを見て「あれ!」と声を上げそうになったのを鮮明に覚えています。
 この年の年末・年始の「臨時みちのく」には、このはつかり用のスハ44が使用されました。
私が見た(撮った)S35.12.29の下りの編成は、C60・スハニ35・スハ44×5・ナロ10・スハフ43で、
スハ44のうちナロに近い2両は淡緑色でした。
上り列車は見ていませんが、スハニが青森方でしたから、
編成全体の方転を行いながら運転していたものと思われます。
 その後の顛末についてはピク誌に記事や台帳が掲載されていますが、
私自身は未整理で詳細は分かりません。
 オハユニ71当時の水郡線の客車は、オハ3163、464の他、オハ60やオハ61系が使用されていました。
その後、S30年代後半になると、オハユニの代りにオハニ3057やスハニ32が使用され
(多分オハユニ71は一旦高ヤマに転出したと記憶しています。)、
スハニ32はS40年代後半まで基本編成「水21」に使用されていました。
その他の客車は、S38年だったと思いますがオハ63が2両入ったほか、
スハフ32(W・丸)やオハフ53なども使用され、S58年6月の全面DC化に近い頃は、
主にオハ36やオハ47、オハフ45(オハ46改)などが使用されていました。
勿論、S35年春に8620をDD13に置き換えてからDE10になるまでの間、
冬期間にはホヌ30が運用されていました。(常陸太田折返しの上りは最後尾にホヌ連結)
 オハユニ71の方は、水戸線の運用に回り、お客を乗せる70系としては全国で最後のものだったと思います。
水戸線の基本編成は、長年高ヤマの受持ちでしたが、晩年は水戸の「水2」が運用され、
S41春のころには、小山方の端にオハユニ7111、勝田方の端にはオハユニ7120が連結され、
その中間にはオハ60やオハ61などの他にオハフ53が2両も入って、EF80に牽かれていました。
(長文になって恐縮です。) 

投稿者 クモイ103
投稿日 7月10日(木)22時30分43秒
タイトル Re:はつかりスハ44・水郡線など

ホエ7030様>
 貴重なお話しありがとうございます。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
 はつかりDC化の頃、実は私自身が製造途中でありましたので、特別興味のある時期です。

 キハ81系の初期トラブルでPCはつかりが復活した事は存じておりましたが、
PCはつかり晩年に淡緑色のスハ44が1〜2両組み込まれていたというのは、不勉強にして初耳です。
臨時「みちのく」に入っていた淡緑のスハは、その流れなのですね。
 臨時「みちのく」については、鉄道ピクトリアル1961年2月号の読者短信欄の投稿によると、
「2組使用し、1組は全部ブルーで、もう1組はスハ44形2両がグリーン、他の6両がブルー」
と述べられています。
後者がホエ7030様のご覧になった混色編成ですね。
ただ、鉄道ファン1976年5月号P.41に写真が出ている1961(S.36)年1月8日の編成では、
ナロが一般色になっているようです(その前2両のスハは淡緑と思われます)。
 編成の向きについては、上野方スハフ43、盛岡方スハニ35とだけ書かれています。
この列車は盛岡止まりで、デルタ線が無いことから、上りはオール後ろ向きで
スハニを最後尾に走ったのではないでしょうか。

# EF80+オハユニ71の組み合わせというのは・・・どひゃー(爆)


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