倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅
倶楽部メモSP
1等車のクリーム帯
クリーム帯色の色調について・晩年に白帯に戻ったか?



倶楽部メモ(242) 平成16年 6月29日〜 7月16日

投稿者 クモイ103
投稿日 7月11日(日)11時00分12秒
タイトル 1等車のクリーム帯
 突然別の話で恐縮です。
マロネロ 38様をはじめ、客車列車の全盛時代を体験なさった方々がこの掲示板においでになりますので、
いつか伺おうと思っていたのですが・・・

 戦後、連合軍専用車に白帯を取られて、1等車の等級帯がクリーム色になったというのはよく知られていますが、

(1)そのクリーム色というのは、どんな感じの色だったのでしょうか?
(2)クリーム帯は、最後まで白帯に戻らなかったのでしょうか?

(1)に関して補足…
 模型では「クリーム色2号」を使うという人もいますが、そんなに黄色っぽい色だったのでしょうか?
 確かに当時「黄色」という表現をしている人がいますが(鉄道ピクトリアル昭和32年1月号の読者短信欄)、
かの神様仏様星晃様は「薄クリーム色」と仰せになっています。
「○○色*号」という色番号は昭和31年に制定されたそうですが、
2等車の帯色が「青1号」と命名されているところを見ると、1等車は「クリーム色1号」だったのではないか?
 などと考えてしまいます。

(2)に関して補足…
 昭和31年11月、青大将カラーが登場して、当時存在した1等車の殆どが緑色になりました。
その時まで、1等車の帯色はクリーム色だったと、星様は述べておられます。
 さて、青大将にならず、ぶどう色で残った1等車が、若干両ありました。
そのうち、マイテ39 11とマイフ97 1の2両は、昭和35年7月の2等級制移行まで残存しました。
その期間中の昭和34年6月23日、新しい「車両塗色及び標記方式規程」が制定され、
1等車の等級帯は「白」とされています。

> 第14条 1等車及び2等車には、車体外部両側の窓の下に150ミリメートルの幅をもつて等級帯をつけ、
その塗色は、1等車は白とし、2等車は青1号とする。
但し、特別急行(つばめ、はと、あさかぜ、はつかり及びこだま)用及び気動車の2等車には、等級帯をつけない。

 この時、マイテ39 11とマイフ97 1の2両が本当の「白帯」にならなかったのか、誰に訊いてもわかりません。
ご存知の方がおられましたらご教示賜りたく、お願いします。

投稿者 客車
投稿日 7月12日(月)22時58分4秒
タイトル Re1等車のクリーム帯
私もあの伝説の黄帯については興味を持っていました。
そして青梅鉄道公園に保存中のかって黄帯であったというマイテ3911についても数
回訪れたことがありましたが、最初の頃の興味は1/80模型のマシ49に取り付けるべき
KM−3型冷房装置の取り付けの参考資料としてその痕跡を探ることでした。
 
この時はあまり参考になる様な成果は得られませんでしたが、昭和40年代後半に古書
店にて入手した資料の1/120程度のKM−2,3 マイネ40,41 マシ35 カシ
36の床下機器配置図や1/30程度のマシ35の励磁機やカシ36の主発電機の外観図,
1/80程度のKM型電磁継手側面上面外観図によりでっち上げて事なきを得ています。

さて表題の黄帯ですが何回めかに訪れた時管理が悪いのか外板の腐食が激しくあちこちに
錆が浮き出ている状態でしたが、非公開側のリクライニングシートが設置されてい部屋の
窓の下のウインドシルの下の、錆で捲れあがった青帯の所に目がいった時ふと思いました。
この捲れあがった塗料の下層に伝説の黄帯が隠れているかもしれないと。

そこで捲れあがった塗料を押してみると親指大の大きさの塗料が採集でき、その断面に目
を凝らすと果たせるかな予想通り下層にクリーム色が有りました。
そしてその色の重なりは下層よりブドウ色,クリーム色,ブドウ色,青色 でした。
全検時に塗装の塗り替えはどの程度行われるかは解りませんが、あの窓下は窓割りの変更
を受けているのでその時に塗料を全て剥がして後は塗り重ねと想像しています。

以上より、私なりには次のようなご報告となります。
(1)色は薄クリーム色でOK。
       自分の模型には現時点ではEF65の前面のクリーム色を使う予定
(2)マイテ3911には白帯はなかった。

現在大井工場にいるマイテ39を公開時に見ていますが外観からは整備時に塗装は全て剥
がして再塗装したように見えるので現在はもう残っていないと思われます。
現存する他の旧一等車元のマイネ40,41 マイテ49 はどうなのが興味わきますが
ご存じ方がおられましたらお知らせ下さい。

投稿者 まろねふ
投稿日 7月13日(火)10時24分1秒
タイトル Re:1等車のクリーム帯2
みなさま、こんにちわ。

1等車の帯ではありませんが、数年前に津和野駅で“やまぐち号”に連結されているマイテ49を眺めていますと、
標識灯掛の塗装が使用されたことによる色剥げが生じており、そこから青大将色がのぞいておりました。
写真を撮ったような気もしますが、何せ整理していないもので…
とりあえず、ご参考までに。

投稿者 クモイ103
投稿日 7月13日(火)22時58分24秒
タイトル Re3:1等車のクリーム帯
>客車様
 マイテ39 11の塗色の履歴について、貴重な情報、感謝に堪えません。
正にその情報が欲しかった・・・ど真ん中の直球でした。その塗膜の破片、今もお手元にあるのでしょうか?
 マイテ39 11が白帯にならなかったということは、残るマイフ97 1の方も同様の可能性が高いですね。
 EF65の前面のクリーム色ということは、「クリーム色1号」ですね。私もそうします。ありがとうございました。

>まろねふ様
 マイテ49に青大将の塗膜が残っているとは驚きです。
青梅で荒れ放題だったマイテ39と違い、弁天町での保存状態が良かったので、塗装剥離しなくて済んだのですね。
復元塗装でない本物の「淡緑5号」、一度拝んでみたいものです。

 ただ、白帯問題(?)に関しては、マイテ49は昭和31年に青大将化されており、
星様の著述によればその直前までクリーム帯で、白帯には戻っていないことになります。
また、横川と中部天竜にいるマイネ40はもっと古く、
昭和30年にマロネに格下げとなっていますから、もっと白帯確率は低い(どういう表現だ(^^;)です。

投稿者 客車
投稿日 7月15日(木)19時42分52秒
タイトル Re4:1等車のクリーム帯
>クモイ103様
ご挨拶が遅れましてすみません。 「客車」です。 よろしく。
>その塗膜の破片、今もお手元にあるのでしょうか?
塗膜の破片=証拠の品、採集の段階で超貴重な資料と認識していたので捨ててはいませんが、
その後の結婚、子供の誕生成長などがあって模型製作用品資料一切を物置に放り込んでしまいましたので、
物置を探して出てきましたらご報告します。

また、まろねふ様の報告ではマイテ49はブドウ色の下に青大将色が隠れているそうですが、
青大将色はあわてて塗ったそうですのでウインドシルの下の塗装の下層に伝説の黄帯が隠れている可能性は大ですね。
持ち主のJR西日本に、自主的に該当部の塗装を剥がしていただき、伝説の黄帯姿を拝んでみたいものです。

投稿者 JIN
投稿日 7月15日(木)20時14分40秒
タイトル Re5:1等車のクリーム帯
こんにちは.

1等車のクリーム帯ですが,知人が当時大井工場に勤めていた人に聞いたところ,クリーム1号よりも薄かったそうです.
昔の西武レッドアローや小田急通勤車のように,やや黄味がかったアイボリーとのこと.

ご参考までに.

投稿者 クモイ103
投稿日 7月15日(木)22時24分37秒
タイトル Re6:1等車のクリーム帯
>客車様
 こちらこそ、改めましてよろしくお願いします。
 おっしゃる通り、マイテ49の塗膜下層にクリーム帯が残っていれば、これも貴重なものですね。
 上層だけ剥がして下層を再露出させるなんて出来るのでしょうか?>こう様?(と振ってみたり(^^;)

>JIN様
 ご無沙汰してます。これまた貴重な情報、ありがとうございます。それで「黄色」という表現もされたわけですね。
 それでは、現在製作中のマイネ**の帯色は、もう少し検討してからという事に・・・
 というのは、いつまでも完成しない言い訳か?(爆)

(「白帯問題」と表現したのは「クリームでない本物の白帯」の事で、
 クリーム帯の色調問題とは別の話ですので念のため補足させて頂きます。)

投稿者 青列車
投稿日 7月16日(金)02時52分58秒
タイトル 【塗膜剥離】トラストトレインのスハフ43は…
横レス失礼致します。
トラストトレインのスハフ43のはつかりカラーは、
車体塗り替えの際、元の塗膜が残っていたことからあの色になったと聞いております
(その下にはしっかり青大将カラーと、いちばん最初のぶどう色も残っている由)。
ただ、本当に元の塗膜を利用しているのか?それを元に復元(再現)した塗料を改めて上から塗ったのか?となると…
あれ?どっちだった?

申し訳ありません。校庭10周走ったらチャイムが鳴るまでバケツ持って廊下に立ってますm(_ _)m
(体育館のトイレ掃除?仕方ない。それぐらい引き受けるべか…?)

倶楽部メモ(243) 平成16年 7月16日〜 7月28日

投稿者 こう
投稿日 7月16日(金)15時36分16秒
タイトル 塗装ですか・・
古い塗装が下に残っていることって結構、ありますね。
でもその上の塗装を剥離して、下の部分だけを出すと言うのは、
研究や調査のためなら一部分は出来ますが、全体は出来ない相談でしょうね。。
しかも現実に保存したり、運行したりするのであれば尚更でしょうね。
答えとしては、一部露出していた古い塗装に合わせた塗料を調合して、再塗装した・・
ということになるのではないでしょうか・・
完全に剥がすことなら出来るかと思いますが・・
投稿者のホームページ

投稿者 こう
投稿日 7月16日(金)15時39分28秒
タイトル マイテは・・
連続で失礼します。
JR西のマイテはまもなく全般検査で入場するそうです。どの程度の工事をするのか・・
まだ当分走りそうですが、まさか、網干に塗装を剥がしに行くわけにもいきませんし。。
投稿者のホームページ

投稿者 まろねふ
投稿日 7月17日(土)00時14分8秒
タイトル 青大将は…
みなさま、こんばんわ。

>クモイ103さま
マイテの青大将色ですが、私が見た感じでは、実際に残っているカラー写真の色よりも白っぽかったように思い、
かなり退色した色だと感じました。
この話もかなり前の話なので、現在の状況は違っていると思いますが、最近はマイテ自体を見たことが無くて…(汗)

>客車さま
はじめまして。実車の塗膜辺とは貴重な資料をお持ちですね。
今だから話せますが、小学生の時にたまたま乗ったオハフ33(だったか…)の窓部分の塗膜を剥ぎ取った事があります。
子供ながら厚い塗装だなと思った記憶があります。確か実家にまだ残っていたような…

投稿者 クモイ103
投稿日 7月17日(土)08時37分7秒
タイトル 塗膜ネタのレス
>こう様
 ぶしつけな呼び出しにご対応下さり、ありがとうございます。
 やはり、下層の塗膜をまた使うなんて無理ですか。
 よく考えたら、そもそも塗膜が古くなってダメになるから新しく塗るわけで・・・

>青列車様
 大井川のスハフ43は、四国へ渡った昭和50年代に「体質改善工事」があり、
 車体の一部に手が加えられている模様ですから、
 「はつかり」時代の塗膜は完全に残ってはいないような気がします。
# 校庭・廊下ネタは別の某掲示板では・・・(^^;

>まろねふ様
 そうでした、塗料は退色するものですね。
 昔のものはなおさらで、やはりマンセル記号などの指標がないと、完全な色の再現というのは難しいですね。
 客車ではないですが、以前、灰色のタキ43000をよく見かけると思っていたら、青が退色したものでした(笑)。

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