倶楽部メモ(571)
平成21年12月28日〜12月31日



投稿者 クモイ103
投稿日 2009年12月28日(月)21時27分2秒
タイトル 電車ネタですが
ED76109様が「103系」贔屓とのお話し、私のHNにも絡みますので、ちょっと反応します。

> まだ「103系」でありましょうか。

武蔵野線用の電車は、現在全て205系です。
同線オリジナルの6M2T編成は少数派で、山手線からの捻出車のうちモハをVVVF化して5000番台とし
4M4Tとした編成が多数を占めます。

武蔵野線は関東平野の空っ風が吹き抜ける高架駅が多いためか、ロングシートの端にアクリル製の袖仕切がついて、
寒風対策がなされています。
209系以降の袖仕切と同じく座った人の頭に近い高さがありますが、構造は全く違い、半透明なので圧迫感が無く、
しかも丁度筆記用具が置けるような段差があって、気が利いています。
私は電車の中で模型製作の構想を練ったりするので、有難い設備です。

一方103系ですが、仙石線に最後まで残っていた4連1本が10月18日に運転を終了、
同月中に廃車回送され、これをもってJR東日本から103系電車が消滅しました。下記のサイトで得た情報です。

「1番のりば 鉄道情報総合サイト」
URL:http://1-noriba.net/

私としては、東の103系で唯一WCが取り付けられていた様なので一度利用してみたかったですが(笑)、
叶いませんでした。
ちなみに西と九ではWC付きの103系が多数運用中です。

なお、話題となっているJR東のEF510に関する情報も、上記サイトに載っています。
客車ネタが無くてすみません…



投稿者 名無し鉄
投稿日 2009年12月28日(月)22時44分21秒
タイトル ダイヤ改正
来年のダイヤ改正で

「能登」
「北陸」


の臨時化が正式決定したようですね。

客車列車や国鉄型の減少はさびしい限りです。



投稿者 ED76109
投稿日 2009年12月29日(火)07時46分46秒
タイトル 不思議なDCもあったようです
 おはようございます。またまた失礼申し上げます。「ED76109」でございます。

 マロネロ38様

 いつものように、関係サイト等資料を確認させていただいた結果を「釈迦に説法」させていただきます。

 「根室拓殖軌道」は昭和2年頃(?)に設立されたようであり(昭和3年設立説もあり)、
同4年12月27日に「ナロー」で「根室・歯舞」間が全通致しました。
しかし、早くから「ガソリン動力」に着目していた同社は、
同7年の8月に「ガソリン動力併用」が認可される以前から無許可で「DC」を運行していたということであります。
その後、同20年に地方鉄道法による地方鉄道に変更され、「根室拓殖鉄道」に社名変更。
同24年に2輛の「単端式ガソリンカー」を増備して輸送力の増強に努めたのですが、
同34年6月に道路事情の整備等により廃止に至っております。
その後は「根室交通」に同社は編入されて現在に・・・。
 さて、この鉄道では「銀龍」というDCが異彩を放っていたようでありまして、改造を重ねた結果、
筆舌には尽くしがたい奇妙な姿と、「銀龍」という勇ましいニックネームとの極端なミスマッチによって、
根室拓殖鉄道を語るに相応しい「伝説の迷車」として有名であります。
なお、この「銀龍」は「モデルワーゲン」から平成8年にキットが発売されているとのことであり、
そのことからも「異彩ぶり」が伺えるものでありましょう。
その「姿」は「ねむろHistory&Nature Blog」にございますので、ご参考まで。


 以上、「戯言」情報でありました。



投稿者 ED76109
投稿日 2009年12月29日(火)07時58分40秒
タイトル 今となっては懐かしき「103系」
 連投失礼致します。「ED76109」でございます。

 クモイ103様

 いつも「鉄」に係る知識等で「鉄」勉強させていただいており、感銘しております。
しかし、「JR東日本」から「103系」が撤退でありますか・・・。
小生、どこへ行くにも「山手線」にお世話になっておりましたので、様々な「鉄」雑誌を読むにつけて
「何で山手線に地下鉄の如き、似合わぬECが走るのか」といつも違和感を感じております。
故郷「東京」を離れて来年で26年目。「故郷は遠きにありて思ふもの」という一節が頭を過ぎります・・・。(嘆息)

 長々と失礼致しました。以上、「103系」や「113系」も実は贔屓である「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 クモイ103
投稿日 2009年12月29日(火)09時24分51秒
タイトル Re: 今となっては懐かしき「103系」
ED76109様

> 「何で山手線に地下鉄の如き、似合わぬECが走るのか」

 山手線こそ、JR東日本で最も「地下鉄の如き」線路条件であり、そういう車両が似合う代表格の路線だと思いますよ。
 平均駅間距離1.19km、最短は西日暮里−日暮里間の500m、
昨今取り沙汰されている田町−品川間の新駅が出来れば、平均は1.15kmに短縮します。
まだ西日暮里駅も無かった昭和30年代、変電所容量が追いつかず所期の性能を発揮できない悲劇の高性能車101系に代わり、
高速性能を犠牲にして加減速性能に特化した103系という「地下鉄の如き」電車を生んだのは、
まさに山手線の路線条件ゆえでした。
 また国鉄末期、民鉄各社よりかなり遅れて伝統的な抵抗制御からの脱却を図る中で、車両コストのかかり過ぎた201系の
反省を踏まえ、国鉄次世代通勤車の決定版と言える205系の投入線区に選ばれたのも、また山手線でした。
 そういう歴史を踏まえれば、山手線は常に時代の最先端を行く「地下鉄の如き」高加減速の通勤型電車が闊歩して
然るべき路線と言えましょう。

 現在、JR東日本の通勤型電車はE233系の時代となりましたが、
山手線のE231系500番台は、同系が元々4M6Tを前提に設計されているところ6M5Tの強力編成で、
併走する京浜東北のE233系と手に汗握るデッドヒートを繰り広げています。
 この併走運転が始まった昭和31年、山手線には17m・20m混結の旧型車がツリカケ音も高らかに走っていました。
半世紀以上を経た今、隠れた東京名物?となったこの併走シーンは、最新鋭電車に脈々と受け継がれています。

 そういえば京浜東北の209系も残り1〜2本とか。当初コンセプトの「寿命半分」という事から全部廃車かと思いきや、
なんとクロスシート・WCを取り付けた近郊型仕様になって、私の住む房総地区へ続々転入しています。
今から20年以上前、卒業・就職で住み慣れた浦和から堺へ赴任した時、
京浜東北から阪和線へ、冷改クモハを含む一部の103系が転属して来て喜んだ事を思い出します。歴史は繰り返す?

 というわけで、まことに取り留めのない「戯言」で失礼いたしました。
元は電車派の「中年客車鉄ちゃん」でありました(笑)。



投稿者 雑魚
投稿日 2009年12月29日(火)10時57分44秒
タイトル 103系
▼高速貨A様:
> よほどの事がない限り函館まで直通は無理なのかな?と思います。

青函隧道対策としての保安機器の具備要件もあるので、私も引続き、ED79の牽引と
踏んでいますが、時間帯柄、函館駅停車時くらいしか、撮影対象にはなり得ませんね。

▼クモイ103様:
> ちなみに西と九ではWC付きの103系が多数運用中です。

一瞬「九」と聞いて「あれ?」と思うも、筑肥線という「孤立区間」が存在したのを
失念していました。1983年に一大変貌を遂げた以前の状況も、今となっては、記憶の
彼方ですが、現在の地下鉄とは経路が大きく異なっていた博多〜姪浜の廃止は、九州
随一の主要都市・福岡にあって、かなり思い切った事をやるものだという印象でした。
筑肥線にとっては唐津市の玄関駅だった、スイッチ・バック時代の東唐津駅の所在も、
現・東唐津駅とは大きく異なるなど、時代を感じます。

筑肥・松浦・大村線経由で博多〜長崎を結んでいた急行「平戸」が、筑肥線電化後も
五年ほど、唐津〜長崎で運転していたのは、興味深い現象でしたね。当時、御盆の頃、
伊万里→佐世保で利用した事がありますが、佐世保へは有田・早岐経由の方が、余程
早いだろうに、終始混雑していたのが印象的でした。

掲出画像は、京都駅で見かけた奈良線 103系です。大阪環状線共々、政令指定市でも
非貫通の「国電面」が見られるとは、関東者には感慨深いものですが、以前、呉線で
体験した、広島〜呉が無停車となる快速運用(終始、モーターが唸りっ放し)などは、
西日本の台所事情が垣間見える様でもあります。






投稿者 ED76109
投稿日 2009年12月30日(水)08時30分11秒
タイトル 多謝返礼です
 しつこくお邪魔しております。「ED76109」であります。

 クモイ103様

 >「地下鉄の如き」電車を生んだのは、まさに山手線の路線条件ゆえでした

  なるほど、仰るとおりですね。駅間が短く、かつカーヴも多くて加減速が頻繁であれば当然の帰結です。
 新性能ECの話で納得しました。

 >半世紀以上を経た今、隠れた東京名物?となったこの併走シーンは、最新鋭電車に脈々と受け継がれています。

  本当に懐かしいですね。
 小生、小学生の時に「田町・田端」の間を利用する折、「山手・京浜東北」のどちらが「勝利」したか、
 「記録」を取ったことがあります。
 小生の「記憶」では「京浜東北の圧勝」で「悔しい思い」をしました。
 ひょっとすると、「浦和」在住であった「クモイ103様」がお乗りになった「ブルーの103系」に、
 小生が乗った「山手線」が抜かれたことが多々あったのかもしれませぬ・・・(笑)。


 ところで昨日、所用で「札幌」まで出かけたのでありますが、
「白石」構内で、雪に埋もれている「カー・トレイン」の発着場の跡を目撃しました。
そういえば、数年前に「釧路・白石」で「冬の日勝峠越」を嫌った帰省客目当てで設定されましたが・・・。

 以上、「カー・トレイン」の感慨に浸っていた「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 雑魚
投稿日 2009年12月30日(水)09時42分53秒
タイトル デッド ・ヒート
▼ED76 109様:
> 小生の「記憶」では「京浜東北の圧勝」で「悔しい思い」をしました。

首都圏の並走を巡る悔しい思い出と言えば、私の場合は、長野新幹線開業前における
上野→日暮里での「ひたち」vs「あさま」ですね。我々、常磐線勢は「付け足し」で
開業した日暮里〜三河島の急曲線ゆえ、たとえ新型車両であっても、日暮里の直前で
減速せざるを得ず「あさま」の車内から、こちら側に手を振る愛らしい子供の笑顔に、
名状し難い屈辱感を覚えたものでした(^^)

常磐線では、気動車急行「ときわ/奥久慈」もよく利用しましたが、夕方の下り便は、
北柏で追い抜いた緩行線の電車に、我孫子の直前で抜かされる「ヘタレ」振りでした。
首都圏では 345Mを名乗っていた頃の 165系「大垣夜行」が、戸塚前後で横須賀線と
暫く並走していたのが思い出深いですね。

>「カー・トレイン」の感慨

下段画像(田町から回送される「富士/はやぶさ」を、浜松町駅前のWTCビルから
俯瞰した様子です)の右上に、東海道貨物線の終端部が一瞥されますが、東小倉まで
運転された「カートレイン 九州」の発着場は、この辺りでしたっけ? この貨物線も、
東京貨物ターミナル以北は事実上の廃線と見受けられ、特に浜松町・田町の辺りでは、
上京する度に、少しずつ線路が剥されつつある印象すら受けます。






投稿者 やまはn
投稿日 2009年12月30日(水)12時02分53秒
タイトル 栄光の東京機関区、夢の跡
今年は、3月に東京口ブルトレ全廃という、エポックメイキングな年でした。
最近、東海道で下る際に、東京機関区がほぼ全部、見事に解体消滅しているのを発見しました。
かつて、国鉄の花形だった。
鉄道図鑑といえば、東京機関区にずらりとならんだEFに、ブルトレの整備にいそしむ職員の姿が描かれていて、
それはそれは、心をときめかせたものですが・・・時代の波とはいえ、寂寥としかいいようがないですね。
翻ってみれば、中国でも韓国でも、いよいよ新幹線時代本番。
”汽車”は、いよいよ終焉のときを迎えるのでしょうか・・・



投稿者 やまはn
投稿日 2009年12月30日(水)12時35分27秒
タイトル C61復活
に関して、「旧型客車7両も整備」と報じられたように思いますが、形式は何になるんでしょうか?
復活可能な状態で保存されている車両があるんでしょうね?



投稿者 クモイ103
投稿日 2009年12月30日(水)20時46分3秒
タイトル Re: デッド ・ヒート
ED76109様

 田端−田町の併走区間では昔から、私の乗った京浜東北線電車が山手線電車に先を越されて歯がみした印象が強いです。
人間、嫌な事ほどよく覚えているのかもしれませんね(笑)。
 最近でも、209系の4M6TよりE231系の6M5Tの方が加減速性能で優れるのか、
山手がどんどん先へ行ってしまう事がしばしばです。ダイヤもその様に組んであるのでしょうか。
京浜東北はもうすぐE233系の6M4Tに統一されるでしょうから、今後どうなるかはわかりませんが。

雑魚様

 私のよく利用する併走区間としては、総武本線の緩行と快速の併走があります。
錦糸町で快速に乗り換え、さっきまで乗っていた緩行電車を景気よく追い抜いたと思ったら、
市川での特急待避中に抜き返されます(爆)。何だかんだで西船橋あたりまで追いつけなかったり(^^;。

 併走シーンで思い出すのが、昔の赤羽−大宮間における貨物列車と京浜東北線です。
雑多な二軸貨車を連ねた重量貨物列車の先頭に立つEF15の足取りは重く、
私の乗った大宮行きが停車中に追い抜いて行くも、こちらはすぐに猛ダッシュで追いつき、
次の駅でまた先行されるという繰り返し。
結局は貨物が振り切って行くのですが、その頃には私の降りる駅。
線路別三複線の両端ですから距離があって迫力の点ではいまいちでしたが、子供時代の楽しみの一つでした。



投稿者 ED76109
投稿日 2009年12月31日(木)07時42分54秒
タイトル 今年最後の「戯言」です
 ルーティン・ワーク的にお邪魔しております。「ED76109」であります。

 クモイ103様及び雑魚様

 小生が「山手・京浜東北の闘い(笑)」以外で印象に残る並走は、
「下りPC銀河」での「大津〜山科〜京都」と「京都〜向日町」。
大抵、「米原」辺りで起き出しているのですが、「大津」を出てから「電車線」を走行する「湘南色113系」と
仲良く並走した印象が残ります。
「山科」通過で差を広げても「京都」に先着するのは「113系」であり、
「EF58」であろうが「EF65」であろうが結果は変わらず。
そして、先行する「快速」を「向日町」辺りで「積年の恨み」を晴らすがごとくに・・・。
という展開であったように思います。(PCとECとでは、当然の結果でありましょうが)

 長々と失礼いたしました。先達の皆さまが幸多き年をお迎えになりますよう、祈念申し上げます。
以上、「DCなは・日向」待ちの「大阪」で颯爽とした姿を見せていた「73系」に鮮烈な印象が残る
「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 雑魚
投稿日 2009年12月31日(木)10時43分55秒
タイトル 更に ヒート ・アップ
▼クモイ103様:
> 錦糸町で快速に乗り換え、さっきまで乗っていた緩行電車を景気よく追い抜いたと
> 思ったら、市川での特急待避中に抜き返されます(爆)

在京時代、船橋から通っていた同僚によると、列車別複々線仕様ゆえ、錦糸町で態々
跨線橋(地下道?)を昇降してまで、快速と各駅停車を乗り継ぐ動機は、大きくなく、
況して、ラッシュ時は尚更、との事でした。

> 併走シーンで思い出すのが、昔の赤羽−大宮間における貨物列車と京浜東北線です。

子供の頃、新潟の親類宅への移動で利用した「とき」「佐渡」車内から、私も同様の
光景を見た事があります。その貨物便を見た、同行の「鉄親父」曰く「十年くれぇ前、
常磐線の三河島で、貨物列車が、とんでもねぇ事故さ、起ごしたんだがんね」やはり、
父の世代にとって、あの事故は、かなり衝撃的だった様です。

▼ED76 109様:
>「下りPC銀河」での「大津〜山科〜京都」と「京都〜向日町」

首都圏と違い、方向別複々線仕様ですから、新快速でも「肉迫」が度々楽しめますね。
所蔵のDVD「テイチク 運転室展望/さらば特急『白鳥』1」大阪→敦賀でも、中々
良い味が出ていますよ(^^)

> PCとECとでは、当然の結果でありましょうが

急行「きたぐに」が今なお 583系を使用しているのも、かかる背景事情のゆえですね。
この列車は、首都圏〜北陸の「深夜・早朝営業」機能を担っている側面もたる事から、
583系に対する延命工事の措置が 北陸新幹線の金沢延伸後をも考慮しているのか否か、
これまた気になる処です。

詳細は失念しましたが、多客臨の夜行客レ「さんべ」でしたか、既に電化されていた
山陰線の松江付近にて、気動車による定期普通列車の追い越しを待避するという件を
鉄道誌で一瞥した記憶があります。複線区間も覚束ない山陰線と京阪神の複々線では、
事情は大きく異なるにせよ、これも客車ゆえの取扱い措置なのでしょうね。

分岐点での「競合」としては、国鉄時代の宮津線列車で西舞鶴に到着する際、舞鶴線
列車と見事に並んだ事がありました。1961年の改正では、上り「白鳥」「つばさ」と
キハ80系同士が、秋田を同時に発車するダイヤが組まれましたが、所定時刻の通りに
両者が「共演」するのは、稀だったとか。

こうした分岐点絡みの演出ネタとしては、蒸機牽引列車を絡めて、新庄や会津若松で
行われた事がありますね。個人的には、沼ノ端、羽後本荘、岩沼、松岸、小諸、豊野、
津幡、肥前山口でも行って頂きたいものです(^^)

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画像は田町駅付近で「シノギを削る」山手線と京浜東北線の様子です。昨春の「富士・
はやぶさ」廃止直前に、午前10時台、同駅 3・4番線(浜松町側 端部)で、こうした
写真を撮られた方は、少なからず、いらっしゃった事と存じます(^^)

今年も我が与太話に御付き合いを頂きまして、有難うございました。管理人様並びに
皆々様が佳き新年を迎えられる事を祈念して、筆を置きます。来年もよろしく御願い
申し上げます。




投稿者 仙コリ(管理人)
投稿日 2009年12月31日(木)18時21分20秒
タイトル Re:C61復活
やまはn様:

「同時に旧型客車7両の整備も行い」というJR東日本のプレスリリースでいろいろな噂となっていますが、
新たに7両もの復活というのは現実的に厳しいものがあり、7両という両数が現在JR東日本で保有・運用
している旧型客車の両数ですので、現有車両の再整備と考えるのが妥当ではないかと思います。
この再整備についても、トイレのタンク化・ドアの自動化or自動ロック化等の噂がいろいろ流れていますが
これからも使用していく為のオーバーホール的な整備なのではないかと思います。
運用面の制約や省力化の目的で上記のような改造も考えられなくはないですが、せめて見た目(特に外観)は
極力変化が少ないようにしていただきたいと切に願うばかりです。


ご乗車の皆様:

今年も大変お世話になりました。
皆様のおかげで本年も「客車倶楽部」にとって充実した1年となりました。
来年もよろしくお願いいたします。



投稿者 モハ90
投稿日 2009年12月31日(木)20時10分48秒
旧型客車の整備ですが、新聞報道では1億円ほどかけるそうですね。どうやら
当時の姿への復元もやるみたいです。末期の姿が保存されていただけに少々残念ですが、
スハフ42など塗りつぶし車はニス塗りに戻って、白熱灯も復活するのかもしれません。
他の近代化改装車がどうなるのか注目ですが、1両くらいはそのままにして欲しいですね。
トイレ等整備で長距離運転も可能にするようです。ドア改造がどうなるのかは
分かりません。構造的にはドアロック式になるのではないでしょうか。

個人的にはトラストのスハフ43がC61に牽かれて東北で走る日を夢見たいと思います。
せっかく本物が残ってるのですから・・・



               
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