倶楽部メモ(240)
平成16年 6月19日〜 6月24日


投稿者 旧保津峡駅
投稿日 6月19日(土)22時38分46秒
タイトル オハ35系
皆様こんばんわ旧保津峡駅です。

また判らないことが出てきたので、書き込みに来ました。
題名のとうり、オハ35.52 256 549 709 736 738 919 
          1039 1112 1144
      オハフ33 165 297 2616
の塗装です。この客車は大体山陰口のもので、1978〜1981の間に廃車になって
ました。更新工事うけてないようですが・・もしご存知の方いらっしゃいましたら、度々
すいませんが、ご教授いただけたらと思います。
また重ねがさねすいませんが、80年代に私は一度しか目撃できなかったのですが、
EF81牽引14系臨時特急「雷鳥」とDD51牽引12系臨時急行「丹後」の編成に
ついても情報ご存知でしたら、ご教授ください。
宜しくお願いしますm(__)m



投稿者 尾羽根
投稿日 6月22日(火)11時22分37秒
タイトル オハ35系塗色
 はじめまして。
 旧保津峡駅様のご質問について判明分のみお答えします。
 オハ 35 549 青
      736 茶
      919 茶
      1112 茶
      1114 茶
です。(1979年当時)



投稿者 青列車
投稿日 6月22日(火)23時46分28秒
タイトル 【形式番号】なぜ30台から?
お邪魔します。千葉県佐倉市在住の青列車と申しますm(_ _)m
さて、最近気になる事がありまして、諸賢のお知恵を拝借致したくまかりこしましたm(_ _)m

昭和16年、国鉄(鉄道省)客車の大きな称号改正が行われました。
それまでの五桁ナンバーが形式記号+2桁数字+個体番号(例スハ33650→オハ35)になりました。
その2桁の数字は概ね次のようになっていると聞き及んでおります。

10   軽量客車(ナハ10、オハネ14等)
20   固定編成客車(ナハネ20、オハネ25等)
30〜50 一般型客車
60   鋼体化客車
70   戦災復旧車
80   和式客車
90   試作・事業用

昭和16年の時点では、少なくとも60代以降の区分けの概念はなかったかと思いますが、
しかし、同じくその当時構想もなかったであろう軽量客車、固定編成客車用の?10台、20台が使われず?
30台から使われているのですが、これは何故でしょう?

17メートル級も20メートル級も、オハ31もスハ32も、同じ30台に入っています。

自分なりに愚考してみるに…

オハ31やスハ32は、車体長こそ違うけどいずれも鋼製客車。
既に優等車には20メートル級は存在した当時、大きく区分けする対象として有り得そうなものは…?

(1)山陽線で発生した特急1列車の被災事故以来新製が中断されたとはいえ、
第二次大戦後までその劣った安全性(殊に車体剛性)が指摘され事実大事故の事例もありつつ
事業用車に到っては昭和30年代まで残っていた木造客車

(2)鉄道国有化で国鉄(鉄道省)に編入された各民営鉄道から引き継いだ「社型」「雑型」

もしかして?10台、20台はこれらの車輌に新しい形式記号を振るためだったのでしょうか?
(その割にはナハ22000の一党には、新記号が振られた様子は寡聞にして存じませんが…?)

そういえば、20系寝台車が登場する前に、オハ27、マハ29などという客車もいるにはいましたけど…
(まさか20代は優等車格下げ改造用だった?ってことはなさそうですが…)(^^);


閑話休題
RP誌今月も買いました。オロ35が載っていませんでした。
てっきりコヤツもオハ35の一党だと思っていましたがさては?スハ32グループのクルマだったのでしょうか?

(マシ35もスハニ35も載ってない…?って、コヤツらはスハ43系の仲間だから当然対象外)

形式番号だけで〜系とは簡単に括れないのが、旧世代客車の解り辛いところですが、
それは同時に嵌ってしまったら死んでも抜け出せなくなりそうな?興味深い世界でもありますね(爆)


投稿者 奥井淳司
投稿日 6月23日(水)12時52分34秒
タイトル Re:【形式番号】なぜ30台から?
青列車様

昭和16年の改正は鋼製車のみを整理したもので、29999までの木造
車は対象外だったため30台から番号がつくようになったようです。
木造車の「雑形、中形、大形」は昭和3年の改正で整理されました。
電車や貨車も同じで、番号が途中からはじまるのは、明治、大正の
古い車両が整理されないまま並べてあるような感じです。


車輌称号規定(昭和3年)

  宮廷用客車     1〜999
  2軸車        1〜6999
  3軸車      7000〜9999
  雑形2軸ボギー車   1〜6999
  雑形3軸ボギー車  7000〜9999
  中形2軸ボギー車 10000〜16999(明治43〜)
  中形3軸ボギー車 17000〜19999
  大形2軸ボギー車 20000〜26999(大正8〜)
  大形3軸ボギー車 27000〜29999
  鋼製2軸ボギー車 30000〜36999
  鋼製3軸ボギー車 37000〜39999
投稿者のホームページ


投稿者 こう
投稿日 6月23日(水)14時45分0秒
タイトル 形式といえば・・
客車の重量記号、コホナオスマカ、コ・・小型、ホ・・ボギー、ナ・・中型、オ・・大型、は分かります・・
というか、現場で聞きましたが、これ以上の、スマカ・この語源・・ス・・すごい、マ・・まいった、カ・・でかい、とか、
ご存知の方はございますでしょうか?
しかし、昔の鉄道マンはギャグのセンスもありますね。
電車でも、モ・・モーター、ク・・くっつく、サ・・さっぱり、面白いです。(僕だけかな?)
投稿者のホームページ



投稿者 客車
投稿日 6月23日(水)21時33分15秒
タイトル Re形式といえば・・
初めてカキコします
私が聞いた限りではこんなふうでした。

コ  これは大きい
ホ  ほんとに大きい
ナ  なかなか大きい
オ  おそろしく大きい
ス  すばらしく大きい
マ  まったく大きい
カ  かぎりなく大きい

これって本当なんですかね?。



投稿者 今泉
投稿日 6月23日(水)22時24分32秒
タイトル Re形式といえば・・
久しぶりに書き込みます。
私が聞いたのは...(^^;;)

コ  小形
ホ  ボギー
ナ  なんとなく重い
オ  重い
ス  すごく重い
マ  まったく重い
カ  かなり重い

どうも色々なところでバラエティが生じているようですね(^^;;)。
「大きい」と「重い」で大きく2種に別れるのかなぁ...


投稿者 旧保津峡駅
投稿日 6月23日(水)22時45分54秒
タイトル ありがとうございます
尾羽根様

79年の判明分助かりました、ありがとうございます。
引き続いてご存知の方いらっしゃいましたら情報お願いします。

 オハ35 52 256 709 738 1039 1102 1144
オハフ33 165 297 616
の最終カラーと
臨時「雷鳥」と臨時「丹後」の客車編成についてです。
宜しくお願いします。


投稿者 クモイ103
投稿日 6月23日(水)23時27分10秒
タイトル Re2:【形式番号】なぜ30台から?
 昭和16年の称号規程改正では、奥井様の言われる通り、鋼製客車には30以上の型式番号をつけるルールになっていました。
その後について若干補足を。
 昭和28年の称号規程改正では、鋼製客車の2桁型式番号に於いて、
末尾「7」が3軸ボギー車から取り上げられて2軸ボギー車に与えられた事が有名ですが、
このとき同時に、鋼製客車の型式番号として、新たに10台と20台が加えられました。
 その理由は、今後のさらなる形式の増加に対応するためでした。
ただ、それが実行されたもう一つの背景として、当時木製客車の淘汰が進み、
営業用からの撤退が秒読みに入っていたことがあると考えられます。
 その結果、青列車様のご指摘のように、かつては想像もされなかったであろう
軽量客車や固定編成客車の登場に対応できました。
さらになんと、平成時代になって「カシオペア」用のE26系客車にも、しっかり対応できているわけですね。
もうそろそろ限界かも知れませんが・・・


投稿者 Yokoyama
投稿日 6月24日(木)08時15分20秒
タイトル Re形式といえば・・
久しぶりに書き込みます。
私が聞いたのは...(エッ、もういい?)

コ  小形
ホ  ボギー
ナ  並形
オ  大形
ス  スチール
マ  マックス
カ  格別

真偽の程はわかりませぬ・・・
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投稿者 こう
投稿日 6月24日(木)12時07分27秒
タイトル 12系14系は・・
12系は6連が多かったように思います。
スハフ12、オハ12×4、オハフ13かスハフ12・・14系も6連でしょうか?
「あそ・くにさき」「雲仙・西海」も同じような編成だったと思いますが、スハフ14、オハ14×4、オハフ15・・
臨時列車はこれら波動用の客車をそのまま、あるいは2組つなげて使うことが多かったですね。
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投稿者 こう
投稿日 6月24日(木)12時08分52秒
タイトル 12系訂正
12系6連では片側は必ずオハフ13になっていたと思います。
投稿者のホームページ


投稿者 旧保津峡駅
投稿日 6月24日(木)22時00分34秒
タイトル どうなのかな…
こう様。情報ありがとうございます。

6連なのですか?では「雷鳥」もそうなのかな????
異様に長く感じたので「雷鳥」の方は12連だったかも知れませんね。
編成は大阪方に連結されていたのは、オハフ15なのスハフ14なのか・・。

かつて山陰方面京都口の12系各駅停車はたいてい電源積んでいるスハフ12が京都出るとき
に、DD51の次位だったから向きはそれでいいのかな?
どうなんでしょうね。


投稿者 青列車
投稿日 6月24日(木)23時33分15秒
タイトル ご教授有難う御座いました。
奥井様、クモイ103様
ご教授有難う御座います。なるほど、5桁ナンバー時点で鋼製客車は30000代の形式番号だったことに由来していたのですね。

それにしても…スハ33650がオハ35にと、重量区分が変ったのは何故だったのでしょう?
(他にもそのような例があったように思いますが…)

スハ43の後期製造車は、後に重量測定したら設定値より軽く仕上がってオハ46に変更されたクルマがゴロゴロいましたが
(広トマ在籍オハ46=タイプ2=のスハ43との違いがどうしてもわからなかったわけです(^^);元々同じ車種でしたから)
まさか?同じ理由ではないですよね?(^^);

お詫び
本来ならすぐにレスを返すべきでしたが通信ソフトのせいか?
この掲示板に書き込んでもいざ回線つなぐとその都度発言が消えてしまい書き込み出来ませんでした。
今回電話代高騰を覚悟でオンラインのまま書き込みました。乱文平にご容赦願いますm(_ _)m



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