倶楽部メモ(30)
平成12年 1月 2日〜 1月10日

投稿者 天イセ@燃焼効率
投稿日 01月02日(日)17時16分21秒
タイトル 謎は深まるばかり
本文 ほほ〜うそうなんですかあ。(グリーンマックス、嘘じゃなかったのかあ)
僕は旧客大好きですがあまり深く知りません、色々教えてくださいね(^^)
すいませんあらためまして明けましておめでとうございます!
61系のシートピッチを体験したいなあと思う今日この頃。
天理の61、所属が天テンリになってて笑いました。
郡山のオハフ61はオハ61改造ですよね?間仕切りとかどうなってるんでしょう?
トイレのところが車掌室なんでしょうか?
オハ61の緩急車化改造って何両ぐらいあったんでしょう?全国への分布は?
また43系とか42系、61系はすべて(切妻車)は窓のピッチ以外は
ボディ寸法同じだったんでしょうか?(シル、ヘッダー高さ等気になります)
62系で妻板に補強リブがある物がありますよね?61系や他のにもあるのかな?
ごめんなさい疑問があふれてくる〜皆さんご存じでしたら教えてください。
それと僕の書き込み問題有ったら何なりと言ってください改善します。


投稿者 車掌
投稿日 01月02日(日)19時19分35秒
タイトル 郡山のオハフ61
本文

天イセ@燃焼効率さん、こん**は。

郡山のオハフ61−3055は、おっしゃるとおりオハ61−712の改造です。
間仕切りについては、トイレ側はそのままで逆側の2ボックス(左右1ブロック)を仕切って、
そこに車掌室・手ブレーキ等を設けております。
また、上記のような改造をおこなっているので、定員がオハ61の96人から88人
(2ボックス分なので8人分減)となっています。
このような改造は、昭和40・41年に71両おこなわれて、番号は1001〜1071
(電暖付は3000番台)となっています。
配置については後日詳しく調べてみたいと思いますが、末期は他のオハフ61と同様、
東北地区を中心(主に秋ヒロ・仙フク)に配置されていました。

次に車体寸法についてですが、ご質問の42系・43系・61系は図面上は全て
(シル、ヘッダー高さ等も)ほぼ同じ寸法です。
実際には、車体長等に多少の違いはありますが、図面等をしっかり見ない限り、
わからない程度だと思います。

その他詳しい状況については、より詳しい方のコメントをお待ちしたいと思います。

最後になりましたが、先日は天理のオハ61の写真ありがとうございました。
また、書き込みについては、もちろん全く問題はありませんので、
これからもたくさんの書き込みをお願いします。

参考文献:鋼製客車形式図集U(鉄道史資料保存会編)
     国鉄気動車客車編成表 83年版(JRR編)


投稿者 平松真一
投稿日 01月02日(日)20時37分26秒
タイトル オハ61塗色
本文

足袋助さん はじめまして。
HPの内容凄いですね。
ただ、画像が現れません。 これは、私だけなんですか。
それとも、そういう処理をしているのでしょうか。

天イセ@燃焼効率さん はじめまして。

オハ61の青15号の塗色については、以前のログを良く知らないんですが。
鹿ヤコにオハフ612562が存在したんですが、これは既にかかれているんでしょうか。
そうでしたらお許しください。
写真も見たことあります。 なんか、変でした。
61系は、シートピッチもさることながら、背もたれが木のままで
TR11の乗り心地の悪さもあり私はなるべく避けていました。
今なら、こんなところが良いと思われるかもしれないですが。
オハ61改造のオハフ61は他に
盛モカ、盛カマ、秋カタ、秋ヒロ、仙ワカ、新ニツ、米イモ
と、結構分散していました。

ぶどう色2号に関して。

最初は、客車はぶどう色1号の塗色で、後により明るいぶどう色2号に
変わったと聞いていますが、事実はどうなんでしょう。
同じく、旧型電機も同様だたそうですが。
このあたりの、変遷は青色15号と同時期なのか、そうじゃないのか。

以上、ご存知の方いましたら。

補強リブていうのは、妻面に横にいれてあるものでしょうか。

代表的なものは、オハネフ12があります。
また、ナハ10の試作車にもあったと思います。

投稿者のホームページ


投稿者 足袋助
投稿日 01月02日(日)22時02分31秒
タイトル 画像が出ませんか?
本文 車掌さんからも画像が出ないと言われて困ってます、
水色字をクリックしても画像が出ないわけですね?、
試したら出るんですけど上げ方が悪かったのか?
何でしたらメールを頂ければ幸いです、一応チェックはしているんですが。


投稿者 221レ
投稿日 01月03日(月)08時34分52秒
タイトル オハ61系の臨客
本文

久々に投稿します。
昔、グリーンマックスのカタログに青色のオハ61が水戸にあり、
臨時急行に使われたなんて書いてあった気がしますが、
もし本当なら面白いですよね?
あの狭くて硬い椅子に乗りたくありませんが…

臨時十和田には使っていないでしょうけど、
笠間臨や、筑波鉄道筑波行きの臨客「筑波」(普通列車ですが)あたりならありえるような気がします。
趣味的にはDD502が筑波山の下を旧客を牽いて走る方が絵になると思いますが…
昔の写真を見るとスハ43系を6両くらい牽いていたようです。

スロ62改和式客車スロ81系なんかS58.8に臨時特急お座敷踊り子号で走ったのが笑えます。
最後の旧客特急でしょう(笑)
東京機関区のEF58の最後の花道でした。

それでは。


投稿者 天カメ@燃焼効率
投稿日 01月03日(月)17時20分47秒
タイトル うらやましいですよお(TT)
本文

僕は旧客自体、大井川でしか乗ったことが無くて61系なんてとてもとても、
でも現役時代は嫌われ者だったんですね61系(TT)
僕も現役時代を体験してたら評価が違ったかも、、、。

丁寧な皆さんのご回答感謝します(^^)参考になります!!
緩急車化改造は東に多かったんですね、僕は天王寺管内中心ですので、、。
蒸機の写真集で次位の着いているのがよく見られオハなのにオハフって書いてある!?
ってびっくりしたものデス。
個人的好みで蒸機(C58)の次位にはオハ61って思ってますが、実際の運用でも
必ずしも緩急車が端にいないですよね?何か意味有るんでしょうか?
本当なら端に扉を持つ緩急車を付けないと安全面と蒸機の煙で問題なんでは?
補強リブは旧客では62系しか見たことないです、61系の見たことない。62だけ?


投稿者 221レ
投稿日 01月03日(月)23時24分18秒
タイトル 機関車次位のオハ61
本文

天カメ@燃焼効率さんこんばんは221レです。

オハ61などの中間車は尾灯がついていないので
機関車次位に連結しているのをあまり見たことがありませんが、
S57に日中線に乗ったとき確かにDE10+オハフ61+オハ61という編成でした。
オハ61の妻面の左側のフックにカンテラのような尾灯がついていました。
当然熱塩から喜多方に向かう上りは機関車の次位にオハ61が付いたのです。
C11が現役だった頃もこの編成、又は混合列車だったはずで
残念ながら実物を見たことはありませんが、写真が多く残っていると思います。

国鉄時代は、幌に鎖2つ、踏み板を跳ね上げた状態で
平気で機関車の次位、最後尾にしていたので(これが当たり前だった)
オハフ33などが当たると簡易展望車?を楽しめたのでした。
現在はJR東日本の旧客は変な柵を転落防止に付けていますが…
ずいぶんと過保護な世の中になったものです。
誰かがわざと乗り出して転落したら、JRは、多額の賠償金を払わされるのでしょう?

但し心配している車内への煙ですが、客室には仕切り扉があったので
特に問題はなかったのでしょう。
現場の職員ではないからわかりませんが、
機関車の付け替えのとき、手ブレーキのひとつは必要ですしょう。
それに50系や12系の場合自動扉の扱いや無人駅が増えたから
車掌の改札の都合で中間に緩急者が入ることがあったようですが…
また、最近は尾灯でなく丸い反射版ですましているので
オハの貫通扉の鍵を閉めて対応しているのでしょう。

また、オハからオハフへの改造ですが、115系・485系あたりが
モハからクモハなど中間車から先頭車に改造されたように
都落ちしていくうちに単編成化で必要になったのでしょう?
はじめは本線に投入するから座席定員を稼ぐ必要もあるし。

和田岬支線のオハ64などは傑作ですよね、
山側3扉と10人分くらいのロングシートしかない、
それよりDD13が牽引するから暖房がない(笑)

関西には草津線あたりにも1等格下げ通勤化改造の客車が多く
そちらに一度乗ってみたかったです。
外観は青帯を入れればスロ51みたいなやつがありましたから

この手のやつは東では早い時期に消滅しています。
紀勢線や和歌山線また山陰線ではナハ10系がけっこう遅くまでに残っていました。
関西も捨てたものではありません。

今年の春からパレオ・エクスプレスがスハフ12が1両にオハ12×3両で走りますが
どのように編成を組むか楽しみです。
後閑駅に留置しているときは色が褪せ、屋根から錆が落ち惨めな姿でしたので…

長くなりました、それでは。


投稿者 水ミト
投稿日 01月04日(火)00時11分17秒
タイトル オハフ61 2562等々
本文

こんにちは。今年も宜しくお願いいたします。

さて、表題のオハフ61 2562ですが、九州で最後まで残ったオハフ61でして、確かに青でした。
この車両、元々は水ミトのでして、転配されたわけです。
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>最初は、客車はぶどう色1号の塗色で、後により明るい
>ぶどう色2号に変わったと聞いていますが、事実はどうなんでしょう。
>同じく、旧型電機も同様だたそうですが。
>このあたりの、変遷は青色15号と同時期なのか、そうじゃないのか。

曖昧モードですが、ぶどう1→2は昭和35年ではありませんでしたっけ?
当然、この移行期間には混結も有ったと思います。
この時期は等級や表記方が変更になったりと、把握が難しい時期です。
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>次に車体寸法についてですが、ご質問の42系・43系・61系は図面上は全て
>(シル、ヘッダー高さ等も)ほぼ同じ寸法です。
>実際には、車体長等に多少の違いはありますが、図面等をしっかり見ない限り、
>わからない程度だと思います。

実は43系のウインドシルは他形式より微妙ですが太いです。
1/80の模型の場合だと、この微妙な寸法でも、完成したと
きの雰囲気が全然変わってしまうと言う恐ろしい物なのです。
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>補強リブは旧客では62系しか見たことないです、61系の見たことない。62だけ?

オハフ60はリブがありました。
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あと筑波行きの臨客「筑波」の客車は、品川か佐倉だったようで、
水戸の車は入らなかったのでは?と思います。
とは言っても、末期の話なので、本当の昔は有ったかも。



投稿者 天カメ@燃焼効率
投稿日 01月04日(火)11時16分09
タイトル なんてていねいにこたえてくれるんだ〜(TT)
本文

嬉しいですよ〜おかえしできる物も何もありませんが、、、ごめんなさい(TT)
ありがとうございます!!
リブは確かにオハフ60にもありましたね、言われてみて思い出しました(^^)

どうも天理のオハ61、ブドウ色1号なのでは?
初めてみたとき、何じゃこの黒いの?って思いました。
今まで実物で見たブドウ色2号より明らかに濃い!?
それとも保存時に別の色を塗られてしまったんでしょうか?

シル、43系どおりで少し印象が違うんですね。

旧客は緩急車の運用向きとかの決まり、無かったんですかね?14系12系は有りますよね。
緩急車どおしを背中合わせに繋げないとか。
 
ちなみに僕が見た現役客車(保存除く)は亀山区の廃車寸前の35系や43系、
鳥羽駅でマニ60他荷物列車、伊勢運転区のスエ71だけで営業運転は体験してません(TT)
伊勢のスエ71はTR23を入れていました。TR11が普通なんでしょうか?
雑誌の戦災復旧車特集などでも伊勢のは取り上げられてなかったけど
知られてなかったんでしょうか?


投稿者 足袋助
投稿日 01月04日(火)14時33分28秒
タイトル 外部塗色復旧
本文 車掌さんから画像が出てないと言われて、その後乗車中の蛍光の青さんから
画像ソースが違っている旨を聞き、手直しをしました。
新旧の客車外部塗色をカラーで少しばかり見学できます。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~syajiku1/yttosyoku.htm
それにしても車掌さんの配慮と乗車中の方々のタイムリーな指導で
他の画像も見れるようになったと思います。
これまでご不便をおかけして申し訳ありませんでした。
ヘルプを出すと直ぐに応じてくれる皆様に感謝します。
投稿者のホームページ


投稿者 牟田口信宏  
投稿日 01月06日(木)00時04分44秒
タイトル ジャンパ栓装備のオハフ33 
本文

初めまして私も旧型客車が大好きです。
特にその中でもオハフ33が好きです。
そのオハフ33の話ですが元来、オハ35、オハフ33の端梁には
車内灯制御回路などを連結する並型つなぎ箱が装備されていますが
中には43系、10系のようなジャンパ栓に改造されている車もいました。
改造理由は連結作業の安全性と時間短縮をねらっての効率アップだと思います。
よく洗面所や車掌室に大蛇のように転がっていたジャンパ線ですが
片方が並型つなぎ箱用の端子でもう片方がジャンパ連結器(栓)というのが有り、
これを見た時どちらが効率が良いかが一目瞭然でした。

このジャンパ栓化改造、全車に及んでいないことを考えると43系、10系との連結頻度の多かった
急行受け持ちの区に配属されていたオハフ33を中心に改造されていったのかも知れません。
私が山陰、東北で確認した車は次の通りです。
オハフ33 2016、2067、2247、2291、 377、 389、
      2452、2502、2553、2581,2624、2625、
      3557以上13両でした。
まだまだ仲間が居たようですが全ては記録できませんでした。
上記の車号以外でもし記録されている方が居られましたら
是非御教え頂けませんでしょうか宜しくお願いいたします。


投稿者 KEN
投稿日 01月07日(金)18時06分05秒
タイトル エルムと北斗星 
本文 私は、寝台列車が好きで、旭川に行くとき行きはエルム、帰りは、北斗星に乗って行って参りました。
最初は、北斗星に乗ることが目的だったんですけど席が空いてなくて。
偶然時刻表に載ってたエルム号を見つけました。
エルム号の中で出会った人が、気軽に話し掛けてくれて。
今では、そのいろいろ話をしたことが良い思い出となっております。
また、一回でも良いから、もう一回合いたいなあと思っております。
私は、まだ14才の少年ですが、将来こうゆう思い出を作る列車の
運転士になりたいなあと思っています。


投稿者 寝台特急  
投稿日 01月09日(日)22時03分30秒
タイトル 形と型 
本文

みなさんはじめまして。
早速ですが前々から気になっていたことを質問させて頂きます。
現在の寝台特急の主流となっている14系・24系ですが、
当初より2段寝台だった15形・25形の表記方法?が、
形と型の2種類有るようなのですが、どちらが正しいのでしょうか?
ちなみに雑誌を調べると
形 鉄道ジャーナル・鉄道ファン 等
型 鉄道ダイヤ情報 等
と形のほうが多いようですが、まったくふれずに14系・24系とのみ
記載している雑誌もあるようなので、どれが正しいのでしょう?

また、個室寝台車などの1000番代等についても、
番代・番台の2つに分かれているようです。
こちらも番代のほうが多いようですが、どちらが正しいのでしょう?

初歩的な質問かもしれませんが、よろしくお願いします。


投稿者 221レ
投稿日 01月10日(月)01時05分30秒
タイトル 首都圏に残る旧客 
本文

先日、船の科学館にあるスハフ44 25をみてきました。
元青函連絡船羊蹄丸の船内にDE10とともに展示されています。
ブルーに塗られたアルミサッシ、椅子はペンキ塗りですが、
C62ニセコ号や、末期の急行列車の雰囲気があってなかなかよかったです。
JRの保存客車は近代化更新車で茶色をはがすと青色が出そうな客車ばかりですし。
但しこのスハフ44は、青森駅の想定だそうで?なところもあります。

また私の近所には常磐線佐貫駅の上りホームにオハ47orオハフ46改の喫茶店があります。
TR23にオハの窓割ですが尾灯がついていて形式は謎です。
改札の外からしか入れません。
車内は改装されていますがちょっとした食堂車の雰囲気で
昔のままの窓の外には415系や最新型の653系が駆け抜けます。
車内のし切り戸、便所のドア、窓など原型を保っているところがありますので
探して見ると楽しいでしょう!
ひところ流行った旧客改造のビアホールも姿を消すなか健在です。
近くに来たら是非お立ち寄りください。

ところで中里スキー場にあったブルートレイン中里って
(スハフ42などを使った休憩所)
まだ、健在でしょうか?
最近スキーに行ってないのでわかりませんが…

それでは。



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