倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅
倶楽部メモSP
オハ35改オハフ33について
1000番台と1500番台・車掌室の窓



倶楽部メモ(182) 平成14年 1月 2日〜 1月 6日

投稿者 クモイ103
投稿日 1月 4日(土)19時58分35秒
タイトル オハ35改オハフ33について

 皆様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

>竹中@ノーブルジョーカー様
 このたび大変遅蒔きながら、ノーブルジョーカー自費出版誌「十人十色」を入手いたしました。
濃厚な内容に脱帽であります。
 そこで、オハ35からオハフ33への改造車について、2点質問があります。
1.丸屋根車が1000番台、(半)切妻車が1500番台という原則にもかかわらず、
1010はオハ35 732半切妻車、1501はオハ35 667丸屋根車となっています。
どういう事情があったのでしょうか。
2.車掌室の窓は、公式図面では、丸屋根車は種車の客窓そのままの1000mm(VC03715)、
半切妻車は700mm(VC03716)となっています。この区別は、実車に於いても守られていたのでしょうか。


投稿者 クモイ103
投稿日 1月 5日(日)00時19分43秒
タイトル 貴HPへ行きます
 竹中@ノーブルジョーカー様、先ほどの質問、貴HPの掲示板に出すのが筋でしたね。
何も考えずいつもの所に投げてしまい、たいへん失礼しました。改めて貴HPにお邪魔させて頂きます。
 車掌@仙コリ様にも、申し訳ないことをいたしました。

投稿者 竹中@ノーブルジョーカー
投稿日 1月 5日(日)00時41分13秒
タイトル オハフ33について

みなさま。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

クモイ103教授殿。
「十人十色」お買いあげありがとうございます。教授に脱帽と言われるなんて光栄です。
さて、お尋ねの件ですが、
1)1000番代と1500番代
この番代分けにはずいぶん悩み、十人十色の解説では曖昧な書き方しかできなかったのですが、
最近になって「根拠は台車」を確信するにいたりました。
すなわち、車体形状とは無関係に、平軸受(TR23)が1000番代、コロ軸受(TR34)が1500番台です。
これですとオハフ33667も1011も説明がつくのです。
ただ、ご指摘のオハフ331010だけは実車を見ていないので不明ですが。
2)車掌室の窓
1000番代・1500番代ともに700mm・1000mmの両方が存在します。
図面は片方づつ代表して書いたのではないでしょうか。
この改造内容の差については、改造工場によるものではないかと考えていますが、まだ整理していません。
たった101両のことなのでさほど困難な作業ではないのですが・・・
今年は「十人十色2」を出版する予定です。出たら、是非買ってくださいね。
今度のテーマは、まだナイショですが・・・

投稿者のホームページ

投稿者 伊藤@JNR.site
投稿日 1月 5日(日)10時13分05秒
タイトル オハフ33形1000番代について

 皆さん、
 明けましておめでとうございます。

 オハフ33形1000番代の中で異彩を放っていた切妻車体でTR34台車の事故復旧車オハフ33 1011
(旧オハ35 1314←スハ32 266)という車両がありました。
弊サイトにも写真を載せているのですが、実は台車振替車で
オハフ改造時にはTR23台車だったことだったそうです。
このことで大分スッキリ整理することができて、弊サイトで車体による分類分けをしていたのが
間違いだったことがハッキリしました。
そのうち弊サイトも台車による区分分けであると書き直すようにします。
 この辺のことは鉄ピク1986年2月号「東田子の浦事故とその復旧車」が参考になりました。

>竹中さん、
 ありがとうございました。「十人十色」はバイブルにように参考にしておりますが、
次回作の方も楽しみにしております。

投稿者のホームページ

投稿者 もん
投稿日 1月 5日(日)20時39分17秒
タイトル オハフ33
こんばんは。
オハフ331010は80年代出雲区に配置されていたのですよね。
そうであれば、山陰本線の長距離鈍行にも組み込まれていたのでしょうか。
当時小学生だった自分は、親に連れられて下関に出掛けたときよく828レを利用しました。
ときどきナハ11が連結されていて、物珍しく選んで乗っていましたので、
他の車輌がなんであったか全く覚えていないんです。
今となっては、もったいないことですよね。

投稿者 クモイ103
投稿日 1月 5日(日)22時15分49秒
タイトル オハフ33 1010と団体臨時列車

 竹中@ノーブルジョーカー様、ご回答ありがとうございました。

 実は、もんさんと事情は違いますが、私もオハフ33 1011でなく1010の方が気になっているのです。
昭和45年10月、鉄道記念日関連のイベントとして、大鉄局主催で運行された団臨に、
同車が連結されていました。
運転区間は大阪−京都−福知山−西舞鶴−丹後山田(現・野田川)で、
当時健在だった加悦鉄道の機関区を訪れ、帰りの西舞鶴でも機関区を見学するという行程でした。
 RF誌116号(1971-1)P.133によると、編成は京都寄りから
オハフ33 462(大ヒメ)+オハ35 1308(大ヒメ)+オシ17 2022(大ムコ)+スハネ30 2127(大ミハ)
+マロネ40 19(大ミハ)+スロフ51 2039(大ムコ)+オハフ33 1010(米ヨナ)という7連で、
これをC57、D51、9600がリレーで牽引しました。
まさに模型化して下さいと言わんばかりのおいしい編成ではありませんか。
 このうちマロネ40 19は、RP誌246号(1971-1)「TOPIC PHOTOS(関西)」に写真がありますが、
くだんのオハフ33 1010については詳細不明なのでした。
 なお、列車名が、RF誌では「蒸機の旅」、RP誌では「昔なつかし汽車の旅」と異なっており、
どっちが本当かわかりません。

 オハフ33 1010の形態について、情報が入りましたら、よろしくお願いしますm(_ _)m。


投稿者 伊藤@JNR.site
投稿日 1月 6日(月)00時00分37秒
タイトル オハフ33 1010の実見記録

 皆さん、こんにちは。

>クモイ103さん、
 ピントがずれたレスで申し訳ありませんでした。

 昭和59年現在のオハフ33 1010について
 形態については大学時代の部内報に詳細な実見記録がありました(昭和60年ですが)。
  体質改善:工事済み
  外部塗色:青15号
  車内塗色:ベージュ
  ドア形状:いわゆる原形タイプ
  窓枠  :木製サッシ
  室内灯 :直形蛍光灯×2列
  座席形状:枕なし
  扇風機 :7機×1列
  網だな :ひも
  床   :板張り
               以上、こんな感じです。


倶楽部メモ(183) 平成14年 1月 6日〜 1月 7日

投稿者 もん
投稿日 1月 6日(月)12時19分58秒
タイトル Re:諸々の件
伊藤@JNR.site様
オハフ33 1010の形態については、大変参考になりました。
もしわかれば追加で教えていただきたいのですが、便所、洗面所の窓はどういう形態だったのでしょうか。
模型で作ってみたくなり、質問させていただきました。
よろしくお願いいたします。

投稿者 まろねふ
投稿日 1月 6日(月)22時14分24秒
タイトル 山陰となれば…

みなさま、こんばんわ。

>もんさま
はじめまして。828レのナハ11は出雲区の45番ですね。
この車両は昭和57年11月改正(伯備線電化開業)に米子区から転属してまいりました。
828レの運用の前は前日の831レで門司に下り翌日の630レで下関へ、
そして828レで出雲市へ向かっておりました。
私の実家のある町へは19:30頃に通過していました。
何を隠そう、私は島根県の出身でこれら客車を見て育った(?)人間です。

オハフ331010は山陰の客車だそうですが、私は過去に見た覚えがなきしもあらずなのですが、
当時は形式写真を撮るといった概念がありませんでしたので写真はありません。
1503なら良く覚えているのですが…
85年頃にRM誌に山陰の客車の各形式写真が掲載されているはずです。今、その雑誌を捜しています。


投稿者 クモイ103
投稿日 1月 6日(月)22時49分45秒
タイトル VC図面から見たオハフ33 1010

>伊藤@JNR.site様
 オハフ33 1010に関するご教示、有り難うございます。模型化に際して、たいへん参考になります。

 ところで、昭和59年現在で体質改善工事済みという事ですが、
近代化改造はされていなかったのでしょうか?(床が板張りという事は…?)
 前にもちょっと触れましたが、オハ35改オハフ33には2通りの図面があり、
どちらも昭和39年9月の同時期に作製されています。
◆VC03715 … 車体形状:半切妻、車掌室窓:700mm、台車形式:TR34、
改造前型式番号:オハ35700以降、記事:近代化
◆VC03716 … 車体形状:丸屋根、車掌室窓:1000mm、台車形式:TR23・34、
改造前型式番号:オハ35699以前、記事:(なし)
 オハフ33 1010は、元がオハ35 732で半切妻です。
しかし1000番台になったという事は、伊藤様・竹中様のお説によれば台車はTR23だった可能性があり、
どちらの図面に基づいて改造されたのか、興味が持たれるところですね。
後者の図面ならば、近代化されていない可能性があるわけで、
そうなると、昭和45年ではぶどう色塗装の可能性が出てきます。う〜む、また頭痛の種が・・・(悶絶)


投稿者 竹中@ノーブルジョーカー
投稿日 1月 7日(火)00時16分03秒
タイトル オハ35732の写真

みなさま、こんばんは。

話題のオハフ331010は捜索中ですが、改造前のオハ35732の写真を見つけました。
北総レール倶楽部にきれいな写真が掲載されていますので是非ご覧ください。
で、注目の台車は平軸受のTR23です!

北総レール倶楽部>40年前の大阪駅>福知山線客レ

http://www.hokuso.com/menu.html

喰砥さま。
暖房車は客車なのでここの範疇だと思いますよ。

投稿者のホームページ

倶楽部メモ(184) 平成15年 1月 7日〜 1月13日

投稿者 まろねふ
投稿日 1月 7日(火)22時15分55秒
タイトル 肝心な時に…汗

みなさん、こんばんわ。

今、話題となっているオハフ331010ですが写真は如何しても見当たりません…
肝心な時に役に立たないですね。
私の記憶では、米鉄局にはオハフ33の半切妻車は1010と1503の2両しかいなくて
窓枠がアルミサッシになった車両はいなっかたはずです。ただ青塗りではあったでしょうが…
アルミサッシ窓のオハフ33は2447しか覚えがありません。
友人が撮った写真があるのですが、子供の頃に見た記憶で鋼鈑屋根で青塗り、サッシ窓…
今風に言う“キモい”客車でした。
車掌室窓が1000oの車両はオハフ611000番台しか存在していなかったはずです。
茶塗りサッシ窓のスハ42(番号失念)も確か1両いましたが、今となれば如何して撮っていないのだろう、
後悔の日々です。
以上、言い訳反省文でした。

>もんさま
山陰のD51やDF50をリアルタイムで見ておられたのですか、私とほぼ同じ世代の方でしょうか。
私は万博(筑波じゃないよ…)の前年生まれです。
DF50牽引の823列車とは最後まで残っていた運用ですね。
その帰りの運用で浜田から貨物列車を引くDF50は見ていました。
丁度小学校の給食時間の直前に走っていました。
その823列車には前にここで話題になったオハフ33630が入っていたのですよ。
823の客車は浜田で20時間近く道路沿いの側線に留置されていましたから時々目にしていました。
山陰の懐かしい客車は私も模型(HO)で再現しています。


投稿者 まろねふ
投稿日 1月 7日(火)23時08分06秒
タイトル これかな?

連続で失礼します。

オハフ331010についてですが、番号は確定できませんがそれらしい写真がありました。
RJ誌183(82年5月号)“特集 長距離鈍行列車の現状”のP28の左側上から4段目の写真で
機関車の次位の客車がそれにあたるのではないでしょうか。半切妻車で台車はどう見てもTR-23です。
写真の説明によりますと828列車を撮影したとあります。
この828列車の編成順序は機+米付2+米7+大郵113で米付2の運用に入っている写真と思われます。
写真撮影日の記述はないのではっきりした事は言えないのですが、昭和55年の国鉄資料では
米付2運用は出雲区の受持ちで、雑誌上の資料ではオハフ331010は昭和57年11月に
米子区から出雲区に転入とあり、雑誌の写真掲載から考えると疑問は残ります。
もう一方のオハフ331503はTRAIN誌に形式写真が掲載されていますから消去法で行くと
RJ誌の写真はオハフ331010となるはずなのですが…

みなさん、虫眼鏡片手に見てみてください。


投稿者 竹中@ノーブルジョーカー
投稿日 1月 8日(水)00時02分59秒
タイトル オハフ331010

まろねふ様。

なるほど、これは可能性が高いですね。
虫眼鏡で見てもツブツブが見えるだけで番号が読めないのが残念!

投稿者のホームページ

投稿者 クモイ103
投稿日 1月 8日(水)00時36分18秒
タイトル Re:オハ35732の写真/これかな?
竹中@ノーブルジョーカー様、まろねふ様、
 オハフ33 1010についての情報、ありがとうございます。
 「北総レール倶楽部」に改造前の写真があったのですね。全く気付きませんでした。
RJ誌182号は持っていないので、こんど交博へ行った時にでも見てみます。

投稿者 もん
投稿日 1月 8日(水)12時26分43秒
タイトル オハフ33 1010の件について
皆様こんにちは
話題のオハフ331010ですが、検索してみると「1980年代国鉄撮影日記」というHPの中で
旧型客車−山陰の場所に写真がありました。作成者の方のお話をお聞きしたいですね。
まろねふ様
私は新幹線が岡山まで開業する直前の生まれです。学年でいうと2つ下でしょうか。
リアルタイムは77年以降です。
D51については、祖母の家が山陰本線のすぐそばにあり、
お邪魔した際煙をはいて走る客レを見たのが記憶に残っているくらいしかないんです。

投稿者 伊藤@JNR.site
投稿日 1月11日(土)12時41分47秒
タイトル オハフ33 1010の件

 皆さん、こんにちは。

>もんさん、
 便所、洗面所の窓については記述がありませんでした。レスが遅れて申し訳ありませんでした。

投稿者のホームページ

投稿者 もん
投稿日 1月12日(日)19時08分23秒
タイトル Re:諸々の件
伊藤@JNR.site様
オハフ33 1010の件、わざわざ調べていただきありがとうございました。
旧客は各車それぞれで、実車を見ないとわからないので奥が深いですね。
これからもご教示よろしくお願いいたします。

「客車倶楽部」へ
夜行列車や旧型客車列車の音や資料を掲載
客車専門サイト「客車列車の旅」はこちらから
現在や過去の夜行列車に関する資料を掲載
全盛期の時刻表データ等も掲載しています
掲示板「客車倶楽部」本体へはこちらから
過去ログ「倶楽部メモ」もこちらから
 
客車専門サイト「客車列車の旅」