倶楽部メモ(291)
平成17年 9月23日〜 9月25日


投稿者 EF5841
投稿日 9月23日(金)07時30分25秒
タイトル 2等車の連結理由
鶏が先か、卵が先かの議論かもしれませんが、
2等車が各線に連結された理由のひとつとして
今、世間から盛んに叩かれている公務員さん
少し前(ただし、昭和40年代以降は運用上は指定職の者以上に限定されていた。)まで、
出張旅費、2等車の運賃が支給されていました。
戦前、軍の将校及び6級職より上位の者は、2等車以上の等級の車両に乗車することが義務つけられていました。
その名残として、各線の列車に半室でも2等車以上の等級の車両が連結されていました。



投稿者 824レ
投稿日 9月23日(金)14時10分16秒
タイトル オハ35系客車の扉
山陰本線で活躍したオハ35系で4箇所ともHゴム式、4箇所とも木製標準扉の番号をわかる方は
掲示板にメッセージお願いします。


投稿者 824レ
投稿日 9月23日(金)14時23分52秒
タイトル オハ61系客車の扉
山陰本線のオハ61系客車は、茶色の塗装のままで現役を引退したと思われます。
特に1980年代前期までは、オハ35系・スハ43系に混じって運用されており
茶色と青の混色編成は見ごたえありました。
旧型客車の全盛期は小学生のころだったので情報を調べるのは、インターネットと鉄道雑誌の一部の情報がたよりです。
オハ61系客車の扉の件で4箇所ともHゴム扉・または4箇所とも鋼製プレスドアの番号をご存じの方は
メッセージお願いします。


投稿者 Y駅長
投稿日 9月23日(金)15時49分28秒
タイトル (無題)
「みずほ」廃止で熊本に配置されていた14系は15型と数両の14型を除いて長崎に転属になっているようですが、
後に15型も長崎に移り「さくら」運用に入っていたようですが、その時期はいつ頃でしょうか?

投稿者 仙コリ
投稿日 9月23日(金)18時20分5秒
タイトル オハネ15熊本→長崎の転属
熊本配置のオハネ15及びスハネフ15の長崎への転属ですが、1997年(平成9年)11月29日付となっております。
この日のダイヤ改正による「富士」「はやぶさ」の運転区間短縮にともない
鹿児島のオハネ25・オハネフ25・カニ24が熊本に転属(一部は廃車)
熊本のオハネ15・スハネフ15が長崎に転属(一部オハネ25改造のオハネ15-1000を含む)
長崎のオハネ14が廃車(念のため廃車日は鹿児島・熊本車を含め同日ではありません)
といった流れとなっております。
(実際にオハネ15がいつから「さくら」運用に入ったか・いつ完全に入れ替えが完了したかはわからないので、
ご存じの方がいらっしゃいましたらフォローお願いいたします。)

なお、こういった近年の車両の動きについては、毎年発行されるジェー・アール・アール発行の「JR気動車客車編成表」
または鉄道ファンの毎年7月号前後の「特集:JR車両ファイル」に掲載されておりますので、
ぜひ入手される事をお薦めします。


投稿者 Y駅長
投稿日 9月23日(金)19時44分45秒
タイトル (無題)
なるほど、ありがとうございます。
ということは、「みずほ」廃止の94年から97年に長崎に転属するまでの間は15型は定期仕業を持ってなかったんですね。
老朽化した14型の方が「さくら」で定期仕業に就いていたとは何か腑に落ちませんね。
ちなみに25型改造のオハネ15型は(99年のはやぶさ併結時に改造されたものを除いて)
98年2月27日付で改造のオハネ15-1204が最後です。



投稿者
投稿日 9月23日(金)22時17分7秒
タイトル 教えてください
 客車列車を牽引した機関車は数多くいますが、資料が無く皆様に教えていただきたいことがあります。
次の機関車は、旧型客車を牽引できますか?
・EF65−0
・EF60−0
 よろしくおねがいします


投稿者 青列車
投稿日 9月23日(金)23時12分51秒
タイトル 【電機】牽引可能です
お邪魔しますm(_ _)m
>>菊さま
お尋ねの件ですが、牽引走行する上には何ら問題はありません。
EF60などかつて中央西線で実際に営業列車を牽引している姿がファン誌に掲載されています。
ただ、EF65は、転属や廃車のための回送時以外はおそらく牽引した実例は皆無に近いかと思います。
これはEF65に(限らず、EF60もEF66も)はSG・EG共にありません。
冬季の暖房供給が不可能であること。
EF65の主たる運用区間である東海道・山陽線では旧型客車編成の旅客列車・荷物列車用にはEF58、EF61があり、
彼らで賄える事、
そして自身は貨物列車や寝台特急などの運用だけで精一杯であったこと、などによるものと推測されます。

では夏場は?少なくとも暖房供給の必要はありませんから、EF60やEF65が牽引する分に直接の問題はありません。
しかし、カマの運用の都合を考えると、わざわざEF60、EF65が出張る必要はないでしょう。
12系・14系編成の臨時急行も殆どはEF58が担当していました。

EF65の旧型客車牽引の事例としては、これもファン誌ですが、
500番台のP型が、転属回送の旧型(スハ43系主体)編成を牽引して、根府川橋梁を行くシーンが掲載されていました。
また、廃止直前の山陽夜行急行は、14系編成の端にマニ37の200番台がつながっていました。
下り列車では当然、このマニ車がカマ次位になり、1000番台PFと手をつなぎます。
このマニ、上りは締切り扱いで下りは車内での作業が行われていたものと思われます
(その昔この列車を実見した際、上り列車では車内の明かりが点いていませんでしたが、
下り列車では明かりが点いていましたので、そのように推察しております)。

取り急ぎ失礼致します。


投稿者 下総守こみやさん(^^)
投稿日 9月23日(金)23時55分8秒
タイトル EF65なら
60はわかりませんが65が旧客牽いていた記憶はありません。
0番台は貨物、500は旅客、1000は貨客両用。
昭和50年代東京口ブルトレは500番台でまだ58もがんばっていました。
当時旧客はほとんどが交流機か両用機で能登、鳥海など高崎線系統も65ではありませんでした。
貨物機でも旧客牽くのは可能だと思いますがSGが無いので冬場は勘弁です。
安房殿、20系所望と聞いてDD54とDF50がソワソワ(^^)こわ〜い財務省の隙を狙って秋葉原かなf(^^;


投稿者 青列車
投稿日 9月24日(土)03時01分31秒
タイトル 【客レ】貨物機牽引
お邪魔しますm(_ _)m
貨物用の機関車が旅客列車特に旧型客車の牽引にあたる事例は枚挙にいとまが無いほどあります。
たとえば近代蒸機に限っても、9600、D50、D51、D52、D60は
定期運用を持っていた路線が多々あります(D61とD62に関しては不明)。
電機においてもEF13、EF15は中央東線で実例があります。
中央西線では前の発言で触れたEF60の事例があります。
これらの電機が牽引する場合冬場は暖房車が連結され乗客を寒風から守っていました。
近代動力車は牽引力と高速走行性能とを兼ね備えていますので、貨物列車も旅客列車もどちらも担当できます。
列車暖房の供給源を持つか否かぐらいしか旅客用貨物用の違いがないようなもので、
冷暖房供給源が客車側で完結できる20系・12系以降の客車に対してはSG・EGの有無さえ無意味になりました。
中にはSGを持たない、貨物用として生まれたにも関わらず、
旧型客車の5両編成が走る時にエスコート役として出てくるカマもいます。
というとそれは何?と思われる向きもあるでしょうが…
貨物用機関車の牽く究極の客レ。そう、DD51842のお召し1号編成です(^^);


投稿者 クモイ103
投稿日 9月24日(土)20時49分36秒
タイトル 旧客を牽いた65PF
 皆様こんばんは。
 EF65の旧客牽引について、菊様のご質問にある0番台については私も知りませんが、
1000番台、いわゆる「PF」なら、なんと定期営業列車を牽く姿を目撃しております。
 東北本線上野口の普通客車列車が姿を消した昭和53年10月改正の前日、
最終日の上野発福島行き125列車(管理者注:後日訂正)は、
上野発車時点で、本来EF58のところをEF65−1000が牽引しました。
改正に伴う機関車運用の移行措置だったのでしょう。当時の高校鉄研でも話題となった珍事でした。


投稿者
投稿日 9月24日(土)21時24分10秒
タイトル 皆様へのお礼
たくさんのご意見ありがとうございます。大変参考になりました。


投稿者 スハニ3511
投稿日 9月25日(日)01時21分50秒
タイトル 遅ればせながら
PF牽引の品座なら実見してます&写真撮ってます。(でもスキャナー持ってなかったりします。)
伊豆急下田行きの臨客の設定を知り、いざ根府川へ!
61だったら嬉しいな、160だったら微妙だな、でももうゴハチそのものが貴重だし…
と思っていたら来たのがPF。落胆を通り越して「え? 今の何?」状態でした。
10月だったからなのでしょうが。
まあこれはこれで今となっては貴重な記録なのでしょうけど。

P.S.ED71 7号機の製造所ご存知の方いらっしゃいませんか?
手持ちの書物(F誌やP誌の手持ち分)&記録は可能な限りあたって見たのですが…。
もしご存知の方いらっしゃいましたら、お手数をお掛けいたしますが、ご教示戴けましたら幸いです。


投稿者 ア・ドン
投稿日 9月25日(日)05時15分2秒
タイトル ED71 7は。
電気機関車展望2の初版についてきた正誤表によれば1960年2月・日立製となっております。
この正誤表、重要なことが書いてあるのに現在出回っている分には付属していないそうです・・・なんともはや。

ちなみに船岡の37号機は1961年3月・日立製、マイクロのナンバー4号機も日立製(1960年1月)ですね。
(何か日立製ばかりだな。)
試作機や4・7号機あたりの初期製作ナンバーであればぎりぎりスロハ32・31あたりを普通列車で牽いてそうですが、
どんなものでしょうか?
では。



               
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