倶楽部メモ(584)
平成22年 2月28日〜 3月 2日



投稿者 ED76109
投稿日 2010年 2月28日(日)00時42分37秒
タイトル 北のスイッチバックなど・・・
 おばんでございます。「ED76109」であります。

 ヒゲ無し雷鳥様
 >当時、10分ほど前を走る快速(内側線)に乗った際の写真がありました

  いつも、様々な形での小生の「戯言」をフォローいただき、ありがとうございます。
 しかし、2枚目の「高槻駅構内」の様子は・・・。
  「仙コリ(管理人様)」様の掲示のように、「鉄」趣味が正当な評価を得られるよう先達の皆様と努力してまいります!!

 さて、気分を一新して、北の大地の「スイッチバック」に係る「戯言」を述べさせていただきます。

 1 「北の大地」に初めて作られた「スイッチバック」は、
  明治40年9月8日に開設された「狩勝給水炭所」が前身の「狩勝信号所」でありました。
  初期のスイッチバックの特徴である「渡り線にシーサスクロッシング部」が存在しておりません。
  しかし、構内は「700m」を越える規模であり、道央と道東を結ぶ「根室本線の要衝」。
  「狩勝隧道」を抜けた下り列車は「十勝平野」が一望できる素晴らしい車窓風景が堪能できました。
  しかし、昭和42年に「新狩勝隧道」の完成にともない、最急勾配が「12パーミル」に伴う新線移行とともに、
  「狩勝信号所」は鬼籍入りいたしました。

 2 「函館」に到着する直前、「スーパー北斗」の車窓左側に「函館山」が眺望出来る頃、「仁山」を通過致します。
  この「仁山」は昭和11年9月に開設された「加速線」を持つ「簡易型スイッチバック駅」であります。
  下り列車が「25パーミル」の勾配を越えていくことを目的に、一旦バックして勢いを付けていく・・・。
  今では、使用停止となってしまっていますが、「加速線」を現存しているのは「仁山」のみであります。
  小生は、昭和48年に「鉄」親父と初渡道する前に購入した「SL撮影の雑誌(?)」で、
  「仁山」の「加速線」を進む「D51」牽引の旧客レを見た記憶がございます。

 3 「オホーツク」と「道央」を結ぶ要衝の峠に「常紋峠」がございます。
  かつて、この地は「D51」や「9600」の天下であり、先達の皆様方の中には、
  真闇の「常紋隧道」を恐怖心と闘いながら抜けた記憶の先輩方も少なくないと存じます。
  この「常紋信号所」は大正3年10月に開設され、信号掛員が配置されておりましたが、
  平成13年の「さよならキハ56ツアー」以来、使用停止となっており、「覆い」も設置されて往年の面影はありません。
  しかし最近は、峠に挑む「DD51」に惹かれた「撮り鉄」の方々が訪問されているようであります。
  ただ、この辺りは「ヒグマ」がよく出没するポジションであり、鳴り物が不可欠な「危険地帯」でもあります。

 長々と失礼致しました。
以上、「日本三大車窓」を全て「旧客レ」で通過したことが自慢の一つである「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2010年 2月28日(日)09時57分19秒
タイトル スイッチバック
ED76109先生
「遠軽」を忘れちゃいけないでしょう?



投稿者 雑魚
投稿日 2010年 2月28日(日)14時45分18秒
タイトル 山口県の地勢
チリ地震に伴う津波警戒で、太平洋が見える路線は広範囲で運転を休止していますね。
我らが常磐線も、福島・宮城県域で運休中との事。実際に海岸を通過するのは、勿来・
久ノ浜・末続・新地・坂元など僅かな区間ですが、鉄道の特性上、致し方ありません。
海岸や河口との位置関係が微妙な銚子電鉄・ひたちなか海浜鉄道などは、どうなって
いるものやら?

▼ヒゲ無し雷鳥様:
> 当時、10分ほど前を走る快速(内側線)に乗った際の写真がありました。

ギャラリーが鈴なりの上段画像も然る事ながら、立入禁止が自明の線路内に、かくも
平然と、多くの人達が押し掛ける下段画像の様子に、一瞬、1968年「新宿騒乱」すら
連想する程でした。

▼青列車様:
> 津和野が山口県・岩国が広島県などと思っている方があるそうです

確かに「SLやまぐち」の導線本位で考えれば、津和野を山口県の所在と勘違いする
向きが少なくないのも頷けますね。一方、山口側から見れば、津和野は分水嶺の峠を
越えた先、益田を河口とする高津川の流域ですから、地勢的には、山口県とは一線を
画すべき印象を受けます。

なお「SLやまぐち」は、撮影名所として有名な仁保〜篠目でも分水嶺を越えますが、
その先、篠目〜船平山は、河口の三角州に萩の街が展開する阿武川の水系となります。
長門峡駅付近では、正に峡谷の入口らしきが山口線車窓から一瞥できますが、これが
下流側を向いた眺めというのは、少々不思議な感覚ですね。阿武川水系一帯が属した
旧阿東町は先月、山口市に合流したばかりで、この結果、太平洋に面した山口市域が、
日本海側水系域を擁する事となり、地理好きとしては壮大な状況が現出した次第です。

一方の岩国ですが、1982年「ひろしまシティ電車」の名称で、地方としては画期的な
15分間隔という国電型ダイヤが広島〜岩国で設定されて以来、岩国の広島市に対する
経済的帰属性が顕在化したとされますね。一方、山口県では最大の市街規模を擁する
下関は元々、北九州との関係が強く、県都・山口の市街が幹線から少し外れた事情も
相まって、山口県自体が、県都を核とした独自の求心構造を、なかなか発揮出来ない
事情があるとのTV報道を見た事があります。

一度は山口市から分離した小郡町など吉敷郡域が、再合流した事、交通の要衝である
小郡駅を、合併に先立ち「新山口」と改称した事などは、上記の事情が、少なからず
作用した結果ではないかと感じます。



投稿者 黒磯運転所
投稿日 2010年 2月28日(日)15時46分55秒
タイトル オハネフ25‐116
割り込み失礼致します。
かつて、今の青森車両センターに所属していたオハネフ25‐116は洗面所窓が埋められていたのでしょうか?
どなたかご教授願います。
投稿者のホームページ



投稿者 マロネロ38
投稿日 2010年 3月 1日(月)10時36分6秒
タイトル 不思議なウヤも
チリ地震の津浪警報で関西でも紀勢本線、四国は各線で軒並みウヤでしたが、おかしな
のは徳島本線の徳島−穴吹間でした。海岸を全然走らない線ですが(知人が沿線に居た
ので度々乗車),若しかしたら吉野川の逆流を心配したのか?それに土讃線の阿波池田
−高知間、これも山の中が多い線区ですが。

ED76109先生:広尾に警報がでていましたが奥方様の郷里は無事でしたか?以前
近海郵船のフェリーが寄航した十勝港もあるし-----



投稿者 9ミリ愛好家
投稿日 2010年 3月 1日(月)13時33分12秒
タイトル ご教授願います
はじめまして。
識者が集う掲示板なら、分かると思ってお教え下さい。

九州連絡の「さちかぜ」は、本州と九州では、HMの地色が
違っていたのでしょうか?

コレクションの「さちかぜ」のHMを、HPで公開されている方の
地色と、20年前に東京機関区の撮影会で飾られたHMの地色が全く
違うので。

もしかしたら、地色は2種類あったということでしょうか?

お教え下さい。宜しくお願い致します。



投稿者 ED76109
投稿日 2010年 3月 1日(月)17時00分38秒
タイトル 北の大地から・・・
 失礼致します。「ED76109」であります。

 マロネロ38様
 >「遠軽」を忘れちゃいけないでしょう?

  御意。失礼致しました・・・。やはり、「地元」の意識なんでしょうか。
 今でも、「オホーツク」が「3分停車」して方向転換しております。

 >広尾に警報がでていましたが奥方様の郷里は無事でしたか?

  ありがとうございます。「えりも岬」の東側で、大きな被害はなかったようであります。
 しかし、太平洋側のJR(「根室本線」から「日豊本線」)が大部分、不通になるとは・・・。
 「チリ大地震」恐るべしであります。

 失礼いたします。以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 ED76109
投稿日 2010年 3月 1日(月)17時26分38秒
タイトル 確かに「2種類」ございますね・・・
 連投失礼致します。「ED76109」でございます。


 9ミリ愛好家様
 >九州連絡の「さちかぜ」は、本州と九州では、HMの地色が違っていたのでしょうか?

  初めまして。「東京産のED76109」でございます。
 「九州ブルトレ」とあってはと思いまして、色々と資料をあたってみたのですが・・・。
 仰るとおり、「EF58」のヘッドマークは「オレンジ」でありますが、
 「C57」のヘッドマークは「水色」であります。
 う〜ん、「東京機関区」と「博多機関区(鳥栖機関区?)」との違いなのでしょうか・・・。
 小生も、詳しく知りたくなりました。

 重ねて、連投失礼致しました。
 以上、久しぶりの「真冬日」に身体の節々に痛みが走る「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 クモイ103
投稿日 2010年 3月 1日(月)19時24分24秒
タイトル 「さちかぜ」のHM
9ミリ愛好家様、ED76109様

ネコ・パブリッシング社刊「RM LIBRARY 45 昭和30年代の国鉄列車愛称板(上)」P.38に、
2種類のHMが掲載されています。
残念ながらモノクロですが、明らかに色調が違います。
片方には「九州島内蒸機機関車用」とのキャプションがありますので、
ED76109様の言われるように本州と九州でデザインがやや異なっていたのでしょう。



投稿者 9ミリ愛好家
投稿日 2010年 3月 1日(月)21時20分37秒
タイトル 色々ありがとうございます
ED76109様、クモイ103様。

こんばんは。早速、色々とお調べいただきまして、ありがとうございます。
以前、私がHPで見た地色の違う「さちかぜ」は、個人の所有物の様です。
以下、サイトの引用です。
http://www33.ocn.ne.jp/~railway/menu4.htm

やはり、2種類存在していた様です。
「さちかぜ」だけが、色を変えた理由が、本当に分かりません。

「あさかぜ」は、本州と九州は同じ様ですが・・・。

何だか気になって、仕方がありません。



投稿者 クモイ103
投稿日 2010年 3月 1日(月)23時14分17秒
タイトル HMのバリエーション
9ミリ愛好家様
> 「さちかぜ」だけが、色を変えた
…という訳ではありませんよ。
「つばめ」「はと」「かもめ」「さくら」等々、同一列車でも途中で交代する牽引機の受け持ち区によって、
少しずつ異なる様々なデザインのHMが用いられていました。
「あさかぜ」についても、前掲書によれば本州内のEF58および関門間のEF10用に比べて、
九州用のものは文字の下の風の線が1本少ないということです。
よく比べてみると実に面白いです。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2010年 3月 2日(火)10時13分12秒
タイトル ひたちなか海浜鉄道
雑魚様:
吉田社長が「運休はしていない」との事で、悪天候でも旧型車目当ての撮り鉄が来ていた
そうです。



投稿者 赤まんと
投稿日 2010年 3月 2日(火)13時57分42秒
タイトル オハネフ25 116について
久しぶりの投稿となる赤まんとです。
黒磯運転所さまの質問にお答えします。
オハネフ25 116は洗面台未更新のまま廃車されています。「カートレイン」に使われたこともあります。
1997年全検時に白帯化。客車初日、最終日の「はくつる」に使用。
なお、青森所属の白帯25形で洗面台更新車はオハネ25 38のみで、品川在籍の銀帯時代に更新されています。
1990年まで「出雲1,4号」に使われていました。何故このときに金帯にならなかったのか謎です。
このオハネ25 38は健在で、最近は「日本海」運用主体のようです。
2006年1月に全検出場でしたから、昨年末か今年早々にまた全検と考えられます。
以上、参考になれば幸いです。



投稿者 黒磯運転所
投稿日 2010年 3月 2日(火)17時14分32秒
タイトル 赤まんと様へ
青森車に限らず、こういう情報は本当に少ないのでありがたいです。
なかなか資料がないものですから。
模型では結構気になることなので。
上記はGingalog様にて同じようなことを書いてしまいましたが…。
末筆ですがありごとうございました。またよろしくお願いします。
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