倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅
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オハユ61の運用等について





倶楽部メモ(66) 平成12年10月20日〜10月26日



投稿者 夕張メロン
投稿日 10月26日(木)00時45分54秒
タイトル オハユ61の運用 
本文

こんにちは。初めて投稿いたします。

オハ61系の半室郵便車に「オハユ61」というのがあります。
「オハユ」という組み合わせ自体が珍しいので興味を持ったのですが、
この客車は現役時代に(特に末期は)どの線区で使用されていたのでしょうか? 
こちらのページの両数変遷表によれば、1970年代の初頭には淘汰されたとのことですが、
それ以外には写真も説明も見たことがないのです。

合造車なので、おそらく一級幹線以外だろうとは思いますが、どこだったのでしょうか? 
高山本線あたり? あるいは、水郡線とか? 
そもそも、現役時代のオハユ61を目撃された方はおられますか? 
よろしくお願い致します。




投稿者 今泉
投稿日 10月26日(木)01時23分45秒
タイトル Re:オハユ61の運用
本文 こんばんは。私もたぶん初めて書き込みます(すみません)。
運用まではわからないのですが、手元にあった古い鉄道ピクトリアル1971年11月号に
「現在3両、そのうち九州の都城客貨車区に1両いる」という旨の記述を見つけました。
肥薩線でD51に牽かれている小さな写真も載っていました。
#ちなみに私もこの記事以外にオハユ61の実物・写真を見たことはありませんが、
 やはり珍しい形式という印象だったのでピクに載っていたのを記憶していたようです(^^;)。



投稿者 やまだ  
投稿日 10月26日(木)02時04分48秒
タイトル 大宮工場祭・オハユ61
本文

度々失礼します。

水ミト様
スハフ42−2174は少なくとも過去2回は展示車両兼、休憩室として試運転線にて展示されて
居ました。 車内から行き交う東北・高崎の115系を見ていると幼い頃に見た「高崎・信越鈍行」
はこんな感じだったのかな? と楽しむ事も出来たのですが・・・
近年の体験乗車コ−ナ−が盛況な為、今年も展示されるかどうか望みは薄いかもしれません・・・
ちなみに、車掌室の車掌弁?には尾久客で56年に検査をした検査表が貼ってあるほか扉には
水戸局ステッカ−が貼ってあります。
 
夕張メロン様
私の手持ちの鉄道ジャ−ナルNo.240,1986年12月号75ペ−ジに写真が掲載されています。 
オハユ61−11、東イイ、撮影は昭和37年8月飯田橋です。 
おそらく当時は中央東線の運用に入っていたモノではないでしょうか?




投稿者 水ミト
投稿日 10月26日(木)02時36分42秒
タイトル 東イイ 
本文

当時の東イイだと
EF13+マヌ34+の客レですね(冬期)。私の大好きな編成です。

−−−−−−−
スハフ42−2174、休憩車として期待しましょうか...




倶楽部メモ(67) 平成12年10月26日〜11月 1日



投稿者 車掌@仙コリ  
投稿日 10月26日(木)21時45分11秒
タイトル RE:オハユ61
本文

夕張メロンさん、こん**は。

オハユ61について、運用まではわからないのですが当時の配置を調べてみました。
初期−1958年(昭和33年)頃
    東イイ(飯田町)−4両  鹿カコ(鹿児島)−4両
    天ワカ(和歌山)−2両  名タヤ(高山)−1両
末期−1970年(昭和45年)頃
    鹿ヤコ(都城)−3両  天ワカ(和歌山)−2両
となっていました。
ちなみに途中の配置も、基本的に上記各区に配置されていたようです。
当時の運用等、詳しい方がいらっしゃいましたらフォロー願います。

参考資料:客車データベースキット




投稿者 横山@車両名鑑
投稿日 10月26日(木)23時28分06秒
タイトル Re:オハユ61 
本文

皆様、こんばんは。ご無沙汰しております。

オハユ61の話題がでていましたので気が付いた点のみ少々...。
同車は1955年富士重においてナハ22000、ナハフ24000を鋼体化改造して11両が誕生しました。
しかし比較的短命で1973年に形式消滅しています。
飯田町に配属されていた3番のみがオエ61に改造され大宮機関区の救援車となりましたが
こちらも短命で1973年に廃車されオエ61廃車第一号となっています。
オユ60・61と共に珍しい形式でした。
では、失礼いたします。

投稿者のホームページ



投稿者 伊藤正宏
投稿日 10月27日(金)00時30分42秒
タイトル オハユ61形について
本文

 夕張メロンさん、こんにちは。

 オハユ61形ですが、私にとってもあまり知らない形式の一つです。
違った側面で資料を見てみると、広窓形オハ35系にもスハユ31形という形式が3両ありましたが、
早々と2両が1950年にスハニ32形に改造されており、廃車された1963年まで1形式1両という
珍しい客車がありました。
鉄道ファン誌連載の「国鉄鋼製客車24」によると、その1両残ったスハユ31形は、1964年現在
和歌山線和歌山市〜王子間で使用するオハユ61形の予備車となっているとの記述がありました。
ということは、天ワカのオハユ61形はその区間で使用されていたことになります。
 いずれにしても、3等郵便車は車両も少なく興味深い車両だと思います。

投稿者のホームページ



投稿者 夕張メロン
投稿日 10月27日(金)02時24分43秒
タイトル Re^2:オハユ61
本文

今泉様、やまだ様、水ミト様、車掌@仙コリ様、
横山@車両名鑑様、伊藤正宏様、
    
沢山の皆様のご回答ありがとうございます。
適当にヤマを掛けた高山本線が当たって、うれしいというべきか、何というか。
ともかく徐々にですが、ようやくこの車輌のイメージが膨らんできました。

肥薩線といえばオハユニ61が遅くまでいたので、なるほどと思うものがあり
ますが、和歌山線や中央線の場合、どちらもそれなりに人が住んでいて、
大都市につながる線区というのがミソでしょうか。
短い区間で駅に一つ一つ止まっては郵便の袋を乗せたり降ろしたりしていた
風景が目に浮かびます。(車内での仕分けもしていた…?)

それにしても、中央線のEF13+暖房車+。。。というのは、全く想像を
超えていましたが。

車掌@仙コリ様、

客車データベースキットというのは、最近雑誌に広告が出ているものですか。
所属区が一発で出てくるのなら、魅力ですね。ただ、もう少し安ければ…。(^^

横山@車両名鑑様、伊藤正宏様、

ご両人様のページの画像の数々は、参照用として何かと重宝させて頂いております。
遅ればせながら、お礼申し上げます。




投稿者 C63
投稿日 10月27日(金)21時41分36秒
タイトル オハユ61について 
本文  定員48、荷重3t、郵便室容積39.9立米、
郵袋数240、自重30.6〜30.7t
台枠UF128、台車TR11
昭和30年、富士重工で11両が鋼体化され、その後3号車はオエ61 8に
再改造されたと「鋼製客車形式図集」(鉄道史資料保存会)に載っています。
 また、レイルロード社からNゲージ、コンバージョンキットが出されていました。
最近は、全く見かけなくなったので、絶版になってしまったようです。
このキットの説明書には色、側面図、床下機器配置図が記載されています。
そして、参考資料として「旧版国鉄客車・貨車ガイドブック」(誠文堂新光社)
があげられております。


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