倶楽部メモ(593)
平成22年 4月21日〜 4月26日




投稿者 高速貨A
投稿日 2010年 4月21日(水)19時53分19秒
タイトル 客車列車での前面展望
 客車列車の場合、機関車が先頭で客車を牽引するため、展望車やスイート、
貫通扉から見る後方展望が楽しめるものの、前面展望は無理なのですが、
JR北海道の「ノロッコ号」オクハテ510に乗車すれば、客車列車による前面展望を楽しめる事を思い出しました
(実際に乗車したこともあるのですが、すっかり忘れていました)
 臨時列車ですが観光シーズン主体に運行され、前面展望以外でも楽しめます。
風光明媚な区間では徐行運転するので、車窓を楽しめます。
 添付写真は「富良野美瑛ノロッコ号」乗車時に、美瑛〜美馬牛間を走行中に撮影したものです。
富良野線の鉄道写真撮影地として有名な箇所です。




投稿者 ED76109
投稿日 2010年 4月21日(水)21時48分33秒
タイトル 「鉄」の基礎基本である展望の眺め
 「道民球団の前途」に暗澹たる思いである「ED76109」でございます。

 高速貨A様及び雑魚様

 前面からにしろ、後尾からにしろ、「鉄路が見える風景」は「鉄」を志す基礎基本の部分ではないでしょうか。
小生、小学生のころから「最後尾」に拘っておりました。
「鉄」仲間と山手線に乗る時、「先頭のクハ、いつもブラインドを下ろしている!!」と友人が残念がっても、
「その分、後ろの車掌室は大丈夫だから・・・」と囁きながら、可能な限り「最後尾」へと「誘導」し、
自分の思いを「遂げて」おりました。
 また、旧客レの最後尾は、主要駅では跨線橋や地下道へ近い場合が多く、
大抵通勤時間帯は満員ということが多かったように記憶しています。
前述しましたが、昭和53年の盛夏に「日豊本線」を西鹿児島・門司港」で直通した「旧客鈍行レのオハフ」は、
「宮崎・大分・小倉」と主要駅はすべて「最後尾」は立錐の余地なきほどの「大混雑」。
「国鉄時代」等の雑誌を見ても、「最後尾に乗客が鈴なり」だった風景をよく目にします。
小生は何と言っても「最後尾」派(!?)であります。

 長々と失礼致しました。
以上、借金まみれでも最後まで諦めない「道民球団」を応援続ける「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 雑魚
投稿日 2010年 4月22日(木)08時23分30秒
タイトル 嵯峨野観光鉄道
▼高速貨A様:
>「ノロッコ号」オクハテ510乗車すれば、客車列車による前面展望を楽しめる

トロッコ嵯峨側にDLが固定された嵯峨野観光鉄道も同様の内容ですね。嵐山と云い
保津峡と云い、車窓風景は一級品ですが、トロッコ亀岡到着直前、保津峡の上流側に
宅地びっしりの盆地が開けて、今までの山紫水明が何だったのか、というギャップも
別の意味で面白い趣向です。

この先、再び山陰線に乗り入れて、亀岡まで直通すれば「保津川下り」との連携性も
強化できそうですが、園部まで複線化が完了して高速化著しい山陰線のダイヤ編成上、
かかる超鈍足列車の直通は、隘路になるでしょうし(トロッコ嵯峨〜トロッコ嵐山で
下り線を間借りする事自体、既に隘路かも知れません)全区間一閉塞の観光鉄道では、
列車の往復頻度そのものが、大きく制約されかねませんね。

次回の京都出張時には(新)保津峡駅からトロッコ列車を俯瞰撮影しようか、などと
考えておりますが、その山陰線では、先月の改正に伴い 園部以南から 113・115系が
撤収したとか。福知山「ビッグX」電車特急にも、そろそろ、新型が配備されますし、
益々「昭和色」が薄れつつありますね。









投稿者 急行津軽
投稿日 2010年 4月23日(金)16時53分0秒
タイトル 「日本の客車」復刻版発売
ついに待望の「日本の客車」復刻版が発売されますよね。
(鉄道ピクトリアルの別冊のような形態?:予約特価10000円)
鉄道ピクトリアルのホームページを見ると、復刻版ながら良い意味で改訂版のような側面もあるようですので、
実は私はオリジナルも持っているのですが、思わず注文してしまいました。
客車趣味者にとって伝説的なバイブルですので、手元に届く日が楽しみです。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2010年 4月24日(土)16時14分43秒
タイトル 日本の客車
オリジナルの表紙がボロボロだが補修して見ています。復刻もすぐ売り切れでしょうね。
「日本の客車」と「客車形式図」1966 日本国有鉄道-は「俺が死んだら棺桶に入れてくれ」
と-----。この2冊は絶対に手放せません。



投稿者 きむたお
投稿日 2010年 4月24日(土)21時43分1秒
タイトル 今日と先週の「日本海」編成
ご無沙汰しております。富山も明るい季節になり、同列車が撮影できるようになりました。

2010/4/18 4002レ 上り「日本海」
EF81 106↓
オハネフ25 117
オハネ25 151
 オハネ24 44
 オハネフ25 125
 オハネ25 211
 オハネ25 213
 オハネフ24 2
 オロネ24 5
 カニ24 102


2010/4/24 4002レ 上り「日本海」
EF81 106↓
オハネフ25 117
オハネ25 151
 オハネ24 44
 オハネフ25 125
 オハネ25 215
 オハネ25 213
 オハネフ24 2
 オロネ24 5
 カニ24 102


*EF81の「↓」は屋上抵抗器カバーのある向き。

1週間で5両目のオハネが差し替わっていることが分かります。

添付写真は上が18日で富山貨物→富山、下が24日で富山→呉羽です。

なお、個人的な話ですが、当方、明日より転勤になりますので「日本海」は当分見れなくなりそうです。
廃止の噂もありますが、地元に帰ってくる際にはできるだけ記録したく思っております。







投稿者 ED76109
投稿日 2010年 4月25日(日)09時10分57秒
タイトル もうすぐ「G・W」ですが・・・
おはようございます。昨日はよく御休になられましたでしょうか。「ED76109」でございます。

もうすぐ、黄金週間でございますね。
小生、学生時代は「ひたすら鈍行乗り鉄」しておりましたが、「お足」も「隙」もなければどこにも旅に出られません。
道内に留まって、はや4年間「しょっぱい川」を渡っておらず、いらいらが募るばかり・・・。
いつもの「戯言」で憂さを晴らさせて下さい・・・。

1 昭和57年の黄金週間、小生「北の大地」を「旧客」でうろちょろしておりました。
「釧路」からの旧客レは、後部に数両の「コキ」が連結された「混合列車」。
連休中とはいえ、車内は閑古鳥が鳴く始末で、「標茶」から乗った最後尾の「オハフ」は小生一人のみ。
実は「納沙布」からの帰路、「根室」からの「混合列車」を「厚岸」で捨て、
「根釧原野」を走る「国鉄バス」のお陰で、この「旧客レ」を「標茶」でキャッチできたのでした。
曇天の下、ただ「映画『家族』のシーンのような地平線が広がる緑野」を走ったバスも今は廃止の憂き目に会ってしまい、
道東の鉄路も・・・となってしました。

2 昭和58年の黄金週間は、東北の「乗り鉄」を堪能して様々な旧客レを制覇しました。
「五能線の旧客レ」制覇のために、早朝の「秋田」から利用したのは「青森までの12系6連仕立の臨時急行さくら号」。
「弘前の桜花見物」のための設定だったようですが、「さくら」の名称に迷わずお世話になりました。
「赤べこ」に牽かれた「PCきたぐに」の如くの走りを「東能代」まで堪能しましたが、これまた車中には閑古鳥が鳴く始末。
「秋田車掌区のベテランカレチ」さんがご披露された「上野からの奥羽線直通鈍行レの想い出話」に花が咲きました。

3 昭和59年の黄金週間は「山陰鈍行紀行」に浸りました。
「DD51」牽引の「大阪」始発の「旧客出雲市行」は、「ユ」や「ニ」を含めて12両の長大編成。
しかし、「福知山」・「豊岡」・そして「米子」で2両ずつ切り離されるとあって、
「最後尾派(?!)」の小生はバッグ片手に「最後尾のオハフやスハフ」をうろちょろしておりました。
「武田尾の渓谷」や「浜坂辺りの日本海」をデッキで眺める旅は、もう出来ませんですね。
朝6時前に「大阪」を出発して22時前に「出雲市」に辿り着いた「鈍行旧客レ」も「遠き想ひ出」であります・・・。

 長々と失礼致しました。以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 赤まんと
投稿日 2010年 4月25日(日)22時07分2秒
タイトル 一方の「あけぼの」は・・・。
きむたお様転勤に伴い、当分「日本海」編成記録が望めないのは、残念です。
同じ青森所属の「あけぼの」はどういった編成を組んでいるかといいますと・・・。

Lot No.4353 4/25 2021レ「あけぼの」

オハネフ24 10(19-2秋田総合車セ・引戸・レディスゴロン)
オハネ25 210(19-12秋田総合車セ)
オハネ24 19(21-7秋田総合車セ・白帯)
オハネフ24 15(21-12秋田総合車セ・白帯)
オハネ24 552(19-3秋田総合車セ・銀テープ文字)
オハネ24 553(19-1秋田総合車セ・白文字)
スロネ24 551(22-2秋田総合車セ・銀テープ文字)
オハネフ25 201(19-7秋田総合車セ・銀テープ文字・ゴロン)
カニ24 116(21-6秋田総合車セ・白帯)
 EF64 1052(21-7秋田総合車セ)

Lot No.4351 4/24 2021レ「あけぼの」

オハネフ25 202(21-1秋田総合車セ・レディスゴロン)
オハネ25 218(21-5秋田総合車セ)
オハネ25 220(19-10秋田総合車セ・銀テープ文字変形字体)
オハネフ24 7(19-3秋田総合車セ・白帯・白文字)
オハネ24 555(19-5秋田総合車セ・銀テープ文字)
オハネ24 554(19-7秋田総合車セ・銀テープ文字)
スロネ24 552(21-8秋田総合車セ・銀テープ文字)
オハネフ24 12(21-1秋田総合車セ・引戸・ゴロン)
カニ24 23(18-9秋田総合車セ・白帯・機関更新)
 EF64 1032(19-6秋田総合車セ・双頭連結器)

特記以外金帯車です。
「北斗星」からお下がりの引戸オハネ24は「日本海」運用のようですが、
昨日上りから、レディースゴロンとシートにオハネフ24 10が指定され、
ゴロンとシート指定の12,22と合わせ、引戸オハネフ24は全車、上野口専用になりました。
指定車の入れ換え実施までしばらく、大阪駅には姿を見せなくなりそうです。
5/14〜15に「日本海」にはフル増結計画がありますが、「あけぼの」は相変わらず増結なしです。
昨日、EF510-503が尾久に姿を見せました。22-4新製標記。まさにパリパリの新車です。

きむたお様。新天地でもお体に気をつけて下さい。



投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2010年 4月25日(日)23時03分52秒
タイトル 古都と国鉄色特急列車
 こんばんは。
 古都・奈良では、平城京遷都1300年にあわせて、
381系、臨時特急「まほろば」が国鉄色で運行されて
おります。
 「国鉄型車両デザイン+国鉄色」は、これほど日本の
原風景と都会にもに合う、これ以上の秀逸なデザイン的
構成はないと思います。

 JR各社も、鉄道遺産の大切さと、地域おこしに役立
つことが理解されつつある(大糸線・キハ52を、津山
機関区の目玉に村おこしに役立てるそうです。)ので、
国鉄色の運行で、「鉄」集客でのJR各社の損益増加に
最大限の声援を送りたいと思います。

 <ED76109様>
 *昭和59年の黄金週間は「山陰鈍行紀行」に浸りました*
 遠路、関西までお越しいただき、有難うございました。

 小生が、保存している昭和60年の国鉄編纂時刻表を、
眺めてみました。(下りのみピックアップ)
 大阪ー福知山間・普通列車
 (旧型客車=9本、気動車=3本)
 大阪ー篠山口間・普通列車
 (旧型客車=4本、気動車=3本<2本は快速>)
 大阪ー三田間・普通列車
 (気動車=1本)
の都合、客車13本と気動車7本に対し、宝塚迄の103
系4連が20本、ディーゼル列車の間合い運用でおじゃま
しておりました。
 ちなみに大阪ー宝塚間の所要時間は、客車・気動車最短
=38分、103系最短=32分、気動車快速=30分で
した。
 昭和60年頃、気動車列車はキハ47系4連主体で、時
折キハ58との併結もありました。(クーラー稼動なし)

 写真添付いたします。

 <武田尾・キハ47・首都圏色>





投稿者 雑魚
投稿日 2010年 4月26日(月)14時55分11秒
タイトル 国鉄急行色
▼ユーラシア鉄道様:
> 臨時特急「まほろば」が国鉄色で運行されております。

使用車輌と云い「やまとじライナー」日中特急版ですね。臨時とは云え、奈良県内を
JR特急が走ったのは、奈良線・阪和貨物線経由で京都〜白浜に設定された「ふれ愛
紀州路」改め「白浜」以来、20数年振りですね。

>「国鉄型車両デザイン+国鉄色」は、これほど日本の原風景と都会にもに合う、
> これ以上の秀逸なデザイン的構成はないと思います。

御意。特に「特急色」「急行色」は暖色系の為、緑が濃くなるこれからの時期は特に
映えますね。かかる理由から、ブルトレ編成に置いても、ワンポイント(牽引機)の
赤色は貴重な存在と感じます。

その様な訳で昨日、地元・ひたちなか海浜鉄道で撮った「国鉄急行色」を掲出します。
国鉄車輌の標準塗装でフォーマットされた世代としては実に「萌え」ですが、次位の
いわゆる「準急色」は、実は元々、馴染みがありません。やはり キハ205との共演が
基本ですかねぇ(^^)








               
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