倶楽部メモ(142)
平成14年 6月 4日〜 6月 5日

投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 6月 4日(火)00時09分51秒
タイトル RE:食堂車の変遷/「はつかり」サボ
本文

クモイ103様執筆の「食堂車の変遷」ですが、大キト様のHPのBBSに連載していた際に
少し拝見していたのですが、連載が完結してからじっくりと拝見しようと考えているうちに、
初期の書き込みがBBS記録件数を超えてしまったようで、「クモイ103教授の資料館」の
開館を心待ちにしていました。
ここまでの資料を作り上げたクモイ103様に敬意を表すると共に、掲載する場所を提供して
いただいた大キト様に私からも感謝申し上げます。
わたくし残念ながら年代的に一般型食堂車には縁がなく、食堂車の経験は「富士」のオシ24
「ひばり」のサシ481だけなのですが、食堂車の歴史をじっくり勉強させていただきたいと
思います。

「はつかり」の大型サボの件ですが、年代が年代なだけにのカラー写真があまり残っていない
のが難点ですよね。
ピクトリアル誌のほかに鉄道ファン誌の上野駅や東北本線の特集号にも、似たような斜め後方
からの写真が掲載されていますが、帯の色との対比からすると白で間違いないかと思います。

PS.オハフ33 630の配置ですが、手元の資料を調べてみますと昭和40年頃より廃車になる
  昭和56年度まで、ずっと下関の配置であったようです。


投稿者 BONZO
投稿日 6月 4日(火)01時28分31秒
タイトル はじめまして
本文

はじめまして。BONZOと申します。
旧型客車の話題が多いこの掲示板に相応しい
話題かどうかわかりませんが…質問させて頂きます。
24系寝台客車の食堂車についてです。
オシ24の場合、新造車とオシ14からの改造車が存在します。
両者に、外見上の形態的な相違点は有るのでしょうか。

ご存知の方いらっしゃいましたら、お教え頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。


投稿者 まろねふ
投稿日 6月 4日(火)17時59分13秒
タイトル オハフ33−630
本文

クモイ103さん、はじめまして。
さて、オハフ33−630についてですが、車掌@仙コリさんのおっしゃる通りで初配置が広島区、
後に下関区に転属し昭和56年に廃車となるまで下関で過ごしました。
下関区では急行列車の下関回転車に使用されていたようで、クモイさんのおっしゃる霧島号や
西海・雲仙号に連結された記録があります。
昭和40年代になりますと寝台急行音戸号の広島〜下関間に増結された自由席車に
使用されていたようです。
この自由席車は市販時刻表には掲載されていない地元民だけが知っている車両であったようです。
この姿は”十人十色”という本に写真が掲載されています。
昭和50年代に入りますと急行列車の廃止で山陰ローカル運用に終始する事となり、
下関口で主に使用されていました。
手元の広鉄局運用表によりますと昭和55年現在で広51運用(門司〜浜田)、
広付51運用(門司〜小串〜長門市)のみの使用で、これが最後の運用であったと思います。
この広51で運用中に件の不通が発生し山陰東部まで変運用として運行されたようです。
さて、模型的には外観は写真で判断できるとしまして、内装は淡緑色で
車内放送装置は仕切部ではなく客室天井に複数個付いておりました。
私の乗った限りでは米鉄局車に同様の内装はスハ43の一部(408…?)でしか見られなかったと
記憶しております。

この様なことでよろしいでしょうか。
自分でも思いますが小学生時代の記憶がある事と、一体汽車に乗って何を見ていたのでしょうか…
怪しいお子様だったのでしょうか(笑)

BONZOさま、はじめまして。
オシ14とオシ24−100台の外観の相違はないと思いますよ。
これは制御回路の相違だけであったと思いますが…。

以上、長々と失礼しました。


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 6月 4日(火)18時31分12秒
タイトル オシ24について
本文 BONZO様
オシ24の新造車とオシ14からの改造車の相違点についてですが、オシ24とオシ14の
違いは、防火対策と引き通し線の変更だけのはずなので、外観上の違いはないものと思われ
ます。(手持ちの図面を見比べても違いは発見できませんでした。)
しいてあげれば、上記の防火対策と引き通し線の関係で、床下機器が多少違う可能性があり
ますが、これもオシ24に改造された際に、ほぼ同じとなっているのではないでしょうか。


投稿者 大宮工房
投稿日 6月 4日(火)19時08分39秒
タイトル 北海道のオハネフ12
本文 突然の話題で失礼いたします。
ただいまNで北海道の10系寝台を作っていまして、疑問が生じたのでわかる方に
教えていただければと思います。
私は特定番号の車を作る癖があるのですが、客車は断片的な資料しかないですよね。
ただいまオハネフ12-500を作るにあたって、いい写真はないかと本をめくったところ、
NEKOの「JNRの車輛たち」に晩年のオハネフ12509らしきディティールが出ていました。
ところがこれは便所窓が昔の大きいままのようなのです。
あと、床下にディーゼル発電機がないように見えます。
このような変形車がオハネフ12には存在するのですか?
この種の変形車のナンバーが解るような資料はないでしょうか?(たぶんないですよね)
投稿者のホームページ


投稿者 まろねふ
投稿日 6月 4日(火)20時59分08秒
タイトル Re.北海道のオハネフ12
本文

大宮工房さん、はじめまして。
これは、現役時代と仮定して撮影時期が冷房未使用時期に撮影されたのではないでしょうか。
つまり発電エンジンは冷房以外に使用することは無く、修繕等の理由により取り外し、
運用に差し支えない為に次の使用時期までそのままであったと想像できますが…。
前に国鉄の客車検修をされていた方に、「昔は車軸発電機を外したまま走らせた車両がいた」と、
聞いた事があります。
これは、つまり編成単位で考えて引き通し線が通っていますので
前後の車両の発電機から電気を賄っていたそうです。
レイルロードの客車サイドビューの幾つかの写真に車軸発電機がついていないのはその為です。
そのような事から発電機を外したままでいたと考えられるのでしょうか。

トイレ窓は原型窓の事を言っておられるのでしょう。
これは体質改善工事又は近代化改造工事の項目から外された為に
そのままの状態でいたのでしょう。
同様のことはオハネ12にも見うけられます。
例えば鉄P誌670の10系特集のP25の急行”だいせん”の写真にオハネ12の原型窓車がいます。
この手の資料は一般には無いと思いますが。

オハネフ12の外観の差異は0台と500台の乗務員室の扇風機ドームの有無と、
元ナハネ10−91以降の妻板のリブの有無くらいではないでしょうか。

私も模型(HO)で同じような事で悩んだ事があります。
知り合いの模型店主曰く「模型作りは資料集めから」だそうですよ。
それで未だに作れない車両が山積みになっています(笑)


投稿者 クモイ103
投稿日 6月 4日(火)21時42分51秒
タイトル いろいろレス
本文

 車掌@仙コリさん、食堂車に関する拙作をご覧頂き光栄です。
また、「はつかり」サボの件ありがとうございます。喉のつかえがとれました(^^)。

 まろねふさん、オハフ33 630の貴重なお話、ありがとうございます。
「音戸」の広島〜下関間増結車ですか。そういえばどこかで、その様な増結車の話を聞いたような・・・
でもそれがオハフ33 630だったとは、因果は巡る糸車(謎)。
 それにしても、小学生時代に「内装は淡緑色で車内放送装置は・・・」
という事まで観察されているとは、十分怪しいです。恐れ入りました(笑)。

 大宮工房さん、まいどです。またいつか津田沼でお目にかかりましょう(^^)/。


投稿者 キサハ34
投稿日 6月 4日(火)21時52分01秒
タイトル オシ24の外観
本文

これは以前に調べたことがあるのですが、基本的に、オシ14 0とオシ24 100は同じですが、
オシ24 0は外観上異なる点があります。
それは、車端部の手すりで、オシ24 0は側面からしか握れませんが、
オシ14、24 100は妻面からも握れるようになっており、長さも長いです。

#Nゲージですと、Tomixのオシ24がオシ14の金型の流用で、金帯のほうの製品が
実物の700番台が0番代の改造車である為ここで実物と異なることとなっています。
まぁ、編成にしてしまえば目立たないところなんですけど・・・。
あえて突っ込んで見ました。失礼しますm(__)m


投稿者 BONZO
投稿日 6月 5日(水)01時52分48秒
タイトル ご教授感謝致します。
本文

車掌@仙コリ様
態々図面まで頂きありがとうございました。
子供の頃見たブルートレインの本で、
オシ14とオシ24の室内の写真が乗っていたのを覚えております。
オシ24が一般的なアルミ製ドアだったのに対して、オシ14が
アクリル製のスモークがかったドアだったような…おぼろげな記憶です。
子供にも非常に判りやすい「防火対策」の実例でした。
ありがとうございました。

キサハ34様
詳細なご教授感謝致します。
Nゲージの事をお話頂きましたが、実は、今回の質問、「Nゲージ」絡みなんです…
TOMIXで今後発売が予定されている24系24型の「オシ」に関して、友人が
「オシは100番代の金型流用なんじゃないの?」と言い出したのがきっかけです。
そこで、僕の中に0番代と100番台で、「流用」と言う言葉が出る位、形態が違う物
なのか?という疑問が沸き質問させて頂きました。ありがとうございました。


投稿者 さくら号
投稿日 6月 5日(水)20時34分33秒
タイトル なぜナハフ21?御教示ください
本文 昭和30年代中頃?の東京駅14番線,15番線に並ぶ151系つばめと20系さくらの写真が
JR列車リバイバル傑作編「特急・夜行編」に掲載されていますがなぜ,20系さくらの最後部が
ナハフ20でなくてナハフ21なのか御教示下さい。
他の雑誌でも最後部がナハフ21のさくらの写真をみたことがあります。


投稿者 D52 468
投稿日 6月 5日(水)21時46分46秒
タイトル さくらのナハフ21
本文 さくらの最後尾にナハフ21が連結されていた理由として一番に考えられるのは検査の都合上
ではないのでしょうか。
つまり20を検査するので代わりに21を組み込んだ。という可能性です。
これと同様と思われる例としてははくつるやゆうづるにカニ22(しかもパンタつき)がありました。
まぁ、私の勝手な憶測ではありますが。


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 6月 5日(水)22時26分14秒
タイトル RE:なぜナハフ21
本文 さくら号様
その20系「さくら」の写真は見たことがないのですが、通常であれば予備車があったはず
なので、なぜ「さくら」の最後部がナハフ20ではなくナハフ21なのか、という可能性で
一番高いのは、昭和36年12月29日に起こった「さくら」と準急「あきよし」の追突事故
の影響ではないでしょうか?
この事故で「さくら」1編成がほとんど破損してしまい、一般型客車との混結といった事態も
発生しているので、この際にナハフ20が不足したという事ではないでしょうか?
あくまでも推測ですが。


投稿者 D52 468
投稿日 6月 5日(水)23時33分45秒
タイトル 車掌@仙コリ様
本文 ナハフ21テールのさくらは鉄道ファン93-12月号の20系客車特集にも写真が掲載されていますので
手元にございましたらご覧下さい。



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