倶楽部メモ(553)
平成21年 9月16日〜 9月21日



投稿者 ED76109
投稿日 2009年 9月16日(水)22時48分22秒
タイトル 祝・鉄ちゃん大臣
 失礼いたします。「ED76109」であります。

 マロネロ38様
 >平取のトマト美味しいです。あっさりしていますね。

 「ニシパの恋人」は気にいって頂けたようですね。「トワイライトEXP」でご来道の折は、是非お土産にどうぞ・・・。
また、合わせて「ホワイトコーン」を機会があればご購入ください。
果物のような爽やかな甘さを伴った「トウモロコシ(当地ではトウキビ)」をご堪能頂けます。

 ところで、政治における「歴史的一日」に係り、「鉄ちゃん大臣」が「国土交通大臣」にご就任とのことであります。
本当に「戯言」ではありますが、「鉄道の復権」をぜひ願いたいもの。
「高速道路無料化」では「JR」の減収額は10%程度との試算もあり、このままでは・・・。
まずは、鉄道における「貨物輸送」の充実を望むところであります。
「二酸化炭素の25%減」のため、「トラック輸送量」の制限を図るとともにバギーシステム等の充実が実施されれば・・・。

 長々と戯言を失礼いたしました。
以上、「梅小路」育ちで「紀勢本線贔屓」の「国土交通大臣」と同学年の「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 雑魚
投稿日 2009年 9月18日(金)15時55分38秒
タイトル ダム
▼ED76 109様:

新内閣が始動した昨日、国交相の「八ッ場ダム事業中止」発言が早速取り沙汰されて
いましたね。私自身、ダム計画の中止で宙に浮いた山村を、比較的身近に見ている為、
七割方完成とされる施設が「無駄」になる事や、苦渋の決断をしながら、政権交代に
翻弄された地元感情など、ジレンマも少なからず見受けられ、今後の政策路線を示す
試金石と感じる一方で、この種の問題の難しさが、改めて窺えます。

当該事業に関連して、吾妻線や並行道路も移設の対象と聞きますが、仮に事業中止が
確定した場合、これらはどうなるのでしょうね。ダム建設に伴う路線の移設例として、
会津鉄道、わたらせ渓谷鉄道、福塩線などを連想しますが、総て長大隧道区間であり、
車窓風景も重要な経営資源となるローカル線にあって、これまたジレンマですね。

会津鉄道の場合は、沿線の一大観光地である芦ノ牧温泉が、隧道区間の途中に近接し、
温泉名を冠する最寄駅が、温泉街との連絡機能が整備されているとは思えない程度に
離れた場所の立地(もっとも、旧称「上三寄」のままでは、部分的に直通関係にある
野岩鉄道の「下野上三依」改め「上三依温泉塩原口」駅と紛らわしいですね)であり、
もう一工夫の余地は無かったのかと、先日、大内宿を訪ねた際に感じたのでした。

画像は「ダム」は「ダム」でも「アムステルダム」郊外の様子です(^^)スキポール
空港に着陸する直前に運良く邂逅した客レを、こんな事もあろうかと、知人に借りた
お古の銀塩式で撮影、会心の一枚となりました。




投稿者 ED76109
投稿日 2009年 9月18日(金)22時54分8秒
タイトル 北の大地から・・・
 失礼致します。「ED76109」であります。

 雑魚様
 >今後の政策路線を示す試金石

 当地は「シャッター商店街」が「江別」や「岩見沢」、「滝川」等散見されて、駅前の寂れ様はかなりのものであります。
地域の再生と活性化、そして住民生活の確保・・・。問題は山積でしょうね。
ただ、現状の北海道の「交通網」は「高規格道路」の整備に目が向けられてしまい、鉄道網は「整備」ではなく「整理」
という状態でありましょう(長大4線の結末を御覧いただければ、道東・道北の惨状は言わずもがな)。
前述しましたが、「高速道路無料化」で「JR北海道」は「2割の減収」とのことであり、前途は・・・(う〜ん)。
 「北海道新幹線」を起死回生の一打にしたいようですが、果たして如何なりますか。

 >スキポール空港に着陸する直前に運良く邂逅した客レ

 そういえば、「オリエント急行」の廃止が決定したようでごさいますね。
「イスタンブール〜パリ」を結んでから百年以上の歴史も終焉の時を迎えているようであります。
本当に、これからは「シベリア鉄道」と「中国国鉄」にしか、「客レ」の浪漫を求められないのでありましょうか(嘆息)。

 長々と失礼致しました。
以上、映画「オリエント急行殺人事件」の「イングリッド・バーグマン」の名演技が脳裏に残る
「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 高速貨A
投稿日 2009年 9月19日(土)23時13分2秒
タイトル 客車の前後左右の区別
道路の場合,終点方向に向かって左が下り車線(左車線),右が上り車線(右車線)なのですが,
客車を含めた鉄道車両の前後左右について,何か基準のようなものがありますか?
 手元にある資料(JTB 国鉄鋼製客車T,U)によると,前位・後位という記述があり
(前位側より出入口,客室・・・等),緩急車の場合は手ブレーキのある方向が後位側,
食堂車だと厨房のある方向が後位側,展望車だと展望室や展望デッキのある方向が前位側
という傾向が見受けられますが,実際のところ何か基準のようなものがあるのでしょうか?
 また,実際の車両には前後左右の識別が出来るような記号のようなものが記入されているのでしょうか?
(例えば,183系気動車の120キロおよび130キロ対応車には,車体妻面に小さく120,130と記入されてます)
 前後左右の区別について,ご教示をよろしくお願いします.



投稿者 クモイ103
投稿日 2009年 9月20日(日)13時59分25秒
タイトル Re: 客車の前後左右の区別
高速貨A様

手元の資料から、該当する規程を転記します。
なお、実際の車両の標記ですが、客車や電車などで車体隅の下の方に「1」「2」と書いてあるのが
いわゆる「エンド標記」で、「1位側」「2位側」を示しています。

以下は、鉄道公報第3215号(昭和35年6月10日(金曜日))からの転記です。

●総裁達第319号
 車両各部分の位置の称呼規程を次のように定める。
 昭和35年6月10日
        日本国有鉄道総裁 十河 信二

   車両各部分の位置の称呼規程
(適用範囲)
第1条 機関車(特殊機関車を除く。)、旅客車及び貨車(以下「車両」という。)の各部分の位置の称呼に
 ついては、この規程の定めるところによる。
(位置の決定)
第2条 車両各部分の位置の称呼順位を定めるため、次の各号に示す側又は方向を車両の前位とし、その
 車両の後位から前位に向って左右を定める。
 (1) 蒸気機関車は、煙突のある側
 (2) 電気機関車は、主たる運転用操作機器のある運転室側
 (3) デイーゼル機関車は、運転台が中央にあるものは、車内において車端に向い、運転士席が左側と
  なるときの前方。但し、運転室が両側にある場合は、主たる運転用操作機器のある運転室側
 (4) 客車は、次に定める側。但し、装置又は構造が次の2以上に該当する場合は、その先順位のもの
  によりこれを定める。
  イ 一端に手ブレーキ装置のある場合は、手ブレーキ装置のない側
  ロ 出入台が一端のみにある場合は、出入台のない側
  ハ 合造車は優等室側、食堂、郵便、手荷物等の各室と客室との合造車は客室側、郵便室と手荷
   物室との合造車は郵便室側
  ニ 各等全室で一端に便所のある場合は、便所のない側
  ホ 食堂車は、料理室のない側
 (5) 電車は、次に定める側又は方向。但し、装置又は構造が次の2以上に該当する場合は、その先順
  位のものによりこれを定める。
  イ 運転室(回送用運転装置付のものを除く。)のある場合は、運転室側。但し、両側に運転室の
   ある場合は、主たる運転用操作機器のある運転室側
  ロ 運転室のない場合は、車内において車端に向い、制御回路の引通しが左側となるときの前方
  ハ 出入台が一端のみにある場合は、出入台のない側
  ニ 合造車は優等室側、食堂、郵便、手荷物等の各室と客室との合造車は客室側、郵便室と手荷
   物室との合造車は郵便室側
  ホ 各等全室で一端に便所のある場合は、便所のない側
  ヘ 食堂全車は、料理室のない側
 (6) 気動車は、次に定める側。但し、装置又は構造が次の2以上に該当する場合は、その先順位のも
  のによりこれを定める。
  イ 運転室のある場合は、運転室側。但し、両側に運転室のある場合は、動台車側。
  ロ 運転室のない場合は、動台車側。
  ハ 出入台が一端のみにある場合は、出入台のない側
  ニ 合造車は優等室側。但し、食堂、郵便、手荷物等の各室と客室との合造車は客室側、郵便室
   と手荷物室との合造車は郵便室側
  ホ 各等全室で一端に便所のある場合は、便所のない側
  ヘ 食堂全車は、料理室のない側
 (7) 貨車は、次に定める側
  イ 一端に手ブレーキ装置のある場合は、手ブレーキ装置のない側
  ロ 側ブレーキ装置のある場合は、側ブレーキテコの取手の向と反対側
(称呼順位)
第3条 車両各部分の称呼順位は、前位から後位に順次1位、2位、3位と呼び、左右に並列するもの
 は、前位の右を1位、同左を2位と呼び、以下右から左に順次後位に及ぼすものとする。

   附則
 客貨車、電車及気動車の各部分の位置称呼の件(大正5年12月達第1242号)は、廃止する。
                   (工作局)



投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2009年 9月21日(月)08時56分4秒
タイトル 客レ
 お久しぶりです。

 まだまだ南アジアは客レ主体です。タイ。マレーシア、ベトナム、インド。
あと、インドネシアもそうかもしれませんが、こちらは見たこと無いので。そのほかの国でも。

 画像は、日本製ではありませんがバンコク駅の客レです。




投稿者 クモイ103
投稿日 2009年 9月21日(月)09時54分30秒
タイトル 【補足】Re: 客車の前後左右の区別
昨日は丁度良い資料が見つかって有頂天になり、勢いで書き込んだため、ちょっと説明不足だったかもしれません。

車体の「エンド」は、規程第3条の後段の定めに基づき、車体の後位から前位に向かって見たときの
右前方のコーナーが「1位」、左前方コーナーが「2位」、右後方が「3位」、左後方が「4位」という事になります。

公式な形式図は、図の左側に前位が来るように描きます。
従って側面図は必ず「2−4位側面」(左端が2位、右端が4位)であり、この側面を「公式側」と呼びます。
裏側となる「1−3位側面」が即ち「非公式側」です。

前書き込みでご紹介した規程をよく見ると、展望車が入っていませんが、
昭和35年6月と言えば青大将「つばめ」「はと」が引退した直後であり、
展望車はもはや引退を待つのみの状況だったので、あえて外したのでしょう。
それ以前の規定で展望車については、高速貨A様のご指摘の通り、展望デッキ側が「前位」だった様ですね。
実際の走行方向と逆なのが面白いです。



投稿者 高速貨A
投稿日 2009年 9月21日(月)11時40分14秒
タイトル 客車の前後左右の区別
クモイ103様
ご教示ありがとうございます.
 「車両各部分の位置の称呼規定」には,鉄道車両各部分の位置に関する規定が細かく記載されているようですね.
 また,車体隅に「1」「2」といったエンド標記があるのですね.
駅や車両基地公開などで車両を間近に観察出来る機会があれば,エンド標記にも注意してみます.
 JTB発行の「国鉄鋼製客車T,U」の文章と図面を基にして調べていたのですが,
クモイ103様の指摘にあるように,形式図は図の左側に前位側が来るように描いてあるので,
形式図の左側が前位側だろうと考えていましたが,20系客車の形式図は図の右側方向が前位側になっており,
少々混乱していた次第であります.
 最後になりますが,色々調べていただきまして,ありがとうございます.改めてお礼申し上げます.



投稿者 黒磯運転所
投稿日 2009年 9月21日(月)15時37分28秒
タイトル オハネ24 550番台の番号の色
始めまして、黒磯運転所と申します。
あけぼのの編成を記録していたところ、
オハネ24−551の車番は銀色ペイントで、とオハネ24−553は白ペイントの車番でした。
この違いは検査時期の違いによるものなのでしょうか。
どなたかご教授いただけないでしょうか。
参考までに違いに気付いた日の編成を記しておきたいと思います。
9月18日青森発・19日上野発
青森方から
EF64-38+カニ24-102+オハネフ24-22+スロネ24-553+オハネ24-551+オハネ24-553+オハネフ25-129+オハネ25-218
+オハネ25-220+オハネフ25-205
全車金帯です。
EF81の機番が分かる方がいらっしゃいましたらこちらもよろしくお願いします。
以上です。
失礼いたしました。



投稿者 雑魚
投稿日 2009年 9月21日(月)17時40分21秒
タイトル オリエント急行
▼ED76 109様:
>「オリエント急行」の廃止が決定したようでございますね。

私はむしろ「未だ残っていたのか」という印象を受けますが、現在の陣容は「ユーロ・
ナイト」の一列車として、ストラスブール(パリ直通をTGV接続に改めた措置)〜
ウィーンの運転に留まっているとの事で、最盛期に比べ、かなり縮小されたのですね。

この「オリエント急行」という呼称は、ボスポラス海峡を挟んで欧州とアジアに跨る
イスタンブールの地勢をも反映した印象を受けます。同都市の鉄道事情を概観すると、
欧州側に「シルケジ」アジア側に「ハイダルパシャ」と、夫々にターミナル駅を擁し、
共に「グーグル」空撮映像では、海峡連絡船への接続用と思しき側線群が見られます。

路線網は海峡で分断されていますが、現在、日本企業により、両岸を結ぶ鉄道隧道が
建設中だそうです。なお、シルケジ駅発着の欧州側路線は、地中海岸に沿いに市街の
南側を迂回気味に通過しており、これだけでも旅情が感じられる様ですね。

最盛期には「超豪華列車」の代名詞となっていたであろう同急行も、第二次大戦後は
航空機や自動車の発達、ないし東西冷戦の影響から、簡易寝台車や座席車も連結され、
必ずしも裕福ではない層の利用も考慮された様です。トルコといえば、ドイツなどの
戦後復興の為の労働力を、多々、供給した事で知られますが、こうした人々も或いは、
この列車で欧州に向かったのかも知れませんね。

その結果、欧州でトルコ系住民が増大しましたが、これが「コペンハーゲン基準」の
地勢的な解釈や宗教問題、更には、オスマン帝国時代の歴史観も相まって、トルコの
EU加盟には、寧ろ隘路として作用している様です。欧州から見たイスタンブールは、
今なお、遠きオリエントの地、という感覚なのでしょうか。

> これからは「シベリア鉄道」と「中国国鉄」にしか「客レ」の浪漫を求められない

運転時間が一週間にも及ぶ「ロシア号」「ヴォストーク号」でも「全区間乗り鉄」は
少なからず存在するでしょうか(^^)十時間以上を要する、成田〜欧州の航空便でも、
大半がロシア上空の通過に費やされ「とにかく広い!!」という印象でしたね。これを
列車で走破するのは、相当の覚悟を要する事と存じます(^^)

移動距離が、36,000kmにも及んだ、関口知宏さんの「中国鉄道大紀行」では、乗換の
合間に駅周辺の街を訪ねる趣向でしたが、それすら無く単に「乗っているだけ」では、
単なる耐久レースになりそうですね(^^)もし「銀河鉄道 999」で、星野鉄郎少年が
単なる「乗り鉄」だったら………それはそれで、物凄い内容になったかも知れません。
各惑星の停車時間を総て、メーテルとの「鉄ウンチク話」で済ませるとか(^^)

画像は、航空機から見たシベリア平原の夜明です。殆ど雲海でしたが、合間から時々、
オビ川とかレナ川とか、大河が窺えました。飛行コースは、シベリア鉄道よりかなり
北方寄りらしく、その為か人煙の気配は殆ど無く、蛇行する大河にしても見渡す限り、
架橋は皆無でした。




投稿者 クモイ103
投稿日 2009年 9月21日(月)19時26分54秒
タイトル Re3: 客車の前後左右の区別
高速貨A様

> 20系客車の形式図は図の右側方向が前位側になっており,

確かに、20系寝台車の形式図は左側にデッキが来ていますね。
これは「図の右側方向が前位側」なのではなく、20系客車では何らかの理由でデッキ側が前位なのだ
と考える方が自然だと思います。
形式図の描き方の法則を系列によって変えるというのは考えにくいですが、
系列や形式の個別事情による規程上の例外措置というのはよくある話ですから。
ただ、その「何らかの理由」は残念ながら存じません。
どなたか詳しい方のフォローをお願いしますm(_ _)m。

24系や14系の寝台車は10系寝台車と同じく右デッキなので、これは20系に限った現象の様ですね。



投稿者 青列車
投稿日 2009年 9月21日(月)22時43分14秒
タイトル 【図面】寝台車の通路側?
高速貨A様、クモイ103様
お話の20系客車等の図面の件ですが、これはもしかしたらB寝台の通路の位置が関係していませんか?
10系・14系・24系各寝台車のハネ車は、デッキを向かって右に見るのは通路側の側面です。
一方20系の場合、ハネ車の通路側側面を見ると、デッキが向かって左になります。

生憎私は裏付ける資料等持ち合わせておらずあくまで推測の域を出ませんが、
もしかしたら?と思い発言させていただきました。

図面上の前後と営業運転時の前後が食い違うのはいささか混乱のもとでもありますが、
これはこれでまた興味深い現象ではありますね。
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