倶楽部メモ(253)
平成16年10月25日〜11月20日


投稿者 きむたお
投稿日 10月25日(月)22時28分18秒
タイトル Re:なんでTR23?
▼ 急行越前さん

標記の件、確かに少数派のTR34を選んでくれなかったのは、少々疑問に残るところであります。
まぁ、Assyでオハフ33のパーツを手配できるのは救いですが(^^;)

ところで、そのTR23のコロ軸受仕様の台車ですが、使い回しではありませんよ!
よく見ると、ブレーキシューのモールドが集電板より内側に表現されていることがおわかりいただけるかと思います。
また、外側のシューの補強のモールドも小さくなりシルエットが向上しています。



投稿者 急行越前
投稿日 10月26日(火)01時34分56秒
タイトル 国鉄客車編成表1980復刻の表紙
>103列車機関士さま

「国鉄客車編成表1980」復刻版、機関士さまのカキコを見て本屋に走りゲットいたしました。
このスレの住人の方がたが皆買いに行って売りきれたらどうしようかと不安でした。
情報ありがとうございます。
こんな本が復刻される時代になったのですね。

中身はこれからじっくり見てみますが、
表紙は津軽運用中の尾久のマニ36とオハネフ13の連結部ですね。
この本によるとこの時の尾久のマニ36はスロネ30改造車の2333か2337番しかいません。
またオハネフ13は10系の中でご承知のとおりの少数派です。
意図したのではないかもしれませんがこの車種の選択がまたマニアチックでたまりません。

>きむたおさま
すみません。現物を見たわけではないのでそこまでは気がつきませんでした。
KATOさんもがんばってますね。

でもやはりなんでTR23なんですかね?
戦後型でTR23をつけた車は何両くらいいたのでしょう?
最近のピク誌の特集号には確かに何両か(965、732、986)の写真がありますが。



投稿者 森井義博
投稿日 10月29日(金)09時13分46秒
タイトル カシ36の主発電機
古い書き込みへの返信みたいで申し訳ないのですが、7月12日(月)22時58分4秒の客車様の投稿に、
「1/30程度のマシ35の励磁機やカシ36の主発電機の外観図」というのがあります。
私はカシ36の冷房機の詳細を調べているのですが、なかなか資料が見つかりません。
客車様もしくはその他の方でもこのような資料をお持ちでしたら、コピーを見せていただくことはできませんでしょうか。
それが無理なら、資料の名前でも教えていただくことはできませんでしょうか。


投稿者 山電
投稿日 11月 5日(金)23時21分12秒
タイトル 明日、明後日は旧客が水戸へ里帰り・・・
皆様こんばんは。

明日、明後日は水郡線で旧客が運転されますね!
元水ミトを中心とした編成なのでさながら里帰りのような運転ですね。
ただ私は仕事なので行けないのが残念なのですが・・・(TT)
変わりに昨日、今日がお休みでしたので何とか回送を・・・
と考えたのですが家の用事やなんやかんやで都合が合わずこちらもボツ・・・

皆様の撮影・乗車・調査のご検討をお祈りしております。
ダイヤから見て行きの下りは撮影出来ますが、
返しの上りはこの時期、久慈川を挟んだ対岸の山陰が伸びてしまい線路が完全に陰になってしまったり
いろいろ難しいのが難点ですねから行きを撮って、大子でゆっくり資料写真を撮影して食事も済ませて、
帰りは乗車を楽しむのが良いかもしれませんね。

あ〜旧客に乗って旅したいです・・・
水郡線の旧客列車、JRさんには今回だけでなく来春辺りも是非運転して欲しいものです。


投稿者 スハ32
投稿日 11月 6日(土)18時47分31秒
タイトル (無題)
今回の旧客で元水ミトは、スハフ42 2173とオハ47ですね。
もっとも、水ミトの前は、北オクで夜行急行や常磐線長距離普通に
使用されていたので、首都圏の人にも縁のある車です。
今回は珍しく5両と比較的長編成での運転ですね。やはりオハニ36
とスハフ32が人気の様です。



投稿者 103列車機関士
投稿日 11月 6日(土)21時59分10秒
タイトル 大いなる旅路
みなさまお疲れ様です!
水郡線まではさすがにいけませんのでどなたかレポートを
おねがい頂きたいところです。5両なんて豪華だなあ

昨日友人の家で三國連太郎主演の「大いなる旅路」鑑賞しました
思わずあまりの格好よさに涙してしまいましたので
感想を書きたいと思います。
舞台が私の大好きな盛岡と言う事も手伝いました、
当時の生活や景色が良く出てきて車輌の様子(C5128がボックス動輪
だなんて・・・)も勉強になりますし、ストラクチャーの参考にもなりました、
また三國連太郎の台詞は思わずメモにとっておきたい物も沢山ありました
「一生を通してできる仕事を持つ事は男として幸せな事」
「男は女房、子供を持って始めて一人前になる」
思わず考えさせられてしまいました
なだれに突っ込み脱線転覆した9600(このシーンが一番凄かった
本物ですから)の機関士が自分のことより後続の列車の心配をして
殉職するシーンは泣けるとともに自分の勤労倫理を反省したりもしました
「あのころは不便だったけど今よりはちょっと幸せだった」
というある老人の言葉を思い出しました、とてもイイ映画でした
先日の12チャンの「新幹線を作った男達」も三國連太郎が出演して十河信二を
演じてましたねあれもまたいい話だったと思います。
明日は渥美清主演の喜劇急行列車でも・・・・



投稿者 為五郎
投稿日 11月 7日(日)18時55分3秒
タイトル 奥久慈レトロ号
初めて投稿させていただきます。
今日(11月7日)、奥久慈レトロ号に乗車しました。(常陸大子15:48→17:20水戸)
久々にスハフ42−2173に逢う事ができました。
実は、私が高校生時代に仙台からはるばる水戸まで走ってきた列車のなかのひとつなのです。
(列車番号は、忘れました・・・。確か、昭和59年頃・仙台発が13:11だったと思います。)
約、20年ぶりに乗ることができて、本当に嬉しかった。
水戸支社の車掌さんに感謝してしまいました。
ただ、残念だったのが蛍光灯が部分的に点灯していたことと、
トイレが洋式になったにもかかわらず、さっぱり洗浄水が出なかったのは減点でした。
(車掌さんには、要望として話しておきました。)
連れの年輩(60歳近い)も、大変喜んでくれました。(懐かしい!!と言っていました。)
これからも、大事にして欲しいなと思っています。


投稿者 ずん急ブクロ行
投稿日 11月 9日(火)23時53分54秒
タイトル 大いなる驀進
初めまして。
103列車機関士さんのカキコを見て、
同じシリーズの「大いなる驀進」を録画したビデオを引っ張り出して再生してみました。

カレチ役の三國さん、イケメンでした。主演の中村嘉津雄&佐久間良子を食っていたかも知れません。
あと、ハコ師役の花沢徳衛もなかなかイイ味出してました。

車両も若き20系初期型にゴハチ、山陽筋のC62、関門のエフトー、九州路のC59109や
長崎線運用当時のC6131、下関駅アナウンスでは関門連絡船の案内まで流れています。

常磐線や御殿場線でロケをしたようですね。
1灯シールドビームが全然似合わないC6219やD5270(72?)が出ていました。


投稿者
投稿日 11月14日(日)22時15分28秒
タイトル 奥久慈
こちらでははじめまして。

私も先週のレトロ奥久慈に乗りました。
後半はすっかり日も暮れ、夜汽車の雰囲気も味わえました。
撮影は難しいですけど、夜間走行も良いですね。
常磐筋の旧客と言うと、上野発仙台行き鈍行に乗った微かな
記憶があります。比較的遅くまで残ってましたね。

本日の八高線全通70年記念号はDD51のPPで、3両編成でした。
席取れなかったので、撮りで。


投稿者 103列車機関士
投稿日 11月15日(月)18時27分37秒
タイトル 八高線70周年記念号
皆様お疲れ様です。
私、「八高線70周年記念号」乗車してまいりました
2時間なんてすぐですね、いつもの景色を新鮮に感じました
かつての普通列車はこんな感じだったのでしょうか?
編成は
9232レ 八王子行き
▲  DD51 895  トイレの向き
1 スハフ32 2357 八
2  オハ47 2246 高
3  オハ47 2266 八
4 スハフ42 2173 高
▽  DD51  842
でした!スハフ42にはトイレがあるので
助かりました、
今度は青梅線ですね!
この秋は楽しくて仕方ありません!


投稿者 blitz
投稿日 11月15日(月)23時21分37秒
タイトル 直江津行き325レ
 はじめまして。今までここへたどり着かなかったのは不思議ですが、HP拝見させていただきました。
中・高校生と最後の雑客を追った世代としては、とてもなつかしくなりました。
 こんなところに書くのもナンですが、じつは探しているものがあります。
以前、持っていた『直江津行き325レ』という自主制作版のLPレコードです。
確か1975〜76年ぐらいのもので、ファン誌に載っていた個人制作者から通販で買った記憶があります。
横軽亡き現在、残念ながら私の手元にもないのですが、
もしお持ちの方がいらしたら、ぜひコンタクトをとりたいと思っています。
母親の故郷へ行くのに、新聞輸送のマニ37がついた信越筋の客レにはよく乗ったもので、
ことのほか思い入れがあるんです。
どなたか存じ上げる方がいらしたら、よろしくお願いいたします。

 お願いばかりではぶしつけなので、差し入れをば。
価値があるかどうかわかりませんが、21年前の記録です(苦笑)。

■1983.10.5 磐越西線2247レ(郡山→会津若松)
ED77 4(福)
ED77 901(福)
オハフ61 3044
オハ35 2905
オハ35 2041
オハフ61 2706(全車 仙コリ)


投稿者 こう
投稿日 11月19日(金)11時24分37秒
タイトル 旧はいいけど雑は可哀想
blitzさま>
ご質問の趣旨とは違うレスで誠に恐縮です。
またあげあしをとるようなつもりではありませんが・・
雑客というかき方・・現場を知っていた者としては違和感があります。
旧型・・20系以前の客車を総称して、こう呼ぶのには納得もできますが・・
客車には時代時代に応じた系列がきちんとあり、雑多な編成が組まれていたとしても、
それぞれは決して・・「雑」ではありませんので・・この呼び方だけ改めてやっていただけないでしょうか?
せめて旧型客車・・できれば、形式で・・もしくは鋼体化客車・軽量客車というふうに・・
系列で呼ぶことも(固定編成客車や50系を除き)現場ではありませんでしたが、
それは便宜上やむをえない気もしますが・・
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投稿者 竹中@ノーブルジョーカー
投稿日 11月20日(土)00時28分50秒
タイトル RE:旧はいいけど雑は可哀想
この件は、以前にも話題になったように思います。
「雑形客車」は称号規定に定められた公式の名称です。
明治43年に鉄道院はボギー客車の基本を定めましたが、これに沿って誕生したのがナハ12000系の木造客車ですね。
そして、これ以前に製造された客車(鉄道作業局の車や買収した日本鉄道・関西鉄道などの車)を雑形と分類し、
雑形2軸ボギー車には1から6999の番号が、雑形3軸ボギー車には7000から9999の番号が割り当てられました。
従いまして、オハ35やスハ43を雑形と呼ぶのは誤りです。
オハ35やスハ43を総称する正式な名称が存在しないことが混乱の原因ですが、
「こう」さんが言われるように「旧型客車」という表現が良いように思います。
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投稿者 Yokoyama
投稿日 11月20日(土)00時47分58秒
タイトル Re:旧はいいけど雑は可哀想
皆さま、こんにちは。
たいへんご無沙汰しております。久々に書込みさせていただきます。

私的には「雑形」という名称を使うことが可哀想かどうかは別にして意味が違ってきてしまうことがありますので
気をつけたいと思っています。

旧国鉄の車両は「車両称号規程」によって名称や形式が定められていることは皆さんご存知の通りですが、
その条文の中に「雑形」の意味がしっかりと定められています。
第5条の中に「「鋼製雑形」とは地方鉄道等からの引継ぎのもの、貨車から車種変更により客車になったもの等のように
鋼製客車の標準設計によっていないものをいい・・(省略)・・木製のうち・・「雑形」とは、
(車体幅)2,590ミリメートル未満の車両をいう。」とあります。

ちょっと堅苦しい話になってしまいましたが「国鉄」とは偉大なお役所であり、
細かなことまで定められていたことを知っていても損はないかと思います。
私も客車に興味を持つ以前は雑客と呼んでいましたが、それ以降は旧客にしています。
また、「型」ではなく「形」を使うことにこだわっています。
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