倶楽部メモ(109)
平成13年 9月15日〜 9月18日

投稿者 クモイ103
投稿日 9月15日(土)01時55分06秒
タイトル ぶどう色1号の件
本文

JINさん、こんにちは。(ひょっとして「な」のつく掲示板に登場なさっていた方ですか?)

> ぶどう色1号はどのメーカーから発売されるんでしょう?

 Nゲージの車体関係のパーツを発売している「モリタ」からですが、
あのRMMで有名な野々村宏氏が裏で糸を引いている(笑)ようです。
今月発売の雑誌に載るだろうと思います。


投稿者 クモイ103
投稿日 9月15日(土)09時23分16秒
タイトル 10系郵便車の塗色について
本文

車掌さんのお許しとはいえ、連続投稿ちょっと気が引けますがご容赦下さい。

 青列車さん、10系客車の塗色についてご教示ありがとうございます。
(昨夜は出張疲れで、他のレスは書いたのに、この件のお礼を書き落としてしまい、失礼しました。)
 私は1961年生まれです。よろしくお願いします(^^)/。

> (同じ10系一族でも、郵便車オユ10、オユ12などは比較的遅くまで
> ぶどう色2号で残っていたようですが…
あんまり記憶にないです(^^);
北海道のC62重連末期の写真には、茶塗りのオユ12も見られるのですが…)

 国鉄の塗色規程の変遷を調べたことがありますので、その観点からわかる事をご紹介します。
 昭和39(1964)年9月26日の改正で、近代化改造された客車の青15号化が定められましたが、
この時は旅客車のみで、郵便車・荷物車・事業用車などは対象外でした。
その後の改正で、いくつか非旅客用車が加わりましたが(近代化改造とは関係ないと思います)、
10系郵便車が登場したのは昭和44年9月20日の改正です。
 塗色規程については、皆さんご存知(?)の通り、実際には守られないケースが
けっこう存在しました(青いマシ29、オハニ36、マニ36など)。
ただ、少なくとも公式には、10系郵便車の青塗装が登場したのは、等級制廃止に対応した
上記改正時であり、旅客車より5年あとという事になります。

 ちなみに、この間の改正で、新たに青塗装が指定された非旅客車は次の通りです。
・昭和41年3月15日改正(施行は4月1日から)・・・試験車マヤ34、マヤ38、スヤ32、スヤ71、オヤ36
・昭和42年12月19日改正・・・オヤ31・マヤ40・コヤ90以外の全試験車と荷物車マニ37
・昭和43年8月15日改正・・・荷物車スニ40
 なお、「ステンレス鋼、軽合金等を使用して製作された車両は、必要に応じ、(中略)車体外部の
塗装を省略することができる。」との条文がありますので、スニ40の側面が無塗装なのは
規程に従っています。
なお、単なる推測ですが、マニ37、スニ40あたりは、当初から青で登場して
規程が後追いしたのでは?
という感じがします(調べたわけではありませんが)。

> ところで、10系客車といえば、車内は当初、寒色系だったのではないでしょうか(淡緑色)?
晩年に実車に乗ったときには、暖色系(クリーム色)だったのですが…

 これは私はわかりません。どなたか詳しい方、お願いします。m(_ _)m


投稿者 オユ11
投稿日 9月15日(土)14時14分02秒
タイトル Re:ナハ10試作車の塗装
本文

ご無沙汰しています。なつかしい話題なので。

>ところで、10系客車といえば、車内は当初、寒色系だったのではないでしょうか(淡緑色)?
>晩年に実車に乗ったときには、暖色系(クリーム色)だったのですが…

かろうじてナハ10の初期の記憶がありますが、確かに座席車の内装は緑系でした。
昭和37年ごろに上野駅で見ました。この内装の色は淡緑1号ではないかと思います。
座席のモケットもそれまでの旧型客車の色に比べちょっと明るい感じの緑系だったよ
うな気がしますが、これは確かではありません。

ナハ10は昭和39度から43年度にかけて近代化改造工事が実施され、蛍光灯や
2段折り戸の開き戸化とともに、内装もビニールクロスからポリエステル化粧板に
取り替えられました。この時に他の旧型客車の近代化改造車と同様のクリーム色に
置き換わったと思われます。

以上、不十分な知識ですが。


投稿者 やまだ
投稿日 9月15日(土)16時41分59秒
タイトル Re.仙ワカの客車・・
本文

ご無沙汰しております・・・
仕事が忙しくて、久しぶりに実家に帰ってきました・・・(疲れました・・)
一月も遅れてしまい恐縮なのですが、日中線の客車の話題では車掌@仙コリ様には
オハフ61−2706や他の車輌の配置履歴を大変詳しく御教示頂きまして有り難う
ございました。 (ご返事が遅くなりまして申し訳ありませんでした・・)

御指摘にありましたようにどの車輌をとってみても転籍を頻繁に繰り返していたよう
ですね。 また、日中線記念館に保存されているオハフ61は仙センで廃車になった
モノだった事は驚きでした・・もしかすると幼い頃に北仙台から山寺まで乗った旧客
は茶色で全てのドアをHゴム改造した車掌室付きの車輌だったので、もしかしたら
この車輌にはどこかで御世話になっているのかもしれませんね?

それと、「青葉」「みちのく」など自分は知らない時代の往年の東北急行の話題が
出ていましたが、現役のED71を見ていた私は客車末期の電機牽引の「青葉」も
見てみたかったものです・・・トミックスから71がリリ−スされたら良いのです
がね? 交流電機は製品化の機会に恵まれないのが残念でなりません・・・


投稿者 221レ
投稿日 9月17日(月)01時02分20秒
タイトル ベンチレーターナシの客車
本文

皆さんこんにちは!
時々ピントはずれの発言をしている221レですが
筑豊線の50系やJR北海道のスハシ44など
ベンチレーターのはずされた客車がありますが
ベンチレーターってついていると屋根が腐食しやすいのでしょうか?
クーラーを増設した50系は換気ができるのかもしりませんけど
スハシ44は、窓を開けない場合換気できるのでしょうか?
もし、ご存知の方がいたら教えてください。

その昔、蒸気牽引の列車はトンネルが近づくと
車掌さんが棒の先にフックをつけたような道具を持ってきて
ベンチレーターの開閉レバーを切り替えていたとの文献を読んだことがありますが
スハシ44などはSL用だからはじめから閉めていたのでしょうか?
C62ニセコ号の頃も特に開閉しているのを見たことありませんでしたし・・・
逆に大井川鉄道では、トンネルに入るとどこからとなく煙が浸入してきますが・・・
屋根がすっきりしすぎたスハシ44ってどうもなじめないです。
それでは。


投稿者 103列車機関士
投稿日 9月17日(月)03時30分52秒
タイトル オハフ45
本文

皆さんこんにちは。今泉様、JIN様、蒸気キットの件、ありがとうございます。
そうですね、足回りのないものからやったほうがいいですね。
クモイ103様、ナハ10の件ですが、そういえば鉄ピクの10系特集を見れば
わかりますよね、あれはやはりブドー色1号じゃないですよね、でも
国鉄のころの皇室1号編成はいいんですよね?(御料車はどうしよう)

青いマシ29、どこにいたのですか?とても気になっております。

上越線の客車急行で出てきましたが
オハフ45でわからないのが100番代と200番代のちがいです。
見た目どうちがうのでしょう?


投稿者 徳井みつお
投稿日 9月17日(月)10時24分54秒
タイトル 話題の客車
本文

マシ29青十五号塗装車のカラー映像はこちらにございます。
一度お尋ね下さい。
http://www36.tok2.com/home/hige7/toyofl1/toyof1.htm

そういえばマシ29青大将塗装車がかつて“さくら”に使用されていました。
この車両のモノクロ写真もこちらにあります。
http://www36.tok2.com/home/hige7/shoku/dining.htm


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 9月17日(月)12時17分44秒
タイトル RE:オハフ45
本文 103列車機関士様
オハフ45の100番台と200番台の違いですが、
ご存知かと思いますが、オハフ45の区分けとしましては、
  0番台  オリジナルのオハフ45
100番台  オハ46(オリジナル)からの改造車
200番台  オハ46(スハ43後期型軽量車からの編入車)からの改造車となっていまして、
100番台と200番台の違いは、元々がスハ43であったか、オハ46であったかになります。
スハ43後期型とオハ46の違いですが、図面上はほとんど同じといってもいいと思います。
しかし異なる点が1点ありまして、オハ46は当初より軽量化設計されている関係で、
屋根が鋼板屋根になっているのに対して、スハ43の屋根は基本的にキャンバス屋根となっています。
その為、妻面に多少の差異がありまして、オハフ45でいうと100番台は鋼板屋根の為、
溶接構造のすっきりした?妻面になっているのに対して、200番台はキャンバス屋根なので
妻面にキャンバス押さえがある構造となっています。
基本的に上記の点が違いだと思うのですが、例外がある可能性もありますし、
それ以外にも異なる点がある可能性はありますので、より詳しい方の書き込みをお願い致します。


投稿者 クモイ103
投稿日 9月17日(月)12時37分32秒
タイトル 青いマシ29、鋼板屋根車
本文

 青いマシ29は、昭和42年頃、大ムコ配置で急行「玄海」に使用されていた29 110と29 201が該当します。
 29 110については、徳井みつおさんのご紹介されている写真が動かぬ証拠です
(この列車の7号車「鉄道リンク集」のトップにある「客車空気調和装置資料室」の中の
「豊永泰太郎氏客車写真集1 」写真番号33711です。
そういえば大キトさん、最近お見かけしませんね)。
 29 201については、過去の「とれいん」に写真があり、モノクロですが、説明文に青色だったと記されています。

 急行「玄海」はマシ29の最後の定期運用でした。
36−10改正後、マシ29の運用は「玄海」と「瀬戸」だけとなりましたが、
「瀬戸」の方は昭和38年6月に特急「みずほ」の20系化で捻出されたオシ17に置き換えられ、
「玄海」運用が43−10改正まで孤高を守りました。
ダブルルーフの29 2が配置されていたのも特筆されるところで、
これが青色だったら大ニュースですが、そういう話は残念ながら聞きません(^^;)。

 オハフ45の100番台と200番台に関して、と言うよりも、
43系全般の鋼板屋根車と普通屋根車の違いについて・・・雨樋編
 鋼板屋根車の雨樋は鋼製の細いもの(新型車両のような感じ)、普通屋根車は木製二段雨樋です。
但し、写真を眺めて全体的にそうかなと思っているだけで、車掌@仙コリさんの仰る通り、例外もあるかも知れません。


投稿者 クモイ103
投稿日 9月17日(月)12時52分33秒
タイトル カラー写真の信頼性
本文  項目を分けて投稿します。
 10系の登場当時の塗色について、
103列車機関士さんの言われるように、RP誌の写真はぶどう色2号のように見えます。
ただ、カラー写真(特に昔の)の色調は、今一つ信頼性に欠けるものがあり、私の場合、
参考にはしても、決定的証拠として採用するのは不安を感じるので、あえて挙げませんでした。
 このへんは難しい判断と思いますが、皆さんどう思われますか?



投稿者 伊藤正宏
投稿日 9月17日(月)19時12分03秒
タイトル Re: 話題の客車
本文

 徳井みつおさん、こんにちは。

 「話題の客車」でマシ29の写真について、大キトさんのサイトを紹介されていますが、
リンクを貼る場合は最低限トップのURLを記述した方がよいと思います。

 リンクを貼られた方としては、勝手口から知らない人が入ってくるような気持ちになる
方がいると思いますので、気をつけた方がよいと思います。

投稿者のホームページ


投稿者 キサハ34
投稿日 9月17日(月)19時40分14秒
タイトル オハ46とスハ43の違い、足回り
本文 こんばんは。
オハ46(オリジナルタイプ)とスハ43の違い、自分も以前、気になったことがあり、写真をじっくり観察したことがあります。
基本的には車掌様、クモイ103様のおっしゃるとおりですが、もう一点発見しております。
台車の軸箱受けと一体になった、軸バネの受け(いわゆるウィングバネというやつですか?)
の肉厚が薄くなっており、下部が軸バネに比べて幾分小振りに見えます。
ただし、これも一部に例外があるようです。


投稿者 青列車
投稿日 9月17日(月)23時58分55秒
タイトル Re.10系郵便車の塗装について
本文

今晩は(^o^)丿クモイ103さん。早速のご丁寧なお返事ありがとう御座いますm(__)m
私のほうこそお返事が遅くなりまして失礼しました。

ところで、青色のオハニ36って、塗色としてはエラーだったのですか?(@_@)
(少年時代、徳山客貨車区のオハニ3623、24を見て、オハニ36にも近代化改造車があるのが当然
と思っていたものですから…)(^^);

あ?そういえば、筑肥線で、青塗りのスハニ37を見かけた記憶があります。
長いことこやつの素性は知らなかったのですが、オハニ36の電気暖房改造車だったのですね。
(しかし、だとしたら何で電機すらSG積んでて、電暖の必要のない九州にいたんだろう?
都城にいたスハユニ6210も凄いけど、コイツも過去を調べると面白いかも?)(^^);(^^);

マニ37が青塗りだったのはパレット積載対応車故の識別のためでしたよね?
14系と併結できるように改造された200番台は、EF65PFの次位にぶら下がって、
山陽夜行にも使われていました。下りは車扱いあり、上りは締め切りで運用されていたようですね。
(下りは車内に明かりが灯っていましたが、上りは消灯していました)。

丸屋根のマニ35の青塗り車も確かに存在しましたね。現車を見かけたとき、マニ37じゃない?
と、何度も形式番号を見直しました。
(せやったらなんでファーストネーム…もとい!個別番号覚えてへんねん!>オレ)(^^);

また、荷物車といえば思い出すのが、マニ35の2200番台とマニ36の300番台、そしてカニ38!
マニ35の2200は元のスハニ35、前位側の側面に残る700ミリ幅窓2連の姿や、TR-47台車に、
タネ車の面影を偲びました。
マニ36の300番台は元のスロ60。これまた後位側の食パンデッキに、タネ車を偲んだものです。
カニ38は、そのあまりの異形ぶりが、田舎の小学生に強く印象を残してくれました。
現車は1両しか存在しなかったので、毎日同じ列車に運用されていたわけではないはずですが、
何度となく出会ったためか?このテの車両は多数あるものと、思い込んでいました。
尚、同車がカニ38という形式であることを知ったのは、ずっとずーっとあとのことでした。

いずれ車両たちも、今は昔、みんな鬼籍に入ってしまいました。
(鉄道の荷物輸送自体が現在では例外的措置になってしまっています)

最早叶わぬ夢ですが…
青塗り、アルミサッシ、デコラ張り内壁、窓下テーブル、裏に栓抜きつき、
リノリウム床、貫通ドア網目ガラス、デッキのドアは10系タイプ!
のオハ46かオハフ45(勿論鋼板屋根の真オハ46、オハフ45)の進行方向右側の窓がわに坐り、
全開にした窓から爽やかな風を浴びながら、EF58やEF61、せめてED75,ED76、EF81でいいから、
複線の重軌条幹線をフルスピードで駆け抜ける昼行急行列車に揺られてみたいものです(^^)
(あ!トイレは後ろの車両のを使ってね!…)(爆)

では今後とも宜しくお願いしますm(__)m


投稿者 クモイ103
投稿日 9月18日(火)12時41分58秒
タイトル オハニ36の謎
本文

> ところで、青色のオハニ36って、塗色としてはエラーだったのですか?(@_@)
>(少年時代、徳山客貨車区のオハニ3623、24を見て、オハニ36にも近代化改造車があるのが
>当然と思っていたものですから…)(^^);

 オハニ36は、青15号になったものが多いですが、塗色規定では、青色塗装すべき形式を定めた別表に載っていません。
スハ43やオハ35など(何とオハ61までも)は「近代化改造されたら青色にする」表にしっかり載っています。
もっとも、表に載っていながら実際には1両も近代化改造されなかった(といわれる)マロネ40や、
逆に、表に載っていないのに一部近代化改造されたスハニ35(青一色でなく観光団体塗色の写真しか知りませんが)
の例もあり、複雑怪奇で研究の余地ありありです。う〜む・・・(悩)

 なお、ご存知のようにオハニ36は鋼体化改造車ですが、当初から急行用としてスハ43に準じて設計され、
実際その通りに使用された事から、私としては、スハ43系番外編くらいに分類してもよいのではないかと思います。
近代化改造車があって当然ですよね(^^)。


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