倶楽部メモ(67)
平成12年10月26日〜11月 1日


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 10月26日(木)21時45分11秒
タイトル RE:オハユ61
本文

夕張メロンさん、こん**は。

オハユ61について、運用まではわからないのですが当時の配置を調べてみました。
初期−1958年(昭和33年)頃
    東イイ(飯田町)−4両  鹿カコ(鹿児島)−4両
    天ワカ(和歌山)−2両  名タヤ(高山) −1両
末期−1970年(昭和45年)頃
    鹿ヤコ(都城 )−3両  天ワカ(和歌山)−2両
となっていました。
ちなみに途中の配置も、基本的に上記各区に配置されていたようです。
当時の運用等、詳しい方がいらっしゃいましたらフォロー願います。

参考資料:客車データベースキット


投稿者 横山@車両名鑑
投稿日 10月26日(木)23時28分06秒
タイトル Re:オハユ61
本文

皆様、こんばんは。ご無沙汰しております。

オハユ61の話題がでていましたので気が付いた点のみ少々...。
同車は1955年富士重においてナハ22000、ナハフ24000を鋼体化改造して11両が誕生しました。
しかし比較的短命で1973年に形式消滅しています。
飯田町に配属されていた3番のみがオエ61に改造され大宮機関区の救援車となりましたが
こちらも短命で1973年に廃車されオエ61廃車第一号となっています。
オユ60・61と共に珍しい形式でした。
では、失礼いたします。

投稿者のホームページ

投稿者 伊藤正宏
投稿日 10月27日(金)00時30分42秒
タイトル オハユ61形について
本文

 夕張メロンさん、こんにちは。

 オハユ61形ですが、私にとってもあまり知らない形式の一つです。
違った側面で資料を見てみると、広窓形オハ35系にもスハユ31形という形式が3両ありましたが、
早々と2両が1950年にスハニ32形に改造されており、廃車された1963年まで1形式1両という
珍しい客車がありました。
鉄道ファン誌連載の「国鉄鋼製客車24」によると、その1両残ったスハユ31形は、1964年現在
和歌山線和歌山市〜王子間で使用するオハユ61形の予備車となっているとの記述がありました。
ということは、天ワカのオハユ61形はその区間で使用されていたことになります。
 いずれにしても、3等郵便車は車両も少なく興味深い車両だと思います。

投稿者のホームページ


投稿者 夕張メロン
投稿日 10月27日(金)02時24分43秒
タイトル Re^2:オハユ61
本文

今泉様、やまだ様、水ミト様、車掌@仙コリ様、
横山@車両名鑑様、伊藤正宏様、
    
沢山の皆様のご回答ありがとうございます。
適当にヤマを掛けた高山本線が当たって、うれしいというべきか、何というか。
ともかく徐々にですが、ようやくこの車輌のイメージが膨らんできました。

肥薩線といえばオハユニ61が遅くまでいたので、なるほどと思うものがあり
ますが、和歌山線や中央線の場合、どちらもそれなりに人が住んでいて、
大都市につながる線区というのがミソでしょうか。
短い区間で駅に一つ一つ止まっては郵便の袋を乗せたり降ろしたりしていた
風景が目に浮かびます。(車内での仕分けもしていた…?)

それにしても、中央線のEF13+暖房車+。。。というのは、全く想像を
超えていましたが。

車掌@仙コリ様、

客車データベースキットというのは、最近雑誌に広告が出ているものですか。
所属区が一発で出てくるのなら、魅力ですね。ただ、もう少し安ければ…。(^^

横山@車両名鑑様、伊藤正宏様、

ご両人様のページの画像の数々は、参照用として何かと重宝させて頂いております。
遅ればせながら、お礼申し上げます。


投稿者 急行安芸
投稿日 10月27日(金)16時25分30秒
タイトル 大宮公開
本文 こんにちは
明日の大宮工場公開楽しみです。
EF58やクモハ40、九州のかもめが展示予定だそうです。
青色スハフ42や供奉車の登場にも期待しています。
贅沢を言わせてもらうとEF80も展示されれば最高です。
皆様にもどこかでお会いするかも知れませんね!


投稿者 C63
投稿日 10月27日(金)21時41分36秒
タイトル オハユ61について
本文  定員48、荷重3t、郵便室容積39.9立米、
郵袋数240、自重30.6〜30.7t
台枠UF128、台車TR11
昭和30年、富士重工で11両が鋼体化され、その後3号車はオエ61 8に
再改造されたと「鋼製客車形式図集」(鉄道史資料保存会)に載っています。
 また、レイルロード社からNゲージ、コンバージョンキットが出されていました。
最近は、全く見かけなくなったので、絶版になってしまったようです。
このキットの説明書には色、側面図、床下機器配置図が記載されています。
そして、参考資料として「旧版国鉄客車・貨車ガイドブック」(誠文堂新光社)
があげられております。


投稿者 夕張メロン
投稿日 10月28日(土)14時14分50秒
タイトル ガイドブック
本文

>「旧版国鉄客車・貨車ガイドブック」(誠文堂新光社)
>があげられております。

この本さがしているんですが、見つからないのです。
早く再版してほしいものですが…


投稿者 伊藤正宏
投稿日 10月28日(土)16時36分22秒
タイトル RE:ガイドブック
本文

 皆さん、こんにちは。

 私も誠文堂新光社の一連の「ガイドブック」を再販してほしいと思っています。
中学時代に鉄道模型を始めたときに、ちょうど学校の図書館に全冊ありましたので
友人の名前と使ってほとんど借り切っていましたが、子供には高嶺の花だったので
結局1冊も買えませんでした。HP開設準備の頃(約1年前)に神田神保町の古本
屋で探しましたが1冊10,000円以上でしたので、またもや買えず仕舞いでした。
特に形式が訳分からない程多い客車については「ガイドブック」的な資料がないと
頭の整理がつきません。

> 車掌さま、
「客車データベースキット」は貴サイトで紹介しているCD-ROMだと思いますが、
新作はWindowsでないと動かないのでしょうか?もしそうだとすると、Mac使い
には悲しい知らせですね。

投稿者のホームページ


投稿者 やまだ
投稿日 10月28日(土)19時59分58秒
タイトル ガイドブック・大宮工場祭
本文  皆様、こんばんは。
 
 4,5年前に件のガイドブックは、グリ−ンマックス本店のみ取り扱いの商品として限定再販
されていませんか? どうもGMファンは「電車専門」の方が多いようで、「客車・貨車」は
最後まで売れ残っていたみたいですが・・・(完売;98年春頃はまだ在庫があったようです。)
 
 さて、私は今日大宮工場のイベントに行って来ました。
残念ながら今年は客車モノは「江戸」の中間車が2両、休憩所に使われていた以外には全く無くて
客車ファンには少々物足りなかったかもしれませんね・・・ 
 ただ、保存車両の留置線にスハフ42−2174、スハ43−2249が居たのでひとまず安否
は確認できましたし、鉄道ではないのですがJRバス関東・水戸支店のバスが「国鉄仕様!」で
水戸から社員や即売会の品物を積んで参加していたのは大きな収穫でした! それでは・・・


投稿者 C63
投稿日 10月29日(日)16時05分33秒
タイトル 国鉄客車・貨車ガイド
本文 1995年7月第4刷発行の新版国鉄客車・貨車ガイドブックは、旧版とは別のものです。
新版にはオハユ61は載っていません。



投稿者 水ミト
投稿日 10月29日(日)23時39分44秒
タイトル 大宮工場・ガイドブック
本文

大宮工場での、バス関連展示。近年恒例になっています。
客車は出てなかったですね。残念です。

ガイドブックは確か3版くらいありましたよね?
趣味的には初版のものが一番面白いです。
4,5年前に件のガイドブックは、たしかにGMです。
カバー付きでしたが、あのサイズでのカバーは当時は無かったのでは?
と思います。

「旧版国鉄客車・貨車ガイドブック」はお金と時間に問題がなければ、
必ず見つかります。Nゲージの機関車1.5両分と思えば、あの資料は
買いだとは思います。


投稿者 急行安芸
投稿日 10月30日(月)12時40分01秒
タイトル 大宮行きました
本文

こんにちは
昨日の公開行ってきました。ED17-1が見事に復元されていましたね。
以前甲府で見たときは車体にペンキで「登るな」と表記してあったり硝子は割れてぼろぼろでしたが。

さて以前皆様に教わった「大宮駅の北斗星」撮ってきました。
ただ食堂車やロビーカー、オロハネなどは駅舎下の暗い部分でしたので
別の駅でないとうまく撮れないです。
ついでに尾久にも立ち寄りホームから「はくつる」のカニ24-116、オロネ25-700など撮りました。


投稿者 夕張メロン
投稿日 10月31日(火)00時36分49秒
タイトル 無題
本文

>「旧版国鉄客車・貨車ガイドブック」はお金と時間に問題がなければ、必ず見つかります。

内容の異なる版が複数あるというのは、入手する側からすると面倒な限りですが、
気長に頑張ってみようと思います。

ご回答を頂いた皆さん、ありがとうございました。


投稿者 やまだ
投稿日 11月 1日(水)22時13分16秒
タイトル 大宮の鉄道博物館計画・・・
本文

 皆様こんばんは。
 
 先週末に大宮工場のイベントが行われましたね。
足を運ばれた方ご存じとは思いますが、当日会場において大宮に鉄道博物館を誘致する署名運動
が行われていました。 地元ではこの10年ぐらい鉄道博物館構想があるのですが、一向に実現
する気配が無く、地元民(と言っても浦和市民ですが・・・)の私はいつ実現するのかやきもき
しています。 確か、88年頃の計画では現在の「さいたま新都市」の半分は都市緑地公園と
博物館か美術館を作る計画でした。 そこで「鉄道の街大宮」にふさわしく鉄道博物館を作ろう
という構想が沸き上がったのですが、現実には「さいたまアリ−ナ」が出来てしまいとてもそん
な土地は無くなってしまいました・・・はたしてどうなる事でしょうか?

 もし、実現するのだったら保守の問題上、測線で工場と博物館を繋げてほしいものです。
それと現在保管している車両を全て保存してほしいですね。 欲を出せば現在片側が車体広告に
なっているスハ43を復元の上、スハフ42と組んで休憩所にでもなったら良いのですがね。
更に出来れば余り日の目を見ない115系や103系などの地元の足となった車両やEF65等
も保存に加えてもらえたらと願ってやみません・・・



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