倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅
倶楽部メモSP
12系客車の現況について



倶楽部メモ(134) 平成14年 4月22日〜 5月 2日

投稿者 おっちゃん
投稿日 5月 1日(水)15時41分02秒
タイトル 12系の現況は?
本文

先頃のJR東日本に於ける14系全廃を受けて思ったのですが「ユーロライナー」等
イベント仕様は別にして、12系は今でも有るのですか? 廃止の話は聞きませんが。
「ヨンサントオ」を契機に配備され、その延長線上の14系が1972年の登場ですから、
もう何が有っても不思議ではないですが。

定期仕業としては一昨年に豊肥線部分電化で捻出された気動車配備に伴う久大線の
各停が最後でしたか。私は「八甲田」「ちくま」「だいせん」「日南」「かいもん」
及び東北線盛岡以北の各停で利用しましたが、最も印象に残って居るのは 1979年夏
烏山線を一躍有名にしたミステリー列車「999号」での運転です。

当時の烏山駅は、現在よりも車止め迄の引上線が長目に取られ、途中に警報機付きの
踏切が在りました。然し戦前に気動車が導入される等、同線の無煙化は早かった様で、
若しかすると、この警報機が作動したのは「999号」の機回し位か、等と勘ぐります。
現在の引上線は件の踏切直前で途切れて居ますが、構内は今も対向式二面二線構造で、
延長構想の名残を感じさせます。


投稿者 クモイ103
投稿日 5月 1日(水)19時00分08秒
タイトル Re:12系
本文

 12系客車は、私もお気に入りの系列です。
客車版165系という雰囲気のボックスシートが、学生時代を思い出しますね。
JR東日本の現状は私もよくわかりませんが、SL列車などの需要がまだあるのではないでしょうか。

 さて、おっちゃんさんの揚げ足をとるようで恐縮ですが、12系の登場は昭和44年で、
ヨンサントオ時点で計画はあったかも知れませんが、直接の契機は、翌年に控えた大阪万博の
観客輸送用に臨時列車を大量に増発しなければならない事情があったためと伝えられています。
 また、定期仕業の最後は、厳密には、昨年の春から秋にかけて筑豊本線の50系に
「黄害対策」のトイレ車(!)として連結されたものでしょう。

 烏山駅先端の引き上げ線(?)は、国鉄時代に訪れてたいへん印象に残っています。
生活道路の真ん中に堂々と線路があって、もしも子供の頃あの道に面した家に住んでいたら
面白かったろうなあなどと思ってしまいました。今はもうないのですね。


投稿者 キサハ34
投稿日 5月 1日(水)20時13分59秒
タイトル 12系のこと。
本文

12系は汎用的なアコモが幸いして各地で改造車として生き残っていますね。
クモイ103様もおっしゃるとおり、現在のSL列車には欠かせない存在と思います。
窓が開くところがいいですね。冷房もありますし。
また、私がHNにしている、大好きなキサハ34型気動車も
実質的には12系客車鈍行そのものでしたね。

私は晩年の東北線でオハフの連結面を外側にしてつないだ普通列車が印象に残っております。

さて、姿は変われど、特急の定期運用が存在しますよ(^^)
「あさかぜ」のサロンカー、スハ25 300はれっきとした12系です。
何気ないクルマかも知れませんが、乗車の際は12系時代はどんなところを走ったのだろう?
と想像して見るのも乙なものかもしれません。
#ちなみに、私は「瀬戸」のこのクルマで瀬戸大橋を渡ったのが思い出になっています。


倶楽部メモ(135) 平成14年 5月 2日〜 5月 6日

投稿者 おっちゃん
投稿日 5月 2日(木)09時05分53秒
タイトル 12系レス
本文

直接の契機は万博でしたか。然しブルトレのサロン車の種車に使われたとは
何度か利用して居るのに初耳でした。東北線での各停運用、白帯無し車両は
某かの近郊型化改良を行ったそうですが。

烏山駅の引上線ですが「生活道路の中の線路」は、直ぐ脇のスーパー建設と
前後して撤去され、件の金井町踏切の直前に車止の無骨なコンクリート壁が
設置されました。踏切も晩年は一旦停止すら無い状態だった様です。

10数km南方の真岡鉄道茂木駅は、SL列車が入線する関係で、機回し側線も
綺麗に整備されて居ますね。それにしても、転車台の稼動時に掛かる音楽が
「乙女の祈り」とは。烏山と云い茂木と云い、引上線が割と長目に取られた
終着駅には情緒を感じます。そう云う意味では、根室、様似、小坂、男鹿、
日光、間藤、三峰口、片上、境港、大社、大嶺、西戸崎、長崎等は雰囲気が
有りましたね。今では大分変わってしまったのでしょうけれど。


投稿者 C63
投稿日 5月 3日(金)21時11分44秒
タイトル 足尾の12系
本文 わたらせ渓谷鐵道足尾駅構内に12系4両が留置されています。
オハ12が1両 オロ12が3両でオロは854利根 855吾妻 他1両でした。
ほかにキハ35とキハ30がありました。
これらの車両が足尾にある理由や今後の展望について、
ご存じの方がいらっしゃいましたら、教えてください。

投稿者 おっちゃん
投稿日 5月 4日(土)16時44分42秒
タイトル 足尾駅の事
本文

C63さんがおっしゃる12系とは旧「やすらぎ」の中間車の事ですね。先頭車を
塗装変更の上で大間々に配置、取り敢えず利用予定の無い車両を留置して居る
感じですね。昨秋見た時は、確か原色12系も連結されて居たけど、これは?

間藤−足尾本山の線路は相変わらず健在。観光路線への転用案は、景気後退で
尻窄みの様ですが、二箇所の鉄橋も朽廃が進む以上、放置しっ放しとの訳にも
行かないし。肝心の本山駅は部外者の立入が出来ませんが、外側から垣間見る
構内は非常に「怪しい」感じで、是非一般公開して頂きたい次第。


投稿者 とび色3号
投稿日 5月 5日(日)11時45分05秒
タイトル 足尾の車両
本文

こんにちは。

〜おっちゃん様・C63様〜
足尾の一般色12系はトロッコ列車改造時にJR東日本から来た車両ではないでしょうか。
部品取り用だと思います。
キハ30・35は「旧足尾線にゆかりのある車両」とかで置いてあると雑誌で読んだ記憶があります。


投稿者 C63
投稿日 5月 6日(月)15時51分29秒
タイトル お返事ありがとうございます
本文 早速のご回答ありがとうございます。
加悦鉄道のような発展を期待したのですが、残念です。

「客車倶楽部」へ
夜行列車や旧型客車列車の音や資料を掲載
客車専門サイト「客車列車の旅」はこちらから
現在や過去の夜行列車に関する資料を掲載
全盛期の時刻表データ等も掲載しています
掲示板「客車倶楽部」本体へはこちらから
過去ログ「倶楽部メモ」もこちらから
 
客車専門サイト「客車列車の旅」