倶楽部メモ(539)
平成21年 7月13日〜 7月16日



投稿者 雑魚
投稿日 2009年 7月13日(月)12時23分13秒
タイトル 上野駅の夜は更けて
▼赤まんと様
> 尾久出庫は平日は 22:34頃、土日祭日は 22:38頃です。

最近、なぜか東京出張が多いのですが、仕事が終わると、必ず仲間と一杯やる事から、
帰途は、水戸方面への最終特急となる23時発「フレッシュ」75号を利用する事が間々
あります。時間帯柄「北陸」入線を眺める事が多く、スーツ代りの業務用ジャンパー
着用で、足元が覚束ないオヤジがいたら、それは私かも知れません(^^)

欲を言えば「能登」の入線時刻を、もう少し早めて頂きたいですなぁ(^^)




投稿者 ED76109
投稿日 2009年 7月13日(月)21時41分43秒
タイトル 満州里でも同様です
 おばんでございます。「ED76109」でございます。

 ユーラシア鉄道様
  >何といってもネックは台車交換

 同様の状況が「満州里(中国)」でも散見されます。
中国は「標準軌」であるのに対して、ロシアは「広軌」であります。
貨物列車は言うまでもなく、「北京・モスクワ」の「国際列車」であっても5・6時間の停車は当然至極。
中ソ対立の頃は、抑止の役割を果たしていましたが、今となっては完全な物流のネック。
 十数年前、「NHK特集(スペシャル?)」で「中ロ国境」の通過シーンを見ましたが、
霧に煙る国境はなかなか幻想的でした。
しかし、クレーンで車体を持ち上げて台車を交換するシーンでは、客車が「プラモデル」のように思えてなりませんでした。

 長々と失礼しました。以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 ED76109
投稿日 2009年 7月13日(月)21時59分52秒
タイトル 静かなる引退
 連投失礼いたします。「ED76109」であります。

 先達の皆様方
 >「ムーンライト九州」が、唐突に完全廃止されました

 あ〜あ。ついにですか・・・(絶句)。
「はやぶさ・富士」のようなファイナルランもなく、
「老兵は死なず。唯、消えゆくのみ。」といったようなものでありましょうか。
 平成8年の夏に「B.T富士」制覇のため、「はまなす」と「白鳥」で「大阪」まで出て、「みどりの窓口」に・・・。
「小倉まで『ムーンライト』で。」と言った途端、窓口氏に
「お客さん、無理でっせ、今日は満席。『あかつきのハネ』なら仰山おまっせ。」
と言われてしまい、財布の中身と相談して泣く泣く「あかつき」に・・・。
確か、「大阪」入線の4時間も前から、自由席乗り場には行列ができていた記憶があります。
 瀬戸内の灯りを眺めながら、山陽路を昔ながらの風情で走っていた快速「ムーンライト」。
あ〜あ、一度乗りたかったなぁ・・・。(慟哭)

  長々と失礼致しました。
以上、こうなったら「中国」「ロシア」の客車列車しかないと悲嘆に暮れる「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2009年 7月14日(火)07時33分27秒
タイトル 寝台の夜
 座席は、しばらく前回の投稿のような形態で走ります。
その後、適当な時間にベットメーキングがなされます。
例の紫の布団に白いシーツを被せ、それとは別に枕、毛布が配られます。
それぞれ、ちゃんと洗濯されていおり清潔です。

 寝るにはこれで十分ですね。ただ、クーラーが効き過ぎで寒いくらいです。




投稿者 マロネロ38
投稿日 2009年 7月14日(火)17時47分38秒
タイトル ムーンライトの廃止
結局「青春18切符」を使い難くして、「利用者が減った」を理由に「18廃止」の布石
である事が明らかです。
18のばら売りを廃止した時に「これは止めたいのだな」?と直感しましたが、東大出の
キャリア組が企みそうな「ズル賢い」方法です。
「高知」など大阪−高知航路が廃止されたので「バスに対抗出来る」し、元々18が
通用しないオール「指ロ」でしたから、バスよりは楽なので十分採算が取れるのに
---面白いのは岡山−高知間はDE10の独走体制でファン向きだし、阿波池田手前で「
ハイケンスと共におはよう放送」が始まるなどPC満喫出来る旅が可能です。
若し戦前の鉄道省だったら絶対に廃止しないでしょうね?



投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2009年 7月14日(火)23時11分8秒
タイトル 福知山線の思い出
 小生の実家のある福知山線沿線は1987年まで、DD51牽引の旧型客車、
後年は12系の7〜8連の客車列車が、約1時間に1本と、1日2本の快速列車
にキハ26・55系4連、そして後年はキハ47系4連、そして朝の篠山口発・
大阪行き通勤列車には、何とキハ58系10連がありました。

 福知山線は全列車の80%が「客車列車」だったのです。

 大都市近郊のこんなのどかな「汽車」が友人への誇りで、鉄友たちの羨望の
まなざしに軽い優越感にひたったも、はるかかなたの憧憬となってしまいました。
 どんな嫌な事があっても福知山線に乗れば、すべてを忘却できる「夢のような」
鉄道路線でした。

 高校通学時代、大阪発18:30発に乗り遅れまい(次は20:05発までない)
と時間との闘い、そして最後部に連結された「オハニ3611」(現:高崎に所属)
に乗るのが目的だったこと(白熱灯車が好きでした)。
 または1本前の17:52発には、戦前製の「オハ35」「オハフ33」の2両の
白熱灯車が連結されてたこと。

 ああいい時代だったなー。と追憶と回顧の日々です。

 旧型客車・キハ26・55・58系・そして近未来的には12系やDD51までもが
KATOの模型の世界でしか出会えなくなりそうな予感???

 「日本の原風景」にロングシートの電車は似合わない。

 JRのどこかの会社がキハ26や旧型客車を「リバイバル製造」しないかなー?

 人生が寂しく感じるとき、思い出すこれら「旧型客車」。
 埼玉在勤時の2002年〜2006年の間に、只見線のC11の旧型客車に4回、
水郡線のDE10の旧型客車に2回も乗りに行きました。

 効率化だけで、東京一極集中となり、「日本の原風景」が失われてゆく。
 もうあの良き情景は2度と現れまい。

長々と恐縮です。すみませんでした。

<ロシアは」やっぱ「冬景色」がGOOD>




投稿者 雑魚
投稿日 2009年 7月15日(水)09時37分11秒
タイトル 福知山線の事
▼ユーラシア鉄道様:
> 福知山線は全列車の80%が「客車列車」だったのです。

福知山線が宝塚まで電化された1981年より以前、沿線を訪問する機会がありましたが、
阪急宝塚線との棲み分けがあるとは云え、非電化路線が良くぞ、一大要衝たる大阪に、
乗り入れているなと、感じたものです。

> 高校通学時代、大阪発18:30発に乗り遅れまい(次は20:05発までない)

御話から推察しますに、武庫川渓谷を越えて大阪市内に通学されていたのでしょうか。
大阪や兵庫の公立高校は、我々「坂東武者」の地域感覚からするなら、学区がかなり
細分化されている様ですから、その意味では稀少な遠距離通学例と想像します。私も
旧客を介しての片道 90〜100分通学でしたから、御気持ちは判ります。

三田以遠における、沿線の宅地化の進捗振りには、隔世の観がありますね。古くから
神戸電鉄が通じていたとは云え、その主な動機は、1986年の福知山線全線電化および、
その後の、東西線を介しての「アーバン・ネットワーク」整備にあると感じます。

かかる状況を受けての輸送力増強の最中に発生した四年前の事故は、余りにも多くの
教訓を残しました。昨今の報道では、事故現場での線路の付け替えによる急曲線化が
問題視されていますが、これが、東西線へのスルー化の為の措置であり、旧上り線が
東海道線に合流する直前の急曲線の解消とバーターになっていた可能性が、どの様に
判断されるか、注目される処です。

>「日本の原風景」にロングシートの電車は似合わない。

御意。ただし、運行距離が比較的短い、ローカル私鉄を除きます(^^)

> 水郡線のDE10の旧型客車に 2回も乗りに行きました。

水郡線は地元路線なので「奥久慈レトロ」は、運転の度、撮影で追い回していました。
直前に、磐越東線でのイベント列車に供された事情ゆえ、郡山側から回送された事も
ありましたね。欲を言えば、往時のリアリティーを追求するなら、やはり茶色でなく、
青い客車を充てて欲しかったですね(^^)

> ロシアはやっぱ「冬景色」がGOOD

一連の海外の写真は、どれもこれも強烈です。雪中の単機回送の様子を拝見しますと、
舞台がアラスカと、状況が大きく異なりますが、1985年公開の映画「暴走機関車」を
つい連想してしまうのでした。

画像投稿に拡大機能が付いた様ですので、水郡線ネタで、さっそく試させて頂きます。






投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2009年 7月15日(水)22時52分11秒
タイトル 東独製ロシア客車内装
たびたびお邪魔して、恐縮です。
心底、客車大好き人間ゆえ、なにとぞお許し賜りますよう。

さて、>雑魚様・>ED76109様
標題客車の乗車感想を、以前ご依頼頂いておりましたので、答申申し上げます。

<小生の乗車区間>
1、ナホトカーハバロフスク(東独製コンパートメント寝台)
          =機関車:VL80電機とM62ディーゼル

2、キエフーモスクワ(東独製コンパートメント寝台):現在は国際列車
          =機関車:VL80電機

3、レニングラードータリン(ロシア製プルマン座席車):現在は国際列車
          =機関車:TEP70ディーゼル

4、タリンーモスクワ(東独製コンパートメント寝台):現在は国際列車
          =機関車:TEP70ディーゼルとVL60電機

5、リガーユルマラ(リガ電車工場製ER2型近郊電車)
          =木製片側3人・向かい合わせで6人掛けBOXシート
        *さすが1542mmの広軌のなせる業??

1、の乗降地が極東のナホトカなのは、ウラジオストックが当時、軍事閉鎖都市
で、外国人はおろか、ロシア人でも「居住証明書」所持なき者は、入市できなかった
のです。

今は航空機で有名な「ボンバルディア」社の交通運輸部門の「Bombardir-Transportation」(本社ベルリン)
に買収された東独の客車企業の資料を入手したので添付します。

東独客車メーカー正式名称:人民所有企業ゲルリッツ客車貨車製造工廠:
当該企業は、東欧・ロシア・中国・モンゴル・北朝鮮・トルコ等に客車・貨車を専門的
に製造していました。

なお青蔵鉄道の与圧客車は、この企業、即ちボンバルディアで製造されました。

<コンパートメント寝台車内・通路・平面図>です。

長々とすみませんでした。




投稿者 ユーラシア鉄道
投稿日 2009年 7月15日(水)23時13分1秒
タイトル 追伸ですみません。
申し訳ございません。
肝心の東独製ロシア客車の乗車感想を忘れていました。

「1542mmの広軌は意味を成していない???」

永久凍土帯や、チェルノーゼム(黒土地帯)を理由としても路盤状態が悪く
時速100km/hを超えると、円を描くようにして前進してゆきます。

ですから、乗り物に弱い方は、横になっていないと酔います。
特に、レニングラード(現サンクトペテルブルグ)−タリン(エストニア)
間の路盤は最悪でした。

また車軸発電なので、駅の停車時間が10分以上の場合は、車内電灯はOFF
にし、各コンパートメントには、5W以下の補助電球しかともっていません。
(バッテリー能力は旧型客車以下です。)

また前述の通路写真でおわかりでしょうが、車外側はジュラルミンサッシで、
車内側の窓枠は欧州松のニス塗りなのは、マイナス30度では、サッシ地では
手指がくっつく(冷蔵庫の製氷機で経験ありますね?)ためです。

各車両の冷房は車軸発電で走行中のみきいており、暖房は、各車両備え付けの
石炭でお湯をわかして行います。マイナス30度で電気暖房が故障しても乗客
が凍死しないための配慮です。

以上 ご報告申し上げます。



投稿者 ED76109
投稿日 2009年 7月16日(木)00時28分40秒
タイトル 「鉄」雑感いろいろ・・・
 おばんでございます。「ED76109」でございます。

 ユーラシア鉄道様
 >小生の実家のある福知山線沿線

 小生の乗車経験は3度です。
そのうち、昭和56年の「まつかぜ」で眺めた「武庫川沿いの渓谷に咲いていた遅咲きの桜」は秀逸であり、
この時ばかりは「餘部鉄橋」や「日本海」よりも強い印象がございます。
昭和59年は「大阪始発の鈍行旧客出雲市行」。
当時、出身の東京が旧客鈍行全廃だったのとは異なり、
大阪には旧客鈍行が出入りしているだけで、羨ましく思ったものであります。

 >ナホトカーハバロフスク

 旧ソ連時代は、ユーラシア鉄道様の仰るとおりに
「ボストーク号(でしたっけ)」で「ナホトカ」から「ハバロフスク」まで向かい、
「ロシア号」に乗り換えておりました。
「宮脇俊三」氏の乗車記では、「北海道と東欧の『ハーフ』のような風景」という言葉で代表される
荒涼とした車窓風景が描かれていたはずであります。

 >暖房は、各車両備え付けの石炭で

 厳冬のシベリアは、「マイナス30℃」は当然至極で
「50℃(当地では『−』はつけません)」も冷え込むことがあります。
ですから、車両ごとに「石炭ストーブ」が燃えて「お湯」が湧かされて、
万一の場合に乗客の生命を守るのは当たり前のこと。
「中国」ですと、乗客が持参した「給茶ポット」に各務員(列車ボーイ)がお湯を入れてくれて、
お茶を飲むことができるようであります。
小生の憧れの1つ「青蔵鉄道」の「酸素マスク」と様々な意味で「対照的」であります。

 長々と失礼致しました。以上、学校祭の準備で生徒と一緒に大工仕事に勤しむ「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 XD1 at Phuket
投稿日 2009年 7月16日(木)08時49分52秒
タイトル 座席車
 寝台ではない、座席の車両の内部です。
この板の方は、日本での運用形態をご存じだと思いますが、基本は変わりません。

 ただ、カーテンの色が違っているでしょうか。
また、残念ながら座席上部のカバー(日本では通常は白色でしょうか?)がありません。
とはいうものの、例えば廊下の床など、タイとしては十分に奇麗と言えるレベルです。
掃除などは一定のレベルで行われています。



 
 
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