倶楽部メモ(345)
平成18年10月 2日〜10月 4日



投稿者 バロン
投稿日 10月 2日(月)20時07分25秒
タイトル はじめまして
みなさんはじめまして。郡山に住んでいるバロンというものです。
私の少年時代は、東北本線・磐越西線の普通列車はほとんど全てが客車であり、
(唯一の例外が、快速や急行が普通列車になる区間の455・キハ58系)編成も最低で5連以上でした。
磐越東線はほとんどが気動車でしたが客車もありました。
 しかし、今ではみな電車・気動車になってしまい、寂しい限り.旅客列車は北斗星だけになってしまいました。
牽引していたED75も最盛期の1/10に激減しており、北斗星もEF81が牽いています。
せめて、模型では客車と機関車が主役であることを願って模型をやっております。
 客車・455系・キハ58系はみなボックスクロスシート車でしたから、
旅客車はみなこういうものだと信じていた私にとって、701系ほど違和感のある車両はありません。
 仙台近郊の短距離列車に455・719系が使われ、黒磯ー郡山という閑散区間に701系というのは矛盾していると思います。
仙台近郊ならば701系がいやなら1本飛ばせますが、こちらだと1本後は1時間後、
時間によっては次も701系となってしまいます。
 今一番心配なのは老朽化著しい455系の後継がこのような車両になるのではないかという心配です。
客車とは言いませんが、せめてデッキ付ボックスクロスシート(車端部は仕方ない)の車を投入していただきたいものです。
 長くなりましたが、今後ともよろしくお願いいたします。

投稿者のホームページ


投稿者 クモイ103
投稿日 10月 2日(月)20時33分58秒
タイトル レス2点
>北オク様
> 行き先が宮崎だとすればかなりの長旅、ハネムーンには少し辛いかもしれません。^^;

 …今の感覚では、確かに“辛い長旅”かもしれませんね。
しかし話題の舞台は昭和40年代の前半です。
航空機はようやく普及してきた新しい乗り物であり、長年続いた「長距離移動=列車の旅」という図式は
まだ常識の範疇だった時代でしょう。
その証拠に、盆暮れのたびに東京・大阪から九州行きの座席車オンリーの帰省臨時列車が何本も走っているんですから。


>雑魚様
> かつて、船長は艦と運命を共にする、というのが、ある種の掟ないしは美意識として
定着していた様ですね。

 …掲示板の趣旨から外れてしまうので、直接のレスは遠慮させていただきます。
ただ、船に携わる方々には、陸上で仕事をする者とは一線を画した意識があるようで、
そのあたりを含めて、たとえば「船長」「責任」などのキーワードで検索してみると面白いですよ。



投稿者 突放禁止
投稿日 10月 3日(火)00時44分2秒
タイトル 日野実験線様
たびたびのご教示、大変恐縮です。やはり現業機関に古い記録は不用なんですね。それにしてもゴミ箱行きとは…


投稿者 日野実験線
投稿日 10月 3日(火)00時53分30秒
タイトル 突放禁止様
現業機関では現行の運用表以外は不要なものとして処分するのが一般的だったようで、
どこにでもあった焼却炉で燃やすことが多かった様です。
国鉄からJRへの以降の際には膨大な量の書類が東京駅前にあった国鉄本社の中庭で燃やされたと聞いています。
(本当かどうか確かではありませんが・・・)
各配置区にあった履歴表はどこに行ってしまったのか・・・
これを考えるとなきたくなります・・・


投稿者 雑魚
投稿日 10月 3日(火)11時34分8秒
タイトル 羽越線事情
>「樽見鉄道の客車を復活しろー。」などデモをおこしたいです。

同鉄道の客車は写真で見た事があるだけですが、塗装ひとつ取っても相当くたびれた
印象はありますね。今後も運転を継続するなら、大規模な保全工事を必要としたかも
知れません。客車便の廃止は、貨物輸送の終了に合わせた措置の様です。

> 乗客の鉄道離れが進んで、昔と比べれば乗客数自体が激減しているのでしょうが、

短編成電車となった一方、新幹線開業に伴う機能分化の結果、ダイヤに余裕が出来て、
区間便の設定、および、フリークェント・サービスの傾向を強めた可能性は感じます。
旧客と通勤型電車では座席定員が大きく異なる事から、一律の比較は難しいのですが、
ラッシュ時間帯における単位時間・単位車両床面積当たりの乗客数は、どの様な事に
なっているのでしょうね。

> 老朽化著しい 455系の後継がこのような車両になるのではないかという心配

羽越線酒田以北の場合、特急の運転頻度が小さい事から、本来、特急で済ませるべき
広域都市間移動を普通列車で代替する事も考えられます。その場合 701系の仕様では、
長時間乗車には不向きと思われ、それが鉄道利用を敬遠する材料になりはしないかと、
勘繰ってしまいます。個人的には、酒田折返しの「いなほ」を快速格下げで秋田まで
延長すれば………とも思うのですけどね(^^)

御指摘の様に、通勤型仕様車の運用は仙台などの主要都市の近郊区間に限定して、中・
長距離便にはセミクロス・シート車を充てる様な遣り繰りが望ましいですが、実際に
行うとなると、かなり煩雑な事になるのでしょうね。

ちなみに羽越線村上の交直流切替は駅構内から外れる為、今一歩のところで 701系は
村上駅に進入出来ず、村上−酒田の普通列車は、特急の間合運用による区間便を除き、
気動車の侭ですね。間島−羽前水沢は沿線人口が少ないので、然したる問題も無いと
思いますが、酒田が運用上の大きな一段落となる手前、仕方無いとはいえ、羽越線の
交流区間では沿線の人口集積が最大となるであろう庄内平野(鶴岡−酒田)の区間も
気動車の侭というのは、何か釈然としませんね。

画像は、村上−間島を行く下り「白鳥」です。手前の三面川橋梁を境に、新潟平野が
一転して朝日連峰絡みの急峻な海岸となる様子は見事ですね。この後「日本海に沈む
夕陽」が最高に綺麗で、すっかり上機嫌になった私は、投宿した瀬波温泉にて地酒を
痛飲したのでした(^^)



投稿者 下総守こみやさん(^^)
投稿日 10月 3日(火)15時26分15秒
タイトル K-100と聞いて(^^)
>「無軌条機関車」の活躍(^^)を描いた「走れ! K-100」
大野しげひささん主演で夕張を目指して旅するんですよね。
夕張に着いて終わるのかと思ったら鉄道が無い(当時)沖縄を目指して大方向転換(^^;
沖縄の子供達に機関車を見せたいがお題目なのですが鉄道の定義からは外れている様な(^^;
でも確か茨城県下で車輪を付け替えてレールの上を走った場面がありました。
当時はローカル私鉄もあちこち健在でした。
今度は鹿島鉄道がピンチ!○民党の総務会長さん!地元なんだからなんとかしてよ!o(><)o
東北で働いている2両編成のロングシート電車は意外と混みますね。
発車時間ギリギリに行くと座席からアブレます(^^;



投稿者 てりてり
投稿日 10月 3日(火)19時48分44秒
タイトル 座席 あれこれ?
 失礼します。
今のJR線では列車が短くなると共に皆様が御指摘されております様にロングシートが増えている様な感がします。
私が住んでいる路線もまたロングシート車が走っております。
あまり利用はしないのですが、乗車するとどうもお尻の辺りがムズムズします。どうも落ち着きません。
先端区間で車内が空いて来ると特に落ち着きません。
乗車時間が短いと言う事、あまり乗車しない事もあり、正直文句を言える立場ではないのですが、
一考願えればと思う次第です。
 先日ロングシートとクロスシートの混合した車両が登場しました。
中身を(チラッと)眺めた事がありますが足して二で割ってプラスαβかな…と言うのが今の印象です。
ただ、客室のガラスは真っ黒けです。車両を初めて見た時は正直絶句しました。  閑話休題
 さて、並走している私鉄も殆どがロングシートです。乗車しておりますと不思議と違和感がありません。
乗車時間が短いからなのか昔からそうであるからかのかハッキリしませんが、JR線と比較してそんな気がします。
 ロングシートの客車、と言えば旧優等車の改造車がありましたね。
写真でしか見た事がありませんが、今考えるとなかなかのアイデア賞ものかもしれませんね。
ですが、(これも写真でしか見た事しかありませんが)二つ扉の車両が充てられても
列車自体もある程度の長さが在った様で、今程問題は無かったのでしょうか。
当時利用された方の体験談を伺えたら幸いです。
 「デッキや床での座り込み禁止」と大きなステッカーが貼ってあり、
案内放送で繰り返し伝えている車両に乗るにつれ、「常識」について考えてしまいます。
 また下らない文面になった事をお許し下さい。それでは。
 追記・下総守こみやさん 様の「鹿島鉄道」のところで以前キハ432に乗車した事を思い出しました。
時間のせいでしょうか?私しか乗っておらずロングシートの車内で何と無く落ち着かなかった事を思い出しました。
ですが、柔らかい椅子と適度な?揺れで何時の間にか眠ってしまった事があります。


投稿者 突放禁止
投稿日 10月 3日(火)21時36分35秒
タイトル 私信モードですみません
日野実験線様:
国鉄本社だけでなく各管理局や現場ごとに大量に処分されたのでしょうね…
そう考えるとやはり複雑な心境になります…
なんだか敗戦直後に陸軍省や海軍省のいたるところで書類を焼いた話を思い出しました。
履歴票と言えばスハ43特集でお話があった仙鉄局の12系緊急対策、すごく気になります。
今となっては真相究明なんて不可能ですね…


投稿者 北オク
投稿日 10月 3日(火)23時54分15秒
タイトル A寝台専用列車の件
>日野実験線様
やはり東京発で存在したのですね。私が写真で見たのはおそらくそれかと思います。
編成は私も日野実験線様の意見と一緒です。模型化するのであれば、その方向で進めます。

>クモイ103様
どうも現代人の感覚で考えてしまいがちです。
高千穂・桜島などが走っていた時代でしたね。

話が少しずれますが、当時は20系寝台特急「富士」が西鹿児島まで走っていました。
20系ナロネ20には2人用個室がありましたが、同車はあさかぜ用、
富士に使えば、東京からの新婚客も見込めた様な気がします。


投稿者 鹿ケ谷鉄道
投稿日 10月 4日(水)01時14分6秒
タイトル RE:座席 あれこれ?
皆様、いつもありがとうございます。滅多に書込みしない鹿ケ谷鉄道です。

てりてり様の座席 あれこれ?を読んで、ロングシート客車が懐かしくなりました。
私の住む京都では、朝夕に草津線柘植(関西線亀山)〜京都の通勤列車に組み込まれていました。
ロングシート客車は、単に詰め込み易くした客車という印象しかありません。
ロングシート改造車でも一般車でも、両端にしか出入り口が無いわけですから、途中駅での下車は困難に近いものです。
もっと悲惨なのは、禁煙なんて無かった時代ですから、冬の窓を閉めた状態では空気も悪く、倒れる女性もおられましたよ。
やがて、50系になったものの両端出入口は変わらず、改善効果は無かったです。
海外の通勤用客車に見られるような、電車の中間車両のような形に、何故設計しなかったのでしょうね。


投稿者 雑魚
投稿日 10月 4日(水)10時10分5秒
タイトル K-100
> 大野しげひささん主演で夕張を目指して旅するんですよね。

跡取り息子の長旅を良しとしない母親の妨害工作との駆引きが 見所でしたね(^^)

> 夕張に着いて終わるのかと思ったら鉄道が無い(当時)沖縄を目指して大方向転換

番組のあまりの人気振りに、急遽、続編制作を決定した結果なのだそうです。往路は
太平洋岸、復路は日本海岸を経由したとの事で、なかなか 心ニクい演出ですね(^^)

> でも確か茨城県下で車輪を付け替えてレールの上を走った場面がありました。

この辺りは記憶にございません。ごの様な状況、情景だったのでしょうか?

> ロングシートの客車、と言えば旧優等車の改造車がありましたね。

80年代半ば、予讃線 高松近郊区間で見かけましたが、実に異様な雰囲気でした(^^)
これに近い作風として、現在、烏山線で稼動しているキハ40改造車が挙げられますね。
デッキこそ無いものの、何とも落ち着かない雰囲気でした。同車ならではの鈍足さも
相まって、新型導入の計画が無いのか、と思っていたところ、水郡線の玉突き配転が
烏山線にも及ぶのではないか、との事。

当初は「電車客車」などと称され、愛好家の間では、やや敬遠気味だった50系客車も
今となっては懐かしい代物で、ガラガラの土讃線夜行快速(高松〜高知)ではロング・
シートが「特設寝台」として機能していましたね(^^)

> 電車の中間車両のような形に、何故設計しなかったのでしょうね。

機関車の連解結の手間や組成変更の煩わしさに鑑み、通勤仕様が求められる区間では、
早期から電車ないし気動車への置換を想定していた、という事ではないかと思います。
そうなると、50系の設計思想とは、これ如何に?


投稿者 岩崎安房守義将
投稿日 10月 4日(水)11時03分19秒
タイトル 団臨の類別
管理人様、皆様御無沙汰しております、岩崎安房でございます。
 さて履歴簿(履歴表)に関してですが、管理局によって扱い様々です。
 C623機復活の際、大問題が起きました。道総局運転部で「C623機履歴簿紛失」と言うものでした。
 蒸機全廃前後、多くの自治体等に機材が無償譲渡・無償貸与されました。
これは管理局により扱いが違うのですが、譲渡の場合所有権は自治体に移りますし、
貸与の場合所有権は事件発生10年を限度として国鉄が持つもの・・・
これは常識的なのですが、混乱はこの「扱い様々」で起こります。
 機材を引き渡す際に管理局側が「履歴簿欲しい?」と聞く処は「不要」となれば廃棄となります。
しかしこれを聞かない管理局では倉庫の片隅で幾星霜、となるか処分です。
 自局で廃車としたものは担当区所に履歴簿が残る場合が殆どだそうです、
ところがC623機は「貸与」だった事と静態保存されている場が国鉄の土地だった事が混乱を招いたのです。
 履歴簿は個々の機材の癖や特徴・性格・病理を掴む一番明確なカルテで、
これを読み解ければ「ハコ屋」も一人前と言われるとか・・・・
その履歴簿が無いのではこれから修復して本線営業機にするってのに厳しいじゃねぇか!
と小樽築港機関区企画室は猛然と怒った!(凄かったですよ剣幕・・・)
 で、ひょっこり某区から出て来た・・・
実は小樽築港機関区の動きを知らないである区がイベント用としてC623機を狙っていた、と言うオチでありました。
 これは特定されると多々厳しいので伏せますが、復活蒸機でやはり履歴簿が行方不明となったものがありまして、
既に復元工事予算執行の段階だった事から更に大騒ぎになりました。
 この機材は「譲渡」だったもので履歴簿はとうに処分、
ところが所属区の職員OB氏が愛着ある釜のせめて履歴簿だけでも・・・
と交通博物館行きのものを密かに貰い受けていて、
偶然OB会か何かで事件を知って提供され、事なきを得たと言うものです。
 もっともC623機の場合は履歴簿より確かな検修メモを神様・山下氏(小生の師匠ですが)が持っていて、
履歴簿が無い場合でも対応出来たのですが・・・

 さて、ロネ列車に関してメモ拝読させて頂きました!
 この倶楽部メモ、是非本にして頂きたい位の価値です!
 さて老婆心ながら団臨について、最近ではJRの方すら御存知無いので長文となりますが少々お許しを。
 「特定旅客が列車を専用として臨時設定されるもの」=団体専用臨時列車と解釈されていますが、営業上では異なります。
 便宜的に運転屋さんは全部「団臨」としますが、切符によって「団体専用臨時列車」と「貸切臨時列車」は異質です。
 貸切団体乗車券=貸切団券は「機材設計座席定員の9割を大人運賃無割引で発行し、
Aグリーンの場合はグリーン料金+急行料金を付加する」、
列車を専用とするA大口団券は「機材設計座席定員の9割を目安として発行する」・・・つまり価格が全く異なるのです。
 但し貸切団券は「実際乗車人員の制限」がありませんが、
大口団券は「実際乗車人員が契約数の半数に満たない場合は、補償しても運転を中止出来る」ものです。
また、大口団券は「列車運転距離により算出」で、
貸切団券では認められる「迂回乗車特例」「国鉄都合による列車運転距離延長の省略」が効かないのです。
 この2つは1ユーザーに対する「商品」ですが、
この他に「臨時列車」そのものを商品としてバラ売り出来る「集約団体」や、
列車を一旦買い上げて貰って後に国鉄が販売したり、乗らなかった分を控除精算する「包括契約団体」、
チケットを個々の参加者がバラバラに持って乗れる「特扱包括契約団体」など様々、
ただ「大口・小口団体」の場合、時刻表や旅客営業基準とは別に
「マル販」=販売箇所長特別指定販売促進団体と言う制度(名称は若干管理局により異なります)があり、
例えばスロ62を5両で急行扱の臨通客なら貸切団で運賃・急行券・Aグリーン券が80×5×0.9=の合算=価格となるものが、
「マル販」大口団ですと、「急行料金免除・契約数座席定員6割・運賃料金割引率@20%」で、
運賃・Aグリーン券で(80×5)×6=240×0.8=の合算=価格、場合によっては半分以下になってしまいます。
 但し「マル販」も「契約団」も簡単には設定されません、
かなりの「政治力」と実績が必要で、これが在来型一般客車なんて事になると
「列車と沿線での危機管理・運行定時保証・扉非自動に対する対策」を
県警やお役所の裏付けで保証しなければなりません。
 この為に北海道鉄道研究会で団臨を仕立てた場合は扉警要員と沿線警戒要員、
その総括責任者(キャプテンと言いました)を置いて、その研修や実績の履歴書を当局へ送り「保証」としたのです。
(これで弊連盟には警備隊なんてものがあるのです。)
 更に過去には「機関車の回送経費」「客車の留置料金」「蒸気暖房の燃料代」を別途精算したり、
「おたくの団臨で回送ぶら下げて良い?ナハネフ22を一つなんだけれど・・・
その替わり急行料免除するからさ・・・」とか、
「電車壊れて機材変更するんだけど、割引率3割にするから・・・」とか。
 実は列車も商品ですから、「商談」は不可欠ですし、何より寝かせて置いても経費は掛かります。
ところが人員削減とエージェントに定期列車を枠売りした方が「楽」と来て、
基本的には団臨を受け付けない体質がJRに拡大しています。
 もっと簡単に低価格で、多様な「夢」を「かたち」に出来る鉄道なら、
勿論定期運転に支障があっては本末転倒ですけれど、「売上げに直結する」ファンも増えるのですが・・・
 で、ロネ列車もこの「包括」ですね、
このうち数両は旅行エージェントが枠で買ってツアーパックで販売したものと推察致します。
(北斗星やトワイライトも同様です、但し定期列車の場合はもっと自由度が高い契約ですが・・・)
 長文失礼致しました。
 で・・・価格は列車番号に反映されますから、御参考までに。
投稿者のホームページ

投稿者 岩崎安房守義将
投稿日 10月 4日(水)11時08分54秒
タイトル 蛇足ですが・・・
連続失礼をお許し下さい。
 長手座席機材の団臨での定員算出はそれこそ管理局により異なりますが、
某国電区間で団臨を仕立てた(某広告代理店受託)時には60人/両×10両×0.85でした。(昭和63年)
 現在良く見るキャンペーン専用列車は「貸切団券」で発行されています。
投稿者のホームページ

投稿者 日野実験線
投稿日 10月 4日(水)11時28分53秒
タイトル Re:私信モード
突放禁止様
そうですね。国鉄時代は昔からの伝統なのか、文書関係については案外ちゃんと保存されていたようですが、
JR移行後はパソコンの普及などもあり、文書レス化なども進み、
以前の文書については倉庫行き或いは処分されることも多いと聞いております。
又、外部者の文書の閲覧に対しても国鉄時代のように鷹揚ではない様です。これも時代の流れなのでしょうか・・・
さて、管理人様のお膝元である仙鉄局で実施された12系緊急対策工事ですが、
福島の所属車を調査している時に出会い、区検修の方にお聞きしたものの
「昔のことだからなぁ・・・」と、明確な回答は得られませんでしたが、
「12系と一般客車を連結すると一般客車に対する衝撃が大きくなるので、それに対応して自連を強化した筈だ。」
と言われていました。それであのような記載になった訳です。
他地区にも12系は配属された訳ですから、仙鉄局で試験的に実施されたのかもしれません。
もしかしたら管理局(支社)に資料か残っているかも知れませんね・・・(笑)



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