倶楽部メモ(127)
平成14年 2月26日〜 3月 9日

投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 2月26日(火)22時24分54秒
タイトル RE:スロハフ2種
本文

スロハフ30とスロハフ31ですが、残念ながらまったく別の車両です。
(見た目は窓割の違いくらい?ですが・・・)
スロハフ30は元々ロハフとして製造された車両(スロハフ31700〜31712・31750〜31752)ですが、
スロハフ31のほうは、元々は皇族・高官等の貸切車として作られたスイロフ30(製造時はスイロフ30550・30551)で
スロフ34を経て、元1等室を3等室に改造した車両です。よって窓割がかなり違います。
ちなみにスロハフ30の14〜16のみがシングルルーフで、他はダブルルーフです。

マイ38については、103列車機関士さんのおっしゃる東海道というのは、東北本線等に対する東海道筋?という事ですよね?
鉄ちゃんさんの書き込みにあるピク誌514号は持っていないのですが、大型タンカー進水式の招待客輸送用等の運用として
東京−尾道間に3回ほど(うち1回はマロ39時)運転されているようです。
編成はロネ数両+シ+マイ38+展望車(またはマイフ97)だったようです。


投稿者 103列車機関士
投稿日 2月27日(水)20時55分56秒
タイトル ありがとうございます
本文 車掌様ありがとうございます。
そうですか、それでは、スロハフ31のキットの登場をまちましょう、
すみません、東海道筋という意味です、


投稿者 熊トカゲ
投稿日 3月 5日(火)00時10分55秒
タイトル 川崎のスハ
本文 はじめて書き込みします。宜しくお願いします。
さて高校生のころ川崎の抑留線に長く止まっていたブルーのスハ43はあの当時、何処の所属だったのでしょうか。
横浜でSLに牽引されたあと記憶から消えてしまいましたが・・
南シナですかね。 
運良くくじ引きで横浜SL乗車券が当たり、山下公園をすぎ赤レンガまで乗車できた事が懐かしいです。


投稿者 ちゃぼ
投稿日 3月 5日(火)00時30分59秒
タイトル カシオペアに乗るぞ!
本文 はじめまして
最近、寝台列車にはまっています。
初寝台デビューということで子供と2人でカシオペアに乗ってきます。
運良くメゾネットタイプが取れました。
親子共々とっても楽しみにしています。
次は中国方面に行きたいなと思ってます。


投稿者 急行音戸
投稿日 3月 5日(火)23時30分46秒
タイトル 快速コバルトブルー
本文 こんばんわ、急行音戸です。久々のカキコです。
4月から6月までの土、日、祭日に東萩ー下関間で『快速コバルトブルー』号が運転されます。
客車は『シーサイドライナーきのくに』使用で
長門市駅での宣伝では、12、14系客車使用とありました。
以前14系による海水浴臨『北浦ビーチ号』以来の客車使用快速です。
キハ28を使用した快速は近年運転されてましたが客レは久々です。
スジは、東萩 8:45−下関11:22 14:29−16:50です。
牽引機は判りませんでしたが、工臨など下関のDE10が使われているので
おそらく同機が使われるのではないでしょうか?詳しい話が判らずすみません。
もしこちらにお越しの祭は乗車されてはいかがでしょうか?
ちなみに運賃+指定席券(全席指定」のため)が必用です。
できれば後藤のDDが牽くといいのですが・・どなたかご存知であればご教授ください。


投稿者 ちゃぼ
投稿日 3月 6日(水)00時49分35秒
タイトル (無題)
本文 こんばんわ質問です。広島から乗れる東京行きの寝台列車はありますか?
教えて下さい。


投稿者 Satokawa
投稿日 3月 6日(水)09時25分33秒
タイトル JREの14系ハザ
本文

皆さん、こんにちは。

既にプレス発表等でご存じの方もいらっしゃると思いますが、
東日本の14系ハザが今月いっぱいで旅客営業を終えます。
これを記念したさよなら列車が下記の通り運転される模様です。

3月28日(木) 品川〜伊東 往復 団体臨時として
3月30日(土) 上野〜黒磯 往復 団体臨時として

牽引機はゴハチロクイチの登板も予告されているようです。
私は昔、銀河51号でイヤって言うほど乗ったので、パスです。
大阪から品川まで14系ハザのガッチャンコ簡リクは辛い物が
ありました。ロクイチ牽引の銀河51号にも乗ったことがあります。

ではでは。


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 3月 6日(水)12時35分32秒
タイトル 広島から乗れる東京行きの寝台列車
本文

ちゃぼ様
広島乗車に限定しますと、該当するのは「あさかぜ」・「富士」・「はやぶさ・さくら」
の3列車になります。
各列車の時刻は
 「あさかぜ」     広島発20:00 東京着 7:33
 「富士」       広島発22:37 東京着 9:58
 「はやぶさ・さくら」 広島発 0:10 東京着11:33

となります。
時刻的には「あさかぜ」が一番利用しやすいかと思いますが、個室を利用される場合
「あさかぜ」にだけ個室B寝台がありませんのでご注意を。
(個室A寝台は全列車にあります。ただし全列車とも個室は1人用のみです。)

また、岡山から「サンライズ瀬戸・出雲」の利用も考えられると思います。
 「サンライズ瀬戸・出雲」 岡山発22:29 東京着7:08
乗車日によっては臨時列車の「サンライズゆめ」が運転されるときがありますので、
最新の時刻表でご確認ください。(サンライズには2人用個室もあります。)
 「サンライズゆめ」 広島発18:59 東京着 6:27
各列車について詳しくは当ホームページの夜行列車資料館等を参考にして下さい。

また、「カシオペア」に乗車なされるとの事、うらやましい限りです。
私としても乗車してみたい列車の筆頭なのですが、なかなか乗る機会が・・・
ぜひ後日談などお聞かせください.


投稿者 さくら号
投稿日 3月 6日(水)18時34分56秒
タイトル 寝台特急さくら号
本文 先月東京出張があり往復寝台特急「さくら」を利用しました。
職場の同僚には「東京まで寝台で?」と物好き扱いされてしまいました。
しかし,私は時間にゆとりがあったので18時間余の至福の時間をもつことができました。
今では個人主義のご時世の中,相席のサラリーマンとビール片手に語りあったり,
デジカメで写真撮りまくったり,およそ四十半ばのおじさんのする事ではありませんが
楽しい夜行の旅でした。
ただ,20系の時代から14系まで,ブルートレイン全盛期も知っているので
食堂車ない,客が少ない,など寂しく感じたのは事実です。


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 3月 6日(水)18時51分10秒
タイトル RE:川崎のスハ
本文

熊トカゲ様

川崎の抑留線に止まっていたスハ43系列の車両、及び横浜のSL(昭和55年の横浜港開港120周年記念列車の事ですよね)
については、私自身は詳しいことはわからないのですが、昨年8月頃(倶楽部メモ99あたり)少しだけ話題になりまして、
横浜のSLに使用された客車=川崎留置客車=南シナ配置とみてよさそうです。(確実かどうかは?ですが・・・)
いつ頃から川崎に留置されていたのかわからないのですが、
昭和50年代の南シナ配置の旧型客車(スハ43系列座席車)を調べてみますと
昭和50年度末  スハ43−25両、オハ46−10両、スハフ42− 9両
昭和55年度当初 スハ43− 3両、オハ46− 8両、スハフ42− 4両
昭和57年度当初 スハ43− 0両、オハ46− 5両、スハフ42− 4両
昭和58年度当初 スハ43− 0両、オハ46− 1両、スハフ42− 0両

となっております。
その間に、一部の車両は他区(水ミト・仙セン・盛モカ 等)への転属やスユニ50・スヤ42への改造種車となりましたが、
ほとんどの車両は南シナを最終配置として廃車となり、南シナの旧型客車は姿を消しています。
PS.横浜SLの客車や川崎留置の客車の番号がわかれば確認が取れるのですが、
  どなたか記録をお持ちの方はいらっしゃらないでしょうか?


投稿者 熊トカゲ
投稿日 3月 7日(木)21時18分22秒
タイトル 少し思い出しました
本文

車掌様

有難う御座いました。
55年当時結構な数のスハがいたんですね。 川崎には8両ぐらいはあったかな。
過去レスで たてしな など中央線でも臨客で活躍してたんですね
筑波エキスポの多客臨でも使った様な記憶がありますが、あれは水ミトかな?
では。


投稿者 HT
投稿日 3月 8日(金)11時19分51秒
タイトル 水槽について
本文 旧客で、客車の天井裏にトイレ、洗面用水の「水槽」がついているのが有りますが、
天井裏の構造や、給水方法はどうなっていたのでしょうか?
ご教示ください。


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 3月 8日(金)19時46分14秒
タイトル RE:水槽について
本文

水槽(水タンク)についての質問ですが、私もあまり詳しくはわからないのですが・・・
まず客車(鋼製旧型客車)の水タンクには天井設置式と床下吊り下げ式がありまして
一般的には床下吊り下げ式が多く、天井設置式は少数派となると思います。(特に戦後)

天井裏の構造についてですが、旧型客車特有の高い天井(車内)をみればわかるとおり、
客席部分については一般家屋でいう屋根裏のような部分はほとんどありません。
そこで水タンクはどこについているかというと、洗面所及び洗面所前通路上部の屋根裏
になります。(2重屋根車の場合は、やはり洗面所あたりの2重屋根部分)
この設置場所が限られる問題により小型のタンクしか設置できないため、構造は複雑に
なるものの床下吊り下げのタンクが多くなりました。(それだけではありませんが・・)
ちなみに天井に水タンクがあったオハ60では、亜鉛引鋼板製の450リットルのものが
使用されましたが、一般的な床下タンクは1000リットル前後の容量があったようです。

水タンクへの給水方法ですが、蒸気機関車のように上部から給水するのではなく、
床下の給水口より水道管の水圧のみによって屋根上のタンクに給水します。
この給水管が2本ありまして、タンク内の上の方(タンクの天井ではありません)
に吐き出し口があるため、満水になると給水している管と違うほうの給水口から
水が出てきて、満水となった事がわかる構造になっていました。
(満水以外のタンク内の水の量がわからず、これも欠点)
私がわかる範囲はこの程度ですので、より詳しい方のフォローを期待いたします。


投稿者 急行越前
投稿日 3月 9日(土)01時38分18秒
タイトル 川崎留置
本文

車掌@仙コリさま、熊トカゲさま

急行越前と申します

1982年12月8日に私が川崎で撮影した写真があります
それによると

スハフ422092 北オク
スハフ422262  同
オ ハ462678  同

の3両が写っています。
このときの留置車は多分6〜8両だったとおもいますが、
プリントしてあるのはこれだけであす。
しかも、オク車ですね。
シナ車だという記憶だったのですが...。

ちなみにこの中のオハ462678の妻面には
オハネフ12のようなリブがついています。

とりとめのないレスになってしまいすみませんでした。


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