倶楽部メモ(90)
平成13年 6月13日〜 6月14日

投稿者 大キト
投稿日 6月13日(水)00時18分35秒
タイトル 雲仙について
本文 EF6113さん、車掌さんまいどです、手元に資料が無いのでおぼろな記憶が頼りですが、
S36.10の時刻改正でも西海号と筑紫号は早岐区の受持ちで共通運用をしてました、確か組数は5組だったと思います、
西海号が品川で筑紫号となって博多で折返し再び品川で筑紫号が西海号になって早岐に帰って来ます、
ただ雲仙号は当時京都へ移管して京都〜長崎間で運転する計画でしたが、これが玄海号となった記憶があります、
この時期の雲仙号についての記憶がありませんが、S36.10改正で長崎からマシ49が転出して
長崎区の受持ちが無くなったと記憶しています、時刻表が三度の飯より好きな方が居ましたね
S37.9頃の雲仙号について教えて下さい。
投稿者のホームページ


投稿者 クモイ103
投稿日 6月13日(水)00時35分29秒
タイトル 急行「霧島」のこと
本文

 「サイドビュー国鉄一般型客車」P49上段写真の列車は、私も「霧島」で間違いないと思います。
キサハ34さん、EF6113さんの会話に割り込んで恐縮ですが、私もこの頃の優等列車に大いに興味があり、
黙っていられなくなったのでどうかお許し下さい。
手みやげ(?)として、手元の資料による補足などを若干させていただきます。

 国鉄内部資料の「主要客車列車編成順序表」(交通博物館図書室で公開)によると、
36−10白紙改正時点の所定編成は、鹿児島方からマニ+マロネ29+ナハネ11+ナハネ11+ナロ10
+ナロ10+オシ17+ナハ+ナハ+ナハフ+ナハ+ナハフ+オハ+オハ+スハフです。
このうちマロネ29とナハネ11の1両は博多回転、
東京方のオハ+オハ+スハフは、キサハ34さんの仰る通り熊本回転の付属編成です。
この日はイレギュラーで1両減車だったのですね。
 しかし鉄道ピクトリアル1973年6月号「国鉄急行列車・愛称変遷史[13]」によると、
マロネ29は翌昭和37年4月に外され、その位置に10月からオハネ17が連結されたとの事です。
それ以降39−10改正直前まで目立った変更はなく、くだんの写真は昭和38年12月ですから、
ナロ10×2の後ろに見える3両の10系ハネは、所定通りの編成という事になります。
なお、信号機柱に隠れている最後尾の車輌は、当時の鹿児島区の配置状況から見て、
マニ60の可能性が高いです(39年4月にはマニ72の配置がありますが・・・)。

 当時の「霧島」は東京−鹿児島間を26時間半かけて走破し、その運用には4本の編成が必要でした。
予備を含めて5両必要だったオシ17には、「つばめ」「はと」から転用された元青大将車4両(1〜4)が
すべてつぎ込まれていたという、たいへん贅沢(?)な列車でもありました。
ただ、写真のオシ17は食堂窓に水切りが見えないので、当時鹿児島区にいた同型式5両中ただ1両の
後期型だった14だと思います。
なお、ナロ10も元青大将車です。


投稿者 クモイ103
投稿日 6月13日(水)01時07分47秒
タイトル Re:雲仙について
本文

大キトさん、まいどです。
 下の「霧島」の話をやっと書き上げて投稿したら、いつの間にか「雲仙」の話が(+_+)・・・
連続投稿ご容赦下さい。

> 時刻表が三度の飯より好きな方が居ましたね

 う〜ん、基本的にそういう方はここには大勢おられるのでは?(笑)

> この時期の雲仙号についての記憶がありませんが、S36.10改正で長崎からマシ49が転出して
長崎区の受持ちが無くなったと記憶しています、

 36−10で「雲仙」は「西海」と併結になり、食堂車がなくなってマシ49は転出しましたが、
運用番号が「門2」である事から、受け持ちは引き続き長崎だったと思われます。
「西海」は「筑紫」と共通でしたが、その「筑紫」には、同改正で新設された大分行き「ぶんご」が併結されており、
「雲仙」の編成がそのまま「ぶんご」になる共通運用でした。
 ちなみに「筑紫+ぶんご」は39−10改正で廃止されましたが、「西海+雲仙」はヨンサントオまで生き残りました。
なお40−10改正では食堂車が「雲仙」の方に移りました(オシ17が早岐から長崎に転属しています)。


投稿者 大キト
投稿日 6月13日(水)09時36分23秒
タイトル ぶんご
本文 クモイ103さん資料検索ありがとうです、そう言えば「ぶんご」がいましたね〜すっかり忘れていました、
隣とは言え門鉄以外は知らぬもので失敬。
S43.10改正で2代目の雲仙になってから京都〜長崎になりましたが、
急行用の在来形客車はS36.10改正をピークに衰退期に入って行きましたね
そう言えばS48.10の改正で早岐に94両程14系が配置された時には思い切った事をすると感心しましたが、
青森まで足を伸ばすロングラン運用も今では遠い過去の様です。
在来形客車は比較的覚えていますが、今となっては14系や24系などの変遷も調べて置くべきだったと思います。


投稿者 キサハ34
投稿日 6月13日(水)18時20分36秒
タイトル 1960年代の客車急行
本文

みなさんこんばんは。自分が言い出した様な話ながらついていくのがやっとです!

よく、配置区の話題が出てきますが、みなさん、どこで調べられているのですか?
私は編成表は持っているのですが、配置表が無いため、いつもナンバーや番台区分で困るのです。

▼EF6113様
サイドビュー・・・のP47の写真、私も「雲仙・西海」だと思います。
EF58の後ろに下関止まりのスハフ42が車掌室を後ろ向きに付いているのがいいですね。
ところで、この列車には昭和40年代まで軍用荷物車が付いていたと思いますが、このあたりの詳細はどうなのでしょうか?

・「霧島」の話
ついでですが、話題よりやや後の写真が鉄道ファン誌366号P95に「黄害」の事例として載っております。
つらら切り+大窓のかっこいいEF5846がマニ60ほかの客車を牽引しております。


投稿者 キサハ34
投稿日 6月13日(水)18時38分00秒
タイトル 追記・1960年代の客車急行
本文

すいません、「霧島」で追加質問です。

▼クモイ103様、大キト様
先の書き込みで「霧島」の熊本編成の所属について触れられておりますが、
1965年の状況についてもう少しお教え願えないでしょうか?
と言いますのは、鉄道ジャーナル別冊No.23のP117に編成が出ているのですが、
最後尾に電暖装備のオハフ46 2006を連結しているのです。
所属は門トスとなっておりますが、これはイレギュラーでしょうか?
大キトさんは門鉄に詳しいようですのでよろしくお願いします。
また、同編成の東京方にはオユ11 9もついているのですが、
これについても先のRF誌の写真ではつながれておりません。
これもイレギュラーでしょうか?


投稿者 EF5829
投稿日 6月13日(水)21時39分36秒
タイトル 水をさしちゃうかな
本文

 60年代の客車急行の話題が沸騰していますね。皆さんすごい!
 (といってついていけない私)

 ▼KAKU−SAN様
  >軽量客車はいつまで茶色でいたか
  昔の編成記録を見返してみると、熊クマのオユ12が76年2月に茶色であったのが
 記録されておりますので、おそらくこの年までだったと思われます。
  (オユ12 13、オユ12 33)

 ▼菊之介様
  青のマニ60ですか、あったらさぞかし話題になったでしょうね。
  しかしながら私は見聞したことはありません。

  それでは皆さん、続きをどうぞ。


投稿者 EF6113
投稿日 6月13日(水)21時57分41秒
タイトル 1960年代の客車急行
本文 キサハ34さん、大キトさん、クモイ103さん、いろいろご教授ありがとうございます。
1枚の写真を検討することで、これだけの詳細で内容のある話題が出てくることに感激しております。
鉄道に限らず、1960年代は非常に関心のある時代です。
住んでいるところが東海道本線沿いであるため、60年代といえば、電車特急、準急、急行列車に
凝っておりましたが、最近はこの時代の客車列車に非常に関心が強くなっております。
客車列車については、バリエーションが豊富な為か、電車列車に比べ、なかなか一般書だけでは
わからないことが多い気がします。
これからも、皆さんいろいろご教授お願いいたします。


投稿者 キサハ34
投稿日 6月13日(水)22時02分13秒
タイトル それでは私も少し水さします
本文 ▼菊之介様
ご安心ください。GMのマニ37・36のキットですが、それぞれ青に塗ってもぶどう色に塗ってもOKです!
と言うのは、32系改造の37(2150〜2157)もあれば、
スロ60改造の36(302〜304,305,307,308,312,315,317,318,320,321,323,326,328)もあるからです。
ちなみにキットの37は1,2,2011〜2020,(201〜205)がプロトタイプと言うことになります。
マニ36は種類がたくさんありすぎて、どれがプロトタイプか分かりません。
なお、固体により窓配置の差異があるかもしれません。上記はすべて、妻形状からの分類です


投稿者 水ミト
投稿日 6月13日(水)22時17分23秒
タイトル
本文 マニ37は青、マニ36・60は茶に塗るのが無難です。
オロ61なんかは種車が茶色でも、実車は茶→青とロに合わせた塗りですから。
種車の色が関わるとは思えません。


投稿者 クモイ103
投稿日 6月13日(水)23時41分30秒
タイトル レスいろいろ
本文

キサハ34さん>
> よく、配置区の話題が出てきますが、みなさん、どこで調べられているのですか?

 私の場合、交通博物館で公開されている各時代の客車配置表、
そして最近では、友人所有の「客車データベースキット」が主な情報源です。
また、列車の所定編成については、前にも書きました「主要客車列車編成順序表」を最も信用のおける
1次資料とし、過去に鉄ピクで連載された「国鉄急行列車愛称変遷史」も参考にしています
(こちらは細部に若干あやふやな部分もありますが、良くまとまった大作なので単行本化を望みたいですね)。

※「西海」の軍用荷物車の件:
 急行「西海」は、占領時代の進駐軍専用列車"Dixie Limited"が前身であり、
そのなごりで米軍専用荷物車を連結していました。
 私が資料を持っている昭和35年6月以降について言えば、東シナ区の受け持ちで運用番号は
「米専荷1」、週に3日の指定曜日だけ、東京−佐世保の全区間に連結されました。
使用車輌はマニ31またはマニ32で、各2両計4両が専用車として用意されていました。
荷物車ですが、米軍では締め切り扱いの郵便車として使っていたようです。
占領時代の「接収車輌」のなごりである「駐留軍貸渡車」の最後の生き残りで、
「マニM−****」という軍番号や、一部の窓のメクラ化など、模型的にも興味深いものでした
(私はNゲージで模型化を検討中です)。
車輌の詳細については、「とれいん」1993年11月号P70〜71がたいへん参考になります。
 ヨンサントオ改正で東京直通列車としての「西海」は廃止され、
この時点で「米専マニ」も姿を消したとする文献もありますが、実は存続しました。
急行「霧島」で鳥栖まで行き、そこから別列車に連結されて佐世保に向かっていたのです。
上記の「とれいん」の記事によれば、これら4両の「最後の接収車」が返還されたのは、
大阪万博が目前に迫った昭和45年1月1日の事でした。

※「霧島」の追加質問の件:
 すみません、長くなったのでまた今度にさせて下さい。
所定編成の資料は持っていますが、ご指摘の資料を持ってないので、若干調べてからお答えします。

※マニ37について:
 私もひとつ水をさします(笑)。マニ37の1、2は、車掌室と反対側にデッキがなく(種車のまま)、
代わりに700mmの窓が1つあいているので、GMのキットとは若干違います。


投稿者 伊藤正宏
投稿日 6月14日(木)00時41分56秒
タイトル マニ37 12について
本文

 ご無沙汰です。

> マニ37の1、2は、車掌室と反対側にデッキがなく(種車のまま)、
> 代わりに700mmの窓が1つあいているので、GMのキットとは若干違います。

 1967年度に改造された当初から1973年頃までは片デッキのようでしたが、
両デッキに改造され、その後1974年度に201と202に改造されています。
ですから、ごく短い間ですが両デッキのマニ37 1,2は存在していたようです。
ちなみに、スロ50・スロフ53形改造のマニ37 203〜205はプロトタイプから外れてしまいます。

 複雑ですね。

投稿者のホームページ



投稿者 キサハ34
投稿日 6月14日(木)06時21分40秒
タイトル Re:マニ36・37の色ほか
本文

▼水ミト様
>マニ37は青、マニ36・60は茶に塗るのが無難です

もちろんそうです。私もそのとおり書いています。ところでGMのそのキットを買われたことはありますか?
そのキットは、丸屋根と食パン妻の車両が2両セットになっております。
で、メーカーとしては前者を36型としてぶどう色に、後者を37型として青色に塗るよう指示してあるのです。

で、私が言いたいのは丸屋根の37型もあり、食パン妻の36型もあるということです。

→つまり、
1.GMマニ36キットは青くすればマニ37、ぶどう色にすればマニ36となる。
2.GMマニ37キットも青くすればマニ37、ぶどう色にすればマニ36となる。
ということです。

管理者注:この後論争になってしまったため、以後の書き込みより一部を編集させていただきました。

▼クモイ103様、伊藤正宏様

ご指摘ありがとうございます。
そうですね、37の203〜205は切妻ではありますが、食パン妻ではないですものね。失礼いたしました。
また、妻形状のみの考察であったため、片デッキの時期も見落としておりました。お詫び申し上げます。


投稿者 キサハ34
投稿日 6月14日(木)06時28分29秒
タイトル Re:配置表&西海の件
本文

▼クモイ103様

配置表の件、回答ありがとうございます。いずれも入手はやや困難なようで。
ピク誌のあの連載は私も愛用しております。
あれだけですと、「ロ」や「ハ」だけなので、配置表も欲しかったわけです。

軍用荷物車の件もありがとうございます。
「M」と付く形式はよく編成表で目にします、Mail CarのMでしたよね。
種車(?)はマニ31・32と言うことですが接収による外観の変更は標記以外無いと思ってOKでしょうか?
模型化の際に問題となったものですから。


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