倶楽部メモ(557)
平成21年 9月29日〜10月 4日



投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2009年 9月29日(火)22時05分2秒
タイトル 想い出のフォトアルバム3
 皆様こんばんは。

<雑魚様>
 いつもいつもご教示賜り、ありがとうございます。
 貴殿の歴史・地理に至る造詣の深さに感銘しております。

 想い出のフォトアルバム3として福知山線続投。

 宝塚まで複線電化後

<宝塚駅進入中の篠山口行き旧型客車7連> <宝塚駅下りホーム停車中の同 7連>
<宝塚駅交換(宝塚以遠単線)大阪行き旧型客車>



投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2009年 9月29日(火)22時28分24秒
タイトル 想い出のフォトアルバム4
 たびたびの続投で失礼致します。

 私にとって、鉄友に自慢できる福知山線が誇りでありました。
 よって休日は、大阪市内の友人達が「小旅行」で我が家に訪ねて
 くるのが習慣でした。

     &&福知山線が輝いていた頃&&

<後部デッキからの複線電化区間の眺め> <中山寺駅・国電ホームの旧型客車>
<武田尾駅・路面電車安全地帯なみのホーム>



投稿者 クハ115宇都宮行き
投稿日 2009年 9月29日(火)22時55分54秒
タイトル KATOのスハ43(ブルー)の塗装について
こんばんは、久々に書き込ませていただきます

実は塗装についてなのですが、KATOのスハフ42(ブルー)に近い塗料を探しているのですが
やはりジェイズかモリタの物を使ったほうがいいのでしょうか?

ご意見のほどよろしくお願いします



投稿者 STARFLYER
投稿日 2009年 9月29日(火)23時16分15秒
タイトル お尋ねの2両
皆様、ごんばんは。

>赤まんと様

オハネ25 551と563の全検施行工場は以下の通りです。


 ・オハネ25 551 (19-11 五稜郭)
 ・オハネ25 563 (21-3 苗穂)


以上、ご参考までに。



投稿者 雑魚
投稿日 2009年 9月30日(水)16時48分31秒
タイトル 交直流接続
▼コスモス様:
> 平日休日のダイヤ区分けは実施されていなかったかもしれません。

中・遠距離の旅客が並行新幹線に移行する以前の、東北線や高崎線における、ダイヤ
編成上の融通性を考えると、常磐線での運行当局のスタンスも推して知るべしですね。
常磐線では、その後も「新幹線分離」が無く、それに加え、交直流切替も列車増発の
隘路になり、首都圏志向の宅地開発は、他路線に比べ、かなり後発気味でしたからね。

> RMライブラリー63「茨城交通水浜線」(中川浩一著)にその写真が載っていた

私も拝見しました。以前にも言及しましたが、中川浩一氏は、その「線路に囲まれた
聖地にある学校」に勤務された事もあるらしく、その頃の記録ではないかと思います。

> 平(現いわき)まで直流で、交直切替が平以北に設けられたかもしれない

黒磯や村上が、地勢も相まって輸送需要が一段落する「結節点」である事を考えると、
私も同様の意見です。地形を考えると、平坦地が終焉する四ツ倉の辺りでしょうかね。
北陸線の糸魚川〜梶屋敷は、商用電源周波数の境界線を反映した結果でしょうけれど、
地勢や旅客導線を考えるなら、県境の難所・親不知の前後とした方が、判り易い気も
致します。もっとも、区間便の設定状況を見ると、糸魚川は新潟県域ながら、むしろ
富山への帰属性が高いのかも知れませんね。

> ときに「奥久慈」を見捨てることもあったのですね

これらの多層建は一元的なので、アドリブ対応も比較的容易でしょうけれど、仙台〜
盛岡における「くりこま」を核とした「名物多層建」では、どの様な想定だったのか、
あまりに複雑過ぎて、想像すら出来ないですね(^^)



投稿者 黒磯運転所
投稿日 2009年 9月30日(水)20時39分19秒
タイトル 北斗星用24系の件
赤まんと様、また一つご教授いただきありがとうございます。
オハネフ24‐500が入った時の編成を記録した記憶があるので、
メモを見つけて後日こちらに書き込みさせて頂こうと思います。



投稿者 スイロフ
投稿日 2009年 9月30日(水)22時35分39秒
タイトル Re: KATOのスハ43(ブルー)の塗装について
>クハ115宇都宮行き 様
巷にはいくつかレシピがあるようですが;
・GMの青15号と青20号を半々に混ぜる
・マッハの青15号(ただしプラへの塗装には細心の注意が必要(溶ける))
・ジェイズ、モリタ(既出)
ただ、どれもぴったりとはいかないと思います。究極的には調色しかないでしょう。
一方で、実車では経年変化などで色が微妙に違っていることも結構ありました。
それほど神経質にならずに微妙な色違いを楽しむ(^^;)という手もあります。



投稿者 ED76109
投稿日 2009年10月 1日(木)00時14分54秒
タイトル いい感じですね・・・
 おばんでございます。「ED76109」でございます。

 ユーラシア鉄道様
 >私にとって、鉄友に自慢できる福知山線が誇りでありました

 お写真を拝見しておりますと、昭和59年の黄金週間に折に制覇しました「出雲市行」の「旧客鈍行レ」を思い出しました。
先頭が「DD51」で「ニ」や「ユ」が続き、「米イモ」の基本編成が4両。
そして、「米子切り離し(2両)」・「豊岡切り離し(2両)」・「福知山切り離し(2両)」といった具合でありました。
小生、以前にも記述させていただいたように、「最後尾」から流れる鉄路を眺めることを至福の喜びと
感じ入っておりましたので、それぞれの途中駅で切り離される「付属編成」の最後尾にボックスを取って、
始発の「大阪」から終着の「出雲市」までバッグを片手に、「ハフ」をうろちょろしておりました。
 懐かしきお写真、ありがとうございます。

 長々と失礼いたしました。
以上、唯一「浜田発大阪行」の「旧客鈍行レ」が制覇できなかった「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 クハ115宇都宮行き
投稿日 2009年10月 2日(金)21時32分22秒
タイトル KATOのスハ43(ブルー)の塗装について
皆様こんばんはです


スイロフ様へ

なるほどマッハの塗料は溶ける危険があるのですね…
それと仕事帰りに模型屋でモリタの青15号を買ってきました、塗装したら写真載せてみますね



投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2009年10月 3日(土)23時13分6秒
タイトル 想い出のフォトアルバム5
 夜分遅く失礼いたします。
 <ED76109様>
 福知山線写真のご感想、誠にありがとうございます。

 続投で投稿させて頂きます
<複線電化区間でのDD51同士のすれ違い1> <伊丹駅国電ホームと戦前製オハフ33のミスマッチ>
<同上2(中山寺ー川西池田間)>



投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2009年10月 3日(土)23時28分22秒
タイトル 想い出のフォトアルバム6
 続投で失礼致します。

 小生も懐かしさにひたりながらの投稿です。

<三田発大阪行き1番列車(キハ26+20)>
バス窓が珍しかったです。
<大阪駅到着の同列車>
現在の大阪駅に気動車の発着は「はまかぜ」
「スーパーはくと」「タンゴエクスプローラー」のみです。
<DD54の英姿(中山寺ー川西池田間)>
高架前の単線光景です。



投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2009年10月 4日(日)00時02分22秒
タイトル 想い出のフォトアルバム7
 3連続投稿、恐縮です。申し訳ございません。

<ED76109様>

 ED76109様のおっしゃるとおりユーラシア鉄道に客車列車の情緒をお求めになる気持ちに全くの同感です。

 レニングラードータリン間(エストニア)の昼行客車列車写真です。
 *レニングラード(レーニンの町)はソ連解体後は、サンクトペテルブルグに改名*
<タリン行き急行・ワルシャワ駅で>
中国国鉄22系客車はトヴェリ客車工場製車両の模倣です。
ベンチレター、車体カラーリングまで瓜二つ
<同列車プルマン座席車両内部>
<同列車チケット>



投稿者 ED76109
投稿日 2009年10月 4日(日)08時29分12秒
タイトル 自由への列車
 おはようございます。「ED76109」であります。

 ユーラシア鉄道様
 >戦前製オハフ33

 いゃ〜あ、「旧客鈍行」のムードが感じられてグッドショットであります。
カレチさんの「○○○レ、機関士さんどうぞ。(○○○レ、機関士です。どうぞ)○○○レ、発車!」
という無線のやりとりの後、「DD51」や「ED75」などの特徴ある「長笛一発」とガクンという衝撃。
そして、ゆっくりと引き出されて、ホームから離れていく・・・。
こんな感覚はもう味わえないのですかねぇ・・・(嘆息)。

  >プルマン座席車両内部

 昭和30年代の「雲仙」や「霧島」のような「トカホセ旧客昼行急行」のムードがございますね。
そういえば、「旧東独」政権の末期、共産圏からの出国を希望した市民らを
「旧西独」に運んだ特別列車の運転20年を記念して、
当時の車両で同ルートを辿る「自由への列車」が「旧東独市民」を乗せて、
「チェコ・ドイツ」間を走行したようでありますね。
「DB」のマークも輝かしく、「DLに牽引された6両の客車」が印象的でありました。
小生、「昭和51年の冬」に公開された「カサンドラ・クロス」を見て、ヨーロッパの鉄道への遙かな憧憬を感じたものです。
「アルプス越え」や「東欧の丘陵地帯」など、日本離れした風景に強い印象を覚えたものであります。
前述の「オリエント急行」の廃止と併せて、ヨーロッパの鉄道も「客車列車」の統廃合が進んでいるようであります
(あ〜あ、重ねて嘆息)。

 長々と失礼致しました。
以上、「旧客列車の響きと旅情」が忘れられない「昭和の旅人」でありたい「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2009年10月 4日(日)09時17分23秒
タイトル 中山寺付近と「出雲」
ユーラシア鉄道様
中山寺と言うと昭和30-31年頃701レ「出雲」を撮影に行きました。今はマンション
だらけで駄目ですが当時は田圃の中で、昭和30年5月にC57128(重油併燃);
9両すっぽりと写しています(前原国土交通大臣が羨ましがるだろうな?)先頭車が
オハ二36でスロ53やオロ35が組み込まれています。C57128は「出雲」専用
だった様で後の2枚も同じカマです。アノ頃は風情がありました。


 
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