倶楽部メモ(679)
平成23年 9月18日〜 9月30日


投稿者 ED76109
投稿日 2011年 9月18日(日)00時54分44秒
タイトル 懐古主義はいけないと思うのですが・・・
 おばんでございます。「ED76109」でございます。

 EF6113様

 >今も70年代中頃の鉄道ファン誌をよく眺めております。今のファン誌より面白いのはどうしてでしょうか

 ご無沙汰しております。「ED76109」でございます。正直、小生も同じ思いを抱いております。
小生は、「長距離レの存在」に他ならないと思っております。
長い時間を「PC」等に揺られて、日常の風景とは全く異なる眺めを楽しみ、その土地の人々との出会いに心を抱く・・・。
「新幹線」にはない旅情が、昭和には存在していたように思われます。
恐らく、小生と同世代(小生は「兎の早生まれ」)と思われますので、久々にそんな「戯言」を述べさせていただきます。


 1 「鉄」親父に連れられて「PC銀河」に初めて乗車したのは、「昭和45年の銀河51号」でありました。
 当時は、「銀河1号」が「21:45頃発の大阪行」。
 そして「銀河2号」が「22:45頃発の姫路行」で、「銀河51号」は全車自由席で「22時頃発の大阪行」。
 何度も記していますが、「スハフ42」で「ヒーター」の調子が今一つで、
 「冷蔵庫」から「蒸し風呂」までの気温変化を体験致しました。
 しかし、時代が鷹揚だったのか、誰一人文句を言う客は一人もおらず、「臨時レなのだから当たり前」といった雰囲気。
 しかし、この頃は「出雲」や「多層仕立ての紀伊」は急行であり、「呉線のC62」が有名だった「安芸」も存在しており、
 「東京駅のフォーム」は「回転式の発車案内表示」と併せて、独特な憧憬を小生に感じさせてくれました。


 2 昭和48年当時の「鉄」仲間たちは、大抵の日曜日は月一回の割合で
 「東京発着のブルトレ」か「上野発着のEC特急群」に「撮り鉄」しに、赴いていた記憶がございます。
 小生も誘われて同行したことがしばしばでありましたが、「上野」に同行する場合は、
 確か「原ノ町」や「福島」からの「旧客鈍行」を一人で眺めておりました。
 当時は「トホホセ」にも「仙台」や「福島」からの「鈍行レ」が存在しており、
 中学生になってからは生き残った「常磐線の旧客鈍行レ」に親しむようになりました。
 小生が贔屓にしたのは、東北を代表する「赤べこ」達。
 「ED75」や「EF80」の件の「甲高いホイッスル」に心をいつも揺さぶられ、
 「須賀川」や「鹿島」辺りで折り返しの「上り上野行鈍行」を待つ間、
 「待合室」で時刻表を眺めて過ごす時間は、一端の旅人気取りでありました。


 3 「西イイ」が合理化で姿を消したのは、昭和50年の春だったと記憶しております。
 中央東線の「旧客」には、ほとんど縁遠いものでした。
 唯一度だけ、朝一の「421レ」で「長野」まで向かい、「EC信州」で「上野」に戻ってきたことがありました。
 昭和49年の春のことであります。
 当時は、「EF64」に牽かれて「高尾・笹子」や「甲府・小淵沢」等の勾配線区を、小生楽しんでおりました。
 その後、「ワンゲル」を始めたおかげで、「115系のスカ線色」には幾度と無くお世話になりました。
 「113系の湘南色」と併せて、「EC鈍行レ」に親しんだのは、昭和50年代の後半。
 「山陰」や「東北」の「旧客紀行」は、夏休みを中心に制覇して、
 連休等に「品川」や「新宿」始発の「EC鈍行」を制覇しておりました。

 長々と失礼致しました。
以上、小学6年生の時に「上り桜島・高千穂のカレチ氏」に「さよなら乗車をしに着た」ことを大演説した、
「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 ど素人
投稿日 2011年 9月19日(月)14時50分27秒
ED76109 さま、

>>「ED75」や「EF80」の件の「甲高いホイッスル」に

幼稚園〜高校までを盛岡で過ごしました。
ED75 ですが、メーカーによってなのか、用途によってなのか、
ホイッスルにはバリエーションがあったように記憶しています。

上京するようになって、EF58 や EF65 等の直流機のホイッスルを聴き、
違和感を覚えたものでした。なんだ、このマヌケな音は、と。



投稿者 ED76109
投稿日 2011年 9月19日(月)18時11分50秒
タイトル 交流機のホイッスル
 連休もヘッタクレもない「ED76109」でございます。


 ど素人様

 >なんだ、このマヌケな音

 小生、大学まで「東京」におりましたので、「直流機」の「ホー」というホイッスルばかりでした。
そして、次第に「鉄」に目覚めて「出水の伯母宅」やら「北海道」やらに出かけたことで、
完全に「交流機の甲高いホイッスル」に憧憬を・・・。
しかし、あの「ピー」というホイッスルは、交流機であるから「あの音」なのでございましょうか。
小生の「HN」は、幼少の頃訪れた「鹿児島本線」と「函館本線」の「ED76」への憧憬からであります。
特に、当地が活躍した「ED76500番代」は、厳冬対策で搭載している「SG」が太めのために、
全長が「ED75」よりも約4メートル長めの「B-2-B」の車軸配置でありました。
「岩見沢第二機関区」に配置されておりましたが、現在は茫洋たる草地。
いつも申し上げておりますが、「兵どもが夢の跡」であります。


 失礼致しました。
以上、「真っ赤な交流機牽引」の「旧客鈍行レ」でもう一度旅がしてみたい「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 EF6113
投稿日 2011年 9月19日(月)22時40分5秒
タイトル Re.懐古主義はいけないと思うのですが・・・
ED76109様

ありがとうございます。ご指摘の通り、国鉄時代の方が鉄道趣味的には面白かったのは、
在来線長距離列車が多く存在していたことが原因のひとつではないかと思います。

数年前まで小生の住む町でも通勤時間帯に「さくら・はやぶさ」を踏切待ちで見ることが
できました。桜島高千穂の先頭に立ったEF58157も細々ではありますが運用されており、
「マヌケな音」を聞くことができました。(内田百ケン《門に月》先生もたしかEF58の
ホイッスルについて同じようなことを書いておられた)

今はコンテナ列車に長距離旅客列車の往時を偲ぶしかありません。少々強引ですが。

鉄道以外にも音楽やモータースポーツやオートバイ、プロ野球などに興味をもって
きましたが、これらにも個人的に「現在」より非常に面白い時代があったような気が
します。

小生は「早生まれでない兎生まれ」。我々も人生半分以上過ぎたようです。これからは人様
の迷惑にならないようなら、自分の主観的な「面白い、面白くない」をもう少し押し出して
もいいのかなあ、とも思っております。

懐古主義でもいいじゃないですか、面白ければ。(佐原直美の歌に同様の文句がありました)



投稿者 雑魚
投稿日 2011年 9月21日(水)10時50分5秒
タイトル 台風接近
台風15号の影響が深刻ですね。名古屋における約百万人を対象とした避難勧告ないし
避難指示は前代未聞ですが、何にしても2011年は防災上、余りにも大きな教訓を伴う
一年となりそうです。

大々的に報道されている庄内川は、中央線列車の車窓から見える風光明媚な古虎渓が
印象的ですが(岐阜県内では「土岐川」と呼称)現在は、濁流で、手のつけられない
状況なのでしょうね。大都市と周辺のベッド・タウンとの間に、こうした渓谷風景が
介する事例としては、山陰線の保津川渓谷、福知山線の武庫川渓谷、関西線の大和川
渓谷(亀の瀬)などが挙げられますが、何れも、降雨状況次第では、並行する鉄道や
下流の大都市に大きな影響を与えかねない危険を、常に孕んでいる訳です。

紀伊半島の山間部では、土砂崩壊で形成された堰堤が決壊寸前と危惧されていますね。
こうした話を聞く度に思い出すのが、確か十数年前と記憶する鹿児島交通の廃線跡の
報道です。詳細は失念しましたが、知覧線跡と記憶する築堤が、台風で堰堤よろしく
水を貯め、その後決壊して下流側に鉄砲水を招来した、という内容でした。同社では
南薩線も知覧線も、水害を理由に廃止されており「台風銀座」での御苦労が窺えます。

これが高架橋であったなら、そういう事も無かったのでしょうけれど、従前の鉄道の
建設技術では、大量の土砂を要してでも築堤仕様の方が対応し易かったのでしょうね。
そうした視点からすると、1960年代に開業した東海道新幹線と、それ以降に開業した
新幹線では、高架区間の頻度や、関連した架線柱の仕様に、明らかな差異が窺えます。

上記の南薩線が接続していた枕崎駅も、従来の敷地をスーパーに譲り、鹿児島寄りに
一面一線の簡便な仕様を構えた「夕張方式」に落ち着きました。これも時代ですねぇ。



投稿者 ED76109
投稿日 2011年 9月22日(木)23時26分26秒
タイトル 台風に係り御見舞申し上げます
 おばんでございます。「ED76109」であります。


 雑魚様及び管理人(仙コリ)様

 台風被害はいかがでございますか。
「避難勧告」等も出されていたようであり、一刻も早く生活等が復旧することをご祈念申し上げます。


 なお、本日札幌発の「トワイライトEXP」は、昨日の「大阪発トワイライト」がウヤのため、ウヤであります。
23日の「北陸筋」等での撮影及び車番確認の皆様、ご注意ください。

以上、「戯言情報」でありました。



投稿者 仙コリ(管理人)
投稿日 2011年 9月23日(金)00時37分20秒
タイトル Re:台風に係り御見舞申し上げます
ED76109様

台風15号の被害に対してご心配いただきありがとうございます。

当地郡山での冠水被害は全国放送でも放映されていたようで、幸いにも人的被害は
なかったようですが、家屋への浸水やバスターミナルの冠水などがニュース放映
されていました。

幸い我が家は比較的高台にあるので、避難勧告地域でもなく浸水被害等は皆無でした。
(十年に一度程度ですが水害があるので、それも考慮して土地選びをしました。)

ただ、今回の台風による川の増水は過去最大の水位を記録したようで、今朝は市内の
あちこちで冠水による通行止めがあった為、市街地の全域に渡って激しい渋滞があり、
通常は車で30分程度の通勤に1時間半ほどかかってしまいました。

本年は自然災害が異常に多く、ここにも私以外にも被災されている方がいらっしゃる
事と思いますが、これ以上の災害がないことを切に祈るばかりです。



投稿者 雑魚
投稿日 2011年 9月23日(金)14時36分48秒
タイトル 水害報告
▼ED76 109様:

御心配を御掛けしました。当地では台風は速足で通過した為、1986年や1998年の様な
大規模水害は回避できましたが、通過直後に震度四の揺れがあり、午前零時になって
那珂川流域で避難指示の発令と(結局、隣の城里町に跨った、旧茨鉄線跡の沿線域で
冠水が発生しました)何とも落ち着かない一夜となりました。那珂川から遠く離れた
安普請の我が家は、避難指示とは無関係でしたが、震災の後遺症と思しき「しとしと
ぴっちゃん」で、思わぬ水害に見舞われました。

報道では、旧国道六号線水府橋で、橋梁ギリギリまで那珂川の水位が上昇した様子が
報じられていましたが、近所を通過する水郡線は、先の震災運休期間中に、高架橋に
切り替えた事で、さっそく防災効果を発揮した様です。

栃木県北半部の河川が収斂する那珂川は「雷銀座」でもある、中央脊梁山脈としての
那須連山で異変があれば、その皺寄せを、一手に引き受ける為、阿武隈川や北上川の
下流に比べれば、まだ大人しいとは申せ、こうした台風が接近する時には要警戒です。

水戸と郡山で水害が報じられる度、両者を結ぶ水郡線の沿線は、踏んだり蹴ったりと
思われがちですが、実際は、常陸鴻巣〜磐城棚倉が久慈川水系に属するので、意外に
大禍無く済む事も、間々あります。



投稿者 ED76109
投稿日 2011年 9月24日(土)20時13分35秒
タイトル 「いわみざわえきまる」報告
 おばんでごさいます。「ED76109」であります。

 前述させていただきましたが、本日「岩見沢市観光協会」主催の「いわみざわえきまる」に参加してきました。
これは、同協会が「岩見沢市」の町興しの一環として、「岩見沢駅」を中心とした「鉄道関連の催し」を開催し、
「鉄」の歴史から岩見沢の町造りへつなげていくというものです。
「スタンプラリー」や「夕鉄の鉄橋の破片」をサビ落としで磨いて、再び鉄橋を蘇らせたり、
駅通路に100メートルの「プラレールレイアウト」を皆で持ち寄って作ったりと、
多くの家族連れ等、様々な取組が明日まで実施されます。
小生が参加したのは、「鉄道ファンVS国鉄ОBのトークセッション」。
「岩見沢機関区」の話から、色々な「鉄」話へ発展しました。
その話に係る「戯言」を少々述べさせていただきます。



 1 前述しましたが、「ED75」や「ED76」等の交流機の「ホイッスル」がなぜ「甲高い」のかという疑問を、
小生「元機関士」の方々にぶつけてみました。意外と答えは簡単でありました。
「そりゃ、遠くから汽笛が聴こえないと、冬の地吹雪の時など、前方が全く確認できないことがありますよね。
ですから、あのピーという独特の音が採用になったのですよ。
「内地の直流機」であれば、市街地を走行することがありますから、あの音ではうるさいと苦情が出るかもしれません。
ですが、北海道ならあれぐらいでないと危なくてしょうがない。
猛吹雪の時に『利尻』を牽いていて、大型トラックが間一髪汽笛を聞いて止まったことがありましたね。」
とのお話を伺いました。
「ど素人」様が親しんだ「トホホセ」の「ED75」も、
吹雪対策で「ピー」というホイッスルになったということが真相のようであります。
しかし、微妙に汽笛は音が違っており、所属した22両の「交流機」は22種類の「音色」だったようです。


 2 往年の「岩見沢第1機関区」は「貨物機専門」の機関区であり、
「9600」や「D51」ばかり44両の塒であった話が話題となりました。
「旭川」や「小樽築港」のような華やかさはなかったけれども、北海道の物量を支えた自負は人一倍であったとのこと。
「しかし、技術は負けてなかったですよ。
たまに「旭川のC57」で「旅客レ」を牽く時があると、人一倍丁寧な牽き出しをしましたね。
いつか、私が牽く「旭川行」に、「深川」から知り合いの「旭アサ」の機関士が乗った時がありました。
助手と二人で『やってやるべ』と丁寧に「旭川」まで運転。
すると「旭川機関区」で『あんた、上手いなぁ。』と感心されたことがありましたよ。」と、想い出話をご披露されました。
小生、ライバル心とまで行かずとも、鉄道マンの仕事へのプライドを感じるエピソードを伺えました。


 3 「SL」の運転は「夏は暑さ」で「冬は寒さ」で苦労させられたと、元機関士の方々は述懐されておられましたが、
意外だったのは「ED76」の冬季の寒風が厄介だったとのお話。
「主のモーターを冷やすために、空冷式のモーターがあるのです。
しかし、こいつが厄介で、冬は雪が吹き込むと風が全く吹き込まず、用をなさなくなるのです。
そこで、そうなってしまったら、機関車内に風を取り入れるしかない。
SGで暖房が利いているはずの運転席も、震えて震えてしょうもなくなりましたね。」との苦労話を伺いました。
ですから、昭和40年代後半から50年代前半頃の冬、
「ECの機関士」氏が皆「ハイネック」を着こんでいたのを、小生記憶していたのですが、
そのような理由もあったためかと、頷けたのでありました。


 「面白かったね。来年もまたやるべし。」と国鉄ОBの方々も大喜び。
小生も、来年はどんなことを伺おうかと、次回を楽しみに一同、無事散会となりました。

 長々と失礼致しました。
以上、「客車倶楽部」で「小生のこと」がリサーチされたことを知り、
「本掲示板」の影響力に改めて驚かされた「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2011年 9月25日(日)11時19分4秒
タイトル 台風
台風被害仙コリ様、雑魚様とも被害が無かったとのことで安心しました。
当地も大雨で阪急園田→神埼川間の猪名川が警戒水位スレスレでしたし、
(幸い武庫川は大丈夫だった)明石川や中部、北部播磨、但馬地区が軒並み
避難勧告でした。鉄道は神戸電鉄粟生線で土砂崩れに6000型が乗り上げ寸前に
停車で、前部の排障機鉄板が片方曲がった程度で、夜に復旧しました。
淡路島が相当降ったので避難や一部山崩れが起きましたが、神戸市旧市内同然で
流域が短いですから------昭和13年の阪神大風水害が脳裏を掠めました。



投稿者 ED76109
投稿日 2011年 9月26日(月)20時26分42秒
タイトル 「北斗星」遅延情報
 おばんでございます。「ED76109」であります。

 本日の「札幌発北斗星(2レ)」でありますが、
折り返しの「1レ」が「仙台付近の信号系統の故障及び台風15号の影響により、
4時間半の遅延が発生した(JR北海道発表)」ために、「札幌」を18:20ころ発車しております。
従いまして、内地では+αを含めた遅延が予想されます。撮影・車番確認の方々へ情報提供致します。

 以上、「戯言情報」でありました。



投稿者 ED76109
投稿日 2011年 9月28日(水)22時38分40秒
タイトル 「ロビーカー」復活?
 おばんでございます。連投失礼致します。「ED76109」でございます。

 「北海道新聞・てつどう研究会」からの情報によりますと、
前述いたしました「9月25日(日)」の「北斗星(1レ)」には運用の関係上、
平成18年3月のダイヤ改正で運転が終了致しました「北斗星3・4号」の「ロビーカー(オハ24)」
が連結されていたとの情報を確認致しました。
本来であれば、「ミニロビー」と「Bソロ」が8室で構成されている「6号車」なのですが、
この日は「予備車」扱いの「オハ24」を復活させたようであります。
また、同日運転の「カシオペア」は「上越・羽越・奥羽本線周り」での運転であったとの情報も確認しております。
意外なところで「迂回カシオペア」が見られると同時に、「台風15号」の影響の大きさに驚くばかりであります。

 長々と失礼致しました。以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 青列車
投稿日 2011年 9月30日(金)20時42分22秒
タイトル 【客レ】SLやまぐち【原型12系】
はい、タイトルだけで済んでしまいそうですが、去る3連休(9月23〜25日)、山口線の
9521・9522レ(SLやまぐち号)に原型12系6連が投入され、重連運転で走りました。
夏場生憎老母の体調不良もあってこのところご無沙汰していましたが気候も落ち着き老
母の体調も持ち直しましたのでこの機会に久々「撮り」に赴きました。

当初は複数個所での「撮り」も考えなくはなかったのですが、いざ徳佐〜船平山間、宇津
根踏切(51キロポスト付近)に着くと夥しい人出に圧倒され、追っかけ撮影は諦めました。
(当該列車通過予定時刻の40分以上前の時点で既に50人は下るまい…という状況でした)



1枚め ススキの穂を揺らしつつ、まるで花道で決めポーズをとる大女優の風格で、C
571はC56160のアシストを受けつつ現役時代そのまま威風堂々と進みます。



2枚め 宇津根踏切を通過し、51キロポスト付近を行く重連蒸機です。集煙装置は外さ
れています。



3枚め しんがりを務めるスハフ12129です。2両の蒸機の吐き出す猛煙を浴び、忍法煙
隠れ?列車は爆煙の中に紛れて行ってしまいました(^^);
投稿者のホームページ



投稿者 青列車
投稿日 2011年 9月30日(金)21時08分45秒
タイトル 【客レ】SLやまぐち復路【原型12系】
さて、先程往路は紹介しましたので今度は復路の姿を…
山口線と並行する国道9号線は幹線道路で車の通行量が多くそれでいて対面交通!普段であ
れば撮影後直ちにクルマで移動すれば列車を追い越し2箇所・3箇所での撮影も不可能では
ありませんが、重連+いつもと違う客車+3連休とあっては人出も多く追っかけは不可能です。
そこで復路も1箇所のみの撮影とし、長門峡〜篠目間に向かいました。
(長門峡駅の傍に道の駅があり老母にはそこで待ってもらいました。折しも大相撲は千秋楽、
下関市出身の豊真将関が前頭筆頭で勝ち越しを決め二桁白星になるか否かの瀬戸際、ロビー
のモニタに写しだされる大相撲中継のおかげで退屈せずに済んだ由)

往路の9521レではC56160は次位補機として列車前頭にいましたが、復路の9522レでは後部補
機として最後尾にいました。最近はこのパターンが多くなりました。

今回は連写したカットに小細工(gif化)を施してみましたが…(^^);三脚が使えず手持ち撮影し
たものを使った関係でノイズが出ている事をお詫び申し上げます。


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