倶楽部メモ(76)
平成13年 2月 7日〜 2月15日

投稿者 キサハ34
投稿日 2月 7日(水)22時23分25秒
タイトル 写真館感想
本文 ▼大キトさん
こんばんは。写真館、カラーの方も拝見いたしました。
さすがに時間が経っているため、色が薄くなったものもある様ですが、昭和40年ごろの記録は
本当に貴重だと思います。
そして、公開してくださった、大キトさんありがとうございます。
 この中で私にとって大きな驚きだったのはマシ29の青色の存在です。
3軸ボギー・丸屋根に青塗り、異様な取り合わせですがなかなかカッコイイです!
これは、青色の10系あたりとつないで急行に活躍したのでしょう。
本当に客車の世界は奥が深く、面白いです。
 そして、スユ42ですが、どうやら晩年までぶどう色だったようで、青色の急行列車を青い58が
牽引する場合はやはり編成美を乱していたのが実情のようですね。
まあ、さしずめ、現代で言うと、急行「銀河」の電源車にトワイライト色が入るようなものでしょうか?
 これから、模型作りの資料として、また、かつての客車黄金時代を思い浮かべる手がかり
(昭和49年生まれの私はかろうじて旧型客車晩年時代を知るだけです)
として大いに活用しようと思います。本当にありがとうございます。


投稿者 クモイ103
投稿日 2月 8日(木)22時53分39秒
タイトル マシ29青色
本文 キサハ34さん、こんにちは。大キトさん、お世話になります。
 カラー写真のマシ29 110青色は私も驚きでした。
「とれいん」258号('96-6)所載「関西の客車たち 昭和40-50年代 その1」には、
マシ29 201が青色になっていたと記載があり、これが唯一の例と思っていました。
 このマシ29 110と201は、いずれも大ムコ所属で急行「玄海」に運用されていたものですね。
当時この2両の他にマシ29 2と109がいた筈ですが、これらはどうだったのでしょう?
(ダブルルーフのマシ29 2が青かったらそれこそ大ニュースですが・・・)


投稿者 やまだ
投稿日 2月11日(日)23時25分06秒
タイトル スユ40−11をご存じありませんか?
本文 皆様、こんばんは。
「やまだ」です、このところ忙しくて、ごぶさたしておりました。
さて、皆様にお尋ねしたいのですが、スユ40−11のキットを購入したところ、
床下の機器配置が資料不足で不明との事・・・どうしたモノか思案しております。
元々スユ40−11はスユ37より1両だけスユ40に改造編入されたモノなので、
もしかするとスユ37のままかもしれませんが・・・
何かご存じの方がいらっしゃいましたら御教示願います。
それと、昭和40年代から50年代前半の電気暖房化改造されたスユ37,40,42の配置、
運用等ご存じの方がいらっしゃいましたら、こちらもよろしくお願いします。
それでは失礼します。


投稿者
投稿日 2月12日(月)00時31分41秒
タイトル スユ37 2003
本文 やまだ様 1976年12月にたまたまとった写真の中に「スユ372003」があります。
東海道の「急荷40レ」に増結された「大郵5」として運用されていたようですが、
所属は「秋アキ」でした。
ただし、この時期は12月のみの臨時編成なため本来は荷1048として運用される「大郵5」ですが、
その辺どうなっていたか、調査しています。


投稿者
投稿日 2月12日(月)01時22分11秒
本文 「やまだ」様
 「大郵5」の件ですが、1976年12月1日から30日まで「変大郵5」として、
荷1048レの連結位置変更として、運用されていました。
ただし、期間限定なので、その後のスユがどうなったかはわかりません。
「大郵5」は通常の連結位置は最後尾ですが、この期間限定時は最前部に連結されての運用でした。
荷40レはこの荷1048発車後7分後の到着で、勘違いしていました。
ともに大阪駅10番線の到着です。
荷1048は宮原操車場の尼崎方面から入線。13:14チ〜13:31ハ。
40レは13:38チ〜14:12ハです。
 当時は「変OO」は「OOO」のまま。臨時の増結は「年OOO」とういう運用番号をつけていました。
荷物列車は東海道山陽は「荷9041」「荷9042」「荷9044」「荷9323」「荷9324」
北陸方面には「荷9221」が期間限定で走りました。
東北方面、北海道、九州にもこの間走ったようです。


投稿者 ma/fu
投稿日 2月12日(月)16時59分13秒
タイトル 大阪発東京行の夜行列車
本文

こんにちは。
はじめてカキコさせていただきます。

今度とある用事で東京に行くことになったのですが、まだ学生のためお金もなく
できるだけ安く行く方法はないかと、夜行列車・バスその他をいろいろ調べていたら
こちらのサイトに辿りつきました。
そこで質問なんですが、大阪発東京行の夜行列車はどれくらいあるんでしょうか?
列車の名前なんかを教えていただければうれしいです
(こちらのサイトで「銀河」というのがあるのは確認しました)
また料金はどれくらいするのかも教えていただきたいです。
ちなみに学割がききます。

よろしくご教示下さい。


投稿者 車掌@仙コリ
投稿日 2月12日(月)21時01分16秒
タイトル RE:大阪発東京行の夜行列車
本文

ma/fuさん、こんにちは。
大阪発東京行の夜行列車とのことですが、大きく分類すると
普通列車・夜行急行・夜行特急からの選択になります。

ご質問の内容から、できるだけ安価でというのが大前提のようなのですが、寝台車を
利用した場合、一番安価なB寝台でも新幹線より高くついてしまうため、選択肢からは
外さざるを得ないと思います。

ちなみに大阪駅に停車する東京行きの列車を挙げると
特急「あさかぜ」「はやぶさ・さくら」「サンライズ瀬戸・出雲」
急行「銀河」
がありますが、この中で唯一B寝台よりも安い方法があるのは
「サンライズ瀬戸・出雲」のノビノビ座席です。

ノビノビ座席は一人ずつ簡単に区分されたカーペット敷きの車両で、特急料金のみで
乗車できるので、運賃のほかに指定席特急料金の3,340円だけで利用できます。

ちなみに特急・急行のB寝台利用の場合の料金は
特急 特急料金2,830円+B寝台料金6,300円=9,130円
急行 急行料金1,260円+B寝台料金6,300円=7,560円
となります。(いずれもこれ以外に運賃が必要です。)

最後に最も安価な方法ですが、大垣から東京までの快速「ムーンライトながら」を
利用する方法です。
大垣まで普通列車を乗り継いで行き、「ムーンライトながら」も特急型車両とはいえ
座席なのですが、この方法ですと「ムーンライトながら」の指定席料金510円と
運賃だけですみます。
さらに「青春18きっぷ」が利用できる期間であれば、さらに安価ですみます。
ただ、この安価な点で非常に人気がある列車であり、指定席を確保するのが非常に
困難な状況なので注意が必要です。

ちなみに学割ですが運賃のみに有効で特急料金・寝台料金等は安くなりません。
運賃は大阪−東京間片道で556.4kmなので8,510円
学割利用で2割引となるので6,800円となるはずです。


投稿者 ma/fu
投稿日 2月12日(月)23時27分47秒
タイトル ありがとうございました!
本文

車掌@仙コリさん、詳しい解説ありがとうございました!
大変参考になりました。

うーん、寝台列車が新幹線よりも高くつくなんて・・・全く知りませんでした。
「ムーンライトながら」、これは要チェックですね。
チケット確保がむずかしそうですがトライしてみたいと思います。
ただ個人的にはできるだけ安い方が良いので、一番安くすみそうな深夜バスという選択肢を
選ぶかもしれません。

とにかくありがとうございました。

PS
あともうひとつ質問なんですが、ネットで料金表が簡単にわかるようなところはないでしょうか?
いくつか探したんですが、見つからなかったんです・・・。


投稿者 やまだ
投稿日 2月14日(水)00時12分34秒
タイトル スユ37の件、有り難うございました!
本文

皆様、こんばんは。

泉 様、スユ37−2003の情報を早速お寄せいただきまして有り難うございます。
1976年の12月の年末輸送に使われていたスユ37−2003は秋アキから大阪方面へ
足を伸ばしていたようですね?私事で恐縮ですが、この年の2月に私は生まれたのですが、
赤ん坊の私が寝ている頃、日夜、郵便荷物列車は走り続けていた事を考えると、
当時の乗務員の方々や、駅係員のご苦労が偲ばれます・・・
また、荷1048レについて質問が有るのですが、手持ちの76年2月の時刻表では、
荷40レは確認出来たのですが、荷1048レを見つける事が出来ません・・・
もし、発・着駅、経由等をご存じでしたらこちらも御教示頂けないでしょうか?

皆様へ、引き続き70年代に活躍した電暖改造の郵便車、スユ37,40,42についての情報
をお待ちしています。とりあえず、私の調べではスユ37−2002は72年に北オクを最後に
廃車になり、泉様のお話に有りました2003は77年に秋アキで最後を向かえたようです。
この他、首都圏在住の方にはご存じの方も多い京成電鉄・関屋駅近くの岡田商事様の物置に
使われていた(この頃、見かけませんが撤去されたのでしょうか?)2004は70年に北オク
で廃車、2005は仙フクで76年に引退をしたようです。この他の2001や、スユ40−11
(2011)に改造された元スユ37−6、そしてスユ40,42については全くわかりません。
引き続いて情報をお寄せ下さい。気長にお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします。


投稿者
投稿日 2月14日(水)08時49分43秒 210.231.124.63
タイトル 荷1048レ
本文 荷1048は北陸方面への荷物列車ですが、米原−大阪間が荷物列車となり、
その後は221レとして、北陸本線の普通列車に連結されて、いました。
http://www.bl.mmtr.or.jp/~idu230/his/sinbun/nimotu/1048.htm
http://www.bl.mmtr.or.jp/~idu230/his/sinbun/nimotu/1043.htm
を参照してみてください。
 1976年12月は臨時荷物列車の編成と通常運用の荷物車以外にも
かなり荷物車郵便車を必要としたので、期間限定で借りたのではと思います。
 
 上り北陸本線224レに増結されていた4両の荷物車は、米原から大阪には
荷1043レとして運行されていました。



投稿者 おおぞら
投稿日 2月14日(水)22時12分51秒
タイトル 急行ニセコの客車
本文 札幌のおおぞらと申します。
急行ニセコというと蒸機の方ばかりに目が行きがちなのですが、
蒸機牽引時代の荷物・郵便車の変遷についてご存知の方、ご教示願います。
Nゲージで編成を組んでいて、とりあえずマニ60でお茶を濁していますが、
実際のところどうなのでしょうか?
また、旧型客車時代の「ニセコ」編成について詳しい資料をご存知の方、
合わせて情報をお願い致します。


投稿者
投稿日 2月15日(木)07時40分26秒
タイトル 航路荷物車
本文 「おおぞら」さんこんにちは。手元の資料は隅田川中心のため道内まではくわしくありません。
また昭和50年以前のものです。
急荷33レに
「北東航1」((名寄)(マニ)37ビ〜103レ〜)
「北東航2」((網走)(マニ)37ビ〜103レ〜331レ〜517レ〜1527レ)
「盛航21」((根室)(オユ10)37ビ〜103レ〜レ417レ〜447レ)
「北東航3」((根室)(マニ)37ビ〜103レ〜417レ〜447レ)
「北東航4」((網走)(マニ)37ビ〜43レ〜145レ〜521レ)

が連結されていて、この中の103レが「ニセコ」ではないかと思うのですが、
列車番号から、普通かもしれません。
当時の時刻表の編成と併せて確認してみてください。


投稿者 おおぞら
投稿日 2月15日(木)08時19分51秒
タイトル Re.航路荷物車
本文 泉さん、早速のご教示ありがとうございます。
時刻表で確認したところ103レは間違いなく「ニセコ3号」(73年からは2号)でした。
特に73年以降については下りのみ連結の荷物や上りのみの〒が存在したようですね。
荷物はマニ36・マニ60、郵便はオユ10・スユ13が確認できたのですが、
それ以外に運用されていた車両はありますか?


投稿者
投稿日 2月15日(木)15時56分56秒
タイトル Re.Re.航路荷物車
本文

「おおぞら」様。
道内の運用はわかりません。すみません。航路運用の荷物車は隅田川関係では
上り「北東航21」(スユ13)(岩見沢)−隅田川 104レ〜16ビから荷46で隅田川着。
しかし104レにほかに何か連結されていたかは確認できません。
手元の資料からは道内はわかりません。

「北東航21」は下りは荷47レで1ビ〜47レで札幌行き
しかし上りは岩見沢からなので岩見沢札幌間は回送扱いなのかわかりません。
ちなみに下りの1ビは大阪から4047レの「大航1」(根室)「大航2」(網走)「新航1」(稚内)
「金航1」(岩見沢)も一緒ですが、道内の運用はわかりません。
ひょっとしたらJR北海道に札幌局の荷物関連の資料が残っているかもしれませんので、
一度アタックしてみてはいかがでしょう。
道内の荷物車運用の歴史を記録するためにも、がんばってみてはと思うのですが。


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