倶楽部メモ(805)

令和元年12月14日〜12月30日

ハイケンスのセレナーデ・車内チャイムの思い出



投稿者

ED76109

投稿日

2019年12月14日(土)22時37分11秒

タイトル

令和の師走を迎えました・・・

 久々にお邪魔しました。「ED76109」であります。

 マロネロ38様

  ご無沙汰しております。
文字のみでしかご挨拶できませんが、お元気そうでなによりであります。
のんびりと人生を楽しんでいただければとお祈りしております。
季節がら、どうぞご自愛くださいませ。

  小生の鉄親父も、実家のあった東武伊勢崎線沿線の某施設で過ごしております。
車椅子がないと移動がままならない状況であり、乗り鉄の面影はいずこ・・・
といった感であります。
小生も仕事が忙しく、単身赴任と相まって中々「鉄分補給」ができない日々です。

 以上、自宅への帰還で利用している「すずらん3号」
に使用される車内オルゴールが、時たま「ハイケンス」であることに
ささやかな喜びを感じる「教頭客車鉄ちゃん」でありました。




投稿者

マロネロ38

投稿日

2019年12月24日(火)21時29分12秒

タイトル

一時帰宅

WD76109様

今一時帰宅中です、正月も自宅で過ごす予定です。
ハイケンスのセレナーデは本当に旅情をそそりますね。
戦時中の「前線に送る夕べ」、戦後の「復員便り」、「PCのオルゴール」----。
それにしてもハイケンスがオランダ人なのに、
戦時中の敵国の作曲家の曲を使用の不思議は未だに謎が解けません。




投稿者

仙コリ

投稿日

2019年12月24日(火)22時18分21秒

タイトル

Re:一時帰宅

マロネロ38様

「ハイケンスのセレナーデ」本当に良いですよね。

私はスマホの着メロ&目覚まし(こちらは原曲版)に使用しています。

ちなみにウィキペディアによれば、
ハイケンスはオランダ人ですが活躍の場はドイツであったようですので、
当時の軍事同盟国の音楽家としての採用であったと思われます




投稿者

マロネロ38

投稿日

2019年12月25日(水)20時29分10秒

タイトル

ハイケンスのセレナーデ

仙コリ様
私はPHS時代に着メロに使用していました。
ドイツで音楽教育を受けてドイツにて活躍が、
ナチの弾圧を避ける手段だったのかも知れませんが、
帰国後戦犯扱いで獄中自殺を遂げたとか-----
出身地のKroningenは今サッカーチームで有名では?確か日本人選手も居たとか---

私は以下のCDを持っていますがーーー
「ハイケンスのセレナード」テイチク30CT-73 パームコートオーケストラ

「ハイケンスのセレナーデ」NHK名曲アルバム NHK-CD POCN−1040
東フイル、指揮;尾高忠明

私はNHK−CDの演奏が正統派デ好きですが、
パームコートの方がオルゴール的かな?
と想います。(Stockholm Phil.のメンバー)

御参考までに。ではまたお正月ニーーーー。皆様良いお年を。




投稿者

ED76109

投稿日

2019年12月28日(土)23時15分15秒

タイトル

ハイケンスの後にアナウンスした思い出を・・・

 ご無沙汰しております。「ED76109」であります。

 先達の皆様方

 以前にも述懐させていただきましたが、
見学旅行の引率業務で「車内オルゴール」の後に生徒へ連絡指示をさせていただく
という楽しい思い出がございます。
先輩の先生方には「ストレスの解消だろ」と笑われましたが、
今にしてみれば録音しておけば・・・と思います。
 それでは、久々に戯言調でお付き合いください。

 1 平成8年の11月、「エルム」筋の団体レで生徒指導の指示で
「スハネフ24の車掌室」からマイクを握ることになりました。
函隧道を通過して、渡島当別付近で「札幌車掌所のカレチ」さんに断って、
ハイケンスのオルゴールのスイッチを・・・。
「おはようございます。今日は11月○○日、□曜日です。
時刻は7時ちょうど、列車は定刻で運転しています。」
のくだりを述べたところ、怪訝な顔をしていたカレチ氏は小生の声を聴いて、大笑い。
函館到着3分前に再度、「まもなく函館に着きます。まもなく函館です。」
と始めた小生に、カレチさんは「5番線。降り口は右側。」
と合いの手を入れてくださいました。
 函館からの道中は、「先生はどんなブルトレがお好きなんですか。」と鉄談義。
苫小牧まで仕事そっちのけでカレチさんの乗務エピソードに聞き入っておりました。


 2 平成10年の秋、「はくつる81号」筋で「583系の車掌室」から
一声を発することがありました。
「私たちは宇都宮までですよ。」という上野車掌所のベテランカレチさんや同僚、
添乗員の方々の心配をよそに、ビバルディの「四季」の一節で始まるチャイムの後、
「ただいま、上野を定刻で発車しました。臨時特急のはくつる81号です。
青函トンネルを通ります快速列車の乗換駅、青森まで参ります。・・・」で始め、
「夜間の時間帯になりますので、青森到着15分前まで、
放送によるご案内は緊急の場合を除きまして、お休みさせていただきます。
生徒のみなさん、ゆっくりとお休みください。」のフレーズで終了させ、
皆さん方の喝采をいただきました。
 「声のトーンと大きくすぎない声で、先生はかなりの鉄道ファンだとわかりました」
とカレチさんに評価いただいたことは、今でも嬉しい思い出であります。


 3 さすがに、新幹線では見学旅行であっても、マイクを握ったことはありません。
ただ、途中の停車駅の案内アナウンスの前に、「いい日旅だち」が流れるのか、
「アンビシャス・ジャパン」が流れるのかで、旅行団の反応が微妙に違います。
 「ふうん、(JR)東海の新幹線か。」とつぶやくと、
「先生、何でそんなことが分かるの」と不思議そうに生徒は尋ねてきます。
また、山口百恵の大ファンだった同僚は
「へぇえ、JR西日本は山口百恵のファンが多いのか。」と小生に尋ねてきます。
「鉄」であれば、当然知っていることであっても、
彼らからは「どうしてそんなことが分かるのか」
といった奇異な目で見られるたびに、小生は嬉しくなってしまいます。

 今回は、小生の自慢話になってしまい、失礼いたしました。
以上、「JR北海道の優等レ」はすべて「ハイケンスのセレナーデ」か
「アルプスの牧場」に統一すべきだと考える教頭客車鉄ちゃんでありました。




投稿者

クモイ103

投稿日

2019年12月30日(月)09時24分2秒

タイトル

車内チャイムの思い出

客 車:ハイケンスのセレナーデ
電 車:鉄道唱歌
気動車:アルプスの牧場

学生時代の周遊券を使った旅行で、いつも流れていた思い出の車内チャイムです。
電車だと165系や457系、気動車だとキハ58などのボックスシートが思い浮かびますが、
客車ではスハ43系のボックスシート以外に、やはり寝台車のシーンもありますね。
御多分に漏れず夜行急行の自由席で宿代を浮かす周遊券旅行の最後に、
一点豪華主義で寝台特急で帰ってくるのが私のパターンでした。
九州方面であれば、最終日の夕食はもちろんブルトレの食堂車です。

このうち鉄道唱歌は誰でもわかる曲の前半部分ですが、
ハイケンスとアルプスはいずれも曲の途中を抜き出してかなり編曲しているため、
原曲と聴き比べると「本当に同じ曲?」と戸惑ってしまいますね。

むかし高校の鉄研で、どこから入手したのか気動車の車掌用マイク
(電話の受話器のようなの)を持ってきた部員がいました。
ゼンマイのダイヤルを巻き上げるとアルプスの牧場のオルゴールが鳴るのですが、
一杯に巻いても曲の長さよりわずかに短くゼンマイの動きが終わってしまい、
廻す度に曲のスタートが少しずつ前にずれていくのがご愛敬でした。


なお私事ですが、今度の年末年始は正月行事を控えます。
この一年、管理人様はじめ皆様にはお世話になり、ありがとうございました。




               
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