倶楽部メモ(20)
平成11年 9月10日〜 9月21日

投稿者 久太郎
投稿日 09月10日(金)09時35分26秒
タイトル 久大線 客レ
やっぱ、久大線の客レは近々廃止(廃車)になるみたいです。
豊肥線の一部電化や篠栗線の電化で気動車が余剰になるし廃止になってもおかしくないでしょうね。

久大線の客レがたくさん載ってるHPを見つけました。
(「だいせん」もあった 下記URL)
リンクフリーだったので紹介させていただきました。

http://www.ne.jp/asahi/merhaba/t/


投稿者 大地
投稿日 09月10日(金)22時24分12秒
タイトル カニ25
カニ25の写真が載っている本ってどこにあるんだろう?


投稿者 hiro
投稿日 09月11日(土)08時47分27秒
タイトル カニ25について
はじめての投稿です。
よろしくおねがいします。
カニ25ですが、少しだけ写真が載っているのを、見つけたので,参考になれば、幸いです。

 鉄道ファン  ’78・ 6 P,29
        ’79・ 7 P,32
        ’93・11 P,76


写真1枚ずつと,ほんの少しの記事が、のっています。


投稿者 たなしょう
投稿日 09月11日(土)10時55分57秒
タイトル 客レの情報のお礼
久太郎さん情報ありがとうございます。
やっぱりなくなるんですね。
日本の原風景のような山間を走る客車は魅力いっぱいだったのですが。
時間が許す限り残された日々足を運びたいと思います。


投稿者 奥山 道紀
投稿日 09月13日(月)20時21分09秒
タイトル 三菱鉱業大夕張鉄道の客車保存に関する電子署名について
夕張市南部の旧南大夕張駅構内に置かれている三菱大夕張鉄道(三菱石炭鉱業)の車両は
炭鉱の閉山時に三菱マテリアル社から夕張市に寄贈されたものであるが、
その後適切な保存・管理もされることなく放置されたため今春には客車1両が雪の重さで転倒してしまいました。
夕張市は「財政難で一般財源で保存するのは難しく、ダム建設に伴う周辺整備で公園化し整備したいが、
それが無理なら廃棄する」と車両保存には消極的な態度です。
これらの車両のなかには旧型客車「スハニ6」(大正2年・大宮工場)「オハ1」(明治39年・新橋工場)「ナハフ1」(昭和12年・日本車両)
の3両も含まれており、同鉄道唯一の自社発注車でもある「ナハフ1」は今春の大雪で転倒し危機的状況にあります。
地元では「三菱大夕張鉄道保存会」を中心に「廃線跡歩き」「客車周辺の草刈り」「保存署名」「客車の屋根の応急修理」と
保存活動を展開しています。
下記のURLでも「三菱鉱業大夕張鉄道の客車の保存を求める会」で電子署名を集めています。
よろしく、ご協力下さい。
今後、会では冬期に向け客車のシート掛け、積雪期の屋根の雪下ろし等の活動を展開してゆきます。
投稿者のホームページ


投稿者 古賀 弘
投稿日 09月14日(火)10時06分17秒
タイトル ホームページ検索
熱海ー福岡-佐賀-佐世保 等 等家内と出かける予定で検索していてこのページに出会いました

(料金,得々切符、周遊キップ等)方法、がありましたら教えてください。99.09.17日頃出かけます


投稿者 大和路環状線
投稿日 09月16日(木)20時24分09秒
タイトル 旧客の茶塗装(質問)
旧型客車は、晩年(1985年頃)まで茶色の旧塗色車が少なからず残っていましたが、そもそもこれは何故なのでしょう?
カラーリングの変更そのものは、改装による近代化工事の大掛かりさとは異質なものでしょうから、
時代遅れな印象を与える色などはいつまでも引き継がずに、トットと変更して良かったのではと思うわけです。
(つまり、財政的理由ではなさそう。)

車両の一般的な塗り替え周期についてはよく知らないのですが、
少なくとも茶色一辺倒の時代から何十年も塗り替えしないわけではありませんよね。
最末期の旧塗色の旧客より、今の久大線用12系・50系の色褪せの方が格段に酷かったりしますから。(^^;;
青に変えられた仲間が大量にいる中で、中途半端に旧色を残す必然性って何だったのでしょうか?

近代化工事未施工車であることをボディ色で示したとも考えられますが、そうなっていない例も多々・・・。
現在も旭川にいるスハフ42 2245は、盛モカ現役当時既に改装済みでありながら茶色でしたし、
和田岬線のオハ64、四国のオハ41にしても然りです。
逆に未改装のまま青色に改められたものは、それ以上に枚挙にいとまがないでしょう。

なぜ最後まで茶色だったのか、どなたかお答え頂けると嬉しく思います。


投稿者 車掌
投稿日 09月18日(土)10時30分26秒
タイトル RE:旧客の茶塗装
大和路環状線さん、こん**は。
旧型客車の塗装色については、確かに興味深いものがありますね。
手持ちの資料を調べたところ、交友社発行の図解客貨車に客車の塗装についての記述がありましたので、一部要約しますと
・一般客車は車体外部はぶどう色2号(茶色)
・特別な例として特急用客車や和式客車は青15号にクリーム1号の飾帯
・急行列車用には設備の整った客車を青15号に塗色
とあります。
このことから考えると、旧型客車の塗装色については、最後までぶどう色2号(茶色)が標準色であったのではないかと思われます。
その後、基本的に近代化工事の施された車両が青15号になったわけですが、
確かに大和路環状線さんのおっしゃるとおり、例外が多数存在していました。
この話題には大変興味がありますので、詳しい方のフォローを期待致します。


投稿者 水ミト
投稿日 09月18日(土)11時46分29秒
タイトル スハフ42 2245
こんにちは。
スハフ42 2245って、近改受けていたのですか?
印象では、車内白熱灯で壁は塗りだったような気がしますが。
間違っていたら、すみません。

そもそも近代化の定義が今一つはっきりしませんね。
どの場所・項目を改装したら、近代化になるのか。
きっと内部文書では、定義されているのでしょう。

ところで塗装の件なんですが、工場の都合なのでは? と思ったりしています。
基本的にブドウ色でも、たまたま青になったり。
ブドウ色は当時電機にも使っていましたし。
色を納入するのには、抵抗がなかったと思います。


投稿者 AK1219
投稿日 09月18日(土)21時00分15秒
タイトル 久大線の客レ
早売りしていた10月号の時刻表を見ましたが、とりあえず10月改正では久大線の客レは安泰だったのですね。
(となると豊肥線余剰のキハはいつどこへ異動するのかという別の疑問も出てきますが。)
とはいえ筑豊線電化までの余生であろうことはほぼ間違いないのでしょうが。
筑豊線電化もおそらく来年には完成でしょうから純粋なドン行客レも残り1年の力走ということでしょうか。


投稿者 大和路環状線
投稿日 09月20日(月)01時14分08秒
タイトル 旧客の茶塗装にお礼
車掌さん、水ミトさん、早速のレスありがとうございます。
かなり今更系のネタなので、質問者としてちょっと心配してました。(^^;
レスがちょっと長くなりましたが、どうかお許し下さい。m(..)m

●車掌さん
>交友社発行の図解客貨車に客車の塗装についての記述がありました
>一般客車は車体外部はぶどう色2号(茶色)
情報をどうもありがとうございます。(^^)
「一般客車」とは、ほとんど青色にならなかったオハ31・スハ32・オハ61シリーズに限定して言っているのでしょうか・・・。

>急行列車用には設備の整った客車を青15号に塗色
ここでの記載に限ったことではありませんが、「急行列車用」の定義も引っかかりますね。
かつ「設備の整った」となると、43系・10系辺りに絞られてきそうですが、
実際にはオハ35系(戦前・戦後製を問わず)にかなり青色が存在しましたから・・・。
(オハ35系って、急行列車で多用されていた時期ありましたっけ?)
あるいは「設備の整った」とは、モケット付きの広窓車全般を想定しているのでしょうか・・・。

少数派だとは思いますが、スハ43系にも未改装ぶどう色のものが最後まで残っていましたね。
昭和50〜55年頃の夜行急行に未改装のニス塗り車が入ることもあったのでしょうか?
(密かに興味があります。(^^))

●水ミトさん
>スハフ42 2245って、近改受けていたのですか?
2245の内装は少しユニークなもので、非常に驚いたのを覚えています。
私が目撃したのは昭和60年8月、函館〜札幌夜行の41レでした。
(同年3月改正の時、2245は盛モカ表記のまま函ハコに借り出されましたよね。)

ボディはぶどう色、車内は白熱灯でしたが、内装(壁)は板ではありませんでした(塗りつぶしでもない)。
かと言って、通常の近代化改装客車、或いは国鉄型EC・DCに共通のベージュのものでもありません。
材質一般に関する詳しい知識がないんですが、ザラザラ系の感触で、全体的に薄緑がかった色合いのものだったと記憶しています。
私の旧客フィールドは山陰線系でしたが、そのような車両にお目にかかったことは一度もありませんでした。

もしかすると、私が乗車したのは改装して間もない時期(?)で、
水ミトさんのご指摘どおり、本当の盛モカ現役時は板張りだったのかも知れません。

>そもそも近代化の定義が今一つはっきりしませんね。
内壁塗りつぶしの「似非近代化」車はどうなるんでしょうね。(^^;

>ところで塗装の件なんですが、工場の都合なのでは? と思ったりしています。
>基本的にブドウ色でも、たまたま青になったり。ブドウ色は当時電機にも使って
>いましたし。色を納入するのには、抵抗がなかったと思います。
「工場の都合」ですか。車掌さんが紹介して下さった記述に対しても言えそうですが、
実際はそれほど杓子定規的に扱われていたわけではなかったのかも知れませんね。

それにしても利用者側から見て、昭和50年代末期当時のぶどう色は違和感なかったのでしょうか。
昭和60年まで、大阪駅・京都駅にもバリバリ顔を出していましたが、お世辞にも違和感なしとは・・・。(^^;;
でも、カラフルな車両百花繚乱の現在とは、少し受け止められ方が違っていたとも考えられますね。

さすが「雑客」と呼ばれるだけあって、限りなくmysteriousな世界だと思います。
同じ客車ながら、50系などと根本的に異なる大きな魅力はそこにあるのかも・・・。(^^)



投稿者 水ミト
投稿日 09月20日(月)12時41分16秒
タイトル Re:旧客の茶塗装
こんにちは。

>ここでの記載に限ったことではありませんが、「急行列車用」の定義も引っかかりますね。
>かつ「設備の整った」となると、43系・10系辺りに絞られてきそうですが、
>実際にはオハ35系(戦前・戦後製を問わず)にかなり青色が存在しましたから・・・。

急行用は一応、35系42系43系10系だと思います。
35系は一般型末期の越前等で運用されていましたし。
61系32系で青が少数派(32系は皆無?)なのは、そのためでしょう。
またロから格下げのハが茶色なのも、そのためでは? と思います。
勿論、例外はあって、前にも書きましたが水ミトの61系に青が存在しています。
これはおそらく、全検が大宮だったことに起因するのではと思います。

>昭和50〜55年頃の夜行急行に未改装のニス塗り車が入ることもあったのでしょうか?

はい。ありました。ニス塗り車でも外装が青色の車両もありますし。
一つ重要なのは、ニス塗りでも近代化改造車と言える車両が存在していると言うことです。
私が見たことのあるオハ47ですが、外見は青、サッシは木枠、照明は蛍光灯、車内はニス塗りと言う車両です。

ちなみに、多忙期の臨時急行には、客車区寄せ集めの雑多な編成が組まれたようですし、
茶色多数の臨時十和田(昭和50年代)という写真を見せてもらったこともありますので、
35系42系43系10系なら何でも可というのが当時の感じだったのではないでしょうか?
<当時は臨時が何本も出たり、上野では長蛇の列だったり、隔世の感がありますね。

それとスハフ42 2245の件有り難うございます。
もしかしたら、板張り替えなのか、ニスを落として塗ったとか。

>ザラザラ系の感触で、全体的に薄緑

気動車用なのかな?

ちなみに、東日本のスハフ42 2234も変な色してます。
これは、板の色を脱色してしまったような感じ。



投稿者 スハ32
投稿日 09月20日(月)17時47分04秒
タイトル Re:旧客の茶塗装
ご無沙汰してます。
50年代当時は、東京近郊の旧型国電もまだ健在でした。
青梅、五日市、横浜、南部線など全ての路線で茶色塗装でした。
それを考えると客車だけでもなかった気がします。
同じ旧型国電でも70,80系は、湘南色、スカ色、上越色とちゃんと塗り分けされてましたね。

地方では、非電化区間などでは、油汚れなどの問題もあるので、メンテナンス面で実は茶色の方が都合が良かったそうです。
茶色の上から青を塗ると見た目も余り良くなかったと言う事情も聞いた事があります。
最後まで茶色が残ったのも、元の塗装に上塗りするのが面倒・・・という面もあったのではないでしょうか?
東京に入ってくる客車で、東北系は、茶色が混じることが多かったですが、
高崎の車は、ニス塗りのオハ35を含めて、50年当時すでに全て青塗装でしたね。
(これも大宮持ちです・・。)

そう言えば、荷物車は、一部を除いて茶色でしたね。
私の記憶では、マニの青色も極少数存在してたはずです。
10系の郵便車は青でした。郵便、荷物でも青と茶が混在してますね。

茶色塗装が残ったのも面白いですが、末期まで旧型客車が東京発の急行に残ったのも?ですね。

12系は、既に大阪万博(昭和45)の時に登場した割には最初の10年ほどは、波動輸送専用の様に使われ、
定期列車に殆ど使われませんでした。
それゆえに12系が実際に急行列車で活躍したのは、思ったより短かった気がします。
八甲田や津軽も数年で14系化されています。
旧型客車末期まで夜行急行に12系でなく、旧型客車が使われたのは、どんな理由からでしょうかねぇ?
12系の配管は、旧型客車(10系寝台など)との混結を考えて作られていたので、
暖房も含めて問題無かったのでハード面の理由では無いと思いますが・・・。

その12系もオリジナルは、残り少なくなってきてしまいました。

スハ32

PS.32系では、唯一オハフ35(TR11に振り替え)が近代化されて青色にされていますが、短命だったようです。
  元々戦前の優等列車用で、設備も窓以外は、オハ35とほぼ同じでしたが、小窓ゆえに車内が暗くなりるため、
  戦後は、スハ43の登場でオハネ17への改造、台枠、台車などの部品調達、普通列車と寒冷地向けにされました。
  それゆえに、近代化せずに残ったのかもしれません。


投稿者 車掌
投稿日 09月21日(火)12時55分01秒
タイトル RE:カニ25
大地さん、初めまして。 亀レスですいません。
カニ25の写真が載っている本ですが、本当に少ないですね。
そこでホームページの紹介ですが、
私のページのリンク集で紹介している「鳥栖の或る風景」というページで、カニ25の写真を多数掲載しています。
特にカニ22からの改造中の写真など貴重な写真も掲載されているので是非訪れてみて下さい。




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