倶楽部メモ(144)
平成14年 6月 9日〜 6月11日

投稿者 クモイ103
投稿日 6月 8日(土)09時34分28秒
タイトル オロハネ・マロネロ
本文

 オロハネ10は面白い車両ですね。
もしかして、最初の「中央デッキの合造車」ではないでしょうか?
 ナロハネ10として登場したのが昭和33年2月で、「こだま」用ビュフェ車モハシ21は
その8ヶ月後ですし、急行型のサハシ153は昭和36年です。
それ以前の合造車は、仕切部分に便所・洗面所などはあっても、
デッキはなかったように思いますが・・・(あったらごめんなさい)

 ところで、まろねふさん、マロネロ38が青塗り蛍光灯化されていたとのお話、興味津々です。
掲載誌がわかりましたらご教示願えませんか?


投稿者 まろねふ
投稿日 6月 8日(土)10時45分01秒
タイトル Re.マロネロ
本文

>クモイ103さん

おはようございます。昨夜はあの時間までクラブの競作の仕上げをしていました。
今日は今からその発表会で1泊で温泉につかりに行きます。
(クラブレイアウトを持ちこんでの大宴会です)

さて、話がそれましたが青塗りマロネロのお話ですが、これは鉄道ファンの総索引から
58の個人投稿で「Cロネ姿を消す」という小さな記事にあったと記憶します。
写真はモノクロ2カットで外観とツーリスト寝台室の車内写真があって
天井には蛍光灯があったと記憶します。
特定番号が記載してあったと思いますが、今は確認できません。
これら雑誌類は全て実家にありますので今度確認しておきます。

もし、鉄道ファンでなく鉄ピクでしたら少しお時間を下さい。
またバックナンバーと格闘しないといけませんので…(笑)


投稿者 クモイ103
投稿日 6月 8日(土)22時09分39秒
タイトル 青いマロネロ掲載誌
本文  まろねふさん、情報ありがとうございます。
私は交通博物館へ気軽に行ける環境ですので、掲載誌の番号さえわかれば、自分で調べます。
よろしくお願いしますm(_ _)m。


投稿者 マロネフ58
投稿日 6月 9日(日)02時09分27秒
タイトル お初にお目にかかります
本文

はじめまして。マロネフ58と申します。
こちらはしばらく前からのぞかせてもらっていましたが、
書込みすると泥沼にはまりそうだったので控えていました。
しかし、興味深い話題が続いて、客車好きとしてもう我慢出来なくなったので、
初めて書込みさせていただきます。
私は主に10系以前の一般型客車を好み、特に10系より前のイネ・ロネを特別に好んでます。
中でもHNのマロネフ58はマロネ40とともに、私の最も気に入っている形式です。
10系以前の一般型客車の現役時代の末期ですら実車を見たり乗ったりは
出来なかったのですが(当時は幼かったし、線路近くに住んでなかったので…)、
なぜか子供の頃からそのあたりの車両が好きでした。
そのため、私の中で強く残る客車の思い出は、臨時急行「あおもり」で
20系寝台に初めて乗車した事と、常磐線で運転された「レトロトレインときわ」で
時速100kmくらいで疾走するオハニ36に乗車出来たことくらいしかありません。
まったく、旧型客車の現役時代を知っている方々がうらやましいです。
ついつい駄文を並べてしまいましたが、今後ともよろしくお願いします。

>まろねふ様
私も6年くらい前に、知り合い宅で青いマロネロ38の記事を読んだのですが、
うかつにもその事を半分忘れてしまい、「マロネロ38?が青塗りになったという記事を
どこかで読んだような…」という悩みがここ数年頭の片隅にありました。
今回のまろねふ様の話で疑問が氷解しました。しかし写真まで掲載されているとは…。
優等寝台車好きとしては物凄く興味あることなので、私も何とかその雑誌掲載記事を
入手してみます(休みの関係で交通博物館で本見れないのは痛いですが)。
しかし青いマロネロ38…青いマシ29と並ぶ怪しい車両ですね…。


投稿者 まろねふ
投稿日 6月 9日(日)13時23分07秒
タイトル いいですねぇ、優等寝台車
本文

>マロネフ58さん

はじめまして。マロネフ58とは良い名前ですね(笑)
私は何となくと語呂で、マロネフ29が好きなんですよ。
ツーリスト型寝台って何だか立派そうな寝台がイメージされませんか?(笑)
私も優等寝台車は好きですよ。マロネフ29も去る事ながらマロネ49は私的には垂涎の的です。
私は客車なら優等車から戦災復旧車、国鉄から味噌汁軽便まで何でもOKです。
昨日からウチのクラブのイベントで久々に古の九州急行シリーズを持ってゆき、
一人で幸せに浸っておりました。
昭和30年代初めの九州急行を色々再現すべく車両が増殖中で
後は郵便と荷物車、食堂車だけとなりました。

青いマロネロもですが、マシ29(201だったかな?)もいいですねぇ。
ここの資料室にあった淡緑色のマシ29 107は参考になりました。
次に控える青大将「はと」号のついで版、「さくら」号の食堂車として作ってみようかと
キットを眺めています。
今後ともよろしくお願いします。

>クモイ103さん

私の記憶は間違っていなかったでしょうか…。


投稿者 D52 468
投稿日 6月 9日(日)16時38分36秒
タイトル 少し遅いけど青15号について
本文 GMの青15号について盛り上がっていましたが私はあの暗い青色も使い方によっては
有効に使えると思います。
たとえばウエザリングと併用して側面が煤けた感じを表現する。と言うふうにです。
ちなみに私は車輛塗装の色合いは 天候や光線の当たり方、最終検査からの経過日数などにより
色々な解釈ができるので模型の塗料は常に調色しています。


投稿者 クモイ103
投稿日 6月 9日(日)20時37分53秒
タイトル 青いマロネロの記事確認しました
本文 >まろねふさん
 今日、交博へ行き、ファン58号(1966−4)のくだんの記事を確認しました。
うっすら雪化粧したマロネロの外観のモノクロ写真がありました(車内の写真はありませんでした)。
重要な情報をご提供いただき、感謝いたします。さて、マロネロのキットはまだあったかな・・・っと。


投稿者 まろねふ
投稿日 6月 9日(日)22時45分42秒
タイトル Re.青いマロネロの…
本文

>クモイ103さん

車内の写真はありませんでしたか。
何で見たのでしょうか…鉄ピクの「マロネロ雑記」は青時代の事は記録がないでしょうし…
今度、実家でバックナンバーと格闘してみます。
マロネロのKITはNでもHOでKITがありましたね。私はHOでKITを組んでいます。
昨日の運転会で急行「西海」と称し、久々に走らせて一人でニヤニヤしていました。

ところで話はガラリと変わりますが、先日スハ57についてお聞きしましたが、
その元車スハ54についての疑問です。
スハ54には1〜と2xxxの2種類が存在しますが、後車はスロ43の格下車という事は判るのですが、
1〜は来歴はどのような物だったでしょうか。
何かを改番したという記事は見た覚えがあるのですが、いまいち理解できていません。
もしご存知でしたらご教示をお願いします。


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 6月10日(月)00時14分48秒
タイトル スハ54について
本文 まろねふ様
格下車については、いろいろと謎が多いですよね。
スハ54の1〜と2xxxについてですが、2xxxは元スロ43で7両ありましたが、
1〜は1だけで1両のみの存在です。
車歴は
スロ31023
スロ33 24 1941年改番
スハ51 24 1964年3月格下げ(ちなみにこのスハ51も2両のみの存在) 
スハ54 1 1965年3月改番? 1966年6月廃車
となっています。
この1両と元スロ43の7両がなぜ同じスハ54となったかはわからないので、
どなたかフォローお願いできないでしょうか?


投稿者 まろねふ
投稿日 6月10日(月)20時15分12秒
タイトル ご教示ありがとうございました
本文

>車掌@仙コリさん

早速のご教示ありがとうございます。
スロ33の格下車スハ51とは以外でした。
しかし、形は勿論の事、車内設備も異なる車両が同一形式にとなると謎が深まるばかりです。
スハ51は6と24の2両が在籍していましたね。
6は後にオハネ17 2210に改造されましたが如何して24が残りスハ54に改番されたのでしょうか。

例えば形式に重複又は類似したものがいたとか…。
スハ51とオハ51(元オロ41)が同一線区で運用されていて現場で混乱が生じたとか。
いずれにせよ謎が深まるばかりです。

鉄道ファンの古い号に格下2等車の記事が幾つかあったと思いますが、
これにヒントがありそうですが、これも帰省時の宿題ですね。

いっそのこと、スハ51が2両ともオハネ17に改造されていたらこんなに悩まなくて済んだのに…
と、思うのは私だけでしょうか(笑) でも、これが客車の楽しい所なんですよね。


投稿者 マロネフ58
投稿日 6月10日(月)21時49分16秒
タイトル 優等寝台車
本文 >まろねふ様
こちらこそよろしくお願いします。
…マロネフ29ですか。もちろん私も好きです。
「あさかぜ」のイメージが強いですが個人的には「おいらせ」に付いてた
旧マロネフ37500のやつも好きです。
ツーリスト型寝台…寝心地はプルマンよりいいかもしれません(寝台が一体で継ぎ目がないので。
幅は狭いですが)が…昼間(長手座席)はちょっと…。私ならロザに逃げます(笑)。
プルマンみたいに派手な寝台転換がないので、なんとなく優雅だとは思いますが…。
マロネ49…冷房取付した3両が特に好きです。
これが入った「彗星」と「十和田」はいずれ模型化したいですが…いつの日になるやら…(Nですが)。
古の九州急行…昭和30年代はじめだとロネ2両連結の列車が多くていいですね。
編成中の車種も非常に豊富ですし。
個人的にはマロネ48とオロ42が編成に入ってる昭和33年頃の「筑紫」が、
編成に変化があって特に燃えます。
しかし…好きな形式や列車をあげると本当にきりがないです…。


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 6月10日(月)22時56分59秒
タイトル スハ54について2
本文

手持ちの資料を探したのですが、格下げ車について詳しく解説してある資料は見つけ
られなかったので、車歴から20m級1等車(旧2等車)格下げの歴史を推測すると

昭和38年3月 1・2等合造車スロハ31を格下げ→スハ50
          (後にスロハ32もスハ50に)

昭和39年3月 1等車の格下げ形式割り振り
  二重屋根・重量区分ス級・固定座席・定員64名(スロ33)→スハ51
  重量区分ス級・転換座席・定員60名(スロ34)→スハ52
  重量区分オ級・転換座席・定員64名(オロ35・オロ42)→オハ53
  重量区分ス級・転換座席・定員64名(スロ43)→スハ54
  重量区分オ級・固定座席・定員64名(オロ36・オロ40)→オハ55
 緩急車
  二重屋根・重量区分ス級・固定座席・定員60名(スロフ30)→スハフ50
  二重屋根・重量区分ス級・転換座席・定員60名(スロフ31)→スハフ51
  重量区分オ級・転換座席・定員60名(オロフ32)→オハフ52
  重量区分オ級・固定座席・定員56名(オロフ33)→オハフ53

昭和40年3月
  重量区分オ級・転換座席・定員60名(オロ41)→オハ51

この時点が問題で、定員が同じ60名のスハ52と続き番号とするため51を割り振り
重量違い同番号は付けない原則なので、この時点で1両しかなかったスハ51を改番
することになったのだと考えられるのですが、なぜか重量区分と定員は同じものの、
屋根・座席の違うスハ54に改番されてしまったようです。

この時点で56はスハ32の台車交換車に割り振られていたものの57はあいていた
のですが?・・・1両だけであったのが原因で新形式はあたえられなかったのか?

また、全く逆でスハ51が1両だけであったため、重量区分と定員が同じスハ54に
編入し、あいた51にオハ51を割り振ったと考える方が自然か・・・?

すべて私の推測で申し訳ありませんが、どなたか格下げ車の詳しい事情をお知りの方、
いらっしゃらないでしょうか?


投稿者 伊藤@JNR.site
投稿日 6月11日(火)00時00分37秒
タイトル スハ54について3
本文

 皆さん、こんにちは。

>まろねふさん、車掌@仙コリさん、

> 鉄道ファンの古い号に格下2等車の記事が幾つかあったと思いますが、
これにヒントがありそうですが、

 鉄道ファンの1965年5月号の「オハ41・スロハ32形式 2等車に格下げ」という記事に
そのときの改番の解説が書かれています。
車掌@仙コリさんが予想されている通り、オロ41形を格下げするに当たり
形式に空きが少ないため、オハ51形に格下げ車を割り振るに当たって、
同一番号であり1形式1両というもったいない形式「スハ51形(スハ51 24 ← スロ33 24)」を
重量区分と定員が同じ「スハ54形(スハ54 1)」に改番したとのことです。
そのときすでに存在していたスハ54形は旧スロ43形(←オロ35形)でしたが、
客車を運用する際に重要なのは重量区分と定員なので、その辺には目をつむったのでしょう。

 私も格下げ車については余り詳しくないので少しずつ勉強しています。
そのうちスッキリ整理できたら、弊サイトにて系譜を掲載したいと思っていますが、
いつのことになることやら、、、

投稿者のホームページ


投稿者 今泉
投稿日 6月11日(火)01時38分04秒
タイトル 禁断の...
本文 割り込みですみません。
うむむ、格下げ車は(も)奥が深過ぎますよねぇ(しみじみ)。
一部(オハ55とか)は通勤形改造の一群と重なってて、もう何がなんだか...
笑うしかないです、はぃ。



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