倶楽部メモ(665)
平成23年 7月20日〜 7月23日


投稿者 ED76109
投稿日 2011年 7月20日(水)21時07分8秒
タイトル 昭和48年ころの「トカホセ」風景
 おばんでございます。「ED76109」であります。

 きむたお様
 >「さぬき」か「瀬戸」のオシ16やオユ12が東海道の4線区間を走る写真

  小生、小学3年生の頃から「トカホセ」の客レを眺めに、日曜日の朝に「蒲田」「大森」に自転車で遠征していました。
「鉄」仲間と一緒のこともありましたが、一人で30分かけて「立会川」や「呑川」(目黒区・大田区の川です)沿いに・・・。
記憶半分ですので、多少の違いもあるかもしれませんが、以下のような感じでした。


  9:17ころ 12レ(あさかぜ2号) 9:48ころ 10レ(あさかぜ3号)
9:56ころ  8レ(富士) 10:17ころ  4レ(はやぶさ)
10:53ころ  6レ(みずほ) 11:17ころ  2レ(さくら)

全て「EF65500番代」牽引です。

そして、「はやぶさ」が通過した直後に、下りの鉄路を遙か「西鹿児島」までの旅路を歩み始めた
「桜島・高千穂」(1101レ)が、「EF58」に牽引されながら走り去っていった・・・という感じでありました。
これら「ブルトレ」の合間を縫って、「EC伊豆」や「EC東海」といった「湘南色EC急行」が走っていましたっけ。
「鉄」仲間は「撮り鉄」でしたが、小生は「眺めるだけ」で十分。
わざわざ、16時前に通過する「桜島・高千穂」(1102レ)を眺めに行ったこともございました。
 正しく、35年以上も昔の想い出話であります。


 長々と失礼致しました。以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 旧狩勝線を楽しむ会
投稿日 2011年 7月20日(水)22時37分40秒
タイトル Re:昭和48年ころの「トカホセ」風景
お久しぶりでございます。旧狩勝線を楽しむ会です。

ED76109様
> 日曜日の朝に「蒲田」「大森」に自転車で....
偶然ですが私も小学生の頃(ED76109様と同じ頃だと思います)、
大井町の阪急デパートの屋上から下を走る京浜東北線と東海道線を眺めるのが好きでした。
私もその当時自転車で中延から遠征していました。
東海道の80系や153系、EF58の引く荷物列車、京浜東北線の103系や
たまに通るクモニなど朝から暗くなるまでいた記憶があります。
当時は横須賀線もいましたから実にいろいろな電車や客車等がみられたものですね。
近くの踏切も遮断機ではなくワイヤー式の踏切で、
踏切番がいて小さな小屋から白旗を振っていたのが目に焼きついています。
ED76109様の文章で久々に記憶のかなたにあるものが引き出せたような気がします。
ありがとうございました。
当時、普通列車でEF58が引く旧型客車の列車があったような気がしていますが、
記憶ちがいでしょうか?

また機会があれば新内に遊びに来てください。

それでは失礼します。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2011年 7月21日(木)08時55分6秒
タイトル 旧客EF58牽引
旧狩勝線を楽しむ会様:

昭和47年夏?だったと想いますが、出張で横浜、東京へ行った時に横浜から東京迄
旧客に乗車した経験がありました--東京着午前中だったか?
EF58だったと想いますが、オロ35が連結されていませんでしたか?
ED76109先生:
マンボ見学今のところ可能性がありますね?



投稿者 ED76109
投稿日 2011年 7月21日(木)23時02分25秒
タイトル 「銀河2号」ではありませんか
 おばんでございます。「ED76109」であります。

 旧狩勝線を楽しむ会様

 ごぶさたしております。道新で「往年の狩勝峠パノラマのレイアウト」が紹介されておりましたですね。
また、「新得」でお会いしたいものです。

 >東海道の80系や153系、EF58の引く荷物列車、京浜東北線の103系やたまに通るクモニなど

 御意。「スカ線」と分離されたのは、昭和55年頃だったでしょうか。
小生が足繁く通っていたころは、当然「横須賀線」や「ブルー103系」も頻繁に走っておりました。
「荷物レ」も走っていましたね。確か、「あさかぜ3号」が通過した後に、しばらくして・・・。
「ユ」や「ニ」が連なった「熊本行」(31レ)でしたね。
「80系」は、ほとんど見ませんでした。だからこそ、憧憬が強くなったのかもしれません。

 >普通列車でEF58が引く旧型客車の列車があったような

 昭和42年ころまで、「143・144レ」(東京・大阪)が走っており、「144レ」は東京着が「13:45」。
これでありましょうか。ただ、小生は幼稚園の年少のころであり、ほとんど記憶にもございません。
ただ、小生が両親と乗車経験のある「848レ」(熱海・東京)が、昼過ぎ頃に通過しております。

 マロネロ38様
 >出張で横浜、東京へ行った時に横浜から東京迄旧客に乗車した経験

 「銀河2号」(104レ)でありましょうか。
「横浜」が9:01着で、「あさかぜ2号」に道を先に譲り、9:06に発車。
先頭に「ハザ」が2両連結されております。あとは、「臨時急レ銀河52号(?)」でしょうか。

 >マンボ見学今のところ可能性がありますね

 ご声援ありがとうございます。いよいよ、明日「4回戦」であります。
まだまだ道半ばでありますが、これに勝てば「トワイライトEXP」を
「札幌の4番フォーム」で待つくらいの段階でありましょうか。
あと「4勝」で「マンボ」です(!!)。

長々と失礼致しました。以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2011年 7月21日(木)23時31分20秒
タイトル 出発、国境超え
 申し遅れましたが、駅に入る直前にコンビニで水のペットボトルとパン数個を買いました。
車内販売や食堂車がどうなのか、分からなかったので。

 早めに寝台に乗り込んで待っていたら、エアコンの効きがまだ弱くて少し蒸し暑い感じでした。
機関車が連結されたらしくガチャンという振動があり、午後4時3分、動き出しました。タイ的には定刻と言えます。

 1時間ちょっとで国境パタンブザール駅です。
これは、国境線から僅かにマレーシアに入った場所で、出入国手続きを行います。

 一応車掌らしき人が「ボーダー」とか言って車内を回るのですが、詳しい説明はありません。
マレー鉄道での国境越えは初めてですが、他に数回陸路の国境超えを経験しているので、要領は分かります。
まあ、他の人の動きに合わせれば良いのですが、この様な旅では地元の人の動きを読む事は必要です。

 マレー入国で関税の検査があるので、全ての荷物を持って汽車から降り、ホームで手続きです。
タイ出国スタンプ、マレー入国スタンプ、マレー税関。
税関でも、荷物が多くなければ「申告するもの無し」と言ってちょっとバックを開けるだけ。わりと簡単です。

 ホームには屋台はありません。建屋の2階には小さな売店があったと思いますが、今回は行っていません。
 両替商はありました。ハジャイ市中で先に少し両替をしておきましたが、ここでも良かったのかな。
ハジャイでもレートは悪くなかったんで、問題ありませんが。

 ここから新たに乗る乗客も多いようです。





投稿者 きむたお
投稿日 2011年 7月21日(木)23時55分27秒
タイトル 7/16客車ウォッチング(1)
みなさまこんばんは。
7/16の記録が古くならないうちに報告しておきます。

▼ ED76109様
昭和48年と言いますと私が生まれるほんの少し前ですが、すでに東海道新幹線は開通しており、
主力はそちらに移行しているなか、関西以遠はまだまだ在来線夜行が奮闘している時期と思います。
今の上海近辺も北京への列車のほとんどが動車組・高鉄に移行していますが、
その他地域へは今なお一日30往復くらいの客車列車が活躍しているようです。

1.K462/463次(平頂山始発、上海行き)
↑  DF4D0059(ディーゼル機関車)
上 KD25G997918↑
海(17)YW25G674460↑
 (□)YW25G666413↑
 (15)YW25G674458↓
 (14)YW25G667438↑
 (□)YW25G669601↓
 (12)YW25G668482↓
 (11)RW25G552216↑
 (10)CA25G892349↑
 (9)YZ25G341976
 (8)YZ25A339520
 (7)YZ25G344162
 ( )YZ25G345302
 (5)YZ25G342026
 (4)YZ25G344148
 (1)YZ25G344150
 (加2)YZ25G341994
 (加3)YZ25G344126
2.???次(上海西→上海、9:15頃)
↑  DF110173
客(14)YZ22B338865
技(13)YZ22B341607
站(12)YZ22B338259
 (11)YZ22B338399
 (10)YZ22B338863
 (9)YZ22B338409
 (8)YZ22B340367
 (7)YZ22B341600
 (6)YZ22B340593
 (5)YZ22B341601
 (4)YZ22B340868
封(3)YZ25B346259
濱(2)YZ22B337758
↓(1)YZ22B340865
3.T109次(北京始発、上海行き)
↑  SS90002(電気機関車)
上( )KD25K998713↓
海(2)YZ25K348155
 (3)YZ25K346220
 (4)YZ25K346221
 (5)YW25K673657↑
 (6)YW25K673649↑
 (7)YW25K673665↑
 (8)YW25K673671↑
 (9)CA25K893034↓
 (10)RW19K553313↑
 (11)RW25K553334↑
 (□)RW25K552712↑
 (13)YZ25K673666↑
 (14)YZ25K673667↑
 (15)YZ25K673660↑
 (16)YZ25K673653↑
 (17)YZ25K673661↑
 (18)XL25K206090↓
 ( )RW25K552750
1.*「↑」は屋上空調機のある向き。
2.*運用の都合か、それとも高鉄開業による影響か、先頭がDF4からDF11に変わっています。
  DF4はダークグリーンが渋い機関車で緑色の客車に似合っていたのですが・・・。
3.*「↑」は屋上空調機のある向き。
  *KDは25Tに準じた塗装(窓周りくすんだブルー)
  *最後尾は増結車のようですが、その特異な外観とピカピカな状態から
   重要人物が乗っているような雰囲気が漂っていました。

写真はいずれも上海西−上海にて。



1.K462/463に組み込まれたYZ25A。外観上は他の25G系列と明確な差異は認められません。



2.DF11牽引の緑皮車。



3.T109に連結されたRW25T。マヤ34みたいな雰囲気ですが、「ロネ」なのです。



投稿者 旧狩勝線を楽しむ会
投稿日 2011年 7月22日(金)00時05分28秒
タイトル 東京の古き良き時代でしたね
こんばんは。 旧狩勝線を楽しむ会です。

マロネロ38様
> オロ35が連結されていませんでしたか?
さすがに自分は小学生の低学年だったような気がしていますので
そこまではわからずです。申し訳ありません。
自分の父親が乗り鉄で、実家の富士に帰省時にでも新幹線にも乗らず、各駅停車や、
その時代に珍しくなった形式の車両に乗るのが好きだったようです。
そのなかで乗り合わせたうちに旧客の列車に乗車した記憶だけが残っています。

子供ながらにそんな中、待ち合わせで通過していく153系の急行「東海」のサロにあこがれたものですね。
小学生の高学年になったころ、品川始発の153系の急行がありよく利用しました。
何番線から発車したのか覚えていませんが、人がまばらな東口方向の山手線からは遠い遠いホームでした。
大船でかならずや、停車中にホームを歩く弁当屋がいて、
弁当、お茶、アイスなどなど窓から買ってもらった記憶があります。
いい時代でした。

ED76109様
> 往年の狩勝峠パノラマのレイアウト
お恥ずかしいかぎりですが、狩勝信号場内の建築物はいまだ未完成で、
現在も現地の残った基礎を掘り出すなどして採寸中です。
今年は、ナロネ21の車内で車両についているスピーカーから国鉄時代の九州行寝台特急の車内放送など流しています。
寝台になる座席にすわって目を閉じると当時の光景が浮かんでくると思います。

> 昭和42年ころまで、「143・144レ」(東京・大阪)が走っており
それは私にはちょっと古すぎるかもしれません。生きていれば父親に聞けるのですが.....

写真機を手にし、撮影ができる年代になると113系や153系の写真を撮りますが、
先頭にクモニなど連結されてくるとがっかりしてなかなか撮影しなかったものですが、
今思えば、貴重な写真になったことでしょう。
当時もデジカメだったらためらい無くシャッターを切ったにちがいありません。



投稿者 きむたお
投稿日 2011年 7月22日(金)00時21分23秒
タイトル 7/16客車ウォッチング(2)
ひきつづき。

1.K696/697次(上海始発、成都行き)
↑  HXD3C0255(電気機関車)
成  XL25B205483
都(2)YW25G677996↓
 (3)YW25G677748↓
 (5)YW25G678021↓
 (6)YW25G677816↓
 (7)YW25G678085↑
 (8)YW25G678845↓
 (9)YW25G678710↓
 (10)RW25G554724↑
 (11)CA25G893743↑
 (12)YZ25G352834
 (13)YZ25G351769
 (14)YZ25G352047
 (15)YZ25G352056
 (16)YZ25G351762
 (17)YZ25G351764
 (18)XL25G353021
2.Z98/95次(太原始発、上海行き)
↑  SS90213(電気機関車)
上(18)YW25T676964↓
海(17)YW25T676997↑
 (16)YW25T677003↑
 (15)YW25T676993↓
 (14)YW25T676996↑
 (13)YW25T676999↓
 (12)YW25T677004↑
 (11)YW25T677075↑
 (10)YW25T677073↓
 (9)YW25T676984↓
 (8)RW25T554551↓
 (7)RW25T554549↓
 (6)RW19T554574↓
 (5)YZ25T893483
 (4)YZ25T351213
 (3)YZ25T351212
 (2)YZ25T351216
 (1)YZ25T351198
3.K1014/1011次(石家庄北始発、上海行き)
↑  DF4D0195(ディーゼル機関車)
上(18)KD25G999014↓
海( )YZ25G349247 P
 (16)YZ25G349258 P
 (15)YZ25G343929
 (14)YZ25G345096
 (13)YZ25G349870 P
 (12)YZ25G345151
 (11)YZ25G349854 P
 (10)CA25G893162↓
 (9)RW25G552160↓
 (8)YW25G670374↓
 (7)YW25G669608↓
 (6)YW25G674686↓P
 (5)YW25G670383↓
 (4)YW25B668556↓
 (3)YW25G674969↑P
 (2)YW25G669472↓
 (1)YW25G670401↓
1.*「↓」は屋上空調機のある向き。
2.*「↑」は屋上空調機のある向き。
  *「Z」は直達(Zhi Da)の頭文字で、動車が登場する前までは最優等列車だったとのことです。
  *同列車、先日の話題ではありませんが、「動車」と併走になり、先頭の3両の記録ができず、
  あとから客車留置線そばの地下鉄駅(宝山路)まで行って確認してきました(^^;)
3.*「↑」は屋上空調機のある向き。
  *「P」はプラグドア装備。

写真はいずれも上海西−上海にて。



1.動車組(CRH2)にカブられたZ98/95。



2.Z98/95に組み込まれた高級軟臥のRW19T。



3.先ほど紹介したT109に組み込まれたKD25Kですが、Z98/95の25Tに準じた塗装であることがわかると思います。



投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2011年 7月23日(土)00時01分15秒
タイトル 増結、再出発
 ホームに時刻表がありましたが、手続きを終わってから出発までまだ20分以上ありました。

 汽車は、一旦ホームから完全に離れます。車内のチェックも行うのでしょう。
悪意はなくとも、ついうっかり荷物を席に残しておくと、官憲とトラブルになるかもしれません。

 かなり増結され、マレーの機関車が連結されて列車が再入線しました。
3枚目の画像、左側はハジャイからの2等座席、その右側はここで増結された車両です。

 最後尾はハジャイからの電源車。自分の寝台車はその一つ前。長い編成の中で後ろの方です。

 出発してから改札がありました。改札はこの一回だけ。あとは何もすることがありません。

 タイではしつこい位車内販売があるのですが、この列車では最後までありませんでした。
終着駅で確認しましたが、食堂車も無し。最初から最後まで座席ではなく寝床の形態だし、
人の行うサービスとしては、マレーの方が合理化、簡素化されているようです。
夜行ではなく昼間の長距離列車には、食堂車があるのかもしれません。

 コンビニのパンを買って持ち込んでいたので問題無しと言えますが、ちょっとだけ残念ではありました。
買ってなかったら、しんどかったかなぁ。
 東南アジア、人の動きを読むことと、途中で入手できる事が確実でなければ
水と食料を携行する事は、お値段お安い旅の基本です。



 
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